国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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七章 鞆の浦幕府の誕生

最終兵器種子島

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 互いに今後の方針をしっかりと決め、大量のソーセージというお土産を背負って一条いちじょう主従が京へと戻っていった数日後、俺は同じ転生者仲間の庄 親信しょう ちかのぶから呼び出された。

 岡林おかばやしから庄へ。親信の名字が変わったのは俺の指示である。備中びっちゅう国遠征の際に降した庄家当主の養子として無理矢理ねじ込んだ。その目的は勿論、箔付けとなる。

 親信には出世欲は無い……というより管理職へ就きたがらない。本人は「生涯現役」として、体が動かなくなるまで開発に従事するつもりのようだ。

 とは言え、現在の当家は勢力圏も大きく広がっている。そうなれば、今後親信もずっと部屋に籠っている訳にはいかない。造船や兵器開発の責任者として様々な者と交流を持たねばならなくなるだろう。

 そういった時、庄家という代々細川京兆ほそかわけいちょう家家臣の家柄は役に立つ。この時代は家柄で人を判断する者がまだまだ多いため、名字一つで対応が変わるなら安いものだ。高く付いたのは、この養子入りを親信に納得させるために増額された月々の開発費だろうか。

 そんな親信が今回何を作ったかというと、

「ぶっ、何じゃこりゃー!! ペッパーボックス、いや六雷神機ろくらいしんきじゃねぇか! 親信、増額した予算でこんなトンデモ兵器を作っていたのか」

 いつも通り良く分からないガラクタと書類が散らかった部屋に、六本銃身の火縄銃が無造作に立てかけられている。ある意味、初期のリボルバーであった。

 リボルバー銃と言えば、一般的には銃の中央部に回転式の弾倉が組み込まれた形を想像するだろう。しかし、日の本では違った形で独自進化をしていた。それが六本銃身の種子島銃。名を六雷神機と言う。なお、三本銃身の種子島は三捷神機さんしょうしんきと名付けられた。

 機構的には見た目通りとしか言いようがない。六本の銃身全てに火薬と弾丸を詰め、撃発後に手動で銃身を回転させる。こうすれば間断無く次の発射ができるという寸法だ。

 欠点はとにかく重い。六本銃身の銃なのだから当然だ。チェスト種子島とも呼ばれる二〇連発斉発銃もかなり重いが、これは一度の撃発で全弾発射をするために意外と何とかなる。

 しかし六雷神機は六回撃発しなければならない。その上銃身の回転は手動で行うという仕様である。更にはシリンダーストップのような機構が組み込まれているならまだしも、位置決めを間違うだけで撃発できないという優れものだ。

 結論として売りとなる連射性能は思った以上に役に立たないと言えるだろう。これが試作機だと分かってはいても、呆れるばかりだ。

 なおペッパーボックスは同じく複数銃身ではあるものの、拳銃サイズの大きさでパーカッションロック式 (雷管式)となっている。要は大きさと撃発機構が六雷神機とは違う。

 そんな俺の心配を余所に入室に気付いた親信は、あっけらかんとこう言い放った。
 
「おう国虎、よく来たな。それは次の遠征で配備できるから楽しみにしておけよ。確か数は二〇〇は作っている筈だ」

 「時既に遅し」という言葉はこういった時に良く似合う。

「まさかの実戦配備かよ。まだ前回の水平二連種子島は機構が単純だから使い勝手は良かったが、六雷神機は機構が複雑な分、数回使えば壊れるぞ。しかも重い」

「そう言うなよ。六雷神機はあくまでも試作機だからな。一見無駄のようでも、更に上を作るためには必要な成果だ」

「ちょっと待て、親信。今『更に上』って言ったよな」

「ああ言った。しかも開発予算増額のブーストもある」

 本当、「時既に遅し」という言葉はこういった時に良く似合う。

 話の流れから察するに、今日の本題は六雷神機ではない。本命は別にある。しかも親信の言った「更に上」という言葉から、ほぼ間違いなく六雷神機以上のトンデモ銃が出てくる未来が予測された。

「物凄く嫌な予感がするんで、今日は帰って良いか?」

「まあまあ国虎、そう言うなって。今日国虎に来てもらったのは他でもない。ついに遠州細川家制式小銃の試作品が完成したぞ。仮称は『回転弾倉種子島』だ。どうだ! 存分に驚け」

 もし俺が銃好きでなければ、この時きっと何事もなく部屋から出られたであろう。

 だが俺も親信や津田 算長つだ かずなが程ではないにしろ、結構銃は好きだ。だからこそ散乱した書類の中から現れた六角形の黒光りする長い銃身を見た途端に動きが止まり、踵が返せなくなる。

 続いて出てくるのは、溝の切った円筒型の弾倉 (シリンダー)とシングルアクションを彷彿とさせる大型のハンマー。銃と言えばこのハンマーは外せない。引き金と連動してハンマーが落ちる動作に銃らしさを感じる。ストライカー方式など玩具と同じだ (あくまで主人公の個人的な考え)。

