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八章 王二人
石山本願寺の存在意義
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「じゃからな、拙僧はその時こう言ったのだ。まごまごしていると日蓮宗に全てを持っていかれるぞ、と」
「……それで、この話はいつまで続くのでしょうか?」
「今、大事な話をしているというに何だその態度は。無礼であるぞ」
「分かりました。では無礼な私はここで退席させて頂きます。後は好きなだけお話しください。誰もその話を聞く者はいませんが」
「待て待て。何がそんなに気に入らぬのだ。拙僧の功績で石山本願寺が細川京兆家に味方したのだぞ。少しは感謝しても良かろう」
「本願寺教団が味方になってくれるのはとても嬉しいです。ですが挙兵までは求めていません。随分と余計な真似をしてくれましたね」
石山本願寺挙兵の急報を受けてから五日後、俺との面会を求めて一人の男が岩屋城までやって来た。それは摂関家の九条 稙通。現在は出家して行空と名乗っている。一〇年以上前に土佐を訪ねてきた時には、喧嘩別れとなった人物だ。
それだけに今回もやはり禄でもない話となる。要点を纏めると、九条 稙通が本願寺宗主 顕如上人を説得して挙兵させた。迷惑この上ないとはこの事だろう。会わずに追い返せば良かったと後悔している。
しかもそれを自慢げに語るのが更に俺をイライラさせる。今回の挙兵は当家の力にはならず、逆に負担になっているのがまるで分っていない。
いやそれよりも、俺が討った十河 一存は九条 稙通の娘婿だ。何より三好宗家の次期当主は九条 稙通の孫である。
つまり九条 稙通は三好宗家側の人物であり、俺にとっては敵と言えよう。だからこそ、三好宗家の使者と認識して面会を許可したのだ。大方堺の焼き討ちに対しての抗議だろうと考えて。
様々な思惑があったにしろ、俺自身も焼き討ち行為は非難されて当然だという思いがある。下手な言い訳で取り繕うつもりはない。
それが実際にはどうだ。堺の話題が出ない所か三好の話すら出てこない。口を衝いて出るのは自身の功績ばかり。ずっと我慢して聞いていたが、これ以上は付き合い切れないと話を切ったのが現状である。
前回もそうだったが、相変わらず自分の都合だけで話を進めていくのだから、こうなるのも仕方ないというもの。
「畿内に強大な細川殿の味方ができたのだぞ。それを余計な真似と言うか。ならば細川殿の存念を話してみよ」
「では一言だけ。石山本願寺に梃子摺る程、三好宗家は甘くありません。忠澄、行空様がお帰りだ。丁重に送って差し上げろ」
難攻不落の石山本願寺が味方となるのは、三好宗家に対する大きな楔となる。しかも畿内進出の足掛かりができたのだ。この機に乗じれば、上洛すら可能となろう。九条 稙通が功績を誇るのも、これが背景にあると思われる。
──だがそれは幻想でしかない。
大筒や大砲を攻城兵器として使用すれば、難攻不落の城は砂上の楼閣へと生まれ変わる。
史実の石山本願寺は、織田 信長に落とされる事はなかった。これは大砲の使用が海戦のみに限定されたからだと言われている。
つまりは城攻めや野戦では大砲を使用しなかった。これが石山本願寺との戦いを長期化させた要因の一つであろう。
