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四章 遠州細川家の再興
その名は離別霊体
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それは予想される出来事であったと言うべきか、初めからそれを狙っていたんじゃないかと訝しむ出来事。
香宗我部家自体はこのまま抵抗を続けても先が無いと見て安芸家への降伏を決めたが、家中の意見も全てがそれで統一される……という事はそうそうあり得ない。こういったデリケートな問題の場合は必ずと言って良いほど反対意見が出てくるし、頑なな態度になる者がいる。特に降伏の条件に領地の放棄が入っているなら尚更だ。香宗我部家自体は生活の保障がされるので良いかも知れないが、その家に従う家臣は堪ったものではない。下手をすれば明日から路頭に迷う事もあり得ると考えるだろう。
そうなると理を尽くして「起こり得ない。きちんと新たな役目がある」と説明しても、多くの場合聞き入れられない。最早感情論による対立である。要は「信用されていない」の一言と言えよう。
気持ちは俺にも分かる。これまでの生活とは激変し、昨日までの敵陣営の中で生きていくのだ。「負け」という屈辱を飲み込み気持ちに折り合いを付けなければいけない。不安にならない方がおかしいだろう。そう簡単に気持ちを切り替えられないのは人間として当然である。
こうした背景から、降伏反対派が「条件闘争」を目的として香宗城から北東約二キロ先の中城へと立て篭もった。中には本気で降伏に反対する家臣もいるとは思うが、多くは少しでも良い待遇を得たいと考えての行動だと思われる。この時代の武家がよく使う「意地を見せる」という言葉はとても威勢が良いが、大体はこれと言って良い。
何故この立て篭もりが条件闘争になるかと言うと、徹底抗戦による消耗戦を安芸家が避けたいからである。「長宗我部という蛮族と隣り合っている中で無駄に兵力を減らしたくないだろう? 俺達と戦っている時に攻めてきたらどうする? どうだ、今なら所領維持を認めてくれれば勘弁してやるぜ」というのが降伏反対派の主張だ。かなりの意訳が入っているが概ねこの内容で間違いない。完全に足元を見られている。
もし降伏を求めてきた香宗我部家が完全に追い詰められて、滅亡寸前であったならこういった事態は起こり得なかった筈だ。しかし今回の降伏劇は本拠地である香宗城で食べる物が無い状況になっていたとしても、まだ余力のある中で行なわれた。香宗我部家は仮にも土佐七雄に挙げられる有力豪族の一つである。支配地域もそれなりに広く、まだ力は全て出し切っていない。それに加えてこの地域最大の規模を誇る中城がまだ安芸家の手に墜ちていないとなれば、「やれる」と思う者がいたとしてもおかしくはない。それに飛びつくのは道理とも言えた。
個人的にはそれをする前に「何故香宗城への救援を行なわなかったんだ?」と思うが、先の夜須川流域での戦いで手痛い損害を出した事で救援を行なえなかったのだと好意的に解釈しておく。俺の当初の考えでは、今回の残党は立て篭もりなどせずに半包囲中の香宗城に援軍としてやってくるものだと思っていた。後はそれを叩き潰して香宗我部家を丸裸にし、降伏させるという筋書きを描いていた。
余談ではあるが、香宗我部家からは彼ら立て篭もり組に対しての助命嘆願は出ていない。池内 玄蕃を始めとした降伏賛成組の説得が聞き入れられなかった事でさじを投げているようだ。邪推だが、今後の香宗我部家のために降伏反対派を俺に始末させようとしているようにも感じる。何故なら、降伏後に旧香宗我部家臣が問題を起こせば、元主家である香宗我部家も連座で責任を問われるからである。要するに問題児を抱えたままで降るのは面倒臭いという訳だ。冷酷なようだが処世術としては間違っていない。
話が逸れた。今回の反対派の行動は稚拙というより他無いのだが、これを「戦」として見た場合は理に適っており、意外と厄介であった。
