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八章 王二人
長慶の挑戦状
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「そうか。親信だったのか。織田殿への援軍を要請したのは。突然の依頼にも関わらず、快く応じて頂き感謝します」
「礼には及ばぬ。元より儂も足利 義栄様の天下分け目の争いに加勢するつもりであったからな。そのついでだ」
「それは心強いですね。織田殿がいれば、近江国での戦には勝ったようなものです。朗報を期待していますよ」
「細川殿も励めよ。良き報せを楽しみにしておる。それでは我等は近江国へと向かうとするか」
何故庄 親信が紀伊南部侵攻に参加したのか? その答え合わせをしたような気分となる。あの時言っていた「気になる点」は、実の所俺が三好 長慶との戦に負けるかもしれないという危惧だった訳だ。虫の知らせがあったのかもしれない。
しかしながら、庄 親信には自ら軍勢を率いて采配を振るう能力は無い。だからこそ紀伊南部への侵攻の傍ら、織田 信長殿の力を借りた。そんな所ではないかと思われる。
俺は本当に良い相棒を持ったな。
織田 信長殿は、元々は美濃国攻めによって足利 義栄の戦を陰から支援する予定であったが、親信の要請を好機だと捉えて直接参戦する決意を固めたという。この英断によって俺は救われたのだから、感謝してもし切れない。後日足利 義栄宛に今回の戦での織田 信長殿の活躍を書いた書状を出しておくとしよう。
これで織田 信長殿に対する心証はかなり良くなる筈。
現在近江国での戦いは、義栄派有利で進んでいるようだ。例え敵が美濃国や伊賀国、伊勢国からの援軍を得ようとも、北と西から同時に攻められれば対応に苦慮する。じりじりと後退を繰り返していると報告書に書かれていた。
こうなる理由は想像が付く。主力を二つに分けての二正面作戦を義輝派が嫌がったからであろう。実態は地の利を生かした迎撃地点まで敵を引き込み、精鋭にて各個撃破を目論んでいるに違いない。定石の一つだけに、筆頭家老の篠原 長房殿がどう対処するか見ものだ。上手くすれば敵の策を食い破り、近江国を含めた四カ国を義栄派陣営が手にできる。
……もしかしたら織田 信長殿の軍勢が、その策を食い破る大きな要因となるかも知れないな。織田 信長殿の運の強さを垣間見たような気がする。
「とは言え、余所は余所か。俺達は三好が逃げ込んだ若江城攻めをするぞ! 安芸 左京進の敵討ちをする!」
織田弾正忠軍が到着した後の俺と三好 長慶の戦いは、実に呆気ないものであった。軍勢が長宗我部党の横合いに殴り掛かったのとほぼ同時に、三好陣営は退却を開始する。この見切りの速さは流石としか言いようがない。
結果として第二次舎利寺の戦いでの戦果は、長宗我部 元親の首と興福寺の衆徒達という限られたものとなる。つまりはこの二つが殿の役割を果たした形だ。こちらは安芸 左京進が討ち死にしているだけに、この程度しか戦果を上げられなかったのが悔しい。
だからこそ仕切り直しをせずに、そのまま若江城攻めを行う選択をした。若江城は戦略上の重要拠点である。この城を押さえれば三好 長慶に対して圧倒的有利に立てるのだ。安芸 左京進の死を無駄にしないためにも、何としてでも落とさなければならない。
だがそれは三好 長慶も分かっている。難攻不落の飯盛山城へと逃げ込まずに若江城を選んだのは、俺との勝負をまだ諦めていない証拠でもある。落とせるものなら落としてみろ。三好は逃げも隠れもしない。罠を張って待ち構えているぞと。
そう、三好 長慶が若江城へ逃げ込んだのは誘いでもある。これもまた俺が若江城攻めを行う選択をした理由の一つでもあった。
「……まさかな。この時代で塹壕戦を思い付く者がいるとは思わなかったぞ」
