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三章 敗北者達の叫び
ボーリングピン
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砂煙が上がるような怒涛の勢いで北川軍が一斉に斜面を駆け下りてくる。感じ取れるのは勢いのまま短期決戦で決着を付けるという意思。もはや弓で牽制するという様子見さえ必要無いと言わんばかりの猛烈さ。俺達への小細工は不要だと見て取れる。
悔しいがその判断は間違いなく正しい。
「印字隊 (投石部隊)、準備はできているな? 合図があるまでそのまま待機だ。充分に引き付けるぞ」
しかし今の俺は大将である以上、それを肯定する訳にはいかない。さも必勝の策があると言わんばかりの態度で声を掛ける。こちらにも意地がある。
投石用のスリングを振り回しても味方とぶつからない絶妙な配置の道清率いる常備兵。ただ大きく広がるのではなく、しっかりと陣形として密集している。これが初めての戦いとは思えない程の落ち着きだ。俺の事を信頼し、勝てると信じてくれている。
「馬路党、盾構え。突撃姿勢。合図があるまで待て!」
『押忍!!』
軍先頭の中央部に配置した馬路党にも突撃準備の命令を出す。俺の言葉を受けて党員達は一斉に巨大な盾を身体の前方へ。いつでも走り出せるよう中腰となる。とても頼もしい姿だ。
その信頼に応えるために行なう今回の作戦がこれ。実に単純なものである。敵が印字隊の射程範囲に入った瞬間一斉に石を投げ、ひるんだ所で馬路党が突撃して突き崩すというもの。その後は馬路党が右に逸れ、空いた箇所に二陣として根来衆が突撃、最後は海賊衆も加わってこれら三隊が分断して各個撃破するという作戦である。
全ては初撃の印字隊と馬路党の活躍にかかっていた。
作戦として考えるなら失格かもしれない。本来なら将棋の駒を動かすよう、緻密な動かし方をしなければ数の不利は補えないからだ。大兵力の力押しに対抗するには普通なら策が必要となる。
──しかし現実にはそんな都合の良い事はできない。実際の戦いはゲームとは違う。
なら選択するのは可能な限り簡単な指示。複雑な動きは要求をしないと言うか、そもそもできない。ましてや俺も皆も戦には不慣れである。
様々な要素を鑑みた結果、選択したのは一点突破だった。
作戦を話した時、俺達が初陣である事を懸念したのか、大弐からは「一番槍は俺達が受け持とうか?」と嬉しい提案をしてくれるが、少し考えた後「二番槍で馬路党の手助けを頼む」とお願いした。大弐の言い分は凄く分かるが、実戦に不慣れな馬路党では状況に応じた臨機応変な動きはできないと考えたからだ。長正は俺の考えもそっちのけで一番槍の栄誉を頂いたとばかりに喜んでいた。実情はこんなものである。
つまり今回は単純な指示ながらも、新人をベテランがサポートする布陣。だが下手をすると、初撃で総崩れとなるギャンブルとも言える作戦でもある。さて鬼が出るか蛇が出るか。
そうこうする内にもついに北川軍が眼前へと迫ってくる。印字隊の射程範囲となる地面に引いた線を越えるまで後少し。恥ずかしい話だが、目測でどの程度が印字隊の射程距離なのか分からなかった俺は、事前に道清に距離を聞いて目印となる線を予め引いておいた。カンニングペーパーと同じと言える。
「よーし、準備は良いかお前等。……五、四、三、二、一、放て!!」
俺の合図と共に、一斉に北川軍目掛けて石が投げ入れられる。十分に距離を引き付けた上での放物線を描く山なりの軌道。タイミングばっちり。
ここで面白い現象が起きる。ただの投石攻撃だというのに、北川軍の動きが鈍くなった。中には間抜け面して石の軌道を目で追っている者までいる。
「この機を逃すな! 馬路党突撃!」
『押忍!!』
何故そんな事になったのか?
