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北の地の魔祓い師
4.演習②
◆
草木の生い茂るエリアに到達したとき、ヨナーシュは違和感を覚えた。
風が止まっている、ような気がする。鳥の声も、虫の音も、何もかもが消えたような静寂。それは魔物が潜む時の空気だ。
視線を巡らせた瞬間、木々の隙間に異質な影を捉えた。灰色の毛皮、異様に長い四肢、そして飢えた目。その目が、隊員の中でも小柄なアレックスを狙っているのがヨナーシュにはわかった。
「アレックス隊員、伏せろ!」
ヨナーシュの声が響くと同時に、魔物が跳躍した。
3メートルはあろうかという巨体が、信じがたい速度で空を切る。アレックスが振り返った時には、すでに魔物の爪が彼の視界を覆っていた。
「っ!?」
恐怖に硬直した隊員の身体を、ヨナーシュは全力で突き飛ばした。二人が地面を転がる間に、魔物は着地地点を通り過ぎるが、即座に向きを変える。
ヨナーシュは立ち上がりざま、右手を虚空へと伸ばした。空間が歪み、光の粒子が収束し、一振りの刀が彼の手に現れる。
魔物が再び跳んだ。
今度の標的は倒れたままのアレックスではない。ヨナーシュだ。
「ウェンディゴか」
呟きながら、ヨナーシュは低く身を沈めた。魔物の巨体が迫る。開かれた口からは腐臭が漂い、黄ばんだ牙が剥き出しになっている。
その瞬間、ヨナーシュは地を蹴った。
魔物の懐へと飛び込む、常識外れの行動。驚愕に見開かれた魔物の眼球、その片方に、刀が深々と突き刺さった。
「ギャアアアアッ!」
人の悲鳴に似た、しかし人ならざる咆哮が森を震わせる。魔物は激痛に身悶え、巨大な腕を振り回した。だがヨナーシュはすでに着地し、数歩後退している。
「ユスフ兄さん」
「ああ、任せろ」
ユスフが前に出た。深く息を吸い、そして吐く。彼の右手が魔物へと向けられた瞬間、空気が変質した。
魔物の身体が、文字通り”解けて”いく。
細胞が一つ一つ分離し、光の粒子となって空中に浮かび上がる。それらは螺旋を描きながら、まるで吸い込まれるようにユスフの右手へと収束していった。
数秒後、そこには何も残っていなかった。
「……っ、ハァ、ハァ……よし、一匹処理完了だ」ユスフは額の汗を拭い、アレックスへと視線を向けた。「どうだ、隊員さん。実戦ってのは、こういうもんだ」
「も、申し訳ありません!」アレックスは地面に手をついたまま、深々と頭を下げた。「わたくしが怯んでしまったばかりに……!」
「気にすんな。初陣では誰も動けん。どっかの隊長さんを除いて、な」
ユスフは肩をすくめた。
「そうそう」
ヤンも穏やかに微笑んだ。
「今ヨナーシュが実演したように、ステージ1の魔物は目が弱点だ。そこを狙えば、君たちでも対処できる」
魔物は、その強さと、襲われた場合の被害の程度から1~5にランク付けされている。
ステージ0の魔物は攻撃性がなく、ペットとして飼う人間もいるくらいで、駆除対象にはなっていない。
ステージ1は自己治癒が可能な程度で、2は専門医の治療が必要、3は生死に関わるレベル。4は、やられらばほとんど死に至る。
ちなみにステージ5の魔物は伝説に近く、その存在を確認したものはほとんどいないが、仮に攻撃を受ければ、死よりも残酷な苦痛が死ぬまで続き、死に至ってもなお、魂までが苦しめられるという。
ヨナーシュは腰を抜かした隊員に手を差し伸べた。
ヨナーシュは立ち上がろうとするアレックスに手を差し伸べた。
「アレックス隊員、あの魔物はウェンディゴといって、北の地では比較的よく見かける種だ。素早さが特徴だが、攻撃力自体は高くない。一撃で目を潰せなくても、頭部を狙えば動きは鈍る」
「あ、ありがとうございます……!」
アレックスはヨナーシュの手を取りながら、驚いたように目を見開いた。
「ヨナーシュ様……あの、わたくしの名前を……?」
「さっき、誰かがそう呼んでいたから」
「ヨナーシュ様」
低い声が、すぐ背後から響いた。
振り返ると、そこにはレギ・ホホロウシュが立っていた。鋭い眼光が、ヨナーシュを真っ直ぐに見据えている。
「隊員を救っていただき、感謝申し上げます」
レギは深く、しかし形式的な角度で頭を下げた。その動作には一切の隙がない。
「あ……いや、別に」ヨナーシュは視線を逸らした。「たまたま気づいただけだ」
全てを見透かすようなこの目で射抜かれながら、同時に頭を下げられ感謝を述べられる。
ヨナーシュはそのアンバランスさに調子を崩されそうになるも、「先を急ごう」と誤魔化して歩き続けた。
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