なら三好 長慶が石山本願寺を攻めるならどうするか? 間違いなく当家のやり方を真似て大砲を使ってくる。この時点で、石山本願寺の長期の立て籠もりは不可能だと分かるというもの。
加えて水軍の重要性を知っているのも大きい。これも織田 信長と違う点だ。織田 信長が水軍の重要性に気付いていれば、早くから戦力の増強を図っている。有名な鉄甲船の建造は、戦力不足を補うための対症療法の意味合いが強い。
そうなると当家の水軍に対しての対策もしてこよう。考えられるのは木津川の封鎖。渡辺津を占拠し、石山本願寺への兵糧・弾薬等の補給を完全に断つ。幾ら当家が和泉灘の制海権を得ていようと、徹底した対策をされてしまえばお手上げだ。織田 信長のような脇の甘さは無いと考えた方が良い。
また畿内の一向門徒は一〇年以上の長期間、阿波や土佐に移住し続けている。結果として、石山本願寺で蜂起した門徒の数は史実よりも少ない。最低でも二割程度は減っているのではないかと考えられる。
纏めると、武装でも物資でも兵の数でも全てが三好有利という訳だ。無謀な武装蜂起と言うしかない。挙兵するなら、せめて当家の軍勢が畿内入りしてから行って欲しかった。
しかしながら俺の思いとは裏腹に、世間の評価はまた違ったものとなっている。
「三木城さえ落とせなかった三好に石山本願寺が落とせる訳がなかろう。……口が過ぎたようだな。頭を下げる故、追い返すのは止めにしてくれぬか。頼む」
このような先走った行動をしたのも、元凶は全てこれだ。三木城の戦いでの三好敗走が、勘違いを起こさせていた。南淡路の戦いも含めて実は紙一重だったと気付いていない。
とは言え、俺も俺で京の黄巾賊を利用して三好軍に対しての印象操作を行ったのだから、九条 稙通の勘違いには責任の一端がある。この場でその点に対して触れるつもりはないが。
「まあ、その件を引っ込めるのでしたら、話だけは聞きましょう。但し、私の質問には素直にお答えください。口答えや反抗的な意思を見せるなら、即お帰り頂きます」
「拙僧は今でこそ出家しているものの、元は摂関家の九条 稙通ぞ。いや、何でもない。今のは無かった事にしてくれ」
ここからは石山本願寺挙兵背景を探ってく。
まず第一に九条 稙通の行動の意味となるが、これは単純に公家内での派閥争いに負けたのが原因であった。三好─九条体制は現在ではほぼ機能していないそうだ。
なら何処が台頭したか? 公方の帰京に合わせて近衛 稙家兄弟も京へと戻って来る。これにより瞬く間に、公家界隈は近衛派閥に塗りつぶされた。当然ながらこれは幕府の力を背景としたものである。
ここで重要なのが、三好 長慶・畠山 義長親子の立ち位置となる。二人は本来九条派閥であった筈だが、室町幕府の方針転換により近衛派閥に取り込まれた。足利 義輝側近の上野 信孝が三好との取次に抜擢されたのが何より大きい。
結果として九条家は京で居場所を失う。こうなったのは、九条 稙通が出家して第一線から退いたのも要因の一つと言えよう。まだ年齢一桁の幼い新当主では、三好 長慶との関係を維持するのは勿論の事、近衛 稙家に対抗するのも無理であった。
だからと言って当家に擦り寄ってきた所で、何かをする筈がない。その辺が分からないのだろうか?