若江城は大和川やその支流が堀となる天然の要害だ。その上周囲は湿田や湿地が取り囲んでいるオマケまである。
しかしながら、この地は経済活動も盛んだ。そのため寺社や門前町が形成されている。攻めるとすればこの方面からが最も手堅いと考えていたのだが、ご丁寧にも三好 長慶は寺社や門前町を焼き払っていた。
何故そんな暴挙を行ったか? その答えが空堀から銃口をこちらに向けた一〇〇〇を超える種子島銃となる。要は障害物の無い見晴らしの良い状態を作り、押し寄せる軍勢を種子島銃で殲滅しようとする意図だ。しかも兵は空堀に身を潜ませているため、こちらからの火器による攻撃は一切当たらない。一方的に攻撃を受けるしかない布陣であった。
それだけではない。
「待て待て。早まるな」
絶対に他にも何かあると考えていた矢先、不用意に突撃しようとした一向門徒衆の足元から爆発が起こる。片足を吹き飛ばされ、辺り構わず泣き喚く一人の男がいた。
案の定地雷まで仕掛けてくれたようだ。これでは近寄る事すらできない。
加えて城には大砲が設置されているのも容易に想像が付く。その他弓兵や打って出る兵も城に控えている筈だ。
三好陣営には地の利がある。それは川を渡れる浅瀬の箇所や、湿地や湿田の足を取られない箇所を知っているのと同義だ。こちらが攻めあぐねて士気を落とした時には、今なお健在の数万もの兵が押し寄せる未来が待っていると考えた方が良い。
「これが三好 長慶の挑戦状か。よくもまあ、ここまで手の込んだ仕掛けをしてくれたものだ」
「大将、どうするつもりだ?」
「……分からん。この地雷原をどうにかしたいんだが、火の鳥で焼ける保証は無いな」
いっそ若江城は無視して、先に飯盛山城他の河内国の要害を落とす方に切り替えた方が良いんじゃないかとも考えてしまうが、それをしてしまえば第二次舎利寺の戦いに続き、この戦いでも俺は三好 長慶との勝負に負けた形となる。
その拘りは子供染みた意地の張り合いだと第三者なら言うだろう。だが俺と三好 長慶との勝負は本当にそれでしかない。どちらが勝つか。ただそれだけ。ここまで来れば、義栄派と義輝派に分かれた戦いは、単なる舞台装置でしかない。だからこそこの挑戦状を、俺は受けて立つ以外の選択肢を考えられなかった。
「なあ大将、一つ聞いて良いか? あの空堀に潜んだ鉄砲隊の対処はどうするつもりだ?」
「そっちは何とでもなる。それよりも、一向門徒の足を吹き飛ばした埋火 (地雷)にどう対処するかだ。あれ一個ではないからな。ここから空堀まで一面に埋め尽くされているのを覚悟した方が良い」
「相変わらず大将はズレているよな。その……埋火で良いのか? そっちは訳ないだろうに。兵を大切にする大将の気持ちは分からんでもないさ。でもな、細川京兆軍の兵達は、皆大将が命じればいつでも命を捨てられる馬鹿ばかりだぞ。俺も大将に拾われた身だ。これまで随分と良い扱いをさせてもらったからな。俺の命一つで三好を倒せるんなら、いつでも差し出す覚悟がある」
「……重治、そういうのはいらない。抜け道を考えろ」
つまり松山 重治の言い分は、進んで地雷を踏んで爆発させようというものだ。死にに行くのと同義と言って良い。
地雷は一度爆発させてしまえば、その地帯は安全となる。そうすれば後続は地雷の被害を受けなくて済む。理屈は分かるもののこのやり方は、味方の犠牲を前提とした禁じ手と呼べるものだ。正常な判断をする指揮官は絶対に選んではならない。
「伊達や酔狂で言ってるんじゃねぇよ。皆もっと大将の役に立ちたいと思っている。だから、こんな時くらい格好を付けさせてくれ。じゃなきゃ俺達は、いつまで経っても大将に恩返しができない」
「……本気か?」
「おうよ」
「どうして俺の周りはこういうのばかりなんだ。けどよ、ありがとな。今回はその思いに応えさせてもらうよ。重治、決死隊を募ってくれ。後、公文 重忠を俺の元に呼んでくれ。若江城はこれで落とせる」