こういった抵抗を行なう上で一つしてはいけない事がある。それは「各個撃破される」事だ。戦なのだから場合によっては、一塊になって行動するよりも各所に分散して敵に補給線を伸ばさせ、疲労を誘うという選択もないではない。しかし土佐の地は平地が少なく、香宗我部家の支配領域は中城から五キロメートル以内に全ての城が存在するという現実がある。その上で多くが砦未満とも言える小城ばかりだ。俺達が拠点化している須留田城でさえ、中城との距離は三キロメートルと離れていない。これでは補給線が伸びた所でたかが知れており、分散は無意味という結論になる。
だからこそ反対派は力を結集して最大戦力で相手に痛打を浴びせる事を選んだ。それが堅城での篭城戦ともなればこれ程都合の良い事はない。一般的に城の攻略には篭城する兵の三倍の兵力が必要だと言われており、寡兵でも俺達に対抗できる。
五〇〇を超える敵兵力、堅固な城、高い士気、しかも長期戦となるとお隣の長宗我部氏や山田氏等の介入の可能性があるために短期決戦で落とすしかないという、今の俺達には実は難度の高い戦いだった。本当によく考えている。
何だか貧乏くじを引かされた戦いのような気がするが、ここは逆転の発想でむしろ一回の戦闘で全てが終わるのだから良しとするべきだ。この状況を逆に利用し、完全に香宗我部の息の根を止める。これで二度と香宗我部の問題に頭を痛める事はないだろう。勿論「勝てるなら」という条件ではあるが……。
攻め方はやはり、いつも通りに周囲からの支援を行ないながら木砲で城門を吹き飛ばして突入する形が手堅い。ただ今回はこれまでと比べて城の規模が大きいのが難点である。これまでのようなゴリ押しではこちらの損害が大きくなるだろう。しかも馬路 長正や松山 重治のような手練がはまだ畿内から戻って来ていないという戦力不足もある。突入組を新人の木沢 相政に指揮させるのは幾分心許ないという不安があった。
低下した戦力を木砲を増やす事で補うのは当然として、何か敵の心を砕く「決定力」となる物がないだろうか。
そんな思いで出陣の準備を整えていた時、俺達にとっての切り札となる待望の秘密兵器が根来から届く。
「もしかして親信は、この流れを知っていたんじゃないかと思うくらいだな」
それは以前作ると言ってくれた粗悪種子島銃。数は軽く一〇〇を超えていた。さすがは青銅の鋳造と言うべきか。これだけの量をあっさりと作れるのが素晴らしい。本家リベレーターもこの生産速度は真っ青と言えよう。鍛造ではこの短期間にこれだけの数を作るのはまず無理だ。
問題があったとすれば、入っていたのはほぼバレルだけであった事。トリガーその他の機関部となる残り半分のレシーバーはたった一〇しか入ってなかった。つまり完成品は一〇しかできない事になる。
梱包内容だけで見ればほぼ詐欺だ。残り九〇のバレルは予備部品という形となる。普通なら「予備部品ばかりで肝心の機関部がないじゃないか」と怒る所だが、今回においては間違っていなかった。むしろ俺の考えが正しければこれでも多いくらいになるだろう。
もしここで、火薬や弾丸等の入れ忘れがあれば真っ青になっていた所だが、それも大丈夫であった。
「それにしても……まさかここまで割り切った造りにするとは思わなかった。俺の指示通りと言えばその通りなんだが……笑うしかないな」
ずっしりと重さが手に伝わる青銅製のバレルを手に取る。口径が一六ミリ程度となって大きくなっているが、それにしても短い。元のポルトガル製よりも短いかもしれない長さだ。狙って当てるような代物ではない事が分かる。そのため、フロントサイトもリアサイトも付いていない。あるのは申し訳程度のリアサイト代わりの溝のみ。当然尾栓も無い。しかも火皿はバレル上面に小さな穴を開ける事でその代わりをするという雑さ。
「……で、これがレシーバーか」
一〇しかない種子島の心臓部。火皿の位置変更に合わせて、本来なら右側面にむき出しになっている機関部がそのまま中央に位置していた。「内バネ式」と呼ばれる機構だ。火ばさみがまんま銃のハンマーのようになっている。一般的な種子島銃より故障率を低くしてくれているのはとてもありがたいが、廉価版なのに何故コストが低い「外バネ式」を選ばなかったのか謎だ。相変わらず妙な所で拘る。
