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八章 王二人
双子の行方
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「御三家に続き、今度は摂関家か。その上義理の娘は次の公方様の正室と。もう何でもありだな」
「今頃土佐は大騒ぎしてそうだな」
「ああ、連日お祭り騒ぎだ。国虎は完全に土佐の英雄だぞ」
行空殿との面談を終えた一月後、試作兵器の納入に同じ転生者仲間の庄 親信が岸和田城までやって来た。普段ならミロクの職員が物を運び込んで終わりとなる所を、今回は陣中見舞いも兼ねてとなる。
だというのに話題は、のっけから俺の子供の九条家への養子入りとなる。三好との最終決戦を目前としているとは思えない緊張感の無さだ。この辺りは最早当家の伝統と言っても良い。
とは言え、俺自身も皆には「欲しがりません。勝つまでは」などとは決して言って欲しくはない。だからこそ浮かれっぷりに苦笑しつつも、「程々にな」と言うのが精一杯であった。
「その辺は良いとしてだな、実は九条家の養子を誰にするかで迷っている。親信、良い案はあるか?」
「ん? 馬路村にいる国虎の息子で良いんじゃないか。村では俊英として有名だぞ。それに九条家も、国虎の実の子の方が喜ぶしな」
「えっ……養子の養子じゃなく、俺の実の子を養子に出すのか。と言うより、双子の一人が馬路村の寺で育てられていたのは初耳だぞ」
「もう一人は本山村にいるな。こっちの方は将来有望な若武者……出家しているから若坊主になるのか。真面目に武芸の鍛錬に励んでいるぞ」
側室のアヤメが産んだ俺の子供は、双子という事情によって生後すぐ土佐国内の寺に預けられる形となった。この時代は双子が忌み嫌われているだけに、その判断自体は俺も納得している。
ただ、俺でさえ双子が預けられた寺を知らされていないというのに、親信は行き先を知っている所か近況まで把握している不可解な事実が明らかとなった。
これには事情があるという。
「俺は二人の後見人だからな。双子はこの時代では死亡率が高い。食事や基礎体力作りの指導は、他の誰かには任せられないからな」
要するに俺の子供が死なないよう、親信が影から見守ってくれていたとなる。栄養失調、病気、怪我。この時代は簡単に子供が死ぬ。また、俺の兄上のように体そのものが弱ければ長生きもできない。そうならないよう誰かが指導する必要があったという訳だ。栄養素やラジオ体操は元現代人なら小学生で習っているだけに、まさにうってつけと言えるだろう。
親信が言うには、食事指導は俺が普及させたシコクビエが大いに役立ったそうだ。離乳食もこれで事足り、通常の食事に切り替わっても麻の実と合わせてサプリメント的に摂取させ続けていると話してくれた。
「そうか、親信のお陰で俺の子供達はすくすくと育った訳か。ありがとう。礼を言うよ」
「大した事じゃないさ。それに村人達が物凄く協力的でな。国虎の影響力の大きさをまざまざと感じたよ。お陰で二人は大きな病気や怪我も無く育っている」
「それが何よりの朗報だな。なら、もう少しそっとしておいた方が良いんじゃないか? 確か二人は実質一一歳だよな。多感な時期に親の都合でまた振り回すのは気が引ける。成人するまで待っても遅くはないと思うぞ」
「安心しろ。二人共しっかりしているから。……と言うより、父親の国虎は小さい頃に親と離れ離れになった上に、祖父・兄・父親と立て続けに亡くしたと教えてある。そのせいか二人は家族と離れ離れでも、生きているだけマシだと思っている節があるな。そして同じ悲劇を繰り返さないよう、まだ見ぬ国虎や兄弟の支えになれる人物になろうと励んでいる。泣けるよな」
「嘘は言ってないだけに性質が悪いぞ。まあ、子供達が寂しさを感じないよう、馬路村や本山村の民が親身になって世話してくれているのだろうな。親代わりという訳か。本当頭が下がるよ」
こう思うと俺は、結構苛酷な一〇代だった。加えて当主を継いだ際には、家臣達から総スカンにされるオマケまである。傍目から見れば苦難の連続とも言えよう。
