苦手な人と共に異世界に呼ばれたらしいです。……これ、大丈夫?

猪瀬

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つかの間の平穏

144 カルタの執着

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カルタ視点

僕は今、バイスの町でお世話になったマーキュ・カティさんの息子であるスノー・カティの研究室にいる。

 戌井にマッドサイエンティストだと言われて紹介されたケイネ・ドラスベリーは同じ部屋のなかでじぃっと穴が空きそうなほど僕を見てくる。

 正直言って鬱陶しくて仕方がないし、身の危険を感じるから部屋の中から叩き出してしまいたいが、ドラズベリー先輩は上級生でありスノー先輩が部屋の主であるため我慢する。

 なんでここにマッドサイエンティストと呼ばれるようなケイネ・ドラズベリーがスノー先輩の研究室にいるのかというとだ、手を組んだらしい。

 もっと正確に言えばだ。

 僕と戌井が身の危険を感じるからと言う理由で研究に協力しない僕たちにしびれを切らしたらしい。

 どうしにかして調べようと思ったいマッドサイエンティストはスノー先輩の研究を手伝うと言う名目のもと、観察したりスノー先輩の研究によって得られた結果を見て色々と頭を捻らせている。

 スノー先輩の研究の手伝いをしていると言うことだから僕がマッドサイエンティストのスノー先輩への協力を拒否する権利はないし、実際何かされているわけでもないのでなにも言えない状態だ。