後はこの上に先ほどのバレルを乗せてパチンパチンと二点をヒンジで固定してこれで完成。構えてみたが、思っていた以上にしっくり来る。
……グリップ部に滑り止めのチェッカリングまで入っていた。本当、何やってんだ。
色々と思う所はあるが、その辺は親信と会った時に話そう。今はアイツの心意気に感謝する。さあ中城攻略の目処も立ったし、これから忙しくなるぞ……と思っていた所で、予期せぬ来客が現れる。
「アンタが国虎か? 親父から親友だと聞いていたが随分若いんだな。まあ、これからは宜しく頼むぜ。あっ、後、親父からの請求書だ。今回は杉の坊総出で作業したから『絶対に値引きしない』と言ってたぞ」
この生意気な口の聞き方をする少年。杉之坊 照算と名乗った。津田 算長の次男であるが、叔父である杉之坊 明算の養子となっているという。
以前言っていた「息子を派遣する」というのが彼の事だろう。まさかこのタイミングでやって来るとは思わなかった。しかも若い。俺とほぼ同じくらいの年齢……いや、まだあどけなさも残っているし、少しだけ年下という所か。家臣というよりは人質を寄越されたような気分である。
「こちらこそ宜しく頼む。あっ、その請求書は俺は知らないぞ。親信が勝手にした事だ……というか、思いっきりバレてんじゃねぇかよ。『内緒で作る』って言ってたろうに……」
「はっ! そんな話が聞けるかよ。良いか、今回の『離別霊体』は根来製鉄砲の最新型だ。これで成果を出せば、(火ばさみの位置を変更して)量産に踏み切れる。それくらい大事な役目だから絶対に逃げるな……と親父が言ってたぞ」
「何だそれは! いつの間に『離別霊体』なんて名前が付いたんだ。勝手に商品化しやがって……。けど、そんな良い物を出してくれたのなら代金を払うしかないな。これで次の戦は勝ったようなものだしな」
「何っ!! 戦が近いのか? だったら俺っちに『離別霊体』を使わせろ! 派手に暴れてやる。これで勝ったも同然だな」
口を滑らせた俺が悪いとしか言いようがないが、まさかここで「参加させろ」と言われるとは思わなかった。鉄砲の扱いに自信があるかのような態度である。何度も種子島銃を撃った経験があっての発言と見るべきだな。まだ俺の家臣に鉄砲の使い手はいないので、経験者がいるというのは願ったり叶ったりではあるが……いきなり戦場に出して大丈夫なのだろうか?
「ちなみに『離別霊体』の使い方は聞いているのか? 幾ら種子島を撃った経験があっても少し勝手が違うぞ」
「聞いて驚け。離別霊体も種子島も一度も撃った事が無い! けど使い方は分かるから安心しな。親父に内緒で種子島は触っていたからな。操作方法はばっちり覚えている」
よく未経験でそれを言えるな……と思わないでもないが、それでも操作方法を知っているのは大きいか。根来出身だから阿弥陀院 大弐と組ませれば何とかなりそうだとは思う。大弐はベテランだから上手く立ち回りをしてくれる筈。不安しかないが、鉄砲を知っている人材を遊ばせる余裕は俺達には無いな。……仕方ない。
「おーおー、頼もしい味方がやって来た事で。しっかり頼むぞ」
「俺っちがいるからには百人力だな」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
その名は「離別霊体」。魔を祓い魂を安息の地へと導く救済の法具。撃たれた者はこの世の苦痛から解放される。
「……て、何だそりゃ」
「義理の親父から渡された紙に書いてあった。『離別霊体』は人を殺める道具に非ず魂を浄化する法具なんだと」
「親信だけじゃなく、揃いも揃って悪ノリしやがって……どうだ、これなら動けそうか?」
「おっ、これなら大丈夫だ。あれじゃあ重くて動けなかったからな。けど、いつの日か全装備で走り回れるようになってやるから楽しみにしてろ」
まさか「離別霊体」にこんな設定まであるとは思わなかった。無理矢理完全装備をして歩くのが精一杯になっていた杉之坊 照算を呼び止め、装備を外している最中の出来事である。何だろう? 杉之坊はこの「離別霊体」を気に入っているのだろうか?
