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北の地の魔祓い師
5.演習③
◆
「いやしかし、皆さん良い動きになってきましたな」
森を一周したところで、ヤンが満足げに言った。
「さすがレギ殿が編成された部隊。筋がいい」
かれこれ数時間の演習で、計十体の魔物と対峙した。ヨナーシュが弱点を指摘し、隊員たちが実践し、ヤンもしくはユスフが祓魔で仕留める、その繰り返しだ。
(俺が一体も祓っていないこと、気づいている者もおそらくいるだろうが……)
ヨナーシュは密かに周囲を窺った。今のところ奇怪な視線を向けられてはいない。ひとまず胸を撫で下ろす。が、自分たちが去ればまた陰口を叩かれるのだろう。
「それにしても、演習の時はいつも以上に魔物が出るな」
ユスフが呟いた。
「そうなんですか?」
初めは緊張していた若手の隊員が、共闘を重ねるうちに気さくに話すようになっていた。
「ああ。普段、祓魔域に来るのは魔祓い師だけだからな。大勢の人間が来たもんだから、魔物どもがテンション上がってんだろうよ」
隊員たちが苦笑する。その表情には、数時間前の硬さはもうない。
だが、ヨナーシュは気づいていた。
ヤンとユスフの額に、汗が浮かんでいることに。呼吸がわずかに乱れていることに。
(二人もそろそろ限界だ)
祓魔を繰り返せば、心身に影響が出る。それは魔祓い師にとって避けられない代償だ。一度屋敷へ戻り、側仕えの元で癒しを受けるべきだ。
ヨナーシュはヤンに目配せした。
「ヤン兄さん、そろそろ」
「ああ、そうだね」ヤンは頷いた。
「ではみなさん、一旦——」
その瞬間、ヤンの表情が凍りついた。
目つきが一変し、彼の手には既に爆弾が握られている。次の瞬間にはそれが森の奥へと投げつけられた。
轟音。
炎が爆ぜ、木々が揺れる。その中から、巨大な影が現れた。
「——!」
隊員たちが息を呑む。
それは、これまで戦った魔物とは比べ物にならない大きさだった。全長十メートルはあろうかという、細長い胴体。鱗に覆われた漆黒の身体。八つの頭が、それぞれ異なる方向を睨みつけている。
「今日初めてのステージ3だね、珍しい……オロチだ」
ヤンが低く呟いた。
爆弾の直撃を受けたオロチは、しばらく動きを鈍くしたが、数秒後には身体を起こし、八つの頭がそれぞれ牙を剥く。
「全員後方へ!」
レギの命令が響く。だが、彼自身は前へ出た。
抜き放たれた剣が、光を反射する。次の瞬間、レギは地を蹴った。
その速度は、魔物のそれに匹敵する。
剣がオロチの胴体を切り裂いた。黒い血が飛び散る。しかしオロチは怯まない。八つの頭のうち三つが、一斉にレギへと襲いかかる。
レギは身を翻し、攻撃を躱す。そのまま回転し、別の頭部を斬りつけた。
その動きには、一切の無駄がない。呼吸すら乱れていない。
「ヨナーシュ様」
激しく動いているとは思えないほど、落ち着いた声でレギが問う。
「この魔物の弱点は」
「オロチに明確な弱点はない」ヨナーシュは即答した。「ただ切り刻むしかない」
「了解」
レギの剣が、再び閃く。
(さすがだ……)
ヨナーシュは思った。レギは気づいている。ヤンとユスフに、すでに祓魔の影響が出ていることを。だから自分が時間を稼いでいるのだ。
祓魔の影響は、心身ともに現れる。人によって症状は異なるが、全身の皮が剥がれ落ちるまで肌を掻きむしりたくなるほどの恐怖、視界が歪むほどの頭痛、ひどい幻聴や幻視。
ヤンとユスフを何が襲っているかはわからない。だが、額を伝う冷や汗を、レギもヨナーシュも見逃さなかった。
(すまない、ヤン兄さん、ユスフ兄さん。あと一体、耐えてくれ)
ヨナーシュは刀を構え、オロチへと斬りかかった。レギと息を合わせ、最大限の攻撃を仕掛ける。ヤンとユスフも祓魔の体制を整え——
「いけない……!」
ヤンの声が響いた。
細長い胴体のオロチは、攻撃を逃れた尾を使い、一人の隊員を締め上げていた。
「ぐっ……あ、ああっ!」
骨が軋む音。隊員の悲鳴。
他の隊員が駆け寄る。だが、初めて対峙するステージ3の魔物に気圧され、動きが鈍い。ヤンとユスフもフォローに回るが、
(この状態では二人とも祓えない……!)
