国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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四章 遠州細川家の再興

益氏様の提案

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 改めて俺の当主就任によるトラブルというのは、どんな組織にも起こりうる問題だったのだろうと思う。言い換えれば、長年社に尽くしてきた重役と社長側近との派閥争いのようなものだ。それが守旧派と改革派との対立にすり変わった事でより一層の溝を深めた。

 全てにおいてで俺のやり方が正しかったとは言わない。だが、何もしなければ滅亡という未来しか待っていない状況では、こうする以外の方法を知らなかったというのが正直な所ではある。

「親信、照算、後は任せたぞ」

「戦に出ない俺が跡を継いで良いのか?」

「後は俺っちに任せな。専光寺家を最強の家にしてやるぜ」

 もう少し上手いやり方もあったのではないかと後悔を残しながら、手付かずとなっていた当主不在の二家の処理にもようやく俺なりの結論を出した。

 こういった案件は、本来ならより多くの家臣に配慮した人選が望ましい。だがこのタイミングなら、俺の決定に誰も異を唱えはしないだろうと判断して岡林家には安田 親信を、専光寺家には杉之坊 照算を養子としてねじ込み、両家を取り込む。

 地味な業績しか出てはいないが、親信は安芸家で重要な役割をこれまでずっと果たしていた。なら、譜代家臣としてより強力な権限を持ってもらった方が何かと都合が良い。

 もう一人である照算の人事は津田殿との繋がりをより強固とする狙いだ。はっきり言って根来寺との付き合いは生命線に近い。自他共にそれを認めるような人事とも言えた。津田殿も息子が安芸家の譜代家臣となるのは歓迎してくれると思っている。

 明らかに恣意的ではあるが、一応の筋は通している。この時代の価値観では評価は戦働きが主となるが、今の安芸家はそれだけではないという意図を込めた。

 ねじ込みついでとなるが、まず二人には領地を返上してもらい俸禄のみの形とした。勿論、基本給に譜代としての手当ては上積みする上、側近としての手当ても加える優遇措置を行なう。これなら領地返上のマイナスはあったものの、差し引きで家の収支は大幅なプラスとなる。両家の陪臣や使用人達の生活水準も上がるので反発は少ないと踏んでいる。元々の一族郎党も殆んど残っていないので、札束で引っ叩く懐柔も容易い筈だ。

 問題があると言えば……専光寺家は今後根来寺関係者一色になる点と、岡林家では戦働きをするつもりがないのを良い事に親信がこれまで以上にやりたい放題となる点であろう。せめて外向きだけで良いので、両家とも武家としての体裁を整えてくれるのを祈るしかない。

 そんなこんなで天文の五・一五事件 (話せば分かる。問答無用)が終わってから数日後、ついに今村親子が土佐の地にやって来た。無事細川玄蕃頭家への養女手続きが終わったようだ。

「お久しぶりです今村殿。何だか晴れやかなお顔をされておりますね」

「もうすぐ縁続きとなるのですから、そう堅苦しい態度を取らなくて良いですよ。いつでも『義父上』と呼んでくれても私は大丈夫です。本来の『義父上』は国慶様ですが」

 今日は以前の切羽詰った顔とは違いとてもご機嫌であった。尾州畠山家の当主が高国派の支援を打ち出しているのが原因であろう。細川 国慶……いや義父上は、細川 晴国殿が亡くなって以来ずっと孤軍奮闘であった。例え本願寺を通じた水面下での協力だとしても、ようやくの大口スポンサー登場に陣営が沸き立っているのがよく分かる。

 そしにしても……本願寺の何と強かな事か。処世術なのは理解するが、細川 晴元と天秤にかけたその二枚舌にはつい辟易してしまった。

 個人的には尾州畠山家からの援助があるなら、「安芸家からはもう要らないんじゃね」と思ったりもするが、それはそれで継続して欲しいという話だ。更には、縁続きとなるのを理由に支援する量を増やして欲しいとまで依頼される。予想通りとは言え、今村殿は相変わらずちゃっかりしていた。

 その上で今村殿の父上である今村 浄久殿を家臣として召抱えて欲しいとも言われる。

 安芸家では文官が不足しているのを和葉から聞いて、「それなら儂が」と名乗り出てくれた体だ。表向きはさて置き、本音は安芸家の内情を調査するスパイなのは間違いない。ただ……今後両家がより良い関係を続けるため、安芸家の実態を知りたいと思う気持ちは理解できるので、敢えて何も言わず採用を決める。

 工廠であるミロクの機密さえ守っておけば、特に知られて困る箇所は今の安芸家には無いというのがその理由である。硝石や鉛の入手問題は、ある程度の火器の知識が無ければ理解不能だろう。

 こうして、長年続いた俺の婚姻問題もようやく終りを告げる。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「色々と我儘言ったけど、一緒になってくれてありがとうな。やっぱり俺は和葉がいないと駄目だからさ」

「……馬鹿」

「式の時は凄く綺麗だった。側室とか妾とかだったら、あの姿を見れなかっただろうな……とは思う」

「その割には私を見ていなかったような気がするけど」

「ずっと緊張していたからな。そう見えても仕方ないか。進行の合間に見てた」

 武家の婚礼は長いと聞いていたが、本当に長かった。一日目は奈半利から安芸城までの和葉の移動で終わったので、俺よりも和葉の方が大変だったと思うが。その日は領内の皆が和葉の姿を一目見ようとごった返し、さながら現代のパレードのようになる。大袈裟な気はするが、それでもこうして多くの人に祝福されるのは素直に嬉しく、これまで頑張ってきたのが報われた気がした。

