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八章 王二人
但馬国攻略に向けて
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あれからタオルの製造方法で何度かの文を交す内に年も明け、永禄四年 (一五六一年)となった。
ここから当家は本格的に三好宗家との戦いに向けての準備が始まる。とは言え、日常が置き去りになった訳ではない。年が明ければ年齢が一つ増えるこの時代、それに合わせて喜ばしい出来事があるのも自然な流れであった。
「義兄上、長い間お世話になり申した。明日には筑前国へと向かいまする」
「氏実、頼むぞ。まだまだ元気一杯とは言え、国慶義父上の年齢は五〇を超えているからな。一日も早く仕事を覚えて、国主となってくれ」
長年土佐で勉学に励んでいた細川 益氏様の子供が、今年一六歳で元服する。名を細川 氏実とした。細川 益氏様が隠居の身分となってから産まれた子供であるためか、俺を義兄と呼んで慕ってくれている。
そんな義弟は四歳で細川玄蕃頭家への養子入りが決定していた。名に遠州細川家の通字である「益」の字が使われていないのも、これが理由となる。なお、「氏実」の「氏」の字は細川 氏綱殿からの偏諱だ。こういった所で抜け目ない行動をしているのには、感心させられる。
細川一族の再編は、粛々と進んでいると言えよう。
「氏実、元気が無いな。まだ吹っ切れてないのか? けどな、今回は真理の事情によるものだ。氏実に落ち度がある訳ではない。なら、好いた女の幸せを願う位の度量を見せろよ」
「理解はしているのですが、まだ気持ちの整理ができていないというのが正直な所です」
「こういうのは時が解決してくれるものさ。それに土佐と筑前とでは距離もあるしな。顔を見なければ辛い思いをする事も無いだろう」
とは言え、次期細川玄蕃頭家当主として筑前国主の輝かしい未来が待っている義弟も、全てが順調という訳ではない。つい先日、俺が養女にしている一羽の忘れ形見である真理に求婚をして、振られたばかりだ。
義弟と真理は血は繋がっていないものの、同い年の親戚である。小さい頃から正月等の身内が集まる機会では、二人仲良く遊んでいる姿を何度も見ていた。それが時を経て恋心に変わったとしても、何ら不思議はない。
だからこそ土佐から離れる前に、正室として真理を迎えようとした。
しかしながら真理にも事情がある。何より母親のおみつさんを一人土佐に残したくはなかった。姉の雫は備後国にいて、もう土佐には戻ってこない。ここで真理まで土佐から離れてしまえば、母親はどうなるのかという強い危機感が求婚を断る決断をさせた。
おみつさんは今も再婚をしておらず、未亡人のままである。しかも元奴隷だ。つまりは後ろ盾が無い。幾ら俺が身元を保証したしても、正室の母親として筑前国まで連れて行くのは憚られよう。
次期国主正室ともなれば身の回りを世話する者は、身元保証の観点から身分ある出身が多い。そうなればおみつさんの元奴隷の経歴が、足を引っ張るのは必然であった。
勿論、義弟と真理が幼い頃から互いに将来を誓い合っていたなら、俺が無理矢理にでも何とかしている。ただ今回は、そこまでの約束はしていなかった。
真理としては、姉の雫のようにはなりたくはない。自分は土佐で地味に暮らすのが似合いだとして、母親と共に受け入れてくれる小身の家に嫁ぎたいと話してくれた。要は姉の雫は万馬券の可能性があるベンチャー企業を望み、妹の真理は地元の中小企業を望んだ訳だ。姉妹揃って安定的な大企業を望まないのだから、そういう意味では似ていると言えよう。
「しばらくは筑前国で次期国主の役目に励め。そういう巡り合わせだと考えるようにしろよ」
「つまりは此度振られたのは、大事な役目を前に女性にうつつを抜かしたからだと義兄上は言いたいのでしょうか?」
「そういう訳ではないが、氏実には筑前国を背負う人物になってもらわないと困るからな。今はそれを第一に考えて欲しい」
