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子は鎹
162 カルタの過去
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戌井を探して、廊下を走る。
なんで戌井が記憶喪失になってから、僕が八つ当たりじみたことをしているのか。
一つ、心当たりはあった。
戌井が全部を、僕を忘れているという事実に直面するたびに、あの人が、お母さんが僕のことを忘れてしまった日を、それに連なることを思い出してしまうからだ。
昼はお母さんと一緒にテレビをみたり、公園にいって幼馴染みと遊んだり、夜になればお父さんが帰ってきて、僕の好物でお母さん特性のクリームシチューを食べる。
そんな僕の家はどこにでもいる、普通の一般家庭。
家族が壊れてしまったのは、僕が四歳の時のことだ。
昔のことだったからか、ちゃんと覚えているわけではない。
だが、間違いなく言えることはお父さんがお母さんを裏切ったことだった。
ある日から、僕のいないところでお母さんが焦っているような、明らかに普段のとは違う表情をしているのをみるようになった。
それから間を置くことはなく、夜中に両親の喧嘩をしている声で目が覚めるようになった。
喧嘩の内容はよく覚えていないが、恐らくはお父さんの不倫についてのことだろう。
その頃の僕は両親が喧嘩をしていることが怖くて、二人が喧嘩をやめるか、いつの間にか眠るまで布団を被って恐怖に耐えていた。
起きる頃には喧嘩は終わっていて、お母さんは辛そうな表情をしているし、お父さんは既にいなくなっているから不安で仕方なかった。
それを幼馴染みと一緒に遊ぶことでどうにか誤魔化して、耐えていた。
でも、いつか見た悪夢と同じことが起こった。
その日は両親の喧嘩はなかったが、早朝に妙に騒がしくて目が覚めてしまった。
当時は両親の喧嘩のこともあり、音には敏感になっていた。
気になって寝室から顔を覗かせる。
玄関で泣き崩れるお母さんと、そのお母さんを冷たい目で見下ろすお父さん、外にはお母さんとは違う派手な女の人がいた。
何が起こっているのか、小さい子供の僕にはよくわからなかったが、よくないことが起こっている、それだけは把握した。
泣いているお母さんのところに行こうと思っても、知らない女の人と今までみたことない冷たい表情をしているお父さんに尻込みしてしまった。
「もう、お前を愛していない」
「なんで……」
「もう女として見れないからだ。いつも育児に家事ばかりで、仕事で疲れて帰る俺のことなんか放置して……。育児や家事を良いわけにして身だしなみを疎かにするし、俺は疲れてしまった。俺はこれから彼女と生活する」
お父さんは冷たい声で良い放って、お母さんは放心状態で涙をポロポロとこぼしている。
ただ怖くて、その場に固まる。
お父さんは僕がみていることに気がついたとき、お母さんに向けている視線とは別の、いつもの暖かい視線を向けてきた。
「カルタお父さんを選ぶよな?」
場の雰囲気に似つかわしくない優しい笑顔と、玄関の向こうにいる女の人の嫌そうな表情、お父さんのお母さんに向ける視線と僕に向ける視線に籠る感情の解離、全てが気持ち悪くて、怖くて仕方がなかった。
「やだ!!」
出せる限りの大きな声で拒絶をした。
その瞬間、女の人は満足そうに笑って、お父さんは__いや、アイツは悲しそうな表情をしていた。
その後の事については覚えていないが、勝ち誇ったようなにやけ面の女の人をつれてアイツが何処かに消えていったのは確かだった。
気がついたときには泣いているお母さんを抱き締めて、大丈夫と自分にも言い聞かせるようにしていた。
幼馴染み一家と遠方に住んでいる祖父の助力があって、何とか生活していた。
アイツがいなくなった日から二年たって、やっと助けなしでもある程度の生活ができるようになってきた。