──原因は「面制圧攻撃」。
絵本「スイミ〇」と同じ効果だ。一個の石自体は小さく恐さもないが、それが同じ空間に一〇〇個、一五〇個と集まれば、それは大きな脅威となる。もしかしたら相手方は、逃げ場の無い散弾が降ってきたと認識しているかもしれない。そんな時、得てして人はどういった行動を選択すれば良いかが分からなくなり、「何もしない」という最悪の行動を選択してしまいがちである。
この面制圧攻撃のカラクリは皆が同じタイミングで投げる事。ただそれだけ。けれどもそれが意外にできない。こういった一斉投射の場合は通常散発的となり、多くはタイミングがずれる。
常備兵が行なっていた全体行進はこの布石である。皆が一斉に手や足を動かすまで多くの時間が必要だった。ましてや一斉投射となると、より多くの訓練時間が必要となる。道清も苦労しただろう。
そういった理由で弓を始めとする遠隔攻撃は三人で一つの目標を狙うような場合が多い。効率から考えれば間違いなくこちらの方が成果が上となる。確実に一つずつ戦闘不能に追い込めるのがその理由と言えよう。
俺もその辺りは充分に理解している。成果だけで言うなら、この面制圧は思った以上に少ない。しかし今回はそれで良い。
何故なら戦いにおいて必要なのは如何にして相手の戦意を奪うかだからだ。集団戦は士気がとても重要となる。自分達が不利と見るや逃げ出し始め、戦線が崩壊するのは集団戦ならばこそ起こる現象と言える。極論、誰一人殺さなくとも敵を逃走に追い込めばそれで勝つ。
──この面制圧攻撃は、相手の出鼻を挫き、浮き足立たせるという意味しかない。
その証拠に、降ってきた石が北川兵に当たった瞬間こそ悲鳴を上げていたが、損害が軽微だと分かった瞬間に安堵感に包まれたような雰囲気となっていた。
しかしここで、
「馬路党推参!!」
上り坂を軽々と走破し、猛烈なスピードで北川軍に迫った馬路党五〇名がその中に突撃する。ブレーキが壊れたトラックと言っても語弊の無い無慈悲な大盾を用いての体当たり。緊張感の抜けた中でこの攻撃はどれ程の痛さか。ましてやその後には金砕棒まで待っている。さあ叫べ、恐怖しろ。
今回の作戦で馬路党を一番槍としたのはこれが理由であった。党員にはこれまで徹底的な肉体改造を行わせていたが、最も重視したのは下半身である。
もし最高の兵士を求めるとすれば、何を最も重視するか? 多くは強い力や戦闘力、もしくは過酷な環境にも耐えられる強靭な精神と答えるだろう。
俺の場合は違った。求めたのは強靭な下半身。荒れた道や山でも難なく走破し、一日中歩いてもビクともしない脚力。上背の力を要らないとは言わないが、何をするにしても下半身の強さのある・無しで効果は大きく違う。
鍛錬は本当に過酷の一言であった。砂浜をひたすら走る。浅瀬をただ歩く。山道を無意味に上り下りする。そうした地味で華の無い身体作りを続けさせた。短時間で効率の良い……などという甘えた幻想は一切無い。ひたすらに基礎、基礎、基礎の繰り返し。本気の戦闘集団を目指していたからこそ、小手先の技術ではなく身体能力の向上に努めた。
そんな奴等の突撃である。経験や技術こそ足りないものの、きっとその身体能力で全てをねじ伏せてくれると思っていたのだが……
「嘘!?」
ねじ伏せる所か北川兵を勢いのまま軽々と弾き飛ばしていた。
まさにボーリングピンの状態と言うべきか、北川兵を次々と打ち倒していく。低い姿勢からの猛烈な体当たり。突き出した大盾が北川兵の顔面を痛打し、戦列を崩す。誰もその勢いは止められず、また一人弾き飛ばされる。気が付けば「ストライク!」と大声を上げたくなる痛快な現象が、現在進行形で拡大していく。
「あっははははは…………はぁ」