それに比べれば双子の状況は遥かに良い。確かにこれでは、グレる事もできないか。
「という訳で九条家への養子は問題無い。それよりも国虎はもっと子供を作れ。このままだと細川京兆家や讃岐畑山家の跡継ぎがいなくなるぞ」
「双子の一人が伊予安芸家の養子に入るのは、何が何でも変わらないんだな。細川京兆・遠州家と讃岐畑山家の跡継ぎの件は、そう気に病むな。双子が生まれた当時と違って、今は領国が広がっているのだから、最悪でもその領国から養子を迎えれば良い。家の存続ならこれで何とかなる」
双子や嫡男が生まれた頃と比べれば、俺を取り巻く環境は大きく変化している。あの当時は政権基盤の安定ため、身内で固める必要があった。けれども今はその限りではない。むしろ今は細川一族の結束や有力家臣の離反防止を視野に入れて、養子さえも政の道具として積極的に活用すべきである。
差し当たって肥前渋川家は、何らかの形で一族に取り込んでおいて損は無い。娘または養女を嫁がせるなり、渋川 算正の息子を養子として迎える等の措置をしておくべきだろう。
「国虎は自分の子供に跡を継がせたいとは思わないのか?」
「もう十分だろ。一人は四国一裕福な国の跡継ぎとなり、一人は御三家の一つの次期当主。もう一人は摂関家の当主様だぞ」
「相変わらず欲が無いな。周りが納得するならそれでも良いか」
「跡継ぎの件はそう焦る必要もないさ。それよりも九条家の当主の件は、親信の意見を採用して馬路村にいる子を養子に出す。それで面倒を掛けるが、息子と仲の良い村人を二、三人見繕っておいてくれるか? 京兆家から出す側近候補とは別枠としてくれ。側近にするも良し。従者にするも良し。息子一人で九条家入りをさせると苦労しそうだからな。気の知れた者が近くにいれば何とかなるだろう」
「それは言えてる。分かった。人選と手続きは俺がしておくよ」
こうして九条家の養子の件も無事解決する。今後息子は九条 家友と名を改めて、公家として生きる形となった。いきなり摂関家の当主になるのは大変だろうが、まだ一二歳の少年だけに直ぐには多くの役割は求められはしないと思いたい。
それにしても馬路村で育った俺の子が俊英とはな。馬路村で育てば頭の先から爪先まで筋肉になりそうなものを、真逆の成長をしているのが意外である。
いや、何よりも、これまで消息が分からなかった息子達の近況が知れたのが嬉しい。二人共元気で本当に良かった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「若狭国の制圧も終わり、現在は丹波国に侵攻中と。国虎、近いな」
「ああ、三好 長慶との決戦だな」
「勝てるか?」
「勝つさ」
越前朝倉家の参戦は、義栄派への大きな追い風となった。中でも小浜港を手にしたのが大きい。もう一つの日本海屈指の港である敦賀港は越前朝倉家所有の港だけに、以後義輝派の継戦能力が大きく落ちるのが予想される。
後は丹波国の制圧が完了すれば、足利 義栄は近江六角家との戦いに舵を切るだろう。それと同時に俺達は、河内国攻めを行う手筈となっている。
足利 義栄は足利 義輝との決戦を。俺は三好 長慶との決戦を。各々が各自の役割を果たす。
「贅沢を言えば、国虎にも近江六角家との戦いに加わって欲しかった。この作戦だと手柄は全て義栄坊ちゃんの物になるんじゃないか?」
「ぼやくな。ぼやくな。俺が望んだのだから、これで良いんだよ。どの道、三好 長慶の相手は他の誰かには任せられない。それに三好 長慶本人も、俺との決戦を望んでいるだろうからな」
「そんなものかねぇ。裏方に徹し過ぎじゃないのか。国虎なら天下を取れた筈なのに、それが残念だ」
「俺だと京の統治に苦労する。何だかんだ言って足利の名は大きいからな。なら統治できる者に任せた方が賢い。それに俺に朝廷工作は無理だしな」
そう思うと、足利 義栄は相当上手くやっていると評価すべきだ。幾ら五山の寺や黄巾賊の協力があるとは言え、周辺国に睨みを利かせながら暴動の一つも起こさせていない。治安維持がしっかりできている証拠と言えよう。