「……確かに義兄上の言う通りです」
「氏実、暗くなるなよ。いずれ良い人に巡り合うだろうから、それまでにしっかりと自身を高めておけ」
こう言いながらも、俺自身は真理との婚姻が成立しなくて良かったと考えている。実の所、国慶義父上から、義弟にはいずれ十市細川家の娘と婚姻させたいと内々の打診があったからだ。
十市細川家は、同じ細川一族でありながら遠州細川家とは別系統の家系となっている。遠州細川家の分家ではない。遠州細川家が土佐守護代としてやって来た後に土佐入りした一族である。そのため両家の関係は長年希薄であった。
そんな十市細川家も紆余曲折を経て、今では細川玄蕃頭家の与力となっている。だからこそ義弟と十市細川家の娘とを婚姻させて、取り込むのを考えているそうだ。これも再編中の細川一族の結束を図る妙手と言えるだろう。
それ以外にも義弟には、筑前国の有力者の娘や公家の娘等々と正室の候補は数多くいる。次期筑前国主なのだから当然だ。全てが政略結婚だとしても、相手側も義弟とは良好な関係を築きたい。そうなれば美人で性格の良い娘を候補とするのは確実だ。間違っても性格の破綻した者が候補となる事はあり得ない。
要は、義弟には筑前国での政権基盤を安定させるために婚姻を利用して欲しいと考えていた。真理との婚姻は、逆に義弟の足元を脆くさせてしまいかねない。そんな思いが俺の中にあった。勿論俺と和葉の件は棚に上げている。
それはさて置き、もう一方の当事者である真理は、土佐近沢家当主である近沢 宗清の元へ嫁ぐ形で現在調整中だ。
これには理由がある。土佐近沢家は弓の大家として土佐国内では知る人ぞ知る家であり、当家の北川村弓兵部隊の力は土佐近沢家の指導によって大きく底上げをされた。現在の北川村弓兵部隊は、北川 木曽を隊長とし、副隊長を近沢 宗清が担当している。
それだけではない。土佐近沢家の一族郎党は鉄砲への適性が高く、砲術師範的な役割も担っている。鉄砲の射撃姿勢に弓と通じるものがあるのだろう。新設の回転弾倉種子島部隊が最前線で戦えるまでに成長しているのも、土佐近沢家の功績が大きい。隊長に昨年元服したばかりの近沢 越後を抜擢したのも、土佐近沢家に配慮した形と言えるだろう。
とは言え、近沢 越後の抜擢は政治的な理由だけではない。当人の鉄砲に対する理解度の高さを評価した結果によるものだ。効率的な部隊運用ができるのがこの者の強みである。
これだけの実績があれば、土佐近沢家を一族に取り込みたいと考えるのは自然な流れと言えよう。それでいて家格も高くはない。元は高岡郡の小さな領主である。現代的に言うならば、技術力のある町工場のようなものだ。真理だけではなく、おみつさんを任せるにはこれ以上ない好条件の家となる。
何が言いたいかというと、今年から制式採用となった回転弾倉種子島銃の数が揃った所で、実戦では即座に活躍できない。運用には技術が必要となる。そんな足りない部分を埋める人材は既に土佐に居たという話であった。
このような凄い家が何故無名なのか分からないが、こうした者達を日の当たる場所で活躍させるのも国主の務めだと思うようにする。探せばお買い得物件はあるものだ。
余談ではあるが、真理のお相手予定の近沢 宗清は、弓に精通しているだけではなく字も綺麗という。面白い人物である。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
今年元服した中で面白い者が一人いる。それは朝倉 在重。父親は越前朝倉家で軍事クーデターに失敗して土佐に流れてきた朝倉 景高殿となる。
朝倉 景高殿が土佐にやって来たのは、俺が土佐安芸家当主を継いだばかり頃だ。当初は客将身分として迎え入れたものの、以来行政官として地味な役割を卒なくこなし続けていた。目立つ存在ではないものの、縁の下の力持ちとして今では欠かせない家臣となっている。
そんな父親を間近で見ていれば、子供も同じく行政官として育つのが通常であろう。だが違った。やはり土佐のお国事情なのか、朝倉 在重も立派な蛮族……もとい武将へ成長する。