後はお約束のような全軍撤退。足の竦んだ一人が悲鳴を上げ回れ右をすると、それが全体へと波及する。通称「裏崩れ」。本来なら囲まれて絶体絶命になってもおかしくなかった無謀な突撃が一転、大勢のオーディエンスを恐怖のズンドコへと叩き落とす単独ライブへと早変わり。アンコールの声は起こらない。
馬路党が強過ぎたのか、それとも北川軍が弱過ぎたかは俺には分からない。ただ一つ言える事があるとするなら、俺達の出番は何もしない内に終りを告げていた。
吠える馬路党員とは対照的に、俺達はただ呆然と立ち尽くす。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
烏ヶ森城から数多くの笠が振られている。この時代の降伏は白旗ではなく一般的にはこちらとなる。白旗が共通認識として降伏の意になったのは近代に入ってからであり、戦時国際法によって定められたらしい。その上、日本においての白旗は源氏の旗印という認識があった。
「加茂城でもそうだったが、こっちもかよ。……まあ、楽して落とせたから良しとするか」
逃げ帰った北川軍はそのまま城に篭る事となったのだが、こんな小競り合いで死者が出るのも馬鹿馬鹿しいかと思い、北川家の家臣小笹 民部に降伏を促す役割を任せた。先程の馬路党による突撃で脳震盪を起こし倒れていたのを拾って再利用した形である。
裏切った所で痛い人材ではないが、使者として送り出す前に馬路 長正が金砕棒でフルスイングのパフォーマンスをする。それだけで背筋をピンと立たせるのだから、相当あの突撃が恐かったのだろう。トラウマにならない事を祈る。
ともあれ、降伏条件は単純であり屈辱的である。領地を全て俺に差し出す事、それだけだった。勿論、俺の下で働きたい者は直接召抱え、各部署に割り振りする。俸禄による雇用だ。しかも、衣を除く食住はこちらで面倒を見るという内容だった。それは北川家の領地に住まう住人全員が対象である。
この時代の常識に照らし合わせれば、戦の責任者である北川 玄蕃及び一族郎党の首を取るのが本来となるが、如何せん現在の俺の治める一帯は絶賛人手不足の状態。猫の手も借りたいほどとなっているので、一人でも人材を確保したいという実情である。
──つまり、降伏して領地さえ差し出せばお咎めは無し。ついでに生活の保証までするという何とも手ぬるいものだった。
そのお陰かどうか分からないが、加茂城では使者として小笹 民部が受け入れられたすぐ後、大盛り上がり。彼が報告にやって来る前に城 (と言うよりは砦未満)から兵が出てきて「食い物を寄越せ」と騒ぎ出す始末。戦が始まる前よりも今の方が格段に忙しくなっていた。
さすがにすぐ全員の食事の手配をするのは無理であるために「しばらく待て」と言うと、今度は烏ヶ森城の城攻めを手伝うというとんでもない展開へと発展。何も考えずに軽い気持ちでその提案を受け入れると、烏ヶ森城を囲んだ際に一斉に楚の歌を歌い出す……という事は無く、一斉に「降伏したら飯も食えて酒も飲めるぞ」と叫びだした。酒を飲ますとは一言も言っていないのに勝手に追加するという図々しさ。
そうして飯と酒欲しさに北川兵は全員が降伏し、烏ヶ森城は落城となった。
これが俺の初陣の顛末であるが……何と言うか、本気で何もしていない。冗談抜きで山賊を懲らしめたとしか言いようがない顛末である。呆気ない幕切れであった。
落城後に連行された北川 玄蕃と少し話したが、ずっと俺達の事が羨ましかったそうだ。しかし、簡単に頭を下げると安く見られてしまうかもしれないというプライドが邪魔してか、ずるずると年月が過ぎて行く。
今回の武装蜂起は自分の命を捨てるつもりで行なったらしい。何度もこうなる前に頭を下げていれば良かったと後悔したと言っていた。それほど村の生活が逼迫していたのだろう。間近に奈半利一帯の発展具合を見ていたからか、勝てるとは思っていなかったと言う。仮に初戦で勝ったとしても、その後が続かないと分かっていたらしい。