いや、それはまた今度だ。今は目の前に集中しよう。
阿弥陀院 大弐を筆頭に計六人、特製のチェストリグ (胴体用の弾帯。肩から吊り下げる)と左右のレッグホルスター、ダブルガンベルトにこれでもかと「離別霊体」のバレルを挿し込み完全装備となった者がずらりと並ぶ。手には当然完成体の「離別霊体」。
まさに圧巻だ。これが今回の秘密兵器。全身凶器そのものと言って良い。彼らが突入部隊の主役となる。
「よし。皆準備も整ったな。この短時間で使い方を覚えてくれて助かったぞ。大弐、今回の突入はお前が要だ。しっかり頼むぞ」
「任された。しかしこの『離別霊体』は面白いな。これなら城の制圧が楽になる。多分、この城は今日中に落とせるぞ」
木砲の大量発射でぽっかり穴の開いた中城の城門を見ながら自信たっぷりに大弐が言う。経験豊富な傭兵がこう言うなら間違いない。やはり俺の見立ては正しかった。
ついに国産種子島初の実戦投入だ。土佐の小競り合いではあるものの歴史的には一大イベントと言えよう。派手なデビュー戦を飾りたい。
「慎重且つ大胆に! 大事な大事な」
『アタックチャ~ンス』
「吶喊んんん!!」
香宗我部家自体はこのまま抵抗を続けても先が無いと見て安芸家への降伏を決めたが、家中の意見も全てがそれで統一される……という事はそうそうあり得ない。こういったデリケートな問題の場合は必ずと言って良いほど反対意見が出てくるし、頑なな態度になる者がいる。特に降伏の条件に領地の放棄が入っているなら尚更だ。香宗我部家自体は生活の保障がされるので良いかも知れないが、その家に従う家臣は堪ったものではない。下手をすれば明日から路頭に迷う事もあり得ると考えるだろう。
そうなると理を尽くして「起こり得ない。きちんと新たな役目がある」と説明しても、多くの場合聞き入れられない。最早感情論による対立である。要は「信用されていない」の一言と言えよう。
気持ちは俺にも分かる。これまでの生活とは激変し、昨日までの敵陣営の中で生きていくのだ。「負け」という屈辱を飲み込み気持ちに折り合いを付けなければいけない。不安にならない方がおかしいだろう。そう簡単に気持ちを切り替えられないのは人間として当然である。
こうした背景から、降伏反対派が「条件闘争」を目的として香宗城から北東約二キロ先の中城へと立て篭もった。中には本気で降伏に反対する家臣もいるとは思うが、多くは少しでも良い待遇を得たいと考えての行動だと思われる。この時代の武家がよく使う「意地を見せる」という言葉はとても威勢が良いが、大体はこれと言って良い。
何故この立て篭もりが条件闘争になるかと言うと、徹底抗戦による消耗戦を安芸家が避けたいからである。「長宗我部という蛮族と隣り合っている中で無駄に兵力を減らしたくないだろう? 俺達と戦っている時に攻めてきたらどうする? どうだ、今なら所領維持を認めてくれれば勘弁してやるぜ」というのが降伏反対派の主張だ。かなりの意訳が入っているが概ねこの内容で間違いない。完全に足元を見られている。
もし降伏を求めてきた香宗我部家が完全に追い詰められて、滅亡寸前であったならこういった事態は起こり得なかった筈だ。しかし今回の降伏劇は本拠地である香宗城で食べる物が無い状況になっていたとしても、まだ余力のある中で行なわれた。香宗我部家は仮にも土佐七雄に挙げられる有力豪族の一つである。支配地域もそれなりに広く、まだ力は全て出し切っていない。それに加えてこの地域最大の規模を誇る中城がまだ安芸家の手に墜ちていないとなれば、「やれる」と思う者がいたとしてもおかしくはない。それに飛びつくのは道理とも言えた。