「拙僧が石山本願寺を細川京兆家の味方に付けたのだぞ。この功績で九条家の後ろ盾になってくれぬか?」
「今先程私は『挙兵までは求めていない』と言ったばかりですが。功績ではなく、当家の足を引っ張る行為ですね。お陰で石山本願寺が囲まれるまでに、急遽援軍と物資を送らなければならなくなりました。見殺しにはできませんので。従って後ろ盾はお断りします」
「なら、一条 内基殿を庇護している理由を教えてくれぬか?」
「第一は行空様のように勝手な行動をしない点です。そのため、足利 義栄様が開く新たな幕府では、朝廷との橋渡しの役割を果たしてもらおうと考えています。摂関家全て京から追放するのは、現実的ではないですし」
「待て待て。一条家を除いた摂関家を全て京から追放するとはどういう意味だ?」
「そのままの意味です。君側の奸である近衛 稙家様には死で償って頂くのは当然として、残された近衛家の方々には京から去って頂きます。九条家や二条家も同じく京から去って頂こうかと」
これが九条 稙通を相手にしない理由となる。
摂関家は公家の最高峰だ。だというのに無駄に武家との距離が近い。それが災いして武家、いや幕府が食い物にされてしまうのだから、一度整理する必要があると俺は考えていた。近衛 稙家のような存在は、これ以上野放しにできない。
九条家や二条家も程度の差こそあれ、権威を悪用して悪さをした過去がある。生活のために行ったのは分かるが、もう少しやり方があった筈だというのが正直な気持ちであった。
一条本家を対象外としたのは、亡くなった一条 房通の顔を立てたと言って良い。
「そのような真似をすれば帝が悲しむではないか」
「……帝を悲しませたくないなら、最初から武家に近寄らなければ良いだけでしょう。本当に懲りませんね。これ以上話すのは馬鹿馬鹿しいので、お帰りください」
「待て。待ってくれ。もう余計な事は言わぬ。だから教えてくれ。どのようにすれば九条家は追放を免れ、細川京兆家の庇護を受けられる?」
「無理だと思いますが、九条家を乗っ取りしても良いなら考えましょう。飛騨の姉小路家という前例がありますので、問題は無いかと。この件には近衛 前嗣様が大きく関わっているのは行空様もご存じでしょう」
こういった時、無理難題を押し付けて交渉を打ち切るのは基本中の基本と言えよう。万が一案が通っても、こちらには利益しかない。
「──! いや、何でもない。……一つ確認したいのだが、乗っ取りというのはお主の子を養子に迎えれば良いのか?」
「そこまでは考えていませんでしたが、そうですね。後、当家から側近となる者を何名か派遣させて頂きます。それら全てを受け入れてください」
「分かった。ならば、此度は特例で受け入れよう。近衛家に対しては拙僧も思う所がある。『毒を以て毒を制す』の言葉通り、近衛家に対抗する家として生まれ変わるなら是非もない。その代わり、援助は頼むぞ」
「できるのですか? 既に当主が交代しているというのに」
「だがやらねば九条家に明日は無い」
「では私は、そのお手並みを拝見させて頂きましょう」
……やってしまった。まさかこうなるとはな。いや今回も俺の責任だ。絶対に無いと思って調子に乗った結果がこのザマである。
俺個人としては、金銭的な支援を求めているなら他家に行けば良いと考えていた。特に備後足利家は、父親の足利 義維の代には交流があったのだから、国持ちとなった今なら大きな負担とはならない。
石山本願寺も同様だ。現宗主 顕如上人は九条 稙通の猶子となっている。明らかに利害関係で成り立っているのだから、頼めば援助してくれよう。
ただ今回求めた援助は、金銭的なものだけではなく、近衛家に対抗する力も含めたものだったとなる。だからこそ当家からの援助に拘っていたのだろう。土壇場で全てを捨てられたのも、近衛憎しの感情と言うしかない。この点を俺は読めなかった。
読めなかったのは、石山本願寺の武装蜂起もそうだ。幾ら九条 稙通からの説得があったとは言え、極端に走り過ぎである。何か別の理由があったと考えた方が良い。
「行空様、一つ聞き忘れていました。今回石山本願寺が当家の味方となりましたが、どういった理由で決断したのでしょうか?」
「拙僧の説得が一番の理由と言いたい所だがな、根底は別にある。石山本願寺は元々、細川京兆家を支援する目的で建てられた寺ぞ。此度はその本文を果たしたに過ぎぬ」