 その後は固めの儀、宴会を経て家中にお披露目を行なう。出席した家臣達が自分の事のように喜んでくれていた。口には出さなかったけれど、ずっと俺の婚姻がどうなるか心配してくれていたのだと思う。

 結局俺達は式の間中はずっと緊張しっぱなしで人形状態となっており、ただ流されるままに過ごす。話せるようになったのは全てが終わり、二人して床に入った現在という有様である。

 子供の頃はよく一緒に寝ていた二人だが、こうして同じ床に入るのはいつ以来だろうか。俺の記憶通りに和葉の体は暖かい。優しくキスをして、互いに一糸纏わぬ姿となる。ずっと家族のように過ごしてきた二人だったが、今日この日から本当の家族となった。

「珍しい姿だけど、こうして甘えてくれるのは嬉しいな」

「いいじゃない、こういう時くらい。何だか凄く安心する」

 普段は俺が膝枕させてもらっている立場だが、今は和葉が俺の胸に頭を乗せてピッタリと体を寄せていた。俺と同じく和葉も肌の暖かさを感じ身を委ねる。余韻に浸る姿もまた可愛かった。

稚児ややこできたかな?」

「こればかりはなー。俺も分からん。ちなみに何人欲しいんだ」

「うーん。二人は欲しいかな。お兄さんと妹で」

 軽く頭を撫でながら他愛無い話に花が咲く。武家としてなら「何としても嫡男を」とならないといけないが、二人共にそんな感覚は無い。自然な男女の会話となっていた。

「そう言えば聞いたんだが、一羽のお相手は未亡人なんだってな。年上好きとは思わなかったぞ。連れ子もいるらしいし」

「それね。元は奴隷として奈半利にやって来た人じゃなかったかな。確か……兄さんが色々と世話している間に仲良くなった筈」

 だからこそ一つの話題に拘りはない。次々と話が飛んでいく。そんな中で思い出したのが、一羽の婚姻の話だった。

 一羽とそれに元氏もだが、養子入りの手続きを済ませながらも俺に遠慮してずっと婚姻を先延ばしとしていた。よく分からないが、二人共俺の式を見届けてからでないと自身は行なわないと明言していたからだ。

 元氏は山田家の一族の娘との婚姻が決まっていたが、一羽の方は香宗我部家に適齢期となる娘がいないという問題が浮上する。俺はてっきり後見となる池内家から娘を娶ると思っていたのだが、ここに来て一羽が一緒になりたい女性を連れてきた。

 それが何と戦で夫を亡くした未亡人だと言う。そんな女性をどこで見つけたのかと思えば……和葉の話を聞いて納得する。武士に憧れていた一羽ではあったが、こういう感覚が俺と同じ庶民なのだろう。良家のお嬢様を連れてくればそれはそれで驚いたと思うが、逆の意味で驚かされた。

「私を選んだ国虎が言う事じゃないでしょうに。私が河原者だったのを覚えてないの」

「そうだったな。すっかり忘れてたよ。けど、そういう事なら池内 玄蕃に話を通しておくか。俺の時と同じく養女にしてもらえば良いだけだからな。実際の手続きは一羽に丸投げしよう」

「そこは国虎がやってあげても良いと思うけど」

「確かに。言われてみればそうか。一羽だし俺がするか。ついでに安芸城から香宗城へのお迎え行列も企画して……痛っ! 何するんだよ」

「それはやり過ぎ。私も凄く恥ずかしかったんだから。義母上がどうしてもと言ったから今回は仕方なくよ」

 正確には「母上が」と言うよりは、奈半利組の家臣の提案だった。本当なら奈半利で式をして欲しかったそうだが、さすがにそれが無理なのは分かっている。その代わりとして和葉の奈半利から安芸城までの行列が企画されたという話である。

 俺の活動は奈半利の方が長い分、民達も含めて「奈半利の領主」と認識されているのだとか。こういう話を知ると俺としても嬉しく思うが、逆に譜代家臣からウケが悪かったのも納得できてしまう。

「あの時の和葉は凄く綺麗だったんだから、そう拗ねないでくれ」

「またそういう事を言う」

「嫌か」

「それは……嬉しいけど……」

「俺も綺麗で可愛い和葉と一緒になれて嬉しいぞ」

 そう言って、また軽くキスをする。

 そのまま二人だけの夜がふけていった。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 翌日、安芸城の一室に来て欲しいと細川 益氏様の使いがやって来る。俺に相談があるようだ。

 領内がお祝い一色で沸いている今、一体何があったのだろうと思いつつも俺の領主就任の時を思い出してしまった。あの時、裏では長宗我部が田村荘に侵攻していたと。

 もしかしてまた長宗我部が悪さをしたのかと思い、息せき切って指定の部屋へと急ぐ。

「お待たせ致しました。何やら内密のお話との事ですが、何か問題でも起こったのでしょうか? もしくは田村荘で変事でも起きたのでしょうか?」

「いやいや、そうではない。そういった問題は起きていないから安心せい。今日はお主に相談というか、提案をしようと思って呼んだのだ。大事ではないからそう急くな」

「ありがとうございます。それを聞いて安心しました。……それで、お話というのは」

 どうやら俺の取り越し苦労だったようだ。それだけでも一つ安心する。そうなると、今度はこういった誰もいない部屋で内密の話を望んだのはどういった事なのだろうか? 何も知らされていない身では見当も付かなかった。

「儂なりにな、色々と思う所があっての……どうじゃお主、遠州細川の名を継がぬか?」

「それは一体……どういう意味でしょうか?」

「ああもう、察しが悪いな。言っておるのは、儂の養子になって遠州細川の家を継いで欲しいという話だ」

「…………はいっ?」

 その時の俺は益氏様の言葉が意味不明過ぎて、何を言っているか本当に分からなかった。
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