何やらアイツとお母さんで揉めていたらしいけど、詳しいことは当時の僕には知らなかった。
そんな頃の話だ。
その日は雷雨で、幼馴染みの誕生日だった。
僕は幼馴染みの誕生日会に誘われていたものの、熱で寝込んでいることもあって辞退する他なく、ふてくされ寝ていた。
翌日、熱がましになった僕は空腹になり、何か食べようと思い部屋から出たら受話器を持ったまま、唖然と立ち尽くしているお母さんの姿をみることになった。
「お母さん?どうしたの?」
お母さんは幼馴染み一家、からいとさん達が殺されてしまったという話を小さい僕でもわかるような絶望の表情をした、お母さんに聞いた。
「昨日、葵ちゃん達、死んだって……」
「……え?」
泣きながら、歪に笑うお母さんの表情と、幼馴染みが死んだという事実に足元が崩れて空中に放り出されるような感覚を味わったのは今でも覚えている。
当時の僕は小学一年生、詳しいことは教えてもらえなかった。
大きくなってから調べても、事件についての詳しいことはわからずいた僕は強盗か、幼馴染みのお父さん__蓮華おじさんが警察をやっていたことから逆恨みの犯行ではないかという大人達の言葉を受け入れた。
犯人は未だに捕まっていないことは気がかりだったが、僕にできることなんてなにもなかった。
幼馴染み一家が死んだこと、それはお母さんにとって精神的なトドメとなるには十分だった。
愛した人には捨てられ、酷い暴言を吐かれ、お母さんは幼馴染みで姉妹も同然だった葵おばさんとその家族を失った。
僕も初恋相手で、とても仲良くしていた幼馴染み一家が死んでしまって心の余裕は消え失せ、その日以来、表情が上手く変わらなくなった。
幼馴染み一家の葬式は少人数で行ったらしく、僕はその場に行けなかった。
僕とお母さんは見事に憔悴していき、お互いに共依存にも似たような状態になった。
それを知った祖父が将来を危惧して無理矢理気味に僕とお母さんを引き剥がして、お母さんを信用できる友人の元に預け、僕は祖父の元で、山や自然にか困れた土地で暮らすことになった。
それから数年、僕が中学生になる年の春、祖父が死んだ。
死因は老衰で、葬式は少数で行われ、僕は頭が痛くなる程泣いた。
お母さんは祖父の友人の反対を押しきり、僕を連れて昔住んでいた町の近いところに引っ越した。
悲しみはあるが、中学校がまってくれるわけもなく、学校生活がスタートした。
表情が動かないことと、祖父の口調にお母さんの口調を少しだけ混ぜたようなキツイ口調、暗い雰囲気、それらは僕を孤立させるには十分だった。
僕はそれでも構わなかった。
お母さんがいるから十分だと、僕がいるから十分なのだとお互い思うようになり、僕ら親子は殻にこもることになった。
それが祖父の危惧していたことだった。
学校で生活する上でトラブルは起こらなかったから気にする理由もなかった。
でも、ある日、同い年の不良とであった。
僕が学校からの帰り道、不良に絡まれているところを助けられたのが出会いだ。
彼女とは短い間、交流が続いたが、ある事件を境に会いに行かなくなった。
昔からお母さんとアイツが揉めていたらしいという話は聞いていたが、一人で学校から帰る途中だった僕のもとに突撃して来たことで、その内容がわかったのだ。
二人は離婚していなかった。
理由を聞いてみたら、当時はそんなことしてる余裕がなかったのもあるが、女の人とアイツに対する嫌がらせや、今だ消えないアイツへの執着心、母としてのプライド、色々が混ざった結果なんだと言う。
そこで、これはお母さんなりの復讐なのだと悟った。
アイツもアイツと一緒にいる女の人もプライドが高く、“不倫カップル”である状態に我慢できず、お母さんに離婚を申し出ていたが断られ続け、遠方の祖父のもとにいったから一時中断、戻ってきたことをどこからか聞きつけ、またやってきたらしい。