「えっ……?」
「何じゃ知らなかったのか。考えてみよ。何ゆえ細川 晴元殿に本願寺教団が協力的であったか。単なる利害だけではあれだけの大規模な一揆は起こすまい」
「一理ありますね」
「もう一つは日蓮宗に対しての牽制であるな。あの宗派は力を持つ武家に近付くのが上手いからの。堺を焼かれようが、形勢が有利と見るや平気でお主に取り入って来るぞ」
「ああ、なるほど。堺を失った損失分は、本願寺教団を潰す事で補填すると。それが行えるなら、三好でも当家でも味方するのはどちらでも構わないという訳ですね」
「それをさせぬため、石山本願寺は早々にお主に味方したとなるな」
そう言えば、と思い出す。石山本願寺の建立は明応五年 (一四九六年)から始まったと。この頃は半将軍 細川 政元の絶頂期である。そんな時期に大規模な軍事施設……もとい寺院を建てるなら、言い訳が必要であろう。事実、細川 政元の戦に本願寺教団は駆り出されている。
細川 晴元はその過去を掘り返して協力させたのが簡単に想像できてしまう。
そうなれば、細川 晴元には協力しておいて、信者の受け入れや商いで繋がりのある俺に協力しないのは変な話だ。本願寺教団は門跡の地位を確保し、今年は顕如上人が僧正に任命されている。一向一揆はこれまで危険視されていたが、その禊も済ませたと判断してもおかしくはない。
加えて日蓮宗への牽制もあるとなれば、より過激な武装蜂起に繋がったのは分かる気がする。日蓮宗がここまで強かだとは考えもしなかった。
こうなると増々石山本願寺を落とさせる訳にはいかない。折角堺の町を焼いたのに、日蓮宗を通じて会合衆の残党が盛り返してしまう恐れがある。大半は蔵と共に焼け死んでいる筈だが、中には日蓮宗を頼りにして資産を手放してでも逃げ出している者がいると警戒した方が良い。
この時代は現代日本とは違い、資産家程自らの資産を守ろうと執着する。資産の電子化ができないため、災害が起これば一緒に心中するのが基本だ。俺から見れば馬鹿としか言いようがないが、この時代の価値観はそういうものである。
けれども本願寺から損失分を奪うとなれば、また話は変わってくるという訳だ。俺の考えが甘かったらしい。
つまりは次の戦いは、どの道本願寺教団と協力して会合衆の残党と日蓮宗のハイエナ共と戦うしか道が無いらしい。三好だけではない。法華一揆もそこに加わると見て間違いないだろう。
本当、厄介だな。
「……それで、この話はいつまで続くのでしょうか?」
「今、大事な話をしているというに何だその態度は。無礼であるぞ」
「分かりました。では無礼な私はここで退席させて頂きます。後は好きなだけお話しください。誰もその話を聞く者はいませんが」
「待て待て。何がそんなに気に入らぬのだ。拙僧の功績で石山本願寺が細川京兆家に味方したのだぞ。少しは感謝しても良かろう」
「本願寺教団が味方になってくれるのはとても嬉しいです。ですが挙兵までは求めていません。随分と余計な真似をしてくれましたね」
石山本願寺挙兵の急報を受けてから五日後、俺との面会を求めて一人の男が岩屋城までやって来た。それは摂関家の九条 稙通。現在は出家して行空と名乗っている。一〇年以上前に土佐を訪ねてきた時には、喧嘩別れとなった人物だ。
それだけに今回もやはり禄でもない話となる。要点を纏めると、九条 稙通が本願寺宗主 顕如上人を説得して挙兵させた。迷惑この上ないとはこの事だろう。会わずに追い返せば良かったと後悔している。
しかもそれを自慢げに語るのが更に俺をイライラさせる。今回の挙兵は当家の力にはならず、逆に負担になっているのがまるで分っていない。
いやそれよりも、俺が討った十河 一存は九条 稙通の娘婿だ。何より三好宗家の次期当主は九条 稙通の孫である。
つまり九条 稙通は三好宗家側の人物であり、俺にとっては敵と言えよう。だからこそ、三好宗家の使者と認識して面会を許可したのだ。大方堺の焼き討ちに対しての抗議だろうと考えて。
様々な思惑があったにしろ、俺自身も焼き討ち行為は非難されて当然だという思いがある。下手な言い訳で取り繕うつもりはない。
それが実際にはどうだ。堺の話題が出ない所か三好の話すら出てこない。口を衝いて出るのは自身の功績ばかり。ずっと我慢して聞いていたが、これ以上は付き合い切れないと話を切ったのが現状である。
