欠陥品魔祓い師と冷徹軍人の、秘密の癒し

丑三とき

文字の大きさ
6 / 10
北の地の魔祓い師

5.演習③



「いやしかし、皆さん良い動きになってきましたな」

 森を一周したところで、ヤンが満足げに言った。

「さすがレギ殿が編成された部隊。筋がいい」

 かれこれ数時間の演習で、計十体の魔物と対峙した。ヨナーシュが弱点を指摘し、隊員たちが実践し、ヤンもしくはユスフが祓魔で仕留める、その繰り返しだ。

(俺が一体も祓っていないこと、気づいている者もおそらくいるだろうが……)

 ヨナーシュは密かに周囲を窺った。今のところ奇怪な視線を向けられてはいない。ひとまず胸を撫で下ろす。が、自分たちが去ればまた陰口を叩かれるのだろう。

「それにしても、演習の時はいつも以上に魔物が出るな」

 ユスフが呟いた。

「そうなんですか?」

 初めは緊張していた若手の隊員が、共闘を重ねるうちに気さくに話すようになっていた。

「ああ。普段、祓魔域に来るのは魔祓い師だけだからな。大勢の人間が来たもんだから、魔物どもがテンション上がってんだろうよ」

 隊員たちが苦笑する。その表情には、数時間前の硬さはもうない。

 だが、ヨナーシュは気づいていた。
 ヤンとユスフの額に、汗が浮かんでいることに。呼吸がわずかに乱れていることに。

(二人もそろそろ限界だ)

 祓魔を繰り返せば、心身に影響が出る。それは魔祓い師にとって避けられない代償だ。一度屋敷へ戻り、側仕えの元で癒しを受けるべきだ。
 ヨナーシュはヤンに目配せした。

「ヤン兄さん、そろそろ」

「ああ、そうだね」ヤンは頷いた。

「ではみなさん、一旦——」

 その瞬間、ヤンの表情が凍りついた。
 目つきが一変し、彼の手には既に爆弾が握られている。次の瞬間にはそれが森の奥へと投げつけられた。

 轟音。

 炎が爆ぜ、木々が揺れる。その中から、巨大な影が現れた。

「——!」

 隊員たちが息を呑む。

 それは、これまで戦った魔物とは比べ物にならない大きさだった。全長十メートルはあろうかという、細長い胴体。鱗に覆われた漆黒の身体。八つの頭が、それぞれ異なる方向を睨みつけている。

「今日初めてのステージ3だね、珍しい……オロチだ」

 ヤンが低く呟いた。

 爆弾の直撃を受けたオロチは、しばらく動きを鈍くしたが、数秒後には身体を起こし、八つの頭がそれぞれ牙を剥く。

「全員後方へ!」

 レギの命令が響く。だが、彼自身は前へ出た。
抜き放たれた剣が、光を反射する。次の瞬間、レギは地を蹴った。

 その速度は、魔物のそれに匹敵する。
 剣がオロチの胴体を切り裂いた。黒い血が飛び散る。しかしオロチは怯まない。八つの頭のうち三つが、一斉にレギへと襲いかかる。

 レギは身を翻し、攻撃を躱す。そのまま回転し、別の頭部を斬りつけた。

 その動きには、一切の無駄がない。呼吸すら乱れていない。

「ヨナーシュ様」

 激しく動いているとは思えないほど、落ち着いた声でレギが問う。

「この魔物の弱点は」

「オロチに明確な弱点はない」ヨナーシュは即答した。「ただ切り刻むしかない」

「了解」

 レギの剣が、再び閃く。

(さすがだ……)

 ヨナーシュは思った。レギは気づいている。ヤンとユスフに、すでに祓魔の影響が出ていることを。だから自分が時間を稼いでいるのだ。

 祓魔の影響は、心身ともに現れる。人によって症状は異なるが、全身の皮が剥がれ落ちるまで肌を掻きむしりたくなるほどの恐怖、視界が歪むほどの頭痛、ひどい幻聴や幻視。

 ヤンとユスフを何が襲っているかはわからない。だが、額を伝う冷や汗を、レギもヨナーシュも見逃さなかった。

(すまない、ヤン兄さん、ユスフ兄さん。あと一体、耐えてくれ)

 ヨナーシュは刀を構え、オロチへと斬りかかった。レギと息を合わせ、最大限の攻撃を仕掛ける。ヤンとユスフも祓魔の体制を整え——

「いけない……!」

 ヤンの声が響いた。

 細長い胴体のオロチは、攻撃を逃れた尾を使い、一人の隊員を締め上げていた。

「ぐっ……あ、ああっ!」

 骨が軋む音。隊員の悲鳴。
 他の隊員が駆け寄る。だが、初めて対峙するステージ3の魔物に気圧され、動きが鈍い。ヤンとユスフもフォローに回るが、

(この状態では二人とも祓えない……!)

 ヨナーシュは歯噛みした。
 魔物は、ある程度その力を削いでからでないと祓えない。削がれていない状態で祓えば時間がかかり、そうなれば祓った時の反動も大きくなる。

「大勢の隊員を庇いながらでは無理だ」

 そう判断したヨナーシュは、右手を前へと翳した。

(しばらく一体も祓っていないんだ。今日くらい、このくらいなら……)

「ヨナ!?」

「ヨナーシュ!」

 ユスフとヤンが、締め上げられた隊員を救出しながら叫んだ。

「やめろ、お前はまだ——!」

 ヨナーシュの右手から、光が迸った。
 その光は糸のように伸び、オロチの八つの頭全てに絡みつく。魔物が咆哮を上げる。だが、光の糸は離れない。むしろ、徐々に締め上げていく。

「っ……!」

 ヨナーシュの額に汗が浮かぶ。
 魔物を祓うのは久しぶりだ。しかも、これほど大きい魔物を?細胞の一つ一つが抵抗し、存在そのものが拒絶する。それでもヨナーシュは光を途切れさせない。

 オロチの身体が、光の粒子となって空中に溶けていく。
 八つの頭が、一つずつ消えていく。

 そして完全に消滅した。

(よかった……)

「ヨナーシュ!」

 ヤンが駆け寄る。だが、その声はもう遠い。
視界が、揺れた。

(あ、まずい……)

 膝から力が抜ける。身体が、前へと傾く。地面に倒れる直前、誰かが身体を支えた。

「ヨナーシュ様!」

 レギの声だ。その腕が、ヨナーシュの身体を抱き留める。

 だが、もう意識が保てない。

(ああ……やっぱり、無理だった……)

 最後に見えたのは、レギの鋭い眼差しだった。その瞳に、初めて見る感情が浮かんでいた。
それが何なのか理解する前に、ヨナーシュの意識は闇へと沈んだ。​​​​​​​​​​​​​​​​
感想 0

あなたにおすすめの小説

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

元カレに追い出された専門学生がネカフェでP活相手のパパちんぽに理解らせられてトロトロのメロメロになっちゃう話

ルシーアンナ
BL
既婚子持ちバイ×専門学生 Pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27436158 ムーンライトノベルズ https://novel18.syosetu.com/n1512ls/ fujossy https://fujossy.jp/books/31185

大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)

子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?) 俺はただ、 いちご狩りに誘われただけだが。 なのに── 誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に なぜか俺が捕まって食われる展開に? ちょっと待てい。 意味がわからないんだが! いちご狩りから始まる ケンカップルいちゃらぶBL ※大人描写のある話はタイトルに『※』あり

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。