 そして最後に出現するのは、木目も綺麗な銃床 (ストック)。バットプレートは勿論金属製であった。

 …………? 長い銃身+円筒型の弾倉+銃床。その心は。

「親信、それは種子島じゃない。それは、『リボルビング・ライフル』だ!! どうして制式採用小銃にこんな珍銃を選んだ! 答えろ!!」

「決まっているだろう! リボルバーは漢の浪漫だ!! その浪漫の実現のために、きちんとシリンダー・ギャップも解決している!」

「……えっ、マジか?」

「この『回転弾倉種子島』量産の暁には、三好などあっという間に叩いてみせるわ。国虎がな!」

「俺がかよ!!」


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「本当、無茶しやがって。ソリッドフレームのパーカッション・リボルバーのライフル銃かよ。ツッコミ所が多過ぎて、どこからツッコんで良いか分からん」

 火縄銃が最新兵器の時代に火打石を使ったフリントロック方式を通り越し、雷汞を使ったパーカッションロック式の銃があるというだけで、完全にやり過ぎだ。しかもそれが六発装填の回転式小銃ともなれば、ほぼ無敵状態とも言える。当然ながら実戦で使えるのが前提となるが。

 それにしてもまさかの雷汞か。確かに水銀は阿波に鉱山がある上、作り方も水銀を濃硝酸に溶かして純度の高いアルコールに作用させるという簡単な工程である。作成難度は高くはない。史実でも江戸時代の天保てんぽう年間には国産化できているほどだ。

 当家には薬品に強いというか、強くなった杉谷すぎたに家を家臣で抱えているだけではなく、ヨードチンキの生産実績がある。ヨードチンキが作れて雷汞が作れないというのは考え難い。とは言え、ここまでやるとはな。

 ただそんな文句も、このスタイリッシュな造形のリボルビング・ライフルの前では全てが泡となって消えてしまうのが銃好きの悲しい所である。やはり見た目は掛け値なく格好良い。個人的にスタイルの良さは、ウィンチェスターライフルに代表されるレバーアクション・ライフルと双璧だと思っている。

「分かっていると思うが、ソリッドフレームにしているのはシリンダー交換を楽にするためだ。これで弾薬装填済みのシリンダーを数多く持てば、驚異的な火力を実現できる」

「おっ、おう……」

 ソリッドフレームというのは、要は一体型のフレームである。パーカッション・リボルバーは弾薬の装填に弾倉を取り外す関係上、分割型のフレームが意外と多い。しかしそれでは銃の堅牢性を損なってしまうため、より強いソリッドフレームへと進化した。こうなると、造りは現代のリボルバーとそう変わらない。

 なら分割できないフレームではどういう方法で弾倉を取り出すのかとなると、弾倉の中心部を通るベースピンを引き抜く形となっている。有名なシングル・アクション・アーミーも同じ構造だ。

 本来はこうして取り出した弾倉に弾薬を再装填してフレームに組み込む形が正しいのだが、装填済みの弾倉を持っていれば、親信の言う通りに弾倉を交換して短い時間で発砲可能な状態が整う。分割型のフレームではこうはいかない。ソリッドフレームならではの技と言えるだろう。

 こうすれば親信の言う驚異的な火力は勿論の事、配備する銃の数が少なくても良いという利点がある。用意するのは大量の弾薬装填済み予備弾倉となるため、懐に優しいというのも魅力だろう。但しそれに反比例するように、消費する弾薬の数はより多くなる。人というのは悲しいもので、単発銃の場合は一発一発を大事にするというのに、いざ多弾数となった途端に無駄弾を撃ちたがるものだ。

 それが理由で、現代では車載の機関銃にさえ光学照準器が据え付けられているのだから、最早笑い話である。

「サイトもタンジェントにしてあるからな。距離が変わってもしっかりと狙いが付けられる」

「いや親信、それよりも……」

「分かった分かった。シリンダー・ギャップの解決法だな。これは結構単純だぞ。フォーシングコーン部分にカバーを付けて後退できるようにした。ナガンリボルバーとは逆の発想だ」

「見せてみろ。おおっ、確かにピョコピョコ動く。これでガス漏れの心配が無くなった訳か」

「まあ、ゼロではないがな。パーカッション・リボルバーという威力の弱さで何とかなっている」

 リボルバーをライフル化する上で最も問題となるのが、シリンダーギャップと呼ばれるガス漏れだ。リボルバーはその構造上、銃身と弾倉との間に必ず隙間がある。隙間が無ければ弾倉を回転させられないため、これはどうしようもない。

 結果、撃発時にこの隙間からガスが漏れる。そのガスが銃本体を安定させようとして添えた手を焼いたり、最悪の場合は未発射の火薬に引火して暴発するという事故を起こす。これによりリボルビング・ライフルは珍銃の称号を得た。