前回もそうだったが、相変わらず自分の都合だけで話を進めていくのだから、こうなるのも仕方ないというもの。
「畿内に強大な細川殿の味方ができたのだぞ。それを余計な真似と言うか。ならば細川殿の存念を話してみよ」
「では一言だけ。石山本願寺に梃子摺る程、三好宗家は甘くありません。忠澄、行空様がお帰りだ。丁重に送って差し上げろ」
難攻不落の石山本願寺が味方となるのは、三好宗家に対する大きな楔となる。しかも畿内進出の足掛かりができたのだ。この機に乗じれば、上洛すら可能となろう。九条 稙通が功績を誇るのも、これが背景にあると思われる。
──だがそれは幻想でしかない。
大筒や大砲を攻城兵器として使用すれば、難攻不落の城は砂上の楼閣へと生まれ変わる。
史実の石山本願寺は、織田 信長に落とされる事はなかった。これは大砲の使用が海戦のみに限定されたからだと言われている。
つまりは城攻めや野戦では大砲を使用しなかった。これが石山本願寺との戦いを長期化させた要因の一つであろう。
なら三好 長慶が石山本願寺を攻めるならどうするか? 間違いなく当家のやり方を真似て大砲を使ってくる。この時点で、石山本願寺の長期の立て籠もりは不可能だと分かるというもの。
加えて水軍の重要性を知っているのも大きい。これも織田 信長と違う点だ。織田 信長が水軍の重要性に気付いていれば、早くから戦力の増強を図っている。有名な鉄甲船の建造は、戦力不足を補うための対症療法の意味合いが強い。
そうなると当家の水軍に対しての対策もしてこよう。考えられるのは木津川の封鎖。渡辺津を占拠し、石山本願寺への兵糧・弾薬等の補給を完全に断つ。幾ら当家が和泉灘の制海権を得ていようと、徹底した対策をされてしまえばお手上げだ。織田 信長のような脇の甘さは無いと考えた方が良い。
また畿内の一向門徒は一〇年以上の長期間、阿波や土佐に移住し続けている。結果として、石山本願寺で蜂起した門徒の数は史実よりも少ない。最低でも二割程度は減っているのではないかと考えられる。
纏めると、武装でも物資でも兵の数でも全てが三好有利という訳だ。無謀な武装蜂起と言うしかない。挙兵するなら、せめて当家の軍勢が畿内入りしてから行って欲しかった。
しかしながら俺の思いとは裏腹に、世間の評価はまた違ったものとなっている。
「三木城さえ落とせなかった三好に石山本願寺が落とせる訳がなかろう。……口が過ぎたようだな。頭を下げる故、追い返すのは止めにしてくれぬか。頼む」
このような先走った行動をしたのも、元凶は全てこれだ。三木城の戦いでの三好敗走が、勘違いを起こさせていた。南淡路の戦いも含めて実は紙一重だったと気付いていない。
とは言え、俺も俺で京の黄巾賊を利用して三好軍に対しての印象操作を行ったのだから、九条 稙通の勘違いには責任の一端がある。この場でその点に対して触れるつもりはないが。
「まあ、その件を引っ込めるのでしたら、話だけは聞きましょう。但し、私の質問には素直にお答えください。口答えや反抗的な意思を見せるなら、即お帰り頂きます」
「拙僧は今でこそ出家しているものの、元は摂関家の九条 稙通ぞ。いや、何でもない。今のは無かった事にしてくれ」
ここからは石山本願寺挙兵背景を探ってく。
まず第一に九条 稙通の行動の意味となるが、これは単純に公家内での派閥争いに負けたのが原因であった。三好─九条体制は現在ではほぼ機能していないそうだ。
なら何処が台頭したか? 公方の帰京に合わせて近衛 稙家兄弟も京へと戻って来る。これにより瞬く間に、公家界隈は近衛派閥に塗りつぶされた。当然ながらこれは幕府の力を背景としたものである。
ここで重要なのが、三好 長慶・畠山 義長親子の立ち位置となる。二人は本来九条派閥であった筈だが、室町幕府の方針転換により近衛派閥に取り込まれた。足利 義輝側近の上野 信孝が三好との取次に抜擢されたのが何より大きい。
結果として九条家は京で居場所を失う。こうなったのは、九条 稙通が出家して第一線から退いたのも要因の一つと言えよう。まだ年齢一桁の幼い新当主では、三好 長慶との関係を維持するのは勿論の事、近衛 稙家に対抗するのも無理であった。
だからと言って当家に擦り寄ってきた所で、何かをする筈がない。その辺が分からないのだろうか?