個人的にはそれをする前に「何故香宗城への救援を行なわなかったんだ?」と思うが、先の夜須川流域での戦いで手痛い損害を出した事で救援を行なえなかったのだと好意的に解釈しておく。俺の当初の考えでは、今回の残党は立て篭もりなどせずに半包囲中の香宗城に援軍としてやってくるものだと思っていた。後はそれを叩き潰して香宗我部家を丸裸にし、降伏させるという筋書きを描いていた。
余談ではあるが、香宗我部家からは彼ら立て篭もり組に対しての助命嘆願は出ていない。池内 玄蕃を始めとした降伏賛成組の説得が聞き入れられなかった事でさじを投げているようだ。邪推だが、今後の香宗我部家のために降伏反対派を俺に始末させようとしているようにも感じる。何故なら、降伏後に旧香宗我部家臣が問題を起こせば、元主家である香宗我部家も連座で責任を問われるからである。要するに問題児を抱えたままで降るのは面倒臭いという訳だ。冷酷なようだが処世術としては間違っていない。
話が逸れた。今回の反対派の行動は稚拙というより他無いのだが、これを「戦」として見た場合は理に適っており、意外と厄介であった。
こういった抵抗を行なう上で一つしてはいけない事がある。それは「各個撃破される」事だ。戦なのだから場合によっては、一塊になって行動するよりも各所に分散して敵に補給線を伸ばさせ、疲労を誘うという選択もないではない。しかし土佐の地は平地が少なく、香宗我部家の支配領域は中城から五キロメートル以内に全ての城が存在するという現実がある。その上で多くが砦未満とも言える小城ばかりだ。俺達が拠点化している須留田城でさえ、中城との距離は三キロメートルと離れていない。これでは補給線が伸びた所でたかが知れており、分散は無意味という結論になる。
だからこそ反対派は力を結集して最大戦力で相手に痛打を浴びせる事を選んだ。それが堅城での篭城戦ともなればこれ程都合の良い事はない。一般的に城の攻略には篭城する兵の三倍の兵力が必要だと言われており、寡兵でも俺達に対抗できる。
五〇〇を超える敵兵力、堅固な城、高い士気、しかも長期戦となるとお隣の長宗我部氏や山田氏等の介入の可能性があるために短期決戦で落とすしかないという、今の俺達には実は難度の高い戦いだった。本当によく考えている。
何だか貧乏くじを引かされた戦いのような気がするが、ここは逆転の発想でむしろ一回の戦闘で全てが終わるのだから良しとするべきだ。この状況を逆に利用し、完全に香宗我部の息の根を止める。これで二度と香宗我部の問題に頭を痛める事はないだろう。勿論「勝てるなら」という条件ではあるが……。
攻め方はやはり、いつも通りに周囲からの支援を行ないながら木砲で城門を吹き飛ばして突入する形が手堅い。ただ今回はこれまでと比べて城の規模が大きいのが難点である。これまでのようなゴリ押しではこちらの損害が大きくなるだろう。しかも馬路 長正や松山 重治のような手練がはまだ畿内から戻って来ていないという戦力不足もある。突入組を新人の木沢 相政に指揮させるのは幾分心許ないという不安があった。
低下した戦力を木砲を増やす事で補うのは当然として、何か敵の心を砕く「決定力」となる物がないだろうか。
そんな思いで出陣の準備を整えていた時、俺達にとっての切り札となる待望の秘密兵器が根来から届く。
「もしかして親信は、この流れを知っていたんじゃないかと思うくらいだな」
それは以前作ると言ってくれた粗悪種子島銃。数は軽く一〇〇を超えていた。さすがは青銅の鋳造と言うべきか。これだけの量をあっさりと作れるのが素晴らしい。本家リベレーターもこの生産速度は真っ青と言えよう。鍛造ではこの短期間にこれだけの数を作るのはまず無理だ。
問題があったとすれば、入っていたのはほぼバレルだけであった事。トリガーその他の機関部となる残り半分のレシーバーはたった一〇しか入ってなかった。つまり完成品は一〇しかできない事になる。