それでいて京西園寺家を抱き込んで、朝廷との協力関係をも構築する。これは畠山 在氏殿の功績も大きいだろう。南予西園寺家を降して得た伝手を長らく維持し、役立てたのだ。公家に嫌われている俺では、畠山 在氏殿の人脈も無駄に終わっていた可能性が高い。
足利 義輝は朝廷を軽視していただけに、足利 義栄の対応がより好意的に受け取られたものと思われる。
更には自前の軍勢を維持させる四カ国もの直轄地があるのも大きい。義栄派は今や与力や家臣の国を合わせれば、一一カ国になっている。ここまで来れば、もう当家の軍事力に頼らなくとも何とかできるであろう。
俺が三好 長慶との戦いに集中するのも、足利 義栄の実力を評価しているからこそであった。
「それよりも親信、珍しく最前線まで来たんだ。どうせなら三好との戦いを一緒にしないか?」
「だが断る。俺は技術担当なんでね。戦は国虎に任せるよ」
「そう言って、結局初陣もまだだしな。今のままだと親信をこれ以上引き上げようとしても、家臣達から反対される。いい加減、戦働きの手柄を上げて欲しいんだが」
「俺は今の立場で満足しているからな。国虎のお陰でやりたいようにやらせてもらっているよ」
「……おいっ」
「何だよ」
「俺には天下だ何だと言ってる割に、自分はそれかよ」
「別に良いじゃねぇか。デスクワークは性に合わない。俺は一生現場主任でいたいんだよ。ただまあ、次の戦には一つ気になる点があるか」
「何だ。遠慮なく言ってくれ」
「……そうだな。三好との決戦に集中し過ぎて、紀伊南部の存在を忘れてないか? 勿論俺の考え過ぎの可能性もあるぞ」
「なるほど。確かに。紀伊南部と和泉国との間に雑賀の地があるから、大丈夫だと勝手に考えていた。そうか。水軍を使って後背を突かれるかも知れないと言いたいんだな」
「そんな所だ」
実は紀伊南部は、今も尚尾州畠山家の領土である。それは、源平合戦でも有名な熊野水軍を傘下に置いているという意味でもある。
また、天文一〇年(一五四一年)に尾州畠山の当主に復帰した畠山 稙長は、紀伊南部の勢力を中心とした三万程の軍勢を率いて奪われた城を奪還した。
ここから考えれば、紀伊南部の勢力は三好 長慶との戦いに於いて大きな伏兵となる可能性が高い。熊野水軍の機動力を用いれば後方攪乱は勿論、後背を突くのも訳ない。そのような危険分子を放置してはおけないというのが、親信の考えであった。
……確かにその通りだ。
「なら頼まれてくれるか? 細川京兆家の水軍を使って、熊野水軍の壊滅と紀伊南部の制圧を行って欲しい」
「嫌だと言っても無理矢理押し付けられそうだ」
「そう言うなって。基本的には水軍大将の惟宗 国長に任せておけば良い。親信は座っているだけになると思うぞ。手柄を立てなくても構わない。戦を肌で感じてこい」
「……その程度なら俺でも何とかなるか。分かった。今回だけだぞ。引き受けてやる。但し失敗しても文句は言うなよ」
「そう堅苦しく考えるな。要は三好との決戦の際に後背を突かれなければ良いだけだから、足となる熊野水軍を抑え込んでさえくれれば目的達成となる。壊滅と制圧はオマケと思ってくれ」
三好 長慶との戦いでの細川京兆家水軍の役割は、物資の輸送となっている。役割自体はとても重要でありつつも、戦闘に参加できない不満が水軍に溜まっているのもまた事実である。
南淡路の戦い、茶臼山の戦いと大戦が続く中、これまで水軍衆の出番はなかった。そう考えると、水軍衆にも手柄を立てる機会を与える時期とも言える。
援軍に淡路国の水軍を付けておけば、まず負けはしない。物資輸送の役割は、伊予安芸家に頼れば事足りる。
「という訳で親信、勝てば昇進な。と言っても重臣に引き上げる訳ではないから安心しろ。ミロクの総責任者にするだけだ。これでミロクを好きにできるぞ」
「……そこまでは求めてない。俺は今まで通り開発部門の責任者で十分だ」
「予算の割り振りが思うままだぞ」
「うっ」
