苦手な人と共に異世界に呼ばれたらしいです。……これ、大丈夫?

猪瀬

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子は鎹

161 情緒不安定

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戌井が完全に魔法が使えなくなっていると判明してから1ヶ月近くがたった。

 もうそろそろ、この世界に来て二年になる。

 その間、時に何かあるというわけでもなく、平和な時間を過ごしていた。

 カライトが夢に出ることもなく、戌井に飲ませる解毒薬の話が上がるということもなく、戌井が記憶を取り戻すということもなかった。

 日がたつごとに、レイス達は周囲も不安を隠せなくなってきている。

 むしろ、よくこれまで気丈に振る舞っていたものだと思う。

 多分、僕が初日に暴れてしまったのが原因なんだろう。

 今日も今日とて、帰る方法を探すために、ついでに荒れそうになる思考をごまかすために図書館にいって調べものをする。

 だが、戌井が魔法を使えなくなっているとわかった、あの日から僕の肩に乗っかった重たい荷物が日をおうごとに重たくなっていっている。

 戌井が記憶を戻ったとしても魔法が使えないのなら王宮魔導師にはなれない。

 なれないのなら、異世界転移の魔方陣を探ることは難しくなる。

 王宮魔導師になる以外の方法で探ることは難しい。

 他の方法は、前にも考えたとおりに僕たちの寿命をかけても難しいかもしれない。

 保護も、期待できないし信用もできない。

 他国にいったとしても、異世界転移の魔方陣があるかもわからないし、差別を受ける可能性がある。

 戌井が駄目な以上、僕が王宮魔導師になる他無い。

 そう考えれば考えるほどに、肩の荷は重たくなる。

 頼るなんて選択肢はない。

 異世界転移の魔法を調べると平行して、魔法を使えなくする魔法薬についても調べている。

 だが、魔法を使えなくする魔法薬なんて調べたって一時的なもの以外は全くもって見つからなかった。

 それもそうだろう。

 魔導師は重要な戦力で、生活、国の発展、国の防衛、どれを取っても必要な存在であり、いなくなられると困る存在。

 そんな、魔導師を殺すようなもの存在するのならば魔導師だよりになっている部分は崩壊していくし、戦争になってしまえばあっという間に負けてしまうだろう。

 魔導師よりも剣士の方が強いとよくいうが、それは一対一での事であり、多対多になれば話は変わってくる。

 援護射撃があるか無いか、バフがあるかないか、攻撃を通さない盾をはれるかどうか、それら全て勝敗に直結する。

 無い方が不利になる。

 だがら存在するのなら徹底的に秘匿するだろうし、禁制にして売買、制作、輸入、全てに制限をかけるし、徹底的に取り締まる。

 そうそう僕が、その薬に関係することを見つけられるなんてこと、起こるわけもなかったんだ。

 帰るために、戌井が魔法を使えるように、調べものをしていて、それに気がつくのに遅れた。

 我ながらバカだ。

 先生達が情報がないからといっていたのも頷ける。

「はぁ……」

 ここ一ヶ月間、ずっと異世界転移の魔方陣や魔法を使えなくする魔法薬について本で調べていたせいで肩が凝っているのか頭が痛い。

 ため息を吐いて、廊下を歩く。

 多分、レイス達と同じで僕も不安なのかもしれない。

 戌井が記憶を取り戻さないこと、戌井が魔法を使えないこと、二年たっても帰れる様子がないこと、全部をあわせて、相当焦っているんだろう。

 薄々自覚はあるが、それをどうこうすることはできなかった。

 僕を、全てを忘れてしまった戌井を見るたびに宛の無い複雑な感情が爆発しそうになるのを押さえ込めるのに必死なんだ。

 いっそ、小さい子供みたいに泣けたなら楽なのかもしれないけど、そんな子供じみたことをするのは、だいぶん昔にやめてしまった。

 戌井は頼れない、他の者達も頼れないし信用できない。

 孤島に一人、たっている気分だ。

「……いつになれば、思い出す」

 戌井が記憶を取り戻せば、現状はいくらかましになるかもしれない。

 そう考えては、記憶を無くしたままの戌井をみて落胆にも似た感情を抱えることになる。

 保険医から戌井の記憶喪失は数日から数ヶ月で治ると聞いたから、一ヶ月間程わすれたままでもなんなら可笑しくはない。

 でも、焦りも不安も日に日に増える。

 戌井、本人も思い出そうとしているのか、記憶を失くす前のようにシスキーに鍛えてもらっているらしいが思い出す予兆はないらしい。...