強気に言い返しているように見えて実は本人も気づかない内に弱っているお母さんには不倫した夫と不倫相手の幾度にもわたる突撃行為にこたえるものがあったらしく、あまりにもしつこいアイツらに対して警察を呼んだあと倒れてしまった。
倒れるときに頭をうったこともあり、急いで救急車も呼んだ。
下った診断は栄養失調と過度なストレス、睡眠不足、エトセトラだった。
一時的に病院で入院することになり、検査などもあることから荷物を病院に預けて、僕は目が覚めるのを待つことになった。
目が覚めたと連絡が入って、僕は慌てて病院に駆け込んだが、起きたお母さんの僕に向けた第一声は__
「誰ですか?」
__だった。
幼馴染みが死んだと聞かされたときのように、足元が崩れ去り空中に放り投げられるような感覚に襲われた。
絶望のあまり、なにも言えなかった。
涙は流れても、言葉はでなかった。
いくら説明しても、いくら証拠を見せても、お母さんは僕のことだけ、思い出してくれなかった。
お母さんの中から、僕という存在の全てが消え去ったのだ。
僕だけを思い出してくれないお母さんは、前よりも明るかった。
まるで、僕という存在がお母さんの邪魔になっていると、そういわれた気分だった。
いくらたっても思い出してくれない、必死になって何をしてもダメで、お母さんの中の僕は死んでしまたったのではないかと思ったくらいだ。
医者には心因性の記憶喪失だと言われた。
一三週間がたっても、お母さんは僕のことを思い出さなかった。
お母さんの中から僕が消えてなくなって、僕自身も消えていそうで、自分が曖昧になって、自分が水の中に溶けてしまうようだった。
その間も、アイツらはやってきた。
お母さんに会うのは病院の人たちが止めてくれていたが、僕の方は止めてくれる人間なんているわけもない。
いつからだったのかは知らないが、長い間にわたって不倫関係であったのは本人達の発言で確信した。
何度も、一緒に暮らそうなんて世迷い言を吐かれ、その度に断った。
アイツと一緒にいる女の人が「婚外子が」とか「私生児にするつもりか」とかいっていた気がするが、そんなの僕は知らない。
……知らないんだ。
家に帰ってから吐いた。
一時は自殺を考えた。
僕の家族はもう、お母さんしかいないのに僕のことを忘れた方が幸せそうだから、本当にいなくなってしまおうか、なんて。
体と意識の境界が曖昧になって、現実感のないまま、現実全てが夢の中の出来事のように思えるまま、暗い部屋で生活していた。
その頃には時間の感覚もわからなくて、記憶も曖昧になって、寝れなくて、息も上手く出きる気がしなくて、音も上手く聞こえなくて、水の中に潜ってるみたいだった。
何も手につかなかったがお母さんの入院している病院への見舞いという日課だけは忘れることはなかった。
一ヶ月がたったある日、お母さんは僕のことを思い出した。
僕を思い出しお母さんは号泣しながら「忘れててごめん」と何度も謝った。
僕のことを思い出してくれたと知ったとき、やっと音が明確に聞こえて、息ができた。
安堵して、涙が出て、その日の夜にやっと寝れた。
平和だったと思ったけど、それもつかの間だった。
何を考えたのか、なにかが気に触ったのか、お母さんは僕に対して冷たくなった。
テストで高得点をとっても「そう」とだけ、運動で言い成績をとっても「そう」とだけ、明らかに距離を感じるようになって気がついたら家にいないことの方が多くなった。
それからどんなに頑張っても、どれだけ努力してもお母さんが振り向いてくれることも、褒めてくれることもなかった。
急に冷たくなったお母さんに、アイツがフラッシュバックして、もしかしたら捨てられてしまうんではないかと思って必死になった。
三年弱たって、高校生になるころには僕は卑屈に歪んでしまった。
親の愛を求めて、捨てられることが怖くて必死に努力しているのが実らないからと愛されている存在を妬むようになって、愛がわからなくなった。