これだけなら何の面白味もないのだが、朝倉 在重は武芸として暗器を使う人物だった。使用する暗器は袖箭と呼ばれる携行可能な矢を発射する筒だ。大陸では三国時代から使用されており、バネの力を使って発射する。
……このような暗器が遥か昔からあるとは知らなかった。
「という訳で、つづみ弾仕様の携行型空気銃を在重には渡しておく。元服の祝いだ。槓悍 (コッキングレバー)を引いて、固定した後に引き金を引けば弾が発射される。威力はこちらの方が上だぞ」
ならばと悪ノリするのが、俺と言えよう。渡したのはまんま小型のエアライフルである。大きさは三〇センチ程。
銃身は極限まで切り詰められ、銃床は無い。筒状の形をしており、コッキングレバーと引き金が飛び出している。トリガーガード他暴発防止の機能が一切無い仕様だ。袖箭はバネの力で矢を放つ機構となっているが、こちらは圧縮空気でつづみ弾を発射をするのがその違いとなる。装弾数は一発。
構造的には当家のトンデモ兵器ドラゴンブレスと変わらないため、試作品はあっさりと完成した。こういった時、転生者仲間の庄 親信は文句一つ言わずに協力してくれるのがありがたい。
当然ながらこの携行型空気銃は、狙って当てる代物ではない。至近距離で発射するのがその使い方だ。そのため、照準も無い仕様としている。威力は三ジュールあれば良い方だろう。それでも至近距離限定なら、敵の動きを止められる威力はある。但し、鎧は貫通できない。
「国虎様、これ程の武具を頂いて良いのでしょうか?」
「気にするな。試作品だからな。パイルバンカーとどちらにするか迷ったが、今回は実用性を優先した。ただな、距離が一〇尺 (約三メートル)離れるだけで当てるのが難しくなる。刀の間合いで使うのが前提となるから、使い勝手は良くないぞ」
「いえ、袖箭は組討の間合いでしか役に立ちませんので、それと比べれば断然こちらが上です。袖箭は賊討伐でも不意討ちに使うのが精一杯でした」
「そう言えば在重は、賊討伐で初陣を済ましていたか。暗器は使い所が難しい分、使い手が少ないからな。在重には期待している。……そうだ、次の但馬国攻めに参加するか? そこで携行型空気銃を使ってみてくれ。戦でも役に立てば良いんだがな」
「お任せください。この朝倉 在重、大将首を携行型空気銃にて討ち取ってみましょうぞ」
「そう気負うな。戦場での使い勝手を見てくれるだけで良い。携行型空気銃には殺傷能力は無いと思うしな。抜け駆けなどせず、責任者の吉川 元春の指揮に従えよ。そうすれば結果は後から付いてくる。後、報告書を頼むな」
「はっ。かしこまりました」
完全にノリで決めてしまったが、気にしないでおこう。因幡国で次の戦に向けて準備中の吉川 元春の下には、元より経験を積ませるために若い将兵を多く配置しているのだ。今更一人増えた所で負担が大きくはならないだろう。
また、携行型空気銃は戦場の盤面をひっくり返すような画期的な新兵器ではない。せいぜい一対一の戦いの際に意表を突ける程度だ。一騎当千の活躍は絶対に不可能である。
だからこそ朝倉 在重には、基本に忠実であるようにと釘を刺しておいた。先の因幡国侵攻のような油断は敵にあるまい。次は三好宗家の援軍とも争う激戦となるのが確実だ。賊討伐とは全く違うものとなろう。
そういった背景があるからか、吉川 元春はかなり慎重に事を進めているという。具体的には侵攻経路の入念な確認や補給部隊の編成といった、およそ世間で言われる猛将の姿とはかけ離れた動きである。更には因幡国の豪族達を吸収して軍の強化に余念が無い。俺の前で見せる姿とは別人であるかのような堅実さだ。
面白いのが同じく因幡国で滞在している大新宮である。気が付けば総勢一万の大部隊にまで膨れ上がっていた。それも美作三浦家残党や伯耆南条家残党他、中国地方の各地で燻っていた賊予備軍がこぞって加わっているという。