「面倒な書類仕事や他事業所との交渉は、誰かに任せれば良いだけだぞ。肩書だけの社長になって、現場に専念すれば良い。それでもある程度の決裁等は必要になるだろうがな」
「国虎、予算も増額してくれるか?」
「元々そのつもりだ。そろそろ自転車開発に着手してくれ。何年掛かっても構わないからな」
「戦艦は?」
「基礎研究なら始めても良いぞ。他にも今後を見据えて始めて欲しい研究が山ほどある。だから今の親信の立場では依頼し辛い」
「負けたよ。今回は国虎の思惑に乗ってやる。熊野水軍壊滅の報を楽しみにしてろよ」
「その意気。その意気」
足利 義栄が近江六角家を倒して天下統一に向かえば、当家の在り方が変わってくる。それと同時に民間市場の拡大に備えなければならない。
つまりは軍事から交易へ。そのためには高い技術力が必要となる。
ミロクの規模を拡大し、親信を高い地位に就けるのは、これまで培った技術力を民間へと転用する布石となる。勿論、誰よりも先んじて基礎研究を行うのも忘れない。
例えば自転車製作。日の本で初めて自転車を製作したのが鉄砲鍛冶だったのは有名な話だ。国友村の職人である。鉄砲鍛冶の高い金属加工の技術が民間にも通用する良い例と言えよう。木製の自転車では耐久性に難があるため、製品としては出したくない。金属一択である。
全ては足利 義栄の天下統一によって、平和が訪れると信じているからこそだ。これから戦乱の時代には少しお休み頂こう。
「申し上げます! 国虎様、毛利様より丹波国の制圧を完了したとの一報が届きました」
「ついに来たな。それじゃあ俺も準備を始めるとするか」
その天下統一を成し遂げさせるためにも、俺は三好 長慶との決着を付ける。
---------------------------------------------------------------------------------
次話より三好 長慶との決戦です。完結まで残り四話を予定しています。
「今頃土佐は大騒ぎしてそうだな」
「ああ、連日お祭り騒ぎだ。国虎は完全に土佐の英雄だぞ」
行空殿との面談を終えた一月後、試作兵器の納入に同じ転生者仲間の庄 親信が岸和田城までやって来た。普段ならミロクの職員が物を運び込んで終わりとなる所を、今回は陣中見舞いも兼ねてとなる。
だというのに話題は、のっけから俺の子供の九条家への養子入りとなる。三好との最終決戦を目前としているとは思えない緊張感の無さだ。この辺りは最早当家の伝統と言っても良い。
とは言え、俺自身も皆には「欲しがりません。勝つまでは」などとは決して言って欲しくはない。だからこそ浮かれっぷりに苦笑しつつも、「程々にな」と言うのが精一杯であった。
「その辺は良いとしてだな、実は九条家の養子を誰にするかで迷っている。親信、良い案はあるか?」
「ん? 馬路村にいる国虎の息子で良いんじゃないか。村では俊英として有名だぞ。それに九条家も、国虎の実の子の方が喜ぶしな」
「えっ……養子の養子じゃなく、俺の実の子を養子に出すのか。と言うより、双子の一人が馬路村の寺で育てられていたのは初耳だぞ」
「もう一人は本山村にいるな。こっちの方は将来有望な若武者……出家しているから若坊主になるのか。真面目に武芸の鍛錬に励んでいるぞ」
側室のアヤメが産んだ俺の子供は、双子という事情によって生後すぐ土佐国内の寺に預けられる形となった。この時代は双子が忌み嫌われているだけに、その判断自体は俺も納得している。
ただ、俺でさえ双子が預けられた寺を知らされていないというのに、親信は行き先を知っている所か近況まで把握している不可解な事実が明らかとなった。
これには事情があるという。
「俺は二人の後見人だからな。双子はこの時代では死亡率が高い。食事や基礎体力作りの指導は、他の誰かには任せられないからな」
要するに俺の子供が死なないよう、親信が影から見守ってくれていたとなる。栄養失調、病気、怪我。この時代は簡単に子供が死ぬ。また、俺の兄上のように体そのものが弱ければ長生きもできない。そうならないよう誰かが指導する必要があったという訳だ。栄養素やラジオ体操は元現代人なら小学生で習っているだけに、まさにうってつけと言えるだろう。
