国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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四章 遠州細川家の再興

種子島とネジと

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「何だよ、そのしけた面は。折角いの一番にボウズに見せてやろうと持ってきたんだから、もう少し嬉しそうな顔をしろよ」

「……そりゃ売ってくれるんなら大喜びもするが、今回も自慢するだけだろ? せめて撃たしてくれるっていうなら分かるが、それも無理じゃないのか?」

 算長に付き従う若い男が大事そうに抱えているひつ (木箱)の中身がきっと種子島銃のオリジナルなのだろう。つい視線がそちらの方に流れてしまう。

 言葉とは裏腹に算長は俺の態度を見てご満悦の様子。俺の方はと言えば強がるのが精一杯だった。

「当たり前だろ。ボウズの悔しがる顔を見に来たんだから。けど安心しな。複製が成功したらきちんと売ってやるから。それまでのお預けと思えば悪くないだろう」

「はっきりと『悔しがる顔を見に来た』とか言うな! 協力しないぞ。……まあ、俺達が余計な事をしなくても津田殿は何とかするだろうがな……」

「一体何の事だ? もしかして火縄銃を複製するために必要な何かを知っているのか?」

「そういうの良いから早く見せてくれ! 撃つのは我慢するから。頼む。この通りだ」

「最初からそう言えば良いんだよ。後でさっきの話の続きを聞かせてもらうからな」

 残念ながらその強がりも長くは続かない。何とか話題を逸らそうとしたものの、目の前に銃があると思うとそれを見たいという欲望には逆らえずにあっさりと掌を返す。その姿を見て算長は、自身の策が成功したかのようにニタリとした笑顔になっていた。

「おっー、これか」

 櫃から取り出したオリジナル種子島銃を奪うように手にする。横から「おい、コラ」とか言われているが既に俺の耳には届かない。銃床 (ストック)の感触を確かめ、被筒 (ハンドガード)に手を添える。そのまま水平に位置して照門 (リアサイト)、照星 (フロントサイト)を覗き込む。照門は溝を切ってあるだけだと思っていたが、しっかり固定サイトになっていた事に驚く。ただ……予想通り覗き辛かった。

 受け取った時点では興奮して気付かなかったが、このオリジナルは思ったよりも短い。銃身長一メートルも無いと思われる。大体七〇から八〇センチ辺りだ。「種子島銃」と言えば一メートルを超える長さという記憶があったのでこの事自体に驚いてしまう。これでは相当近付かなければ当たらないだろうと。ただその分ウエイトバランスは悪くなく、構えても銃身の重みで銃口が下がるような事はなかった。

 俺の知っている「種子島銃」なら、重心が前に寄り過ぎて射撃姿勢を保つだけでも一苦労になると思っていただけに意外な発見とも言える。
 
「津田殿、ここが引き金か?」

「頼むから壊すなよ。それ一つしかないからな」

 用心金 (トリガーガード)が無いので引き金 (トリガー)が何処にあるか迷っていたが、銃床部分の下面に突起を見つけた。算長の忠告を無視して感触を確かめながら引き金を引いていく。

 ──軽い。スカスカだ。この感触は何かに連動している雰囲気ではない。きっと板バネを使用するスナッピング方式。これは当たりだ。まだ命中精度の低下がシアロック方式よりも少ない。とは言え、実際の射撃時は板バネのロックを外す関係上ガク引きになるだろうから、それによる命中精度の低下は覚悟しなければならないだろう。

「……って、バネが入っていないのかよ」

 引き金を引いた後、元の場所に引き金が戻らなかった事についつい不満の声を上げてしまう。考えてみれば当たり前だ。単発式の銃にトリガースプリング (トリガーを定位置に戻すバネ)を組み込む必要は無い。そうと気付かず前世のエアガンの感覚で見てしまっていた。

 それにしても長さといい、銃床の形状と言い、ライフルと言うよりはソウドオフショットガンを髣髴とさせる。取り回しの良さを優先したという所か。屋外よりも屋内や狭い場所で使用する事を想定した仕様と言える。もしかしたら片手での使用を想定しているのではないかと思った程だ。

「こういうのは実際に触らないと分からないな」

 歴史的な資料を触れたという喜びは大きいが、改めてこのままでは実戦に投入できないという結論になる。現状では一撃離脱等の限定的な使用しか役に立たない。そのため、俺達が使用する際には様々な小改良が必要だと感じる。算長には申し訳ないが、このまま複製されたのでは買えない。コレクションか研究用の素材が関の山だ。やはり火縄銃は自分達で製造をするのが選択として正しいだろう。