 まあ、何かあれば恐らくスノー先輩が助けてくれるだろう。たぶん。

 助けてくれなかったら、この部屋をめちゃくちゃにしてでも逃げてやる。

 密かに決意をしつつ、じいっと試作品の調整が出来上がるのを待つ。

 スノー先輩の研究は自己魔法関係についてのもの。

 生涯を賭けて作り上げるもの、生涯を表すように作られるもの。

 そういうこともあってか、スノー先輩や教科書曰く、自己魔法は通常の魔法とは別の原理で発動させているらしいのだ。

 確かに自己魔法ならば詠唱はいらないし、異世界から来たものに関しては歩んできた道__つまりは今までの人生が影響する。

 それを考えてしまえば通常の魔法と原理が違うというのは納得できるし、スノー先輩が自己魔法を研究対象とするのも頷ける。

 キュッ……__

 考え事をしていると静かな室内に音が響いた。

「多分これでいけるかな?はい」

 スノー先輩からあるものを差し出される。

 差し出されたのはスノー先輩の研究によって産み出された魔法をかけられた弓矢だった。

 受け取り、弓矢の弦を少し引いてみる。

 緩くもないし、キツくもない。

「……大丈夫だと思います」

 弓幹は黒塗りで、弓事態は重くもなく軽くもなくってところで、扱いやすいと思えるだろう。

 早速、外に出て試射することになった。

 的をいくつか用意して、最初は普通の弓矢で自己魔法で作り出した光を束ねた矢の変わりになるものをつがえて射つ。

 矢の飛ぶ速度は通常の矢よりも早く、恐らくは射程距離もだいぶん違いがあるだろう。

 だが光の矢と接触していた弦の部分が黒くなっており、弦と同じく接触していた弓柄の部分が黒くなっている。

 加減はしたものの、光の集合体と言う熱源と言っても過言ではないものに接触していたせいで焦げてしまっているのだろう。

 仕方のないことだと思って弓を下ろすと衝撃でも伝わったせいなのか、弦が切れたしまった。

 ただの一回でこれだ。

「やっぱり切れるよねえ」

「焼ききれたな」

 先輩達にも、僕にとっても予想内のことだ。

 動揺もなにもなく、スノー先輩によって魔法がかけられた弓に持ちかえて、さっきと同じように射つ。

 さっきよりも飛ぶ速度が早いし、威力も射程距離も上がっている気がする。

 弦も弓柄はさっきよりはましだが、黒く焦げている。

「ん~、焦げちゃったか……」

 射ち終わった弓を渡せば僕やマッドサイエンティストのこと何て気にせずに弓にかけた魔法をいじっている。

 こちらは五回ほど射った。

 なにもない状態で自己魔法を使うよりもスノー先輩の魔法がかかった弓や杖を使った方が威力の向上していたり、操作が聞きやすいと感じた。

「……ひとつ質問があるんですけれど」

「ん~?」

 聞いてるのか聞いていないのかわからない返事をもらってしまったが、かまわずに続ける。

「最初は杖に魔法をかけたものを渡されていたのに、なんで急に弓なんですか?」

「君の友達に、君が弓が得意だって聞いたんだよ」

 返事はしてくれるが、こちらには目もくれずに弓をいじっている。

 なるほど、ベイノットとミューの前で使ってローシュテールが持っていた憤怒の薬を割ったから、それを誰かが言ったんだろう。

 誰が言ったのか気になるけど、別に知られたくないことでもないし、これ以上は邪魔になりそうだから口をつぐむことにした。

 魔法を調節しているスノー先輩を横目に持ってきていた、この世界の海洋生物について書かれている分厚い本を読む。

 この世界は僕たちの世界で絶滅した生き物と似た生き物が生きているらしい、いつか機会があれば見れるかもしれないな。

 そう思いつつ本のページをめくっていると、獲物を見るような目で僕を見るか、スノー先輩の近くにいるかしていたマッドサイエンティストがいつのまにか近づいてきて口を開いた。

「研究対象一号くん」

 飛んでもないことを言い出したが、絶対に僕のことではないだろうから無視を決め込み、本の続きを読んでいく。

「君のことだよ、海洋生物の本を呼んでいるそこの君」

 この場にいるのはスノー先輩とマッドサイエンティスト、そして僕だけ。

 それから海洋生物についての本を持っているのも、この場では僕だけだ。

 人道に反する呼ばれからをして思わずあまり動かない表情筋が動き、チベットスナギツネのような表情になったのは仕方のないことだと思う。

「……なんですか。マッドサイエンティスト先輩」

「ケイネ先輩かドラズベリー先輩と呼べ、くそ生意気な」

「貴女が僕のことを研究対象一号なんて呼ぶ限り貴女の名前をマトモに呼ぶ未来はないでしょう。三つ目先輩」

「くそ生意気」

 研究対象一号なんて呼び方をする日とにとやかく言われたくないものだ。

 この調子なら戌井のことも似たような感じで呼んでいるんだろうな。

 戌井は気にしてなさそうな、びびってそうな……。

「で、なんですか?」

 これ以上、絡まれるのも面倒なのでさっさと用件をいうように促す。

「はぁ……まあ、いい。しの、べくんだったか?ひとつ気になったことがあるから聞かせてもらうが、君はワンコちゃんのことが苦手ではないのか?」

「ワンコちゃん……?」

 もしかして戌井のことか?

 いや、そんなことはどうでもいい。

 話の意図が見えてこない。

 マッドサイエンティストに僕が戌井を苦手に思ってようが思っていなかろうが関係ない話だろうに、いきなりなんでこんなことを言い出したんだ?

「だったらなんですか?」

「なんで気がついたら隣にいる?」

「は?」

「だから、なんで苦手な相手の隣にいようとするんだ?種族云々以前に生き物として意味がわからん。人間も苦手な者の側にいようとするなんて奇特なことしないだろう」

 僕が、戌井の側にいようとする?

 いや……いや、いや、いや、なんで僕が戌井の側にいようとするんだ?

「ワンコちゃんが自分から近寄っているときもあるけど、大概君が隣に座ったりとかしてるんだよね」

 ……戌井の方から来てると言おうとしたら、先に違うと言われてしまった。

 僕が無意識の内に戌井の側にいようとするだなんて、僕は彼女が苦手でできうる限りは遠くでみるだけで済ませたいと思っていたのにか?