親信が言うには、食事指導は俺が普及させたシコクビエが大いに役立ったそうだ。離乳食もこれで事足り、通常の食事に切り替わっても麻の実と合わせてサプリメント的に摂取させ続けていると話してくれた。
「そうか、親信のお陰で俺の子供達はすくすくと育った訳か。ありがとう。礼を言うよ」
「大した事じゃないさ。それに村人達が物凄く協力的でな。国虎の影響力の大きさをまざまざと感じたよ。お陰で二人は大きな病気や怪我も無く育っている」
「それが何よりの朗報だな。なら、もう少しそっとしておいた方が良いんじゃないか? 確か二人は実質一一歳だよな。多感な時期に親の都合でまた振り回すのは気が引ける。成人するまで待っても遅くはないと思うぞ」
「安心しろ。二人共しっかりしているから。……と言うより、父親の国虎は小さい頃に親と離れ離れになった上に、祖父・兄・父親と立て続けに亡くしたと教えてある。そのせいか二人は家族と離れ離れでも、生きているだけマシだと思っている節があるな。そして同じ悲劇を繰り返さないよう、まだ見ぬ国虎や兄弟の支えになれる人物になろうと励んでいる。泣けるよな」
「嘘は言ってないだけに性質が悪いぞ。まあ、子供達が寂しさを感じないよう、馬路村や本山村の民が親身になって世話してくれているのだろうな。親代わりという訳か。本当頭が下がるよ」
こう思うと俺は、結構苛酷な一〇代だった。加えて当主を継いだ際には、家臣達から総スカンにされるオマケまである。傍目から見れば苦難の連続とも言えよう。
それに比べれば双子の状況は遥かに良い。確かにこれでは、グレる事もできないか。
「という訳で九条家への養子は問題無い。それよりも国虎はもっと子供を作れ。このままだと細川京兆家や讃岐畑山家の跡継ぎがいなくなるぞ」
「双子の一人が伊予安芸家の養子に入るのは、何が何でも変わらないんだな。細川京兆・遠州家と讃岐畑山家の跡継ぎの件は、そう気に病むな。双子が生まれた当時と違って、今は領国が広がっているのだから、最悪でもその領国から養子を迎えれば良い。家の存続ならこれで何とかなる」
双子や嫡男が生まれた頃と比べれば、俺を取り巻く環境は大きく変化している。あの当時は政権基盤の安定ため、身内で固める必要があった。けれども今はその限りではない。むしろ今は細川一族の結束や有力家臣の離反防止を視野に入れて、養子さえも政の道具として積極的に活用すべきである。
差し当たって肥前渋川家は、何らかの形で一族に取り込んでおいて損は無い。娘または養女を嫁がせるなり、渋川 算正の息子を養子として迎える等の措置をしておくべきだろう。
「国虎は自分の子供に跡を継がせたいとは思わないのか?」
「もう十分だろ。一人は四国一裕福な国の跡継ぎとなり、一人は御三家の一つの次期当主。もう一人は摂関家の当主様だぞ」
「相変わらず欲が無いな。周りが納得するならそれでも良いか」
「跡継ぎの件はそう焦る必要もないさ。それよりも九条家の当主の件は、親信の意見を採用して馬路村にいる子を養子に出す。それで面倒を掛けるが、息子と仲の良い村人を二、三人見繕っておいてくれるか? 京兆家から出す側近候補とは別枠としてくれ。側近にするも良し。従者にするも良し。息子一人で九条家入りをさせると苦労しそうだからな。気の知れた者が近くにいれば何とかなるだろう」
「それは言えてる。分かった。人選と手続きは俺がしておくよ」
こうして九条家の養子の件も無事解決する。今後息子は九条 家友と名を改めて、公家として生きる形となった。いきなり摂関家の当主になるのは大変だろうが、まだ一二歳の少年だけに直ぐには多くの役割は求められはしないと思いたい。
それにしても馬路村で育った俺の子が俊英とはな。馬路村で育てば頭の先から爪先まで筋肉になりそうなものを、真逆の成長をしているのが意外である。
