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子は鎹
163 落雷
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頭が痛い。
また昔のことを思い出してしまった。
戌井が記憶喪失になってから、記憶をなくしている頃のお母さんとダブるようになって、連鎖的に昔のことを思い出すようになっている。
昔のことを思い出す度にお母さんに忘れられた時のような不安や絶望、焦り、恐怖、悲しみ、怒り、戌井に向けている嫉妬。
八つ当たりしてしまった罪悪感と負い目。
他にもいろんな感情がまざりあって訳がわからなくなって、胃が締め上げられるような、首を真綿で閉められるような感覚になる。
その不快な感覚と、暴れ狂う、よくわからない混ざりあったどす黒い感情にイラつきが増して蓄積していった結果、感情が制御できなくなって戌井に八つ当たりした。
今も、心の中はぐちゃぐちゃで、だけど頭のどこかだけが変に冷静だった。
戌井のことがあるから、さっきに比べて大分冷静でいられるんだろう。
学校を走り回り戌井を探すこと十分ほど。
雷が落ちて轟音を鳴らし、雨が降って窓を叩く。
もう名前も顔も思い出せない幼馴染みが死んだのも、今日のような日だったんだろうか。
昔を思い出したせいか、柄にもなく干渉に浸るようなことを思ってしまった。
「はぁ……」
ため息が漏れる。
戌井が記憶喪失になってから、いや違う。
カライトが夢に現れてから、冷静でいられなくなることが多くなった。
一瞬、カライトの張り付けたような笑みが脳裏に浮かんだが頭をふって、追い出した。
__ドオォォォォォオオオオン!!
次の瞬間、一際大きな雷が学校の近くに落ちた。
学校の近くに落ちたせいか地面が揺れて、窓が震えて、天井から吊り下げられている明かりが揺れた。
轟音のせいで心臓の音がうるさい。
「夏とはいえ、凄まじい天気だな……」
日本でも、台風が来るとかでなければ、ここまでではなかった気がするんだが……。
「ひっ……グスッ……グスッ……」
「?」
足を止めて、閉まっている窓から空を見上げていると、どこからか喉がひきつったような音と、啜り泣くような声が聞こえてきた。
「戌井?」
戌井の声、なのだろうか?
声に導かれるように早足で進み、ある空き教室にたどりついた。
また雷が落ちて、悲鳴と鳴き声が空き教室の中から聞こえてきた。
「こわいよぉ……」
小さく、情けない声が聞こえてきた。
確定だ。
戌井でなくとも誰かがここにいる。
中にいるのが戌井であることを祈りつつ、空き教室の扉を開けた。
扉を開けた瞬間、悲鳴が聞こえたが声の主は見当たらない。
中に入って誰かいないが探していると、積み上げられている机と椅子の影に人影が見えた。
「戌井?」
名を呼び、人影が見えたところをしゃがみこんで覗き込むと大きな涙の粒をこぼしながら部屋の隅で怯えて震えていた。
「……」
「……」
見たことがない怯えっぷりに、泣き顔、一瞬思考が停止して見つめ合うかたちになった。
見つめあっている内に雷が落ちた。
「いやぁっ!」
戌井が悲鳴を上げて、頭を庇うようにして丸まってしまった。
そういえば、いつか“雷は苦手だ”と誰かから聞いたような、本人から聞いたような気がする。
啜り泣きも、悲鳴も、怯えようも、雷が怖かったからなんだろう。
消音魔法を使えば、と一瞬思ったが、今の戌井には魔法が使えないから、消音魔法を使おうと思っても使えないことに、すぐに気がついた。
僕はすぐに杖を取り出して、消音魔法の詠唱を唱え、教室の外の音を遮断する。
怯えていた戌井は雷が落ちる音も、雨が窓と叩く音も聞こえなくなって不思議に思ったのか、顔を上げて回りを見渡していた。
「音を消したんだ」
「音?魔法で?」
「あぁ、消音魔法。その名の通り、音を消す魔法だ」
僕の言葉を聞いて安堵の息を吐いていた。
だが雷の光だけでもダメなのか、さっきのように雷が落ちたときのまばゆい光が窓から差し込んだとき、戌井はキュウリを見つけた猫のように跳ねた。
「光だけでもダメか」
雷が苦手な人は大抵、音に影響されていると思っていたのだが……。
まぁ、いい。
ジャケットを脱いで、戌井に上からかぶせる。
体格さの問題で、僕のジャケットは戌井の体をすっぽりと覆って隠してしまった。
「これなら大丈夫か?」
「……暗いのやだ」
小さい光の玉を自己魔法で作り出し、ジャケットの中に放り込んだ。
「これで足りるか?」
「……うん」
僕のジャケットの中から聞こえてくる声は、さっきよりも震えが増しになってきているように思える。
ふと足が引っ張られているような感覚がして、見てみたらズボンの裾を戌井が掴んでいた。
それを気がつかない振りをして、ジャケットの中の戌井の様子をうかがう。
大分落ち着いたようだが、まだ震えている。
さて、どうしたものか。
さっきのことを謝らないといけないのはそうだが、一先ず落ち着かせることが先だろう。
だけど、僕は人をなだめる方法なんて知らない。
思い付くことといえば、せいぜい隣いてやる事くらいだ。
あとは、昔の夢に出てきた幼い僕がお母さんにやっていたように抱き締めるとか?