 記憶がないせいでへっぴり腰になっているのを見かけたが、記憶をなくしても体は覚えているというやつらしく、稽古が始まればシスキー相手に食いつこうとしている。

 それで、1ヶ月たった頃、ついに僕は耐えられなくなって戌井にきつく当たってしまった。



 ある日のこと、その日も調べものをしていて、息抜きに散歩をしていたら、僕を見つけた戌井が駆け寄っきた。

「篠野部くん!」

「……」

 戌井の手には籠のようなものを持っていた。

 戌井の後ろには上機嫌なフィーリーもいる。

「何?」

「これ、あげる」

 差し出されたのは戌井が持っていた籠を差し出した。

「……」

「え、えっと、いつも調べ物して、頑張ってるから差し入れ」

 差し入れ……。

 お菓子か、間食かは知らないが、記憶を取り戻しもせずに呑気に笑顔でこれを作って、僕にと渡しに来たのか。

 頭痛と肩の重み、色々とまざりあって心臓を締め付ける複雑な感情と不安、一ヶ月間、蓄積されたそれらが一瞬、少しだけ、爆発してしまった。

「そんなものを作っている暇があるんなら、記憶を取り戻す努力をしたらどうだ?」

「え……」

「いい加減、思い出せ。あれから一ヶ月間、進展は何一つ無いじゃないか」

「そ、それは……」

 後ろにいる、驚いているフィーリーを気にする余裕なんて僕にはなかった。

「はやくて数日、遅くて数ヶ月。いい加減思い出してもいい頃合いだろう?いつまで忘れているつもりなんだよ」

「……」

「君がはやく思い出せば調べ物が停滞することもないし、君を襲った犯人を調べることもできるんだ。いつまでも狙われている状態でいればいいんだ?いつまで停滞していればいい?僕は早く帰りたいんだ」

「……ごめん」

「謝る暇があるんだったら、早く思い出せ。僕は君みたい悠長にしている暇はないんだ」

 ダムのように、一度栓が抜けて溢れた水のように溢れた感情は簡単に止めることはできなくて、次から次に刺々しい言葉を吐いてしまう。

 やってしまったと思って口を押さえたときには、もうすでに遅くて、戌井はうつむいてしまっていた。

「篠野部!」

「あ……」

「いいよ」

「でも……」

「……ごめんなさい」

 僕の無神経な発言にフィーリーは怒り、手が出そうになったのを戌井が止める。

 気まずい空気が流れ、戌井は顔を上げること無く、謝って校舎のどこかに消えていった。

 追いかけようとして手をのばしたが、また八つ当たりにも近しいことをしたしまった負い目と罪悪感が僕の足を捕まえて、地面に縫い付ける。

「あ、あ~……」

 やってしまった。

 フィーリーがいるのに、廊下なのに、一目も憚らずに顔を手で覆いしゃがみこんでしまった。

「……自分は事情に詳しくいけど、流石にいすぎなんじゃないのか。永華だって好きで忘れている訳じゃないし、好きで思い出さない訳じゃないだろ」

「……」

 わかってる。

 そんなの、言われなくとわかっているんだ。

「君のそれは八つ当たりなんじゃないのか!?」

「……わかってる!」

「なら、追いかけるくらいしたらどうだ?」

「……追いかけて、どうなる?これで二度目だ」

「知らない。永華次第だ」

 あぁ、そうだ。

 しかも、こうなったのは二回目だ。

 ここ最近、いや、戌井が記憶を無くしてから、ずっと感情のコントロールができない。

 確かに元々、戌井に振り回されることが多かったし、戌井といると自分のペースが乱される感覚はあったが、今は違う。

 “記憶を無くしている”、“僕を忘れている”、その事実があの日を思い出させて冷静でいられなくなる。

「……殴ってやろうかと思ったけど、思い詰めているだろ。それどうにかしないと、また同じことが起こるぞ」

「……」

 否定、できない。

「早く追いかけないと殴るぞ。あの状態で一人にしていいと思ってるのか?自分の役目じゃなくて君のやるべきことだろう」

「わかってるっ!」

「じゃあ、行け。情けないところを見せるな」

 僕はフィーリーを無視して、足を地面に縫い付けるような負い目と罪悪感を心の奥にしまって戌井が消えていった方向に走る。

 いつの間にか、雨が降り出して雷も鳴って、まるで僕の心みたいに荒れ狂った天気になっていた。
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