いや、何よりも、これまで消息が分からなかった息子達の近況が知れたのが嬉しい。二人共元気で本当に良かった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「若狭国の制圧も終わり、現在は丹波国に侵攻中と。国虎、近いな」
「ああ、三好 長慶との決戦だな」
「勝てるか?」
「勝つさ」
越前朝倉家の参戦は、義栄派への大きな追い風となった。中でも小浜港を手にしたのが大きい。もう一つの日本海屈指の港である敦賀港は越前朝倉家所有の港だけに、以後義輝派の継戦能力が大きく落ちるのが予想される。
後は丹波国の制圧が完了すれば、足利 義栄は近江六角家との戦いに舵を切るだろう。それと同時に俺達は、河内国攻めを行う手筈となっている。
足利 義栄は足利 義輝との決戦を。俺は三好 長慶との決戦を。各々が各自の役割を果たす。
「贅沢を言えば、国虎にも近江六角家との戦いに加わって欲しかった。この作戦だと手柄は全て義栄坊ちゃんの物になるんじゃないか?」
「ぼやくな。ぼやくな。俺が望んだのだから、これで良いんだよ。どの道、三好 長慶の相手は他の誰かには任せられない。それに三好 長慶本人も、俺との決戦を望んでいるだろうからな」
「そんなものかねぇ。裏方に徹し過ぎじゃないのか。国虎なら天下を取れた筈なのに、それが残念だ」
「俺だと京の統治に苦労する。何だかんだ言って足利の名は大きいからな。なら統治できる者に任せた方が賢い。それに俺に朝廷工作は無理だしな」
そう思うと、足利 義栄は相当上手くやっていると評価すべきだ。幾ら五山の寺や黄巾賊の協力があるとは言え、周辺国に睨みを利かせながら暴動の一つも起こさせていない。治安維持がしっかりできている証拠と言えよう。
それでいて京西園寺家を抱き込んで、朝廷との協力関係をも構築する。これは畠山 在氏殿の功績も大きいだろう。南予西園寺家を降して得た伝手を長らく維持し、役立てたのだ。公家に嫌われている俺では、畠山 在氏殿の人脈も無駄に終わっていた可能性が高い。
足利 義輝は朝廷を軽視していただけに、足利 義栄の対応がより好意的に受け取られたものと思われる。
更には自前の軍勢を維持させる四カ国もの直轄地があるのも大きい。義栄派は今や与力や家臣の国を合わせれば、一一カ国になっている。ここまで来れば、もう当家の軍事力に頼らなくとも何とかできるであろう。
俺が三好 長慶との戦いに集中するのも、足利 義栄の実力を評価しているからこそであった。
「それよりも親信、珍しく最前線まで来たんだ。どうせなら三好との戦いを一緒にしないか?」
「だが断る。俺は技術担当なんでね。戦は国虎に任せるよ」
「そう言って、結局初陣もまだだしな。今のままだと親信をこれ以上引き上げようとしても、家臣達から反対される。いい加減、戦働きの手柄を上げて欲しいんだが」
「俺は今の立場で満足しているからな。国虎のお陰でやりたいようにやらせてもらっているよ」
「……おいっ」
「何だよ」
「俺には天下だ何だと言ってる割に、自分はそれかよ」
「別に良いじゃねぇか。デスクワークは性に合わない。俺は一生現場主任でいたいんだよ。ただまあ、次の戦には一つ気になる点があるか」
「何だ。遠慮なく言ってくれ」
「……そうだな。三好との決戦に集中し過ぎて、紀伊南部の存在を忘れてないか? 勿論俺の考え過ぎの可能性もあるぞ」
「なるほど。確かに。紀伊南部と和泉国との間に雑賀の地があるから、大丈夫だと勝手に考えていた。そうか。水軍を使って後背を突かれるかも知れないと言いたいんだな」
「そんな所だ」
実は紀伊南部は、今も尚尾州畠山家の領土である。それは、源平合戦でも有名な熊野水軍を傘下に置いているという意味でもある。
また、天文一〇年(一五四一年)に尾州畠山の当主に復帰した畠山 稙長は、紀伊南部の勢力を中心とした三万程の軍勢を率いて奪われた城を奪還した。
ここから考えれば、紀伊南部の勢力は三好 長慶との戦いに於いて大きな伏兵となる可能性が高い。熊野水軍の機動力を用いれば後方攪乱は勿論、後背を突くのも訳ない。そのような危険分子を放置してはおけないというのが、親信の考えであった。
……確かにその通りだ。