こうした者達が大新宮に合流した理由は明白だ。清水 宗知改め大友 宗知の大出世に触発されたとしか考えられない。大新宮で活躍し、家の再興や出世を果たす夢を見ているのだろう。
人の口に戸は立てられぬと言うべきか。大友 宗知が一躍時の人となっているだけに、噂が西国全域に広がったとしても納得である。
問題があるとすれば、本来精鋭部隊として設立した大新宮の意味が変わってしまった点だろうか。最早山陰地方攻略の主力部隊と呼んだ方が良い。それも吉川 元春を大将としているだけに、毛利と尼子の武闘派が並んだ夢のタッグチームである。これで吉川 元春と尼子 敬久の二人が馬が合うというのが笑うに笑えない。
もう一つ面白い点がある。因幡国での大軍編成はある副次的効果を齎していた。それは中国地方の治安が格段に良くなったという話である。大新宮が治安の悪化する要因を抱え込んでいるのだ。当然の結果と言えよう。これにより中国地方は、領地開発に力を入れられるようになったのが大きい。際限なく膨れ上がっていく大新宮を危険視する声もあるが、こうした成果を見れば、今後も好きにさせておく方が良いのではないかと考えている。
こうしてお膳立てが整ってくると、後はいつ但馬国へ攻め込むかであろう。主力は吉川 元春と大新宮が担当し、日本海側からは再編の終わった出雲石橋家の水軍が支援行動をし、南からは播磨島津家が敵の背後を取る動きをする。これで勝利は間違いない。
ただそんな必勝の策も、思わぬ所に落とし穴があるのが世の中である。裏切り者が出た訳ではない。味方が良かれと思い、独断で行動をする。抜け駆けの行為はこの時代ありふれた日常だ。
「申し上げます! 播磨島津家の島津 家久様が、三木城を落としたとの報せが入りました!」
「国虎様、三木城と言えば……」
「ああそうだ。三好傘下の播磨別所家の本拠地だ。難攻不落で有名な……いや、三好宗家との緩衝地帯と言った方が良いか。播磨国はこれから荒れるぞ」
「それでは但馬国攻めは?」
「一旦白紙にするしかないだろうな」
三好宗家との戦いは、意外な地域が火薬庫となった。
ここから当家は本格的に三好宗家との戦いに向けての準備が始まる。とは言え、日常が置き去りになった訳ではない。年が明ければ年齢が一つ増えるこの時代、それに合わせて喜ばしい出来事があるのも自然な流れであった。
「義兄上、長い間お世話になり申した。明日には筑前国へと向かいまする」
「氏実、頼むぞ。まだまだ元気一杯とは言え、国慶義父上の年齢は五〇を超えているからな。一日も早く仕事を覚えて、国主となってくれ」
長年土佐で勉学に励んでいた細川 益氏様の子供が、今年一六歳で元服する。名を細川 氏実とした。細川 益氏様が隠居の身分となってから産まれた子供であるためか、俺を義兄と呼んで慕ってくれている。
そんな義弟は四歳で細川玄蕃頭家への養子入りが決定していた。名に遠州細川家の通字である「益」の字が使われていないのも、これが理由となる。なお、「氏実」の「氏」の字は細川 氏綱殿からの偏諱だ。こういった所で抜け目ない行動をしているのには、感心させられる。
細川一族の再編は、粛々と進んでいると言えよう。
「氏実、元気が無いな。まだ吹っ切れてないのか? けどな、今回は真理の事情によるものだ。氏実に落ち度がある訳ではない。なら、好いた女の幸せを願う位の度量を見せろよ」
「理解はしているのですが、まだ気持ちの整理ができていないというのが正直な所です」
「こういうのは時が解決してくれるものさ。それに土佐と筑前とでは距離もあるしな。顔を見なければ辛い思いをする事も無いだろう」
とは言え、次期細川玄蕃頭家当主として筑前国主の輝かしい未来が待っている義弟も、全てが順調という訳ではない。つい先日、俺が養女にしている一羽の忘れ形見である真理に求婚をして、振られたばかりだ。
義弟と真理は血は繋がっていないものの、同い年の親戚である。小さい頃から正月等の身内が集まる機会では、二人仲良く遊んでいる姿を何度も見ていた。それが時を経て恋心に変わったとしても、何ら不思議はない。