その上であの戦い。見事としか言いようがないと何故か褒められる。俺は俺で「特に何もしていない」と正直に答えたが、信じてはもらえなかった。
こうして俺は三〇〇の兵を率いて戦場に赴いた日、約六倍の人数で凱旋するというよく分からない出来事に直面する事となった。…………何かが間違っている。
悔しいがその判断は間違いなく正しい。
「印字隊 (投石部隊)、準備はできているな? 合図があるまでそのまま待機だ。充分に引き付けるぞ」
しかし今の俺は大将である以上、それを肯定する訳にはいかない。さも必勝の策があると言わんばかりの態度で声を掛ける。こちらにも意地がある。
投石用のスリングを振り回しても味方とぶつからない絶妙な配置の道清率いる常備兵。ただ大きく広がるのではなく、しっかりと陣形として密集している。これが初めての戦いとは思えない程の落ち着きだ。俺の事を信頼し、勝てると信じてくれている。
「馬路党、盾構え。突撃姿勢。合図があるまで待て!」
『押忍!!』
軍先頭の中央部に配置した馬路党にも突撃準備の命令を出す。俺の言葉を受けて党員達は一斉に巨大な盾を身体の前方へ。いつでも走り出せるよう中腰となる。とても頼もしい姿だ。
その信頼に応えるために行なう今回の作戦がこれ。実に単純なものである。敵が印字隊の射程範囲に入った瞬間一斉に石を投げ、ひるんだ所で馬路党が突撃して突き崩すというもの。その後は馬路党が右に逸れ、空いた箇所に二陣として根来衆が突撃、最後は海賊衆も加わってこれら三隊が分断して各個撃破するという作戦である。
全ては初撃の印字隊と馬路党の活躍にかかっていた。
作戦として考えるなら失格かもしれない。本来なら将棋の駒を動かすよう、緻密な動かし方をしなければ数の不利は補えないからだ。大兵力の力押しに対抗するには普通なら策が必要となる。
──しかし現実にはそんな都合の良い事はできない。実際の戦いはゲームとは違う。
なら選択するのは可能な限り簡単な指示。複雑な動きは要求をしないと言うか、そもそもできない。ましてや俺も皆も戦には不慣れである。
様々な要素を鑑みた結果、選択したのは一点突破だった。
作戦を話した時、俺達が初陣である事を懸念したのか、大弐からは「一番槍は俺達が受け持とうか?」と嬉しい提案をしてくれるが、少し考えた後「二番槍で馬路党の手助けを頼む」とお願いした。大弐の言い分は凄く分かるが、実戦に不慣れな馬路党では状況に応じた臨機応変な動きはできないと考えたからだ。長正は俺の考えもそっちのけで一番槍の栄誉を頂いたとばかりに喜んでいた。実情はこんなものである。
つまり今回は単純な指示ながらも、新人をベテランがサポートする布陣。だが下手をすると、初撃で総崩れとなるギャンブルとも言える作戦でもある。さて鬼が出るか蛇が出るか。
そうこうする内にもついに北川軍が眼前へと迫ってくる。印字隊の射程範囲となる地面に引いた線を越えるまで後少し。恥ずかしい話だが、目測でどの程度が印字隊の射程距離なのか分からなかった俺は、事前に道清に距離を聞いて目印となる線を予め引いておいた。カンニングペーパーと同じと言える。
「よーし、準備は良いかお前等。……五、四、三、二、一、放て!!」
俺の合図と共に、一斉に北川軍目掛けて石が投げ入れられる。十分に距離を引き付けた上での放物線を描く山なりの軌道。タイミングばっちり。
ここで面白い現象が起きる。ただの投石攻撃だというのに、北川軍の動きが鈍くなった。中には間抜け面して石の軌道を目で追っている者までいる。
「この機を逃すな! 馬路党突撃!」
『押忍!!』
何故そんな事になったのか?