いや、流石に同い年の異性を抱き締めるのはちょっと……。
戌井に嫌がられたら本末転倒だし……。
そう考えていると、空いた手を光の玉に添えるように近づけた戌井が口を開いた。
「これ、暖かい」
「ん?あぁ、まぁ、光源だからな。火だって触ると暑いだろ?一応、そこら辺配慮して作ったが、触らない方がいい」
「ん、わかった」
火よりも電球とかの方が理論的に近いんだけどな。
まぁ、ライトだって触ると熱いし似たようなものだろう。
ここで、会話が苦手なのが裏目に出てしまった。
何かするでなく喋るだけでも気をまぎらわせることがだろうに……。
いつもよく喋っている戌井が喋らない以上、僕が喋る他ないんだが……。
気まずい沈黙が流れて、どれくらいだっただろうか。
未だ雨も雷も止まない中、戌井が握っていたズボンの裾を離して手をさ迷わせて、どうするのか見ていたら控えめに人差し指を握った。
「……え?」
まさか指を握られるとは思ってないくて、すっとんきょうな声が漏れた。
「あ、ごめ……」
「いや、驚いただけだから気にするな」
「……うん」
記憶を失くす前の戌井を知っているものなら、この光景を見たら驚きそうだ。
「……さっきは、すまなかった」
また、黙ってしまいそうだったから、なだめるのは諦めてしまうことにした。
「君だって好きで思い出してない訳じゃないだろうに、その……怒って、気を遣ってくれたのに差し入れ断って……」
「……ううん、思い出さない私が悪いの」
「いや、記憶喪失なんて人の力でどうにかなるものじゃない。何か、ふとした拍子に思い出すものだ。それは、僕がよく知っている……」
「知り合いが忘れたんだっけ?」
「……あぁ」
知り合い程度の関係値なら、どれほどよかったことだろう。
もし唯一の家族でなくて知り合いだったら、ここまで苦しくもならなかっただろうに……。
「二度もこんなことをしたんだ。殴りたいんだったら殴ってもいい」
戌井の事だからこずくだけで終わりそうだな。
「え、別に要らない」
「そ、そうか」
人と接することなんて、元の世界じゃ放棄していたもの同然だから人をなだめることも、人に謝ることも、その後の事もどうすればいいのかわからないせいで変なことを言ってしまった気がする。
「……これ、食べる?」
戌井は自分の横に置いていた籠を僕に差し出した。
これは、さっき差し入れにと持ってきたものか。
「何が入っているんだ?」
「えっとね。ハムサンド」
「ハムサンドか……」
そういえば昼食を食べてなかったな。
あぁ、昼食を食べてないことを思い出した途端、お腹がすいてきてしまった。
「貰っていいのなら」
「食べていいよ」
「あぁ」
籠にかけられている布をとって、中にあるハムサンドを食べる。
焼かれたパンに染み込んだバター、しゃきしゃきのレタスと少し塩味のするハム、いい塩梅に味があわさって食が進む。
「美味しい」
「……悪くない」
「ならよかった」
ジャケットの下から、涙をためつつも笑顔になっている戌井の顔が見えた。
もう声にも手にも震えはないし、会話していたことで気が紛れたのか、ずいぶんと落ち着いたようだ。
そう思ったのもつかの間、笑顔だったのか悲しそうな表情に変化して、僕を見上げていた視線が床に向いた。
「あのね、私……怒られるのも仕方がないと思ったんの」
「は?君は好きで今の状態になってるんだから、怒られる謂れはないだろう?僕が言うのも、少し違うかもしれないけど……」
「……えっとね」
なにか言うのを迷っているみたいだ。
一体、何を言うつもりなんだろうか。
「私、思い出したくないの」
それを聞いた瞬間、世界から光が消えた気がした。
「そ、それは……どういう、意味だ?」
僕が二度も八つ当たりなんてしたから思い出すことが嫌になってしまったのか?