だからこそ土佐から離れる前に、正室として真理を迎えようとした。
しかしながら真理にも事情がある。何より母親のおみつさんを一人土佐に残したくはなかった。姉の雫は備後国にいて、もう土佐には戻ってこない。ここで真理まで土佐から離れてしまえば、母親はどうなるのかという強い危機感が求婚を断る決断をさせた。
おみつさんは今も再婚をしておらず、未亡人のままである。しかも元奴隷だ。つまりは後ろ盾が無い。幾ら俺が身元を保証したしても、正室の母親として筑前国まで連れて行くのは憚られよう。
次期国主正室ともなれば身の回りを世話する者は、身元保証の観点から身分ある出身が多い。そうなればおみつさんの元奴隷の経歴が、足を引っ張るのは必然であった。
勿論、義弟と真理が幼い頃から互いに将来を誓い合っていたなら、俺が無理矢理にでも何とかしている。ただ今回は、そこまでの約束はしていなかった。
真理としては、姉の雫のようにはなりたくはない。自分は土佐で地味に暮らすのが似合いだとして、母親と共に受け入れてくれる小身の家に嫁ぎたいと話してくれた。要は姉の雫は万馬券の可能性があるベンチャー企業を望み、妹の真理は地元の中小企業を望んだ訳だ。姉妹揃って安定的な大企業を望まないのだから、そういう意味では似ていると言えよう。
「しばらくは筑前国で次期国主の役目に励め。そういう巡り合わせだと考えるようにしろよ」
「つまりは此度振られたのは、大事な役目を前に女性にうつつを抜かしたからだと義兄上は言いたいのでしょうか?」
「そういう訳ではないが、氏実には筑前国を背負う人物になってもらわないと困るからな。今はそれを第一に考えて欲しい」
「……確かに義兄上の言う通りです」
「氏実、暗くなるなよ。いずれ良い人に巡り合うだろうから、それまでにしっかりと自身を高めておけ」
こう言いながらも、俺自身は真理との婚姻が成立しなくて良かったと考えている。実の所、国慶義父上から、義弟にはいずれ十市細川家の娘と婚姻させたいと内々の打診があったからだ。
十市細川家は、同じ細川一族でありながら遠州細川家とは別系統の家系となっている。遠州細川家の分家ではない。遠州細川家が土佐守護代としてやって来た後に土佐入りした一族である。そのため両家の関係は長年希薄であった。
そんな十市細川家も紆余曲折を経て、今では細川玄蕃頭家の与力となっている。だからこそ義弟と十市細川家の娘とを婚姻させて、取り込むのを考えているそうだ。これも再編中の細川一族の結束を図る妙手と言えるだろう。
それ以外にも義弟には、筑前国の有力者の娘や公家の娘等々と正室の候補は数多くいる。次期筑前国主なのだから当然だ。全てが政略結婚だとしても、相手側も義弟とは良好な関係を築きたい。そうなれば美人で性格の良い娘を候補とするのは確実だ。間違っても性格の破綻した者が候補となる事はあり得ない。
要は、義弟には筑前国での政権基盤を安定させるために婚姻を利用して欲しいと考えていた。真理との婚姻は、逆に義弟の足元を脆くさせてしまいかねない。そんな思いが俺の中にあった。勿論俺と和葉の件は棚に上げている。
それはさて置き、もう一方の当事者である真理は、土佐近沢家当主である近沢 宗清の元へ嫁ぐ形で現在調整中だ。
これには理由がある。土佐近沢家は弓の大家として土佐国内では知る人ぞ知る家であり、当家の北川村弓兵部隊の力は土佐近沢家の指導によって大きく底上げをされた。現在の北川村弓兵部隊は、北川 木曽を隊長とし、副隊長を近沢 宗清が担当している。
それだけではない。土佐近沢家の一族郎党は鉄砲への適性が高く、砲術師範的な役割も担っている。鉄砲の射撃姿勢に弓と通じるものがあるのだろう。新設の回転弾倉種子島部隊が最前線で戦えるまでに成長しているのも、土佐近沢家の功績が大きい。隊長に昨年元服したばかりの近沢 越後を抜擢したのも、土佐近沢家に配慮した形と言えるだろう。
とは言え、近沢 越後の抜擢は政治的な理由だけではない。当人の鉄砲に対する理解度の高さを評価した結果によるものだ。効率的な部隊運用ができるのがこの者の強みである。