いつの間にか、お母さんの冷たい反応がうつって、人に対してどう接したら言いかわからなくなって、今の僕になった。
なんで戌井が記憶喪失になってから、僕が八つ当たりじみたことをしているのか。
一つ、心当たりはあった。
戌井が全部を、僕を忘れているという事実に直面するたびに、あの人が、お母さんが僕のことを忘れてしまった日を、それに連なることを思い出してしまうからだ。
昼はお母さんと一緒にテレビをみたり、公園にいって幼馴染みと遊んだり、夜になればお父さんが帰ってきて、僕の好物でお母さん特性のクリームシチューを食べる。
そんな僕の家はどこにでもいる、普通の一般家庭。
家族が壊れてしまったのは、僕が四歳の時のことだ。
昔のことだったからか、ちゃんと覚えているわけではない。
だが、間違いなく言えることはお父さんがお母さんを裏切ったことだった。
ある日から、僕のいないところでお母さんが焦っているような、明らかに普段のとは違う表情をしているのをみるようになった。
それから間を置くことはなく、夜中に両親の喧嘩をしている声で目が覚めるようになった。
喧嘩の内容はよく覚えていないが、恐らくはお父さんの不倫についてのことだろう。
その頃の僕は両親が喧嘩をしていることが怖くて、二人が喧嘩をやめるか、いつの間にか眠るまで布団を被って恐怖に耐えていた。
起きる頃には喧嘩は終わっていて、お母さんは辛そうな表情をしているし、お父さんは既にいなくなっているから不安で仕方なかった。
それを幼馴染みと一緒に遊ぶことでどうにか誤魔化して、耐えていた。
でも、いつか見た悪夢と同じことが起こった。
その日は両親の喧嘩はなかったが、早朝に妙に騒がしくて目が覚めてしまった。
当時は両親の喧嘩のこともあり、音には敏感になっていた。
気になって寝室から顔を覗かせる。
玄関で泣き崩れるお母さんと、そのお母さんを冷たい目で見下ろすお父さん、外にはお母さんとは違う派手な女の人がいた。
何が起こっているのか、小さい子供の僕にはよくわからなかったが、よくないことが起こっている、それだけは把握した。
泣いているお母さんのところに行こうと思っても、知らない女の人と今までみたことない冷たい表情をしているお父さんに尻込みしてしまった。
「もう、お前を愛していない」
「なんで……」
「もう女として見れないからだ。いつも育児に家事ばかりで、仕事で疲れて帰る俺のことなんか放置して……。育児や家事を良いわけにして身だしなみを疎かにするし、俺は疲れてしまった。俺はこれから彼女と生活する」
お父さんは冷たい声で良い放って、お母さんは放心状態で涙をポロポロとこぼしている。
ただ怖くて、その場に固まる。
お父さんは僕がみていることに気がついたとき、お母さんに向けている視線とは別の、いつもの暖かい視線を向けてきた。
「カルタお父さんを選ぶよな?」
場の雰囲気に似つかわしくない優しい笑顔と、玄関の向こうにいる女の人の嫌そうな表情、お父さんのお母さんに向ける視線と僕に向ける視線に籠る感情の解離、全てが気持ち悪くて、怖くて仕方がなかった。
「やだ!!」
出せる限りの大きな声で拒絶をした。
その瞬間、女の人は満足そうに笑って、お父さんは__いや、アイツは悲しそうな表情をしていた。
その後の事については覚えていないが、勝ち誇ったようなにやけ面の女の人をつれてアイツが何処かに消えていったのは確かだった。
気がついたときには泣いているお母さんを抱き締めて、大丈夫と自分にも言い聞かせるようにしていた。
幼馴染み一家と遠方に住んでいる祖父の助力があって、何とか生活していた。
アイツがいなくなった日から二年たって、やっと助けなしでもある程度の生活ができるようになってきた。
何やらアイツとお母さんで揉めていたらしいけど、詳しいことは当時の僕には知らなかった。
そんな頃の話だ。
その日は雷雨で、幼馴染みの誕生日だった。