次から次に頭の中にいろんな事が溢れては消えていった。
「……わかんない。思い出そうとする度に頭が痛くなって、雷以上に怖いものを見る気がして、怖くて思い出せない、思い出したくない……」
「……」
言葉はでなかった。
気分は不快谷底に突き落とされたようなものだった。
この世界で、僕が篠野部カルタだと、本当の意味で知っているのは戌井だけなのに……。
“思い出したくない”?この状態がずっと続くのか?
嫌だ。
そんなの、間違いなく戌井のことを傷つけるし、僕がおかしくなってしまう。
「だから、怒られても仕方ないと思ったの」
「……」
嫌だ、嫌だ。
僕のことを思い出せよ。
忘れるな。
なんで、何が怖いって言うんだよ。
「篠野部くん?」
あぁ、頭がおかしくなりそうだ。
「篠野部、くん?」
返事をしない僕に、不思議に思ったのか戌井がジャケットを少しどけて、僕の顔を覗いてくる。
「……あ、の」
「……そうか」
雷が落ちた。
「ひっ……」
光に怯えて、戌井の視線が僕からそれる。
僕の指を握っていた手を乱暴にならないようにほどいて、かぶせているジャケットをさらに深くかぶせる。
雷が止むまで、僕たちは教室にいた。
その間、会話はなかった。
また昔のことを思い出してしまった。
戌井が記憶喪失になってから、記憶をなくしている頃のお母さんとダブるようになって、連鎖的に昔のことを思い出すようになっている。
昔のことを思い出す度にお母さんに忘れられた時のような不安や絶望、焦り、恐怖、悲しみ、怒り、戌井に向けている嫉妬。
八つ当たりしてしまった罪悪感と負い目。
他にもいろんな感情がまざりあって訳がわからなくなって、胃が締め上げられるような、首を真綿で閉められるような感覚になる。
その不快な感覚と、暴れ狂う、よくわからない混ざりあったどす黒い感情にイラつきが増して蓄積していった結果、感情が制御できなくなって戌井に八つ当たりした。
今も、心の中はぐちゃぐちゃで、だけど頭のどこかだけが変に冷静だった。
戌井のことがあるから、さっきに比べて大分冷静でいられるんだろう。
学校を走り回り戌井を探すこと十分ほど。
雷が落ちて轟音を鳴らし、雨が降って窓を叩く。
もう名前も顔も思い出せない幼馴染みが死んだのも、今日のような日だったんだろうか。
昔を思い出したせいか、柄にもなく干渉に浸るようなことを思ってしまった。
「はぁ……」
ため息が漏れる。
戌井が記憶喪失になってから、いや違う。
カライトが夢に現れてから、冷静でいられなくなることが多くなった。
一瞬、カライトの張り付けたような笑みが脳裏に浮かんだが頭をふって、追い出した。
__ドオォォォォォオオオオン!!
次の瞬間、一際大きな雷が学校の近くに落ちた。
学校の近くに落ちたせいか地面が揺れて、窓が震えて、天井から吊り下げられている明かりが揺れた。
轟音のせいで心臓の音がうるさい。
「夏とはいえ、凄まじい天気だな……」
日本でも、台風が来るとかでなければ、ここまでではなかった気がするんだが……。
「ひっ……グスッ……グスッ……」
「?」
足を止めて、閉まっている窓から空を見上げていると、どこからか喉がひきつったような音と、啜り泣くような声が聞こえてきた。
「戌井?」
戌井の声、なのだろうか?