──原因は「面制圧攻撃」。
絵本「スイミ〇」と同じ効果だ。一個の石自体は小さく恐さもないが、それが同じ空間に一〇〇個、一五〇個と集まれば、それは大きな脅威となる。もしかしたら相手方は、逃げ場の無い散弾が降ってきたと認識しているかもしれない。そんな時、得てして人はどういった行動を選択すれば良いかが分からなくなり、「何もしない」という最悪の行動を選択してしまいがちである。
この面制圧攻撃のカラクリは皆が同じタイミングで投げる事。ただそれだけ。けれどもそれが意外にできない。こういった一斉投射の場合は通常散発的となり、多くはタイミングがずれる。
常備兵が行なっていた全体行進はこの布石である。皆が一斉に手や足を動かすまで多くの時間が必要だった。ましてや一斉投射となると、より多くの訓練時間が必要となる。道清も苦労しただろう。
そういった理由で弓を始めとする遠隔攻撃は三人で一つの目標を狙うような場合が多い。効率から考えれば間違いなくこちらの方が成果が上となる。確実に一つずつ戦闘不能に追い込めるのがその理由と言えよう。
俺もその辺りは充分に理解している。成果だけで言うなら、この面制圧は思った以上に少ない。しかし今回はそれで良い。
何故なら戦いにおいて必要なのは如何にして相手の戦意を奪うかだからだ。集団戦は士気がとても重要となる。自分達が不利と見るや逃げ出し始め、戦線が崩壊するのは集団戦ならばこそ起こる現象と言える。極論、誰一人殺さなくとも敵を逃走に追い込めばそれで勝つ。
──この面制圧攻撃は、相手の出鼻を挫き、浮き足立たせるという意味しかない。
その証拠に、降ってきた石が北川兵に当たった瞬間こそ悲鳴を上げていたが、損害が軽微だと分かった瞬間に安堵感に包まれたような雰囲気となっていた。
しかしここで、
「馬路党推参!!」
上り坂を軽々と走破し、猛烈なスピードで北川軍に迫った馬路党五〇名がその中に突撃する。ブレーキが壊れたトラックと言っても語弊の無い無慈悲な大盾を用いての体当たり。緊張感の抜けた中でこの攻撃はどれ程の痛さか。ましてやその後には金砕棒まで待っている。さあ叫べ、恐怖しろ。
今回の作戦で馬路党を一番槍としたのはこれが理由であった。党員にはこれまで徹底的な肉体改造を行わせていたが、最も重視したのは下半身である。
もし最高の兵士を求めるとすれば、何を最も重視するか? 多くは強い力や戦闘力、もしくは過酷な環境にも耐えられる強靭な精神と答えるだろう。
俺の場合は違った。求めたのは強靭な下半身。荒れた道や山でも難なく走破し、一日中歩いてもビクともしない脚力。上背の力を要らないとは言わないが、何をするにしても下半身の強さのある・無しで効果は大きく違う。
鍛錬は本当に過酷の一言であった。砂浜をひたすら走る。浅瀬をただ歩く。山道を無意味に上り下りする。そうした地味で華の無い身体作りを続けさせた。短時間で効率の良い……などという甘えた幻想は一切無い。ひたすらに基礎、基礎、基礎の繰り返し。本気の戦闘集団を目指していたからこそ、小手先の技術ではなく身体能力の向上に努めた。
そんな奴等の突撃である。経験や技術こそ足りないものの、きっとその身体能力で全てをねじ伏せてくれると思っていたのだが……
「嘘!?」
ねじ伏せる所か北川兵を勢いのまま軽々と弾き飛ばしていた。
まさにボーリングピンの状態と言うべきか、北川兵を次々と打ち倒していく。低い姿勢からの猛烈な体当たり。突き出した大盾が北川兵の顔面を痛打し、戦列を崩す。誰もその勢いは止められず、また一人弾き飛ばされる。気が付けば「ストライク!」と大声を上げたくなる痛快な現象が、現在進行形で拡大していく。
「あっははははは…………はぁ」
後はお約束のような全軍撤退。足の竦んだ一人が悲鳴を上げ回れ右をすると、それが全体へと波及する。通称「裏崩れ」。本来なら囲まれて絶体絶命になってもおかしくなかった無謀な突撃が一転、大勢のオーディエンスを恐怖のズンドコへと叩き落とす単独ライブへと早変わり。アンコールの声は起こらない。