ヨナーシュは歯噛みした。
魔物は、ある程度その力を削いでからでないと祓えない。削がれていない状態で祓えば時間がかかり、そうなれば祓った時の反動も大きくなる。
「大勢の隊員を庇いながらでは無理だ」
そう判断したヨナーシュは、右手を前へと翳した。
(しばらく一体も祓っていないんだ。今日くらい、このくらいなら……)
「ヨナ!?」
「ヨナーシュ!」
ユスフとヤンが、締め上げられた隊員を救出しながら叫んだ。
「やめろ、お前はまだ——!」
ヨナーシュの右手から、光が迸った。
その光は糸のように伸び、オロチの八つの頭全てに絡みつく。魔物が咆哮を上げる。だが、光の糸は離れない。むしろ、徐々に締め上げていく。
「っ……!」
ヨナーシュの額に汗が浮かぶ。
魔物を祓うのは久しぶりだ。しかも、これほど大きい魔物を?細胞の一つ一つが抵抗し、存在そのものが拒絶する。それでもヨナーシュは光を途切れさせない。
オロチの身体が、光の粒子となって空中に溶けていく。
八つの頭が、一つずつ消えていく。
そして完全に消滅した。
(よかった……)
「ヨナーシュ!」
ヤンが駆け寄る。だが、その声はもう遠い。
視界が、揺れた。
(あ、まずい……)
膝から力が抜ける。身体が、前へと傾く。地面に倒れる直前、誰かが身体を支えた。
「ヨナーシュ様!」
レギの声だ。その腕が、ヨナーシュの身体を抱き留める。
だが、もう意識が保てない。
(ああ……やっぱり、無理だった……)
最後に見えたのは、レギの鋭い眼差しだった。その瞳に、初めて見る感情が浮かんでいた。
それが何なのか理解する前に、ヨナーシュの意識は闇へと沈んだ。
「いやしかし、皆さん良い動きになってきましたな」
森を一周したところで、ヤンが満足げに言った。
「さすがレギ殿が編成された部隊。筋がいい」
かれこれ数時間の演習で、計十体の魔物と対峙した。ヨナーシュが弱点を指摘し、隊員たちが実践し、ヤンもしくはユスフが祓魔で仕留める、その繰り返しだ。
(俺が一体も祓っていないこと、気づいている者もおそらくいるだろうが……)
ヨナーシュは密かに周囲を窺った。今のところ奇怪な視線を向けられてはいない。ひとまず胸を撫で下ろす。が、自分たちが去ればまた陰口を叩かれるのだろう。
「それにしても、演習の時はいつも以上に魔物が出るな」
ユスフが呟いた。
「そうなんですか?」
初めは緊張していた若手の隊員が、共闘を重ねるうちに気さくに話すようになっていた。
「ああ。普段、祓魔域に来るのは魔祓い師だけだからな。大勢の人間が来たもんだから、魔物どもがテンション上がってんだろうよ」
隊員たちが苦笑する。その表情には、数時間前の硬さはもうない。
だが、ヨナーシュは気づいていた。
ヤンとユスフの額に、汗が浮かんでいることに。呼吸がわずかに乱れていることに。
(二人もそろそろ限界だ)
祓魔を繰り返せば、心身に影響が出る。それは魔祓い師にとって避けられない代償だ。一度屋敷へ戻り、側仕えの元で癒しを受けるべきだ。
ヨナーシュはヤンに目配せした。
「ヤン兄さん、そろそろ」
「ああ、そうだね」ヤンは頷いた。
「ではみなさん、一旦——」
その瞬間、ヤンの表情が凍りついた。
目つきが一変し、彼の手には既に爆弾が握られている。次の瞬間にはそれが森の奥へと投げつけられた。
轟音。
炎が爆ぜ、木々が揺れる。その中から、巨大な影が現れた。
「——!」
隊員たちが息を呑む。
それは、これまで戦った魔物とは比べ物にならない大きさだった。全長十メートルはあろうかという、細長い胴体。鱗に覆われた漆黒の身体。八つの頭が、それぞれ異なる方向を睨みつけている。
「今日初めてのステージ3だね、珍しい……オロチだ」
ヤンが低く呟いた。