声に導かれるように早足で進み、ある空き教室にたどりついた。
また雷が落ちて、悲鳴と鳴き声が空き教室の中から聞こえてきた。
「こわいよぉ……」
小さく、情けない声が聞こえてきた。
確定だ。
戌井でなくとも誰かがここにいる。
中にいるのが戌井であることを祈りつつ、空き教室の扉を開けた。
扉を開けた瞬間、悲鳴が聞こえたが声の主は見当たらない。
中に入って誰かいないが探していると、積み上げられている机と椅子の影に人影が見えた。
「戌井?」
名を呼び、人影が見えたところをしゃがみこんで覗き込むと大きな涙の粒をこぼしながら部屋の隅で怯えて震えていた。
「……」
「……」
見たことがない怯えっぷりに、泣き顔、一瞬思考が停止して見つめ合うかたちになった。
見つめあっている内に雷が落ちた。
「いやぁっ!」
戌井が悲鳴を上げて、頭を庇うようにして丸まってしまった。
そういえば、いつか“雷は苦手だ”と誰かから聞いたような、本人から聞いたような気がする。
啜り泣きも、悲鳴も、怯えようも、雷が怖かったからなんだろう。
消音魔法を使えば、と一瞬思ったが、今の戌井には魔法が使えないから、消音魔法を使おうと思っても使えないことに、すぐに気がついた。
僕はすぐに杖を取り出して、消音魔法の詠唱を唱え、教室の外の音を遮断する。
怯えていた戌井は雷が落ちる音も、雨が窓と叩く音も聞こえなくなって不思議に思ったのか、顔を上げて回りを見渡していた。
「音を消したんだ」
「音?魔法で?」
「あぁ、消音魔法。その名の通り、音を消す魔法だ」
僕の言葉を聞いて安堵の息を吐いていた。
だが雷の光だけでもダメなのか、さっきのように雷が落ちたときのまばゆい光が窓から差し込んだとき、戌井はキュウリを見つけた猫のように跳ねた。
「光だけでもダメか」
雷が苦手な人は大抵、音に影響されていると思っていたのだが……。
まぁ、いい。
ジャケットを脱いで、戌井に上からかぶせる。
体格さの問題で、僕のジャケットは戌井の体をすっぽりと覆って隠してしまった。
「これなら大丈夫か?」
「……暗いのやだ」
小さい光の玉を自己魔法で作り出し、ジャケットの中に放り込んだ。
「これで足りるか?」
「……うん」
僕のジャケットの中から聞こえてくる声は、さっきよりも震えが増しになってきているように思える。
ふと足が引っ張られているような感覚がして、見てみたらズボンの裾を戌井が掴んでいた。
それを気がつかない振りをして、ジャケットの中の戌井の様子をうかがう。
大分落ち着いたようだが、まだ震えている。
さて、どうしたものか。
さっきのことを謝らないといけないのはそうだが、一先ず落ち着かせることが先だろう。
だけど、僕は人をなだめる方法なんて知らない。
思い付くことといえば、せいぜい隣いてやる事くらいだ。
あとは、昔の夢に出てきた幼い僕がお母さんにやっていたように抱き締めるとか?