「そうこなくっちゃ。三好狩りと洒落込もうぜ」
「いや、狩りではなく、掃除なんだがな」
これを合理的な判断と俺は言いたくない。だが松山 重治の言いたい意味も、俺は理解していた。
実は地雷そのものは、大きな脅威できない。本命は塹壕から突き出した一〇〇〇丁を超える種子島銃。地雷に注意を向けさせ、鉄砲で狙い撃ちにする二段構えの策だ。よく考えれば分かるのだが、埋められている地雷の数はそれほど多くない。そもそもの話、足の踏み場も無い程の地雷設置であれば、地雷の連鎖菊発の可能性がある。それに地雷設置は人が行う以上、設置した者が見動け取れなくなるような埋め方では意味が無い。
だからこそ、いっそ先に爆発させてしまえば後腐れなくなる。戦には犠牲はつきもの。同じ死ぬなら犬死よりも意味のある死にしたい。そんな元現代人には理解できない死生観が、この土壇場で殴り掛かってきた。
そうすれば、結果的に地雷の犠牲者の数が少なくなるという悪魔の囁きと共に。
こんな時、戦とは残酷なものだと痛感をする。犠牲者の数を減らす。その言葉には裏の意味もあるのだと知る羽目となった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「ここからは出し惜しみなしだ。新居猛太改をガンガンぶっ放せ。火の鳥を間髪置かずに射出しろ。当てようと思わなくて良い。爆発と煙で空堀に潜む敵の視界を奪え。決死隊の後ろに控える馬路党を、何としても空堀内に転がり込ませろ」
狂気に身を任せる選択をした俺にもう遠慮は無い。味方がいようがお構いなしに、地雷原に爆発物を落としていく。名目は家の垣根を超えた決死隊五〇〇〇に対しての支援攻撃となるが、絵面は完全に同士討ちである。それも決死隊の連中や指揮する松山 重治、馬路党の隊員達が望んだのだから、尚の事性質が悪い。
俺は一体何と戦っているのか分からなくなりそうだ。
立て続けに起こる爆発と白煙で、最早戦場がどうなっているかすら把握できない。その実、爆発の中では一人また一人と骸が増える阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっているだろう。味方の死を踏み台にして前へと進む。持っているのは冥界への片道切符だけだというのに、それを喜ぶ馬鹿な連中ばかりであった。
「国虎様、先程公文様に離別霊体を装備するよう言っておりましたが、今更あの鉄砲が何の役に立つのでしょうか? 使うなら、連発できる回転弾倉種子島の方と思いますが」
そんな中、小寺 孝高が今回の策の真意を俺に尋ねてくる。空堀に潜む敵を掃討するのに特殊部隊の馬路党を投入するのは理解できたようだが、使用する火器に敢えて粗悪銃の離別霊体を選んだのかが理解不能だったと見える。昔と違い、今では離別霊体より高性能な火器を備えている。ならば、それを使う方が理に叶っていると考えたのだろう。
「初めに言っておくぞ。俺は馬路党を犬死させるために投入した訳ではないからな」
「では、離別霊体にはどのような利があるのですか?」
「一番は命中率の高さだ。回転弾倉種子島とは攻撃の性質が違うからな。点と面の違いという表現が正しいだろう。特に空堀内という狭い場所では、逃げ場が無くなる」
「ですが離別霊体は、敵の使う鉄砲よりも射程距離が大きく劣ります。敵が距離を取った場合、一方的に撃ち負けてしまうのではないでしょうか?」
「それが、現実には滅多にそうはならない。長銃身の種子島銃は弾丸が遠くまで届くが、その分狭い場所で使うには不向きでな。長い分、取り回しが悪くなって、咄嗟に敵に銃口を向けられない。要は銃身をぶつける。逆に言うと、銃身が短く散弾を使う離別霊体は、狭い場所や近距離で真価を発揮する銃だ。だからこそ今回必勝の策として、馬路党に持たせた」