「ボウズ、その辺でもう良いだろ。複製が終わったら好きなだけ遊ばせてやるから、今日はこの辺で勘弁してくれ」

「あっ、悪い。つい夢中になっていたな。なら最後に……外すのはこれか」

 両手で構え、片手で構え、しゃがんで構え等々と使い勝手を確かめていると、心配そうな声で算長が終わりにするよう言ってくる。見た所かなり使い込んでいるようだが、それでも算長にとっては大事なお宝だ。壊されないかヒヤヒヤするのも分かる。

 しかしその気持ちを無視して、銃身を固定するリング状の金具を外して、力一杯に銃身を抜き取る。

「おっ、おいテメエ何するんだ! 壊しやがったのか!!」

「落ち着け。単なる通常分解だ。津田殿も知っているだろう。火器は使用後に掃除が必要なのを。俺もこれを触るのは初めてだが……おっ、あったあった」

 一触即発の空気にも関係無いとばかりに銃身底の尾栓を確認、それを突き出すように算長へと見せる。

「ボウズ、どういうつもりだ。いくらボウズでも事と次第によっちゃあタダでは済まさないぞ」

「だから落ち着けって。ここからが大事な話だ。津田殿、ここに見える小さな金属の部品……ネジと言うんだがな、これが作れないと鉄砲の複製は絶対にできない。今回協力しようというのはこの部品の製作に付いてだ」

「…………悪い。何を言っているのか俺にはさっぱり分からん。とりあえずボウズが鉄砲の複製に協力してくれるのは分かったが、そもそもネジと言うのは何だ? どうしてそれを知っている」

「さすがは津田殿だ。切り替えが早いな。津田殿、俺達が奈半利で船を造っているのは知っているだろう。実はその中にこれと同じ部品を一部使っている。それに俺達が木砲をよく使うのも知っているよな。あれは使い捨てだが、捨てる前に確認したんだよ。底に火薬のカスがこびり付いている事を。勿論使い捨てで良いならこの部品は要らない。けど、いざこれを作るとなったら使い捨てにするなんて勿体無い事はできないだろう? それがこの答えだ」

 実際の所、火薬カスがこびり付いても多少なら発射可能であるが、それが堆積すると最終的には爆発しなくなる。動作不良の防止は勿論、より高い威力の弾丸発射を行なうためにはきちんと掃除するのが火縄銃においては必須となる。

「もう少し順を追って話してくれ。後少しでボウズの言いたい意味が分かりそうだ」

「分かった。津田殿には話していなかったが、俺達が木砲で満足する筈が無いのは分かるな。それに以前見せてもらった火槍も掃除をしなければ何度も使えない事は知っているな。仮に鉄の素材で砲を作るとして、『底に溜まる火薬カスをどう処理すれば良いか?』と何度も親信と話し合ったんだ。出た結論は『底を貫通させてその後に塞ぐ』というものだ。だが単純に蓋をするだけでは絶対に爆発の衝撃に耐え切れない。ならどうするか? ネジを使って密閉する。そうすれば爆発の衝撃に耐えた上に底を取り外して掃除もできるという寸法だ」

 ただその分、ネジ自身を強固に作らなければいけないという補足を付け加える。

 なお、今ここで話した内容はほぼ嘘である。実際は俺達が火縄銃の尾栓にネジを使用していた事を知っていただけだ。ただそれでは人に説明する時に理由にならないからという事で予めストーリーをでっち上げていた。それが功を奏した形である。

 この時代の者には馴染みはないが、現代人にとってネジというのは切っても切れない……ほぼ生活の一部となっている。特に親信のような技術職にはネジが無い世界は考えられないと言っていた。それ位大事なものである。

 今更ではあるが、実は奈半利で弁才船第一号機を造る際にネジをどうするかは本気で話し合っていた。ただ船を造るだけならネジを使う必要はないが、ネジの技術は様々な形で応用できる。是非育てたいが、もしこの技術が流出したら俺達の技術的優位が一つ失われるのではないかという危惧もあった。

 様々な想定で話し合ったが、結論は「先に技術を育てる」となる。ネジの魅力には勝てなかった。その実現のため安芸城下にいた野鍛治 (生活用品の生産と修理をする鍛治)をネジ専門職人として雇い、ネジを作り続けさせる。当然いきなり良いネジが作れる筈もなく、最初は失敗の連続であったが、使用目的が木ネジという事もあってか多少歪であっても何とかしてきたという経緯があった。