僕は幼馴染みの誕生日会に誘われていたものの、熱で寝込んでいることもあって辞退する他なく、ふてくされ寝ていた。
翌日、熱がましになった僕は空腹になり、何か食べようと思い部屋から出たら受話器を持ったまま、唖然と立ち尽くしているお母さんの姿をみることになった。
「お母さん?どうしたの?」
お母さんは幼馴染み一家、からいとさん達が殺されてしまったという話を小さい僕でもわかるような絶望の表情をした、お母さんに聞いた。
「昨日、葵ちゃん達、死んだって……」
「……え?」
泣きながら、歪に笑うお母さんの表情と、幼馴染みが死んだという事実に足元が崩れて空中に放り出されるような感覚を味わったのは今でも覚えている。
当時の僕は小学一年生、詳しいことは教えてもらえなかった。
大きくなってから調べても、事件についての詳しいことはわからずいた僕は強盗か、幼馴染みのお父さん__蓮華おじさんが警察をやっていたことから逆恨みの犯行ではないかという大人達の言葉を受け入れた。
犯人は未だに捕まっていないことは気がかりだったが、僕にできることなんてなにもなかった。
幼馴染み一家が死んだこと、それはお母さんにとって精神的なトドメとなるには十分だった。
愛した人には捨てられ、酷い暴言を吐かれ、お母さんは幼馴染みで姉妹も同然だった葵おばさんとその家族を失った。
僕も初恋相手で、とても仲良くしていた幼馴染み一家が死んでしまって心の余裕は消え失せ、その日以来、表情が上手く変わらなくなった。
幼馴染み一家の葬式は少人数で行ったらしく、僕はその場に行けなかった。
僕とお母さんは見事に憔悴していき、お互いに共依存にも似たような状態になった。
それを知った祖父が将来を危惧して無理矢理気味に僕とお母さんを引き剥がして、お母さんを信用できる友人の元に預け、僕は祖父の元で、山や自然にか困れた土地で暮らすことになった。
それから数年、僕が中学生になる年の春、祖父が死んだ。
死因は老衰で、葬式は少数で行われ、僕は頭が痛くなる程泣いた。
お母さんは祖父の友人の反対を押しきり、僕を連れて昔住んでいた町の近いところに引っ越した。
悲しみはあるが、中学校がまってくれるわけもなく、学校生活がスタートした。
表情が動かないことと、祖父の口調にお母さんの口調を少しだけ混ぜたようなキツイ口調、暗い雰囲気、それらは僕を孤立させるには十分だった。
僕はそれでも構わなかった。
お母さんがいるから十分だと、僕がいるから十分なのだとお互い思うようになり、僕ら親子は殻にこもることになった。
それが祖父の危惧していたことだった。
学校で生活する上でトラブルは起こらなかったから気にする理由もなかった。
でも、ある日、同い年の不良とであった。
僕が学校からの帰り道、不良に絡まれているところを助けられたのが出会いだ。
彼女とは短い間、交流が続いたが、ある事件を境に会いに行かなくなった。
昔からお母さんとアイツが揉めていたらしいという話は聞いていたが、一人で学校から帰る途中だった僕のもとに突撃して来たことで、その内容がわかったのだ。
二人は離婚していなかった。
理由を聞いてみたら、当時はそんなことしてる余裕がなかったのもあるが、女の人とアイツに対する嫌がらせや、今だ消えないアイツへの執着心、母としてのプライド、色々が混ざった結果なんだと言う。
そこで、これはお母さんなりの復讐なのだと悟った。
アイツもアイツと一緒にいる女の人もプライドが高く、“不倫カップル”である状態に我慢できず、お母さんに離婚を申し出ていたが断られ続け、遠方の祖父のもとにいったから一時中断、戻ってきたことをどこからか聞きつけ、またやってきたらしい。
強気に言い返しているように見えて実は本人も気づかない内に弱っているお母さんには不倫した夫と不倫相手の幾度にもわたる突撃行為にこたえるものがあったらしく、あまりにもしつこいアイツらに対して警察を呼んだあと倒れてしまった。
倒れるときに頭をうったこともあり、急いで救急車も呼んだ。