爆弾の直撃を受けたオロチは、しばらく動きを鈍くしたが、数秒後には身体を起こし、八つの頭がそれぞれ牙を剥く。
「全員後方へ!」
レギの命令が響く。だが、彼自身は前へ出た。
抜き放たれた剣が、光を反射する。次の瞬間、レギは地を蹴った。
その速度は、魔物のそれに匹敵する。
剣がオロチの胴体を切り裂いた。黒い血が飛び散る。しかしオロチは怯まない。八つの頭のうち三つが、一斉にレギへと襲いかかる。
レギは身を翻し、攻撃を躱す。そのまま回転し、別の頭部を斬りつけた。
その動きには、一切の無駄がない。呼吸すら乱れていない。
「ヨナーシュ様」
激しく動いているとは思えないほど、落ち着いた声でレギが問う。
「この魔物の弱点は」
「オロチに明確な弱点はない」ヨナーシュは即答した。「ただ切り刻むしかない」
「了解」
レギの剣が、再び閃く。
(さすがだ……)
ヨナーシュは思った。レギは気づいている。ヤンとユスフに、すでに祓魔の影響が出ていることを。だから自分が時間を稼いでいるのだ。
祓魔の影響は、心身ともに現れる。人によって症状は異なるが、全身の皮が剥がれ落ちるまで肌を掻きむしりたくなるほどの恐怖、視界が歪むほどの頭痛、ひどい幻聴や幻視。
ヤンとユスフを何が襲っているかはわからない。だが、額を伝う冷や汗を、レギもヨナーシュも見逃さなかった。
(すまない、ヤン兄さん、ユスフ兄さん。あと一体、耐えてくれ)
ヨナーシュは刀を構え、オロチへと斬りかかった。レギと息を合わせ、最大限の攻撃を仕掛ける。ヤンとユスフも祓魔の体制を整え——
「いけない……!」
ヤンの声が響いた。
細長い胴体のオロチは、攻撃を逃れた尾を使い、一人の隊員を締め上げていた。
「ぐっ……あ、ああっ!」
骨が軋む音。隊員の悲鳴。
他の隊員が駆け寄る。だが、初めて対峙するステージ3の魔物に気圧され、動きが鈍い。ヤンとユスフもフォローに回るが、
(この状態では二人とも祓えない……!)
ヨナーシュは歯噛みした。
魔物は、ある程度その力を削いでからでないと祓えない。削がれていない状態で祓えば時間がかかり、そうなれば祓った時の反動も大きくなる。
「大勢の隊員を庇いながらでは無理だ」
そう判断したヨナーシュは、右手を前へと翳した。
(しばらく一体も祓っていないんだ。今日くらい、このくらいなら……)
「ヨナ!?」
「ヨナーシュ!」
ユスフとヤンが、締め上げられた隊員を救出しながら叫んだ。
「やめろ、お前はまだ——!」
ヨナーシュの右手から、光が迸った。
その光は糸のように伸び、オロチの八つの頭全てに絡みつく。魔物が咆哮を上げる。だが、光の糸は離れない。むしろ、徐々に締め上げていく。
「っ……!」
ヨナーシュの額に汗が浮かぶ。
魔物を祓うのは久しぶりだ。しかも、これほど大きい魔物を?細胞の一つ一つが抵抗し、存在そのものが拒絶する。それでもヨナーシュは光を途切れさせない。
オロチの身体が、光の粒子となって空中に溶けていく。
八つの頭が、一つずつ消えていく。
そして完全に消滅した。
(よかった……)
「ヨナーシュ!」
ヤンが駆け寄る。だが、その声はもう遠い。
視界が、揺れた。
(あ、まずい……)
膝から力が抜ける。身体が、前へと傾く。地面に倒れる直前、誰かが身体を支えた。
「ヨナーシュ様!」
レギの声だ。その腕が、ヨナーシュの身体を抱き留める。
だが、もう意識が保てない。
(ああ……やっぱり、無理だった……)
最後に見えたのは、レギの鋭い眼差しだった。その瞳に、初めて見る感情が浮かんでいた。
それが何なのか理解する前に、ヨナーシュの意識は闇へと沈んだ。
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