 技術流出の件はネジの逸話を思い出したので、そうそう製法までバレないだろうという所で落ち着く。創作の可能性もあるが、その逸話とはネジの製法を知るために娘をポルトガル人の嫁に出したという話だ。言うなればネジの秘密と引き換えに娘を売る。そうまでしなければネジがどういう物か分からないのだから複製は簡単にできないと判断した。

 現代のネジはダイスという器具を使って簡単に作るが、この製法が確立されるまでネジは安価の大量生産ができなかった。ネジの量産化に漕ぎつけた二〇世紀初頭は切削用のバイトという器具を使って少しずつ溝を刻んでいくのが主流であり、現代の五倍以上の時間が必要だったという。当然この時代にそんな発想はない。また、この時代のネジの作り方は、螺旋状に糸を巻きつけて少しずつヤスリで削っていくという気の遠くなるような作業だ。どちらの方法にしても、それを思い付けという方がまずあり得ないというのが二人の見解となる。

 一応奈半利では玉鋼を用いたバイトで切削をしている。超鋼のような硬い金属はこの時代では手に入らないためにこれで代用した。ほぼ無理矢理の状態である。お陰ですぐに刃が駄目になるが、もうこれは諦めている。鋳造でネジが製作可能ならこんな馬鹿な事はしなくとも良いが、それでは間違いなく強度が低い物しかできない事は分かっているので泣く泣くである。それだけ多くの損害を出してもネジの技術は必要だという結論となった。

 なお、現代人的な感覚であれば、ネジは雄ネジよりも受けとなる雌ネジの方が難しいのではないかと思う。ハンドタップがない時代にどうすれば雌ネジが切れるんだと思ったりもしたが、親信があっさりと回答を教えてくれる。何でも熱して柔らかくした後に力技で叩き込んで嵌めこむらしい。後は冷えれば雌ネジの完成だそうだ。これを聞いた時、俺は開いた口が塞がらなかった。

「…………」

「実際のネジの作り方は親信に聞いてくれ。絵に描いた餅で悪いが、これで複製はほぼ間違いなくできる。銃身もコイツは鍛造みたいだな。その辺も親信に聞けば分かるだろう。鋳造の銃身ならどうしようかと思ったが安心した」

 特に中国製の火縄銃に多いと言われているが、日本に入ってきた火縄銃で銃身が青銅製の鋳造というのも結構あったと聞いている。種子島以前から鉄砲自体は日本にも入ってきてはいたが、定着しなかったのはこの銃身の素材と製法で問題があった可能性が考えられる。数発撃てば銃身にヒビが入るのだから、「こんな物使えない」と判断するのは普通の感覚だ。

 余談ではあるが、青銅製の銃身であれば尾栓は初めから無い可能性がある。何故なら数発で銃身が使い物にならなくなる関係上、尾栓を作る意味がないからだ。銃身自体を使い捨てと考えれば、より簡単な構造にするのは考え方として適切である。

「……銃身の件もさっき言ってた研究の成果か?」

「そうだ。話が早くて助かる。鋳造では数発で駄目になるから使い捨てになるのが分かったんでね」

「色々と疑って悪かった。ボウズ達がそこまで火器を研究していたとは知らなかったぞ。ネジの件は力を貸してくれ。こちらこそ頼む……いや待てよ」

 今日の算長は随分と忙しい。最初は得意満面な顔が俺の銃の扱いに心配そうな顔となる。そして通常分解した際の怒り心頭。ネジの説明を聞いた時は一つ一つ理解するように考え込む。それらを全てひっくるめて最後に出た回答、それが、

「どうした津田殿?」

「今改めて気付いたが、ネジの件と言い、銃身の件と言い、何かがおかしくないか? まるで俺が鉄砲を手にする事を知っていたような用意周到さ……ボウズ、一体何を考えてるんだ?」

 俺の行動への違和感であった。それはそうだ。俺達は最初から算長が鉄砲を手にする事を知っているのだから、先回りをするのは当然である。だがそれを口にする事はできない。とは言え、算長がいずれ鉄砲を手にするのは付き合いがあれば誰でも分かる事。だからそれを堂々と言えば良い。

「ちっ、頭の良い奴はこれだから嫌いだ。そうだよ。津田殿ならいずれ最新式の鉄砲を手にするだろうと踏んでいた。それが予想通りになっただけだ。複製にも手を付けるだろうというのも予測済み。なら俺達がする事は、その複製の手助けをして見返りに技術をもらう事だ。この土佐でも鉄砲を生産する!」

 良く言えば技術提携。悪く言えば人の手柄を掠め取る。言い方は何でも良い。戦国の世で生き残りを掛ける俺達の必須事項、それは何としてでも鉄砲生産のノウハウを手にする事であった。
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