下った診断は栄養失調と過度なストレス、睡眠不足、エトセトラだった。
一時的に病院で入院することになり、検査などもあることから荷物を病院に預けて、僕は目が覚めるのを待つことになった。
目が覚めたと連絡が入って、僕は慌てて病院に駆け込んだが、起きたお母さんの僕に向けた第一声は__
「誰ですか?」
__だった。
幼馴染みが死んだと聞かされたときのように、足元が崩れ去り空中に放り投げられるような感覚に襲われた。
絶望のあまり、なにも言えなかった。
涙は流れても、言葉はでなかった。
いくら説明しても、いくら証拠を見せても、お母さんは僕のことだけ、思い出してくれなかった。
お母さんの中から、僕という存在の全てが消え去ったのだ。
僕だけを思い出してくれないお母さんは、前よりも明るかった。
まるで、僕という存在がお母さんの邪魔になっていると、そういわれた気分だった。
いくらたっても思い出してくれない、必死になって何をしてもダメで、お母さんの中の僕は死んでしまたったのではないかと思ったくらいだ。
医者には心因性の記憶喪失だと言われた。
一三週間がたっても、お母さんは僕のことを思い出さなかった。
お母さんの中から僕が消えてなくなって、僕自身も消えていそうで、自分が曖昧になって、自分が水の中に溶けてしまうようだった。
その間も、アイツらはやってきた。
お母さんに会うのは病院の人たちが止めてくれていたが、僕の方は止めてくれる人間なんているわけもない。
いつからだったのかは知らないが、長い間にわたって不倫関係であったのは本人達の発言で確信した。
何度も、一緒に暮らそうなんて世迷い言を吐かれ、その度に断った。
アイツと一緒にいる女の人が「婚外子が」とか「私生児にするつもりか」とかいっていた気がするが、そんなの僕は知らない。
……知らないんだ。
家に帰ってから吐いた。
一時は自殺を考えた。
僕の家族はもう、お母さんしかいないのに僕のことを忘れた方が幸せそうだから、本当にいなくなってしまおうか、なんて。
体と意識の境界が曖昧になって、現実感のないまま、現実全てが夢の中の出来事のように思えるまま、暗い部屋で生活していた。
その頃には時間の感覚もわからなくて、記憶も曖昧になって、寝れなくて、息も上手く出きる気がしなくて、音も上手く聞こえなくて、水の中に潜ってるみたいだった。
何も手につかなかったがお母さんの入院している病院への見舞いという日課だけは忘れることはなかった。
一ヶ月がたったある日、お母さんは僕のことを思い出した。
僕を思い出しお母さんは号泣しながら「忘れててごめん」と何度も謝った。
僕のことを思い出してくれたと知ったとき、やっと音が明確に聞こえて、息ができた。
安堵して、涙が出て、その日の夜にやっと寝れた。
平和だったと思ったけど、それもつかの間だった。
何を考えたのか、なにかが気に触ったのか、お母さんは僕に対して冷たくなった。
テストで高得点をとっても「そう」とだけ、運動で言い成績をとっても「そう」とだけ、明らかに距離を感じるようになって気がついたら家にいないことの方が多くなった。
それからどんなに頑張っても、どれだけ努力してもお母さんが振り向いてくれることも、褒めてくれることもなかった。
急に冷たくなったお母さんに、アイツがフラッシュバックして、もしかしたら捨てられてしまうんではないかと思って必死になった。
三年弱たって、高校生になるころには僕は卑屈に歪んでしまった。
親の愛を求めて、捨てられることが怖くて必死に努力しているのが実らないからと愛されている存在を妬むようになって、愛がわからなくなった。
いつの間にか、お母さんの冷たい反応がうつって、人に対してどう接したら言いかわからなくなって、今の僕になった。
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