「拙僧が石山本願寺を細川京兆家の味方に付けたのだぞ。この功績で九条家の後ろ盾になってくれぬか?」
「今先程私は『挙兵までは求めていない』と言ったばかりですが。功績ではなく、当家の足を引っ張る行為ですね。お陰で石山本願寺が囲まれるまでに、急遽援軍と物資を送らなければならなくなりました。見殺しにはできませんので。従って後ろ盾はお断りします」
「なら、一条 内基殿を庇護している理由を教えてくれぬか?」
「第一は行空様のように勝手な行動をしない点です。そのため、足利 義栄様が開く新たな幕府では、朝廷との橋渡しの役割を果たしてもらおうと考えています。摂関家全て京から追放するのは、現実的ではないですし」
「待て待て。一条家を除いた摂関家を全て京から追放するとはどういう意味だ?」
「そのままの意味です。君側の奸である近衛 稙家様には死で償って頂くのは当然として、残された近衛家の方々には京から去って頂きます。九条家や二条家も同じく京から去って頂こうかと」
これが九条 稙通を相手にしない理由となる。
摂関家は公家の最高峰だ。だというのに無駄に武家との距離が近い。それが災いして武家、いや幕府が食い物にされてしまうのだから、一度整理する必要があると俺は考えていた。近衛 稙家のような存在は、これ以上野放しにできない。
九条家や二条家も程度の差こそあれ、権威を悪用して悪さをした過去がある。生活のために行ったのは分かるが、もう少しやり方があった筈だというのが正直な気持ちであった。
一条本家を対象外としたのは、亡くなった一条 房通の顔を立てたと言って良い。
「そのような真似をすれば帝が悲しむではないか」
「……帝を悲しませたくないなら、最初から武家に近寄らなければ良いだけでしょう。本当に懲りませんね。これ以上話すのは馬鹿馬鹿しいので、お帰りください」
「待て。待ってくれ。もう余計な事は言わぬ。だから教えてくれ。どのようにすれば九条家は追放を免れ、細川京兆家の庇護を受けられる?」
「無理だと思いますが、九条家を乗っ取りしても良いなら考えましょう。飛騨の姉小路家という前例がありますので、問題は無いかと。この件には近衛 前嗣様が大きく関わっているのは行空様もご存じでしょう」
こういった時、無理難題を押し付けて交渉を打ち切るのは基本中の基本と言えよう。万が一案が通っても、こちらには利益しかない。
「──! いや、何でもない。……一つ確認したいのだが、乗っ取りというのはお主の子を養子に迎えれば良いのか?」
「そこまでは考えていませんでしたが、そうですね。後、当家から側近となる者を何名か派遣させて頂きます。それら全てを受け入れてください」
「分かった。ならば、此度は特例で受け入れよう。近衛家に対しては拙僧も思う所がある。『毒を以て毒を制す』の言葉通り、近衛家に対抗する家として生まれ変わるなら是非もない。その代わり、援助は頼むぞ」
「できるのですか? 既に当主が交代しているというのに」
「だがやらねば九条家に明日は無い」
「では私は、そのお手並みを拝見させて頂きましょう」
……やってしまった。まさかこうなるとはな。いや今回も俺の責任だ。絶対に無いと思って調子に乗った結果がこのザマである。
俺個人としては、金銭的な支援を求めているなら他家に行けば良いと考えていた。特に備後足利家は、父親の足利 義維の代には交流があったのだから、国持ちとなった今なら大きな負担とはならない。
石山本願寺も同様だ。現宗主 顕如上人は九条 稙通の猶子となっている。明らかに利害関係で成り立っているのだから、頼めば援助してくれよう。