馬路党が強過ぎたのか、それとも北川軍が弱過ぎたかは俺には分からない。ただ一つ言える事があるとするなら、俺達の出番は何もしない内に終りを告げていた。
吠える馬路党員とは対照的に、俺達はただ呆然と立ち尽くす。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
烏ヶ森城から数多くの笠が振られている。この時代の降伏は白旗ではなく一般的にはこちらとなる。白旗が共通認識として降伏の意になったのは近代に入ってからであり、戦時国際法によって定められたらしい。その上、日本においての白旗は源氏の旗印という認識があった。
「加茂城でもそうだったが、こっちもかよ。……まあ、楽して落とせたから良しとするか」
逃げ帰った北川軍はそのまま城に篭る事となったのだが、こんな小競り合いで死者が出るのも馬鹿馬鹿しいかと思い、北川家の家臣小笹 民部に降伏を促す役割を任せた。先程の馬路党による突撃で脳震盪を起こし倒れていたのを拾って再利用した形である。
裏切った所で痛い人材ではないが、使者として送り出す前に馬路 長正が金砕棒でフルスイングのパフォーマンスをする。それだけで背筋をピンと立たせるのだから、相当あの突撃が恐かったのだろう。トラウマにならない事を祈る。
ともあれ、降伏条件は単純であり屈辱的である。領地を全て俺に差し出す事、それだけだった。勿論、俺の下で働きたい者は直接召抱え、各部署に割り振りする。俸禄による雇用だ。しかも、衣を除く食住はこちらで面倒を見るという内容だった。それは北川家の領地に住まう住人全員が対象である。
この時代の常識に照らし合わせれば、戦の責任者である北川 玄蕃及び一族郎党の首を取るのが本来となるが、如何せん現在の俺の治める一帯は絶賛人手不足の状態。猫の手も借りたいほどとなっているので、一人でも人材を確保したいという実情である。
──つまり、降伏して領地さえ差し出せばお咎めは無し。ついでに生活の保証までするという何とも手ぬるいものだった。
そのお陰かどうか分からないが、加茂城では使者として小笹 民部が受け入れられたすぐ後、大盛り上がり。彼が報告にやって来る前に城 (と言うよりは砦未満)から兵が出てきて「食い物を寄越せ」と騒ぎ出す始末。戦が始まる前よりも今の方が格段に忙しくなっていた。
さすがにすぐ全員の食事の手配をするのは無理であるために「しばらく待て」と言うと、今度は烏ヶ森城の城攻めを手伝うというとんでもない展開へと発展。何も考えずに軽い気持ちでその提案を受け入れると、烏ヶ森城を囲んだ際に一斉に楚の歌を歌い出す……という事は無く、一斉に「降伏したら飯も食えて酒も飲めるぞ」と叫びだした。酒を飲ますとは一言も言っていないのに勝手に追加するという図々しさ。
そうして飯と酒欲しさに北川兵は全員が降伏し、烏ヶ森城は落城となった。
これが俺の初陣の顛末であるが……何と言うか、本気で何もしていない。冗談抜きで山賊を懲らしめたとしか言いようがない顛末である。呆気ない幕切れであった。
落城後に連行された北川 玄蕃と少し話したが、ずっと俺達の事が羨ましかったそうだ。しかし、簡単に頭を下げると安く見られてしまうかもしれないというプライドが邪魔してか、ずるずると年月が過ぎて行く。
今回の武装蜂起は自分の命を捨てるつもりで行なったらしい。何度もこうなる前に頭を下げていれば良かったと後悔したと言っていた。それほど村の生活が逼迫していたのだろう。間近に奈半利一帯の発展具合を見ていたからか、勝てるとは思っていなかったと言う。仮に初戦で勝ったとしても、その後が続かないと分かっていたらしい。
その上であの戦い。見事としか言いようがないと何故か褒められる。俺は俺で「特に何もしていない」と正直に答えたが、信じてはもらえなかった。
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