これだけの実績があれば、土佐近沢家を一族に取り込みたいと考えるのは自然な流れと言えよう。それでいて家格も高くはない。元は高岡郡の小さな領主である。現代的に言うならば、技術力のある町工場のようなものだ。真理だけではなく、おみつさんを任せるにはこれ以上ない好条件の家となる。
何が言いたいかというと、今年から制式採用となった回転弾倉種子島銃の数が揃った所で、実戦では即座に活躍できない。運用には技術が必要となる。そんな足りない部分を埋める人材は既に土佐に居たという話であった。
このような凄い家が何故無名なのか分からないが、こうした者達を日の当たる場所で活躍させるのも国主の務めだと思うようにする。探せばお買い得物件はあるものだ。
余談ではあるが、真理のお相手予定の近沢 宗清は、弓に精通しているだけではなく字も綺麗という。面白い人物である。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
今年元服した中で面白い者が一人いる。それは朝倉 在重。父親は越前朝倉家で軍事クーデターに失敗して土佐に流れてきた朝倉 景高殿となる。
朝倉 景高殿が土佐にやって来たのは、俺が土佐安芸家当主を継いだばかり頃だ。当初は客将身分として迎え入れたものの、以来行政官として地味な役割を卒なくこなし続けていた。目立つ存在ではないものの、縁の下の力持ちとして今では欠かせない家臣となっている。
そんな父親を間近で見ていれば、子供も同じく行政官として育つのが通常であろう。だが違った。やはり土佐のお国事情なのか、朝倉 在重も立派な蛮族……もとい武将へ成長する。
これだけなら何の面白味もないのだが、朝倉 在重は武芸として暗器を使う人物だった。使用する暗器は袖箭と呼ばれる携行可能な矢を発射する筒だ。大陸では三国時代から使用されており、バネの力を使って発射する。
……このような暗器が遥か昔からあるとは知らなかった。
「という訳で、つづみ弾仕様の携行型空気銃を在重には渡しておく。元服の祝いだ。槓悍 (コッキングレバー)を引いて、固定した後に引き金を引けば弾が発射される。威力はこちらの方が上だぞ」
ならばと悪ノリするのが、俺と言えよう。渡したのはまんま小型のエアライフルである。大きさは三〇センチ程。
銃身は極限まで切り詰められ、銃床は無い。筒状の形をしており、コッキングレバーと引き金が飛び出している。トリガーガード他暴発防止の機能が一切無い仕様だ。袖箭はバネの力で矢を放つ機構となっているが、こちらは圧縮空気でつづみ弾を発射をするのがその違いとなる。装弾数は一発。
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当然ながらこの携行型空気銃は、狙って当てる代物ではない。至近距離で発射するのがその使い方だ。そのため、照準も無い仕様としている。威力は三ジュールあれば良い方だろう。それでも至近距離限定なら、敵の動きを止められる威力はある。但し、鎧は貫通できない。
「国虎様、これ程の武具を頂いて良いのでしょうか?」
「気にするな。試作品だからな。パイルバンカーとどちらにするか迷ったが、今回は実用性を優先した。ただな、距離が一〇尺 (約三メートル)離れるだけで当てるのが難しくなる。刀の間合いで使うのが前提となるから、使い勝手は良くないぞ」
「いえ、袖箭は組討の間合いでしか役に立ちませんので、それと比べれば断然こちらが上です。袖箭は賊討伐でも不意討ちに使うのが精一杯でした」
「そう言えば在重は、賊討伐で初陣を済ましていたか。暗器は使い所が難しい分、使い手が少ないからな。在重には期待している。……そうだ、次の但馬国攻めに参加するか? そこで携行型空気銃を使ってみてくれ。戦でも役に立てば良いんだがな」
「お任せください。この朝倉 在重、大将首を携行型空気銃にて討ち取ってみましょうぞ」