梱包内容だけで見ればほぼ詐欺だ。残り九〇のバレルは予備部品という形となる。普通なら「予備部品ばかりで肝心の機関部がないじゃないか」と怒る所だが、今回においては間違っていなかった。むしろ俺の考えが正しければこれでも多いくらいになるだろう。
もしここで、火薬や弾丸等の入れ忘れがあれば真っ青になっていた所だが、それも大丈夫であった。
「それにしても……まさかここまで割り切った造りにするとは思わなかった。俺の指示通りと言えばその通りなんだが……笑うしかないな」
ずっしりと重さが手に伝わる青銅製のバレルを手に取る。口径が一六ミリ程度となって大きくなっているが、それにしても短い。元のポルトガル製よりも短いかもしれない長さだ。狙って当てるような代物ではない事が分かる。そのため、フロントサイトもリアサイトも付いていない。あるのは申し訳程度のリアサイト代わりの溝のみ。当然尾栓も無い。しかも火皿はバレル上面に小さな穴を開ける事でその代わりをするという雑さ。
「……で、これがレシーバーか」
一〇しかない種子島の心臓部。火皿の位置変更に合わせて、本来なら右側面にむき出しになっている機関部がそのまま中央に位置していた。「内バネ式」と呼ばれる機構だ。火ばさみがまんま銃のハンマーのようになっている。一般的な種子島銃より故障率を低くしてくれているのはとてもありがたいが、廉価版なのに何故コストが低い「外バネ式」を選ばなかったのか謎だ。相変わらず妙な所で拘る。
後はこの上に先ほどのバレルを乗せてパチンパチンと二点をヒンジで固定してこれで完成。構えてみたが、思っていた以上にしっくり来る。
……グリップ部に滑り止めのチェッカリングまで入っていた。本当、何やってんだ。
色々と思う所はあるが、その辺は親信と会った時に話そう。今はアイツの心意気に感謝する。さあ中城攻略の目処も立ったし、これから忙しくなるぞ……と思っていた所で、予期せぬ来客が現れる。
「アンタが国虎か? 親父から親友だと聞いていたが随分若いんだな。まあ、これからは宜しく頼むぜ。あっ、後、親父からの請求書だ。今回は杉の坊総出で作業したから『絶対に値引きしない』と言ってたぞ」
この生意気な口の聞き方をする少年。杉之坊 照算と名乗った。津田 算長の次男であるが、叔父である杉之坊 明算の養子となっているという。
以前言っていた「息子を派遣する」というのが彼の事だろう。まさかこのタイミングでやって来るとは思わなかった。しかも若い。俺とほぼ同じくらいの年齢……いや、まだあどけなさも残っているし、少しだけ年下という所か。家臣というよりは人質を寄越されたような気分である。
「こちらこそ宜しく頼む。あっ、その請求書は俺は知らないぞ。親信が勝手にした事だ……というか、思いっきりバレてんじゃねぇかよ。『内緒で作る』って言ってたろうに……」
「はっ! そんな話が聞けるかよ。良いか、今回の『離別霊体』は根来製鉄砲の最新型だ。これで成果を出せば、(火ばさみの位置を変更して)量産に踏み切れる。それくらい大事な役目だから絶対に逃げるな……と親父が言ってたぞ」
「何だそれは! いつの間に『離別霊体』なんて名前が付いたんだ。勝手に商品化しやがって……。けど、そんな良い物を出してくれたのなら代金を払うしかないな。これで次の戦は勝ったようなものだしな」
「何っ!! 戦が近いのか? だったら俺っちに『離別霊体』を使わせろ! 派手に暴れてやる。これで勝ったも同然だな」
口を滑らせた俺が悪いとしか言いようがないが、まさかここで「参加させろ」と言われるとは思わなかった。鉄砲の扱いに自信があるかのような態度である。何度も種子島銃を撃った経験があっての発言と見るべきだな。まだ俺の家臣に鉄砲の使い手はいないので、経験者がいるというのは願ったり叶ったりではあるが……いきなり戦場に出して大丈夫なのだろうか?