これが松山 重治に対して、「何とでもなる」と言った理由となる。銃器は万能ではない。状況への向き不向きがある。塹壕戦はそれが顕著に表れる戦いと言えよう。
日の本に於いて散弾銃は、射程距離の短さから長年実用性を低く見られていた。「二十連発斉発銃」が作られたのは、その弱点を克服する目的があったのではないだろうか? また和弓は、二メートルを超える物が殆どである。これも射程距離を重視した結果と言えるだろう。
だからこそ、この部分が隙となる。種子島銃や和弓が使えないなら、次の選択肢は槍や刀といった至近距離用の武器だ。これでは散弾銃に対して歯が立たないのは火を見るより明らかであろう。近距離と至近距離では距離が違う。そんな当たり前の話がいざ戦場になれば、一方的な展開に変化するのだから恐ろしい。
「それに馬路党には、命名ドラゴンブレスの火炎放射器がある。これも空堀内の戦いでは、無類の強さを発揮するからな。武装の差でこちらの勝ちは確実という訳だ」
加えて敵の空堀には、散弾銃・火炎放射器対策が全くされていない。これもこちら陣営が有利な理由の一つだ。これにより、馬路党の隊員が空堀内に入った瞬間に勝負を決したのと同義となる。三好側には何の対策も無いのだから、待っているのはやはり一方的な殺戮しかない。
「もしや国虎様は、こうした戦があるのを見越してこれ等の火器を作ったのでしょうか?」
「さすがに塹壕戦があるとは俺も思わなかったぞ。ただ俺達は、三好よりも火器を知っている。粗悪銃も使い方次第によっては、抜群の活躍をすると知っているだけだ。三好側が散弾銃の可能性に気付いていれば、また違った形になっていただろうな」
きっと俺相手でなければ、この戦いは三好が勝っていたに違いない。それだけこの時代に於いての塹壕戦は画期的である。だからこそ弱点となる火器が存在するなど思いもしなかったろう。まさに相手が悪かったの一言でしか言い表せない。
「相変わらず恐ろしい方だ」
「それよりも、無事馬路党が空堀内に入ったようだな。撃ち方を止めさせて、馬路党の活躍を邪魔しないようにするか」
「ではここからは、国虎様の策が成功するのを見届けましょうぞ」
加えて近沢 越後率いる回転弾倉種子島部隊を前に出す。馬路党に怯えて空堀から逃げ出す敵兵を、狙い撃ちにする目的だ。例え当たらなくとも、これで空堀内に居る兵の動きが封じれる。後は三好兵が自壊していくのを待つのみであった。
今、塹壕内はどのような状況になっているだろうか? これまでのお返しだとばかりに、馬路党の隊員が水を得た魚のように暴れ回っているだろうか? 対する三好兵は、逃げる事もできずに塹壕内で大渋滞を起こし、錯乱状態に陥っているだろうか?
この戦いが終われば、きっと馬路党は大きく名を上げる。そうなって欲しいものだ。
「頃合いか」
そう一人呟き、装備を身に付けていく。床几から立ち上がり、袖付きの陣羽織を纏う。
「それじゃあ孝高、俺はこれから三好 長慶とデートをしてくるわ。後を頼むぞ」
「礼には及ばぬ。元より儂も足利 義栄様の天下分け目の争いに加勢するつもりであったからな。そのついでだ」
「それは心強いですね。織田殿がいれば、近江国での戦には勝ったようなものです。朗報を期待していますよ」
「細川殿も励めよ。良き報せを楽しみにしておる。それでは我等は近江国へと向かうとするか」
何故庄 親信が紀伊南部侵攻に参加したのか? その答え合わせをしたような気分となる。あの時言っていた「気になる点」は、実の所俺が三好 長慶との戦に負けるかもしれないという危惧だった訳だ。虫の知らせがあったのかもしれない。
しかしながら、庄 親信には自ら軍勢を率いて采配を振るう能力は無い。だからこそ紀伊南部への侵攻の傍ら、織田 信長殿の力を借りた。そんな所ではないかと思われる。
俺は本当に良い相棒を持ったな。