 いや、でも前よりも関心を持っているのは事実だろうが、今も自分から積極的に戌井に関わろうとは思っていない。

 明るくて、愛される、僕の目を見ようとしない太陽のような彼女が苦手で、嫉妬しているからそうしているんだぞ。

 なのになんで、僕が自分から戌井に近寄っていっているんだ?しかも無意識だぞ。

 彼女の明るさで、自分のおろかさが浮き彫りになるから嫌なのに……。

 わからない、なんで、なんで……。

 一緒にいる方がりが多いのは事実ではあるけれど……。

「ん?頭を抱えてどうした?もしかして自分がワンコちゃんの隣にいく理由がわからないのか?」

 図星だ、なんでわかるんだよ……。

 自分のことなのに、自分でもよくわからないなんて一体どうなってるんだ……。

 僕は、僕は戌井に執着しているのか?

 でも、なんで苦手で遠くからみるだけで言いと思っていた戌井にたいして執着するようになんてなるんだ。

 いや、でも僕は……ぼくは……いぬいがぼくの__

「おい!」

 思考が沼には言っていこうとしたとき、マッドサイエンティストが大きな声を出して僕を呼んだ。

 驚きから方が揺れる、何でかわからないが息が苦しくて乱れて、冷や汗が背中をだらだらと流れ、腹が気持ち悪い。

「は、はい?」

 なんとか返事を返す。

「君、大丈夫か?いきなり様子が変になったんだが……」

「……あぁ、大丈夫です。取り乱してすみません」

「いや、別にいい。だが研究対象の君たちに何かあっては困るから何かあれば言えよ」

「はい……」

 僕は、さっき何を考えようとしていたんだろうか。

 ……いや、それのせいでマッドサイエンティスト曰く様子がおかしくなったらしいし考えない方がいいだろう。

 混乱した頭でなにか変なことを考えたのかもしれないが、僕のためにも戌井のためにも知らない振りをすべきだろうか。

「ふ~む、何かあるのはわかったが、ほんとうに不思議だな。苦手なのならば関わらなければいいのに……私の発明した魔法薬でお互いが認識できないようにしてやろうか?」

 多分、本人はおふざけ半分、研究対象の状態を良好に保つための言葉半分だったんだろう。

 だけれど、自分でも理由はわからないが僕にとって、それは地雷の内にひとつを的確に刺激された気分だった。

 すうっと体の熱が引いていくような感覚に、腹の奥から沸いてくるどす黒い攻撃性のある何らかの感情、僕は我慢できずにマッドサイエンティストを睨み付け、口を開く。

「いりません!」

 僕の拒否の言葉は、一段と一際とこの場に響き渡る。

「……そ、そうか。そこまで怒こらなくてもいいだろうに……」

 マッドサイエンティストの表情には焦りと呆れが浮かんでいる。

「ご、ごめん……」

 マッドサイエンティストの謝罪の言葉に、いくらか理性を取り戻し、無理矢理わいて出たどす黒い攻撃性のある何らかの感情を押さえ込む。

 深く深呼吸をする。

「なら、いいです。それから一つ聞きたいんですけど、僕が自覚もしていない知り合いにも言われていないのに、なんで貴方がそれを知っているんですか?」

「そ、そりゃあ、研究対象である君たちを観察しているからだね」

 思ったよりも自分の声は平坦なものだった。

 にしたって、ストーカーしていたのか。

「篠野部く~ん」

「はい」

 タイミングよくスノー先輩に呼ばれた。

 集中していて、さっきの会話を聞いていなかったようで奇妙な雰囲気が流れているのを不思議そうにしている。

 気まずいのか、引いているのか知らないが獲物をみる目とは別の目で僕のことをみてくるマッドサイエンティストを無視してスノー先輩のもとに向かう。

「なあ、篠野部くん。これ以上魔法を強くしようとすると弓の方が持たないと思うんだけれど何かいい案持ってたりする?」

「そうですね……」

 つまりは強度があればいいと言うことだろう。

 それならば一つ心当たりがあるんだが、この世界で再現できるかはいささか不安が残る素材をしている。

 扱いだって難しいかもしれないし。

 まあ、ものは試しだろう。

「一つ心当たりがあるんですけど、聞きますか?」

「ぜひ」

 執着心、それに良い思い出はないが、なるべく知らない振りをしておこう。

 その方が、きっと今後のこと思えば良い選択になるだろうから。

 意味のわからない自分の思考なんて無視してしまえ。

 どうせ、あってもなくても同じだ。
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