「ちなみに『離別霊体』の使い方は聞いているのか? 幾ら種子島を撃った経験があっても少し勝手が違うぞ」
「聞いて驚け。離別霊体も種子島も一度も撃った事が無い! けど使い方は分かるから安心しな。親父に内緒で種子島は触っていたからな。操作方法はばっちり覚えている」
よく未経験でそれを言えるな……と思わないでもないが、それでも操作方法を知っているのは大きいか。根来出身だから阿弥陀院 大弐と組ませれば何とかなりそうだとは思う。大弐はベテランだから上手く立ち回りをしてくれる筈。不安しかないが、鉄砲を知っている人材を遊ばせる余裕は俺達には無いな。……仕方ない。
「おーおー、頼もしい味方がやって来た事で。しっかり頼むぞ」
「俺っちがいるからには百人力だな」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
その名は「離別霊体」。魔を祓い魂を安息の地へと導く救済の法具。撃たれた者はこの世の苦痛から解放される。
「……て、何だそりゃ」
「義理の親父から渡された紙に書いてあった。『離別霊体』は人を殺める道具に非ず魂を浄化する法具なんだと」
「親信だけじゃなく、揃いも揃って悪ノリしやがって……どうだ、これなら動けそうか?」
「おっ、これなら大丈夫だ。あれじゃあ重くて動けなかったからな。けど、いつの日か全装備で走り回れるようになってやるから楽しみにしてろ」
まさか「離別霊体」にこんな設定まであるとは思わなかった。無理矢理完全装備をして歩くのが精一杯になっていた杉之坊 照算を呼び止め、装備を外している最中の出来事である。何だろう? 杉之坊はこの「離別霊体」を気に入っているのだろうか?
いや、それはまた今度だ。今は目の前に集中しよう。
阿弥陀院 大弐を筆頭に計六人、特製のチェストリグ (胴体用の弾帯。肩から吊り下げる)と左右のレッグホルスター、ダブルガンベルトにこれでもかと「離別霊体」のバレルを挿し込み完全装備となった者がずらりと並ぶ。手には当然完成体の「離別霊体」。
まさに圧巻だ。これが今回の秘密兵器。全身凶器そのものと言って良い。彼らが突入部隊の主役となる。
「よし。皆準備も整ったな。この短時間で使い方を覚えてくれて助かったぞ。大弐、今回の突入はお前が要だ。しっかり頼むぞ」
「任された。しかしこの『離別霊体』は面白いな。これなら城の制圧が楽になる。多分、この城は今日中に落とせるぞ」
木砲の大量発射でぽっかり穴の開いた中城の城門を見ながら自信たっぷりに大弐が言う。経験豊富な傭兵がこう言うなら間違いない。やはり俺の見立ては正しかった。
ついに国産種子島初の実戦投入だ。土佐の小競り合いではあるものの歴史的には一大イベントと言えよう。派手なデビュー戦を飾りたい。
「慎重且つ大胆に! 大事な大事な」
『アタックチャ~ンス』
「吶喊んんん!!」
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