「そう気負うな。戦場での使い勝手を見てくれるだけで良い。携行型空気銃には殺傷能力は無いと思うしな。抜け駆けなどせず、責任者の吉川 元春の指揮に従えよ。そうすれば結果は後から付いてくる。後、報告書を頼むな」
「はっ。かしこまりました」
完全にノリで決めてしまったが、気にしないでおこう。因幡国で次の戦に向けて準備中の吉川 元春の下には、元より経験を積ませるために若い将兵を多く配置しているのだ。今更一人増えた所で負担が大きくはならないだろう。
また、携行型空気銃は戦場の盤面をひっくり返すような画期的な新兵器ではない。せいぜい一対一の戦いの際に意表を突ける程度だ。一騎当千の活躍は絶対に不可能である。
だからこそ朝倉 在重には、基本に忠実であるようにと釘を刺しておいた。先の因幡国侵攻のような油断は敵にあるまい。次は三好宗家の援軍とも争う激戦となるのが確実だ。賊討伐とは全く違うものとなろう。
そういった背景があるからか、吉川 元春はかなり慎重に事を進めているという。具体的には侵攻経路の入念な確認や補給部隊の編成といった、およそ世間で言われる猛将の姿とはかけ離れた動きである。更には因幡国の豪族達を吸収して軍の強化に余念が無い。俺の前で見せる姿とは別人であるかのような堅実さだ。
面白いのが同じく因幡国で滞在している大新宮である。気が付けば総勢一万の大部隊にまで膨れ上がっていた。それも美作三浦家残党や伯耆南条家残党他、中国地方の各地で燻っていた賊予備軍がこぞって加わっているという。
こうした者達が大新宮に合流した理由は明白だ。清水 宗知改め大友 宗知の大出世に触発されたとしか考えられない。大新宮で活躍し、家の再興や出世を果たす夢を見ているのだろう。
人の口に戸は立てられぬと言うべきか。大友 宗知が一躍時の人となっているだけに、噂が西国全域に広がったとしても納得である。
問題があるとすれば、本来精鋭部隊として設立した大新宮の意味が変わってしまった点だろうか。最早山陰地方攻略の主力部隊と呼んだ方が良い。それも吉川 元春を大将としているだけに、毛利と尼子の武闘派が並んだ夢のタッグチームである。これで吉川 元春と尼子 敬久の二人が馬が合うというのが笑うに笑えない。
もう一つ面白い点がある。因幡国での大軍編成はある副次的効果を齎していた。それは中国地方の治安が格段に良くなったという話である。大新宮が治安の悪化する要因を抱え込んでいるのだ。当然の結果と言えよう。これにより中国地方は、領地開発に力を入れられるようになったのが大きい。際限なく膨れ上がっていく大新宮を危険視する声もあるが、こうした成果を見れば、今後も好きにさせておく方が良いのではないかと考えている。
こうしてお膳立てが整ってくると、後はいつ但馬国へ攻め込むかであろう。主力は吉川 元春と大新宮が担当し、日本海側からは再編の終わった出雲石橋家の水軍が支援行動をし、南からは播磨島津家が敵の背後を取る動きをする。これで勝利は間違いない。
ただそんな必勝の策も、思わぬ所に落とし穴があるのが世の中である。裏切り者が出た訳ではない。味方が良かれと思い、独断で行動をする。抜け駆けの行為はこの時代ありふれた日常だ。
「申し上げます! 播磨島津家の島津 家久様が、三木城を落としたとの報せが入りました!」
「国虎様、三木城と言えば……」
「ああそうだ。三好傘下の播磨別所家の本拠地だ。難攻不落で有名な……いや、三好宗家との緩衝地帯と言った方が良いか。播磨国はこれから荒れるぞ」
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三好宗家との戦いは、意外な地域が火薬庫となった。
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だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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