ただ今回求めた援助は、金銭的なものだけではなく、近衛家に対抗する力も含めたものだったとなる。だからこそ当家からの援助に拘っていたのだろう。土壇場で全てを捨てられたのも、近衛憎しの感情と言うしかない。この点を俺は読めなかった。
読めなかったのは、石山本願寺の武装蜂起もそうだ。幾ら九条 稙通からの説得があったとは言え、極端に走り過ぎである。何か別の理由があったと考えた方が良い。
「行空様、一つ聞き忘れていました。今回石山本願寺が当家の味方となりましたが、どういった理由で決断したのでしょうか?」
「拙僧の説得が一番の理由と言いたい所だがな、根底は別にある。石山本願寺は元々、細川京兆家を支援する目的で建てられた寺ぞ。此度はその本文を果たしたに過ぎぬ」
「えっ……?」
「何じゃ知らなかったのか。考えてみよ。何ゆえ細川 晴元殿に本願寺教団が協力的であったか。単なる利害だけではあれだけの大規模な一揆は起こすまい」
「一理ありますね」
「もう一つは日蓮宗に対しての牽制であるな。あの宗派は力を持つ武家に近付くのが上手いからの。堺を焼かれようが、形勢が有利と見るや平気でお主に取り入って来るぞ」
「ああ、なるほど。堺を失った損失分は、本願寺教団を潰す事で補填すると。それが行えるなら、三好でも当家でも味方するのはどちらでも構わないという訳ですね」
「それをさせぬため、石山本願寺は早々にお主に味方したとなるな」
そう言えば、と思い出す。石山本願寺の建立は明応五年 (一四九六年)から始まったと。この頃は半将軍 細川 政元の絶頂期である。そんな時期に大規模な軍事施設……もとい寺院を建てるなら、言い訳が必要であろう。事実、細川 政元の戦に本願寺教団は駆り出されている。
細川 晴元はその過去を掘り返して協力させたのが簡単に想像できてしまう。
そうなれば、細川 晴元には協力しておいて、信者の受け入れや商いで繋がりのある俺に協力しないのは変な話だ。本願寺教団は門跡の地位を確保し、今年は顕如上人が僧正に任命されている。一向一揆はこれまで危険視されていたが、その禊も済ませたと判断してもおかしくはない。
加えて日蓮宗への牽制もあるとなれば、より過激な武装蜂起に繋がったのは分かる気がする。日蓮宗がここまで強かだとは考えもしなかった。
こうなると増々石山本願寺を落とさせる訳にはいかない。折角堺の町を焼いたのに、日蓮宗を通じて会合衆の残党が盛り返してしまう恐れがある。大半は蔵と共に焼け死んでいる筈だが、中には日蓮宗を頼りにして資産を手放してでも逃げ出している者がいると警戒した方が良い。
この時代は現代日本とは違い、資産家程自らの資産を守ろうと執着する。資産の電子化ができないため、災害が起これば一緒に心中するのが基本だ。俺から見れば馬鹿としか言いようがないが、この時代の価値観はそういうものである。
けれども本願寺から損失分を奪うとなれば、また話は変わってくるという訳だ。俺の考えが甘かったらしい。
つまりは次の戦いは、どの道本願寺教団と協力して会合衆の残党と日蓮宗のハイエナ共と戦うしか道が無いらしい。三好だけではない。法華一揆もそこに加わると見て間違いないだろう。
本当、厄介だな。
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さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
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