苦手な人と共に異世界に呼ばれたらしいです。……これ、大丈夫?

猪瀬

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子は鎹

164 思い出したくないこと

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誰かの視点

あれからいくらかして、カルタと永華は落雷が止むまで、あの教室にいた。

 落雷が止めば、カルタは近くにいたナーズビアのもとに送り届け、そのままの足でどこかにフラりと消えてしまった。

 カルタが消えた先は、ある教室でいきなりきて早急に確認しなければならない手紙が実家から届いて、手紙の内容を確認しているレーピオのもとだった。

 その周囲には、永華に記憶を取り戻して貰うための会議をしていた、いつものメンバーが揃っていた。

「アスクス」

「ほわっ!?篠野部くん!?ど、どうしたんですかあ……?」

 レーピオは集中していたこともあり、音もなく部屋に戻ってきたカルタに気がつくことはなく、声をかけられたことで気がついたレーピオ達は飛び上がった。

「……外傷が原因で記憶喪失になった者は保険医の言う通り数日から数ヵ月で思い出すんだよな?」

「え?あ、あぁ、色々調べましたけど、先生の言っている通りですねえ」

「なら、心因性の場合は原因の解決なんかで思い出すよな?」

「そうですけどお……」

 レーピオ達はカルタの言葉の真意がわからず、困惑していた。

「なら、外傷が原因で記憶を失くした者が、恐らくはトラウマの類いが原因で思い出したくないと思っているのなら、どうなるんだ?」

 その場の空気が凍りついた。

 皆、察したのだ。

 カルタが言っているのは永華の事だと、永華は何かを恐れて思い出したくないと言ってるのだと。

「……数ヵ月どころではすまないかもしれませんねえ。事と次第によっては、一生……」

 誰かが息を飲む音がした。

「で、でも荒療治になるけど方法はあるんでしょう?アタシ、お世話になっている人に何か方法は知らないかと聞いたら“ある”って返ってきたわよ。詳しいことは、教えて貰わなかったけど……」

「あるにはありますけどお……。恐らくララさんがお世話になっている人が言っている方法、あれは捕虜や犯罪者に使う記憶を覗く魔法を応用したもので、緊急時にしか使いません」

 緊急時、たとえば王族や上級貴族、国の重要人物が記憶喪失に陥ってしまった時に、どうしても当人の記憶が必要な場合のみに使われる。

「……仮に本人が希望したとしても、その“トラウマ”を思い出して、はたして永華さんの心は持つのでしょうかあ」

「っ……!」

「使ったとして、仮説だけで実証を行っていない方法ですので、どれほど精神に影響を及ぼすかもわからない方法なんですよお……」

 そう、この術は昔から仮説しか出ておらず、実行には移していない。

 王族や貴族、国の重要人物が記憶喪失になることなんて近衛兵や護衛に守られており怪我なんてほとんどしないことから少ない例であり、状況が特殊が故に仮説でとどまっているのだ。

 ラットに対しての実験すら行われていないようなものなので、永華に対して使えるわけもない。

 まぁ、どこぞの学生よりも黒い粘性のある何かの研究を優先しようとしている者達ならば、考えるまでもなく実行していそうだが……。

 まぁ、そうなろうとも教師達が生徒を守るだろうから懸念はないのだ。

「肉体的な怪我なら、医者はどうにかできますが……。流石に、心の傷は無理ですよお……」

 言葉の最後の方は絞り出すかのように小さくなっていき、レーピオは頭を抱えた。

 たとえ過去、王族が患っていた難病を治した一族であれ、精神的な傷は、心の傷は専門外なのだ。

「も、もし、戻らなかったら……。どうなるんだ……?」

「私たちのことを忘れたまま、でしょうね。でも、いくら私たちや先生達が教えているとはいえ、一年分の学力差があるのも同じだし、退学はなくても留年、かしら……」

 ミューが冷静に、けれど冷や汗をかきつつ分析する。

 カルタだけは知っている

 永華は記憶と共に魔法すらも失ってしまっていることを、記憶だけならまだしも魔法もなくなってしまえば生徒ではいられない。

 永華が“魔導師殺しの劇薬”と呼ばれる“神秘の魔法薬”を投与され、魔法が使えなくなっていると知っているのは見ていたケイネとビーグル、カルタ、そして先生達と本人である永華だけである。

 原因としては、魔導師殺しなんて呼ばれているものが使われたと広まってしまうとミア帝国と外交問題になりかねない。

 その影響はメルトポリア王国だけでなく、他国にまで影響が届く可能性がある。

 もっと言えば、これを好機とし魔族をよく思わないもの達が動き出してもおかしくないのである。

 話が広がっていない今ならば、真犯人を見つけ出して解決してしまえばいくら情報が出ようが大衆のヘイトはミア帝国や魔族ではなく犯人に向くだろう。

 過去にご禁制として規制された魔法薬のレシピを盗み出し、使用した犯人が悪い。

 世論はそういう風に流れるだろう。

 だから、ことが解決するまでは不用意に情報は表に出せない。出しては行けないのだ。

 だから知っている者は一部だけになっている。

 他の者に話すことも、情報が漏れる可能性を考えてできない。

 それに魔法学校に、仮に知識だけで魔法学校に在籍しようと試みても、それをなしえる卓越した技術も知恵もない。

 あったとしても、それは記憶と共に、どこかに消えてしまっているのが現状だ。

「留年?それって、また一年生からやり直すってことことですわよね?私、嫌ですわ……」

「俺もだ。忘れられたままなのも勘弁だ。この一ヶ月で実感した、忘れられることがどれほど辛くて怖いことなのか……」

 学内で一際仲のいい彼らは実感していた。

 友に忘れられることが、どれほどの苦痛を感じて、不安をうみだし自分達も忘れてしまった本人も苦しめてしまうのか。

 親類が記憶を失くしたカルタが精神的に病んでしまって、永華が同じ状態になったときになんで掴みかかってしまったのも、少しながらわかったのだ。

「でも、仕方のないことでしょ。私達が騒いでどうにかなっているのなら、もうとっくの昔に思い出しているわよ」

「ミミちゃんは、怖くないんですの?」

「私だって、怖いわよ……!でも、仕方がないじゃない。永華が思い出したくないって言ってるんだから……」

 最初は叫ぶように話していたのに、言葉尻は萎んでいっていた。

 誰だって、思い出して欲しいと思っている。

 自分が忘れられたっていいなんて思う者はいないに等しいだろう。

 だが、永華本人が思い出したいと思わなければ記憶は戻らないだろう現状、希望はないに等しい。

 何かの拍子の思い出すかもしれないけど、それが起こる確率だって低いものだ。

 重たい空気が、その場を支配する。

「チッ……」

 ベイノットは思わず舌打ちを漏らすが、降り続ける雨も重たい空気も、消えることはなかった。

 最初に荒療治を提案してから、ずっと喋らなかったララが口を開いた。

「アタシ、つくづく思うんだけれど神様は残酷よね」

 その言葉がスラムで育ったことが原因なんだろうか。

 だが、この場にいる誰もが、それに同意してしまうのも無理はない話である。

 永華に記憶を取り戻して貰うための会議は一時中断。

 心の整理のために、各自解散となった。

 カルタは、自失茫然といった様子で廊下を進む。

 フラり、フラりと進んでいると、いつの前にか雨は止んでおり、裏庭にたどり着いていた。

 それから少し曇天に染まっている空を眺めて、カルタは図書館に向かった。

 僕がやるしかない。

 僕がやるしかないから、前よりも頑張らないといけない。

 そんなカルタの考えは誰にも知られることはなかった。
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