「なら頼まれてくれるか? 細川京兆家の水軍を使って、熊野水軍の壊滅と紀伊南部の制圧を行って欲しい」
「嫌だと言っても無理矢理押し付けられそうだ」
「そう言うなって。基本的には水軍大将の惟宗 国長に任せておけば良い。親信は座っているだけになると思うぞ。手柄を立てなくても構わない。戦を肌で感じてこい」
「……その程度なら俺でも何とかなるか。分かった。今回だけだぞ。引き受けてやる。但し失敗しても文句は言うなよ」
「そう堅苦しく考えるな。要は三好との決戦の際に後背を突かれなければ良いだけだから、足となる熊野水軍を抑え込んでさえくれれば目的達成となる。壊滅と制圧はオマケと思ってくれ」
三好 長慶との戦いでの細川京兆家水軍の役割は、物資の輸送となっている。役割自体はとても重要でありつつも、戦闘に参加できない不満が水軍に溜まっているのもまた事実である。
南淡路の戦い、茶臼山の戦いと大戦が続く中、これまで水軍衆の出番はなかった。そう考えると、水軍衆にも手柄を立てる機会を与える時期とも言える。
援軍に淡路国の水軍を付けておけば、まず負けはしない。物資輸送の役割は、伊予安芸家に頼れば事足りる。
「という訳で親信、勝てば昇進な。と言っても重臣に引き上げる訳ではないから安心しろ。ミロクの総責任者にするだけだ。これでミロクを好きにできるぞ」
「……そこまでは求めてない。俺は今まで通り開発部門の責任者で十分だ」
「予算の割り振りが思うままだぞ」
「うっ」
「面倒な書類仕事や他事業所との交渉は、誰かに任せれば良いだけだぞ。肩書だけの社長になって、現場に専念すれば良い。それでもある程度の決裁等は必要になるだろうがな」
「国虎、予算も増額してくれるか?」
「元々そのつもりだ。そろそろ自転車開発に着手してくれ。何年掛かっても構わないからな」
「戦艦は?」
「基礎研究なら始めても良いぞ。他にも今後を見据えて始めて欲しい研究が山ほどある。だから今の親信の立場では依頼し辛い」
「負けたよ。今回は国虎の思惑に乗ってやる。熊野水軍壊滅の報を楽しみにしてろよ」
「その意気。その意気」
足利 義栄が近江六角家を倒して天下統一に向かえば、当家の在り方が変わってくる。それと同時に民間市場の拡大に備えなければならない。
つまりは軍事から交易へ。そのためには高い技術力が必要となる。
ミロクの規模を拡大し、親信を高い地位に就けるのは、これまで培った技術力を民間へと転用する布石となる。勿論、誰よりも先んじて基礎研究を行うのも忘れない。
例えば自転車製作。日の本で初めて自転車を製作したのが鉄砲鍛冶だったのは有名な話だ。国友村の職人である。鉄砲鍛冶の高い金属加工の技術が民間にも通用する良い例と言えよう。木製の自転車では耐久性に難があるため、製品としては出したくない。金属一択である。
全ては足利 義栄の天下統一によって、平和が訪れると信じているからこそだ。これから戦乱の時代には少しお休み頂こう。
「申し上げます! 国虎様、毛利様より丹波国の制圧を完了したとの一報が届きました」
「ついに来たな。それじゃあ俺も準備を始めるとするか」
その天下統一を成し遂げさせるためにも、俺は三好 長慶との決着を付ける。
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次話より三好 長慶との決戦です。完結まで残り四話を予定しています。
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心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
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何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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