いや、流石に同い年の異性を抱き締めるのはちょっと……。
戌井に嫌がられたら本末転倒だし……。
そう考えていると、空いた手を光の玉に添えるように近づけた戌井が口を開いた。
「これ、暖かい」
「ん?あぁ、まぁ、光源だからな。火だって触ると暑いだろ?一応、そこら辺配慮して作ったが、触らない方がいい」
「ん、わかった」
火よりも電球とかの方が理論的に近いんだけどな。
まぁ、ライトだって触ると熱いし似たようなものだろう。
ここで、会話が苦手なのが裏目に出てしまった。
何かするでなく喋るだけでも気をまぎらわせることがだろうに……。
いつもよく喋っている戌井が喋らない以上、僕が喋る他ないんだが……。
気まずい沈黙が流れて、どれくらいだっただろうか。
未だ雨も雷も止まない中、戌井が握っていたズボンの裾を離して手をさ迷わせて、どうするのか見ていたら控えめに人差し指を握った。
「……え?」
まさか指を握られるとは思ってないくて、すっとんきょうな声が漏れた。
「あ、ごめ……」
「いや、驚いただけだから気にするな」
「……うん」
記憶を失くす前の戌井を知っているものなら、この光景を見たら驚きそうだ。
「……さっきは、すまなかった」
また、黙ってしまいそうだったから、なだめるのは諦めてしまうことにした。
「君だって好きで思い出してない訳じゃないだろうに、その……怒って、気を遣ってくれたのに差し入れ断って……」
「……ううん、思い出さない私が悪いの」
「いや、記憶喪失なんて人の力でどうにかなるものじゃない。何か、ふとした拍子に思い出すものだ。それは、僕がよく知っている……」
「知り合いが忘れたんだっけ?」
「……あぁ」
知り合い程度の関係値なら、どれほどよかったことだろう。
もし唯一の家族でなくて知り合いだったら、ここまで苦しくもならなかっただろうに……。
「二度もこんなことをしたんだ。殴りたいんだったら殴ってもいい」
戌井の事だからこずくだけで終わりそうだな。
「え、別に要らない」
「そ、そうか」
人と接することなんて、元の世界じゃ放棄していたもの同然だから人をなだめることも、人に謝ることも、その後の事もどうすればいいのかわからないせいで変なことを言ってしまった気がする。
「……これ、食べる?」
戌井は自分の横に置いていた籠を僕に差し出した。
これは、さっき差し入れにと持ってきたものか。
「何が入っているんだ?」
「えっとね。ハムサンド」
「ハムサンドか……」
そういえば昼食を食べてなかったな。
あぁ、昼食を食べてないことを思い出した途端、お腹がすいてきてしまった。
「貰っていいのなら」
「食べていいよ」
「あぁ」
籠にかけられている布をとって、中にあるハムサンドを食べる。
焼かれたパンに染み込んだバター、しゃきしゃきのレタスと少し塩味のするハム、いい塩梅に味があわさって食が進む。
「美味しい」
「……悪くない」
「ならよかった」
ジャケットの下から、涙をためつつも笑顔になっている戌井の顔が見えた。
もう声にも手にも震えはないし、会話していたことで気が紛れたのか、ずいぶんと落ち着いたようだ。
そう思ったのもつかの間、笑顔だったのか悲しそうな表情に変化して、僕を見上げていた視線が床に向いた。
「あのね、私……怒られるのも仕方がないと思ったんの」
「は?君は好きで今の状態になってるんだから、怒られる謂れはないだろう?僕が言うのも、少し違うかもしれないけど……」
「……えっとね」
なにか言うのを迷っているみたいだ。
一体、何を言うつもりなんだろうか。
「私、思い出したくないの」
それを聞いた瞬間、世界から光が消えた気がした。
「そ、それは……どういう、意味だ?」
僕が二度も八つ当たりなんてしたから思い出すことが嫌になってしまったのか?
次から次に頭の中にいろんな事が溢れては消えていった。
「……わかんない。思い出そうとする度に頭が痛くなって、雷以上に怖いものを見る気がして、怖くて思い出せない、思い出したくない……」
「……」
言葉はでなかった。
気分は不快谷底に突き落とされたようなものだった。
この世界で、僕が篠野部カルタだと、本当の意味で知っているのは戌井だけなのに……。
“思い出したくない”?この状態がずっと続くのか?
嫌だ。
そんなの、間違いなく戌井のことを傷つけるし、僕がおかしくなってしまう。
「だから、怒られても仕方ないと思ったの」
「……」
嫌だ、嫌だ。
僕のことを思い出せよ。
忘れるな。
なんで、何が怖いって言うんだよ。
「篠野部くん?」
あぁ、頭がおかしくなりそうだ。
「篠野部、くん?」
返事をしない僕に、不思議に思ったのか戌井がジャケットを少しどけて、僕の顔を覗いてくる。
「……あ、の」
「……そうか」
雷が落ちた。
「ひっ……」
光に怯えて、戌井の視線が僕からそれる。
僕の指を握っていた手を乱暴にならないようにほどいて、かぶせているジャケットをさらに深くかぶせる。
雷が止むまで、僕たちは教室にいた。
その間、会話はなかった。
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