 だが親信は、その隙間を銃身の後端部であるフォーシングコーンを覆う部品で埋めるという解決方法を示す。実銃のリボルバー・ショットガンでも採用しているのを参考にしたのだろう。部品点数は増えるが確実な方法だ。なおナガンリボルバーは、弾倉そのものを前進させてシリンダーギャップ問題を解決している。

 ハンマーをハーフコックにして手で弾倉を回すと、それに合わせて動くカバーが何とも可愛い。……きっと、このパーツの実装にコイルスプリングも作ったのだろう。そんな技術力があるのに、ハンマースプリングが板バネなのが良く分からない。

 幾ら珍銃リボルビング・ライフルでも、ここまで拘り抜いたなら制式採用に値する。この情熱には脱帽ものだ。

「負けたよ。ここまで見事なリボルビング・ライフルなら、俺も文句は言えないな。しっかりとシリンダーストップまで付いているし、この感じならシリンダーが回る際のオーバーラン、ショートランも無さそうだ。それにしても、よくこの時代でここまで精巧な銃ができたな」

「嬉しいねぇ。まあ半分は国虎のお陰だな。悪銭問題でプレスを指示したのを覚えているか?」

「そりゃ、鋳造よりプレスの方が安上がりだからな。普通にプレスを指示するだろうに。……あっー! そういう事か!」

「ご名答。悪銭問題の解決で精巧さを求められたからな。頑張った甲斐があったぞ。そこで培った技術を銃の部品製造に応用できたんだからな」

「シリンダーのセンター出しがこうも簡単にできるものかと不思議だったが、それなら納得できる。そうか、プレスか。鋳造より狂いが少なくなるな」

「現代日本の鋳造なら精巧なんだがな。この時代、特に鋳造技術の遅れた日の本ではプレスの方が早い。後は国虎の手配してくれたトロナ鉱石のお陰で切削もできるようになった」

 こういうのを一つの技術の発展が他の業種にも影響を与えた典型と言えるだろう。まさか私鋳銭製造がパーカッション・リボルバーの製造に一役買っていたとは誰も思うまい。

 また、俺がインドからのトロナ鉱石輸入を重要視したのも、全ては切削加工のためであった。ガラス製造をするつもりがないとは言わないものの、本命はこちらである。

 切削加工をするためには硬度の高い工具を用意しなければならない。本来ならステンレスといった金属を用意するのが筋であろうが、この戦国時代にでは絶対に手に入らない代物だ。

 ならどうするか? そこで俺と親信は一つの答えを出した。合金は諦めて焼入れによる硬化で何とかしようと。

 そこで白羽の矢を立てたのが、高度な設備や素材を必要としない伝統的な手法の固体浸炭による焼入れである。

 方法はそう難しいものではない。硬化させる鉄と木炭、浸炭促進剤として炭酸ナトリウムを鋼で作られた箱の中に密閉して加熱するだけだ。これにより木炭の炭素が鉄の表面に染み込み硬度が高くなる。

 そのため、炭酸ナトリウムの原材料となるトロナ鉱石が必要であったという訳だ。

 問題があるとすれば、この固体浸炭の焼入れは失敗も多い上に浸炭促進剤を炭酸ナトリウムのみとすれば、焼入れした金属の有効寿命が短くなる点である。より安定した焼入れを行うには炭酸バリウムが必要だ。無い物ねだりではあるが。

 とは言えトロナ鉱石の入手によって、ドリルやタップ他の切削工具が完成したのだから成果としては上々である。それがパーカッション・リボルバーの製造に繋がったのは、あくまでも親信の暴走でしかない。

 ただそんな暴走であっても、製造にはプレスを多用しているため、思ったよりもコストが掛かっていないという。経済性から見ても、今回のリボルビング・ライフルは認めるしかなかった。

「ただ国虎、試作品ができたからと言って、即量産が可能という訳ではないからな。配備には四年から五年を見ておいてくれよ。これならギリギリ三好との決戦には間に合うと見ている」

「そんなものかねぇ。俺は三好との決戦は一〇年後くらいを見越しているんだがな。尼子と大友はそう簡単に叩き潰せないと思うぞ」

「……あっさりと毛利を降した国虎が言う台詞じゃないな。今の遠州細川家の拡大は予想できない速さだぞ」

「それは俺も感じている。だから次の遠征が終われば、しばらくは引き籠って金儲けに専念するつもりだ」

「そうなれば良いな」

「親信、何だその顔は。遠征続きだと皆が疲弊するから、いつ反乱が起きるか分からなくなるんだぞ」

「分かってる。分かってる。国虎も早く借金を返したいだろうしな」

「分かっているなら、それで良いか。それよりも親信、早くこのリボルビング・ライフルで遊ばせてくれよ。実射性能を見たい」 

 ニヤついた親信の顔が気になりつつも、それはそれ。今の俺はリボルビング・ライフルを触りたくて仕方がなかった。堂々と啖呵を切ったのだから、実射でもきっと実戦に使える性能に仕上がっているのだと期待が持てる。

 ──見せてもらおうか。遠州細川の次世代制式小銃の性能とやらを。
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