織田 信長殿は、元々は美濃国攻めによって足利 義栄の戦を陰から支援する予定であったが、親信の要請を好機だと捉えて直接参戦する決意を固めたという。この英断によって俺は救われたのだから、感謝してもし切れない。後日足利 義栄宛に今回の戦での織田 信長殿の活躍を書いた書状を出しておくとしよう。
これで織田 信長殿に対する心証はかなり良くなる筈。
現在近江国での戦いは、義栄派有利で進んでいるようだ。例え敵が美濃国や伊賀国、伊勢国からの援軍を得ようとも、北と西から同時に攻められれば対応に苦慮する。じりじりと後退を繰り返していると報告書に書かれていた。
こうなる理由は想像が付く。主力を二つに分けての二正面作戦を義輝派が嫌がったからであろう。実態は地の利を生かした迎撃地点まで敵を引き込み、精鋭にて各個撃破を目論んでいるに違いない。定石の一つだけに、筆頭家老の篠原 長房殿がどう対処するか見ものだ。上手くすれば敵の策を食い破り、近江国を含めた四カ国を義栄派陣営が手にできる。
……もしかしたら織田 信長殿の軍勢が、その策を食い破る大きな要因となるかも知れないな。織田 信長殿の運の強さを垣間見たような気がする。
「とは言え、余所は余所か。俺達は三好が逃げ込んだ若江城攻めをするぞ! 安芸 左京進の敵討ちをする!」
織田弾正忠軍が到着した後の俺と三好 長慶の戦いは、実に呆気ないものであった。軍勢が長宗我部党の横合いに殴り掛かったのとほぼ同時に、三好陣営は退却を開始する。この見切りの速さは流石としか言いようがない。
結果として第二次舎利寺の戦いでの戦果は、長宗我部 元親の首と興福寺の衆徒達という限られたものとなる。つまりはこの二つが殿の役割を果たした形だ。こちらは安芸 左京進が討ち死にしているだけに、この程度しか戦果を上げられなかったのが悔しい。
だからこそ仕切り直しをせずに、そのまま若江城攻めを行う選択をした。若江城は戦略上の重要拠点である。この城を押さえれば三好 長慶に対して圧倒的有利に立てるのだ。安芸 左京進の死を無駄にしないためにも、何としてでも落とさなければならない。
だがそれは三好 長慶も分かっている。難攻不落の飯盛山城へと逃げ込まずに若江城を選んだのは、俺との勝負をまだ諦めていない証拠でもある。落とせるものなら落としてみろ。三好は逃げも隠れもしない。罠を張って待ち構えているぞと。
そう、三好 長慶が若江城へ逃げ込んだのは誘いでもある。これもまた俺が若江城攻めを行う選択をした理由の一つでもあった。
「……まさかな。この時代で塹壕戦を思い付く者がいるとは思わなかったぞ」
若江城は大和川やその支流が堀となる天然の要害だ。その上周囲は湿田や湿地が取り囲んでいるオマケまである。
しかしながら、この地は経済活動も盛んだ。そのため寺社や門前町が形成されている。攻めるとすればこの方面からが最も手堅いと考えていたのだが、ご丁寧にも三好 長慶は寺社や門前町を焼き払っていた。
何故そんな暴挙を行ったか? その答えが空堀から銃口をこちらに向けた一〇〇〇を超える種子島銃となる。要は障害物の無い見晴らしの良い状態を作り、押し寄せる軍勢を種子島銃で殲滅しようとする意図だ。しかも兵は空堀に身を潜ませているため、こちらからの火器による攻撃は一切当たらない。一方的に攻撃を受けるしかない布陣であった。
それだけではない。
「待て待て。早まるな」
絶対に他にも何かあると考えていた矢先、不用意に突撃しようとした一向門徒衆の足元から爆発が起こる。片足を吹き飛ばされ、辺り構わず泣き喚く一人の男がいた。
案の定地雷まで仕掛けてくれたようだ。これでは近寄る事すらできない。
加えて城には大砲が設置されているのも容易に想像が付く。その他弓兵や打って出る兵も城に控えている筈だ。
三好陣営には地の利がある。それは川を渡れる浅瀬の箇所や、湿地や湿田の足を取られない箇所を知っているのと同義だ。こちらが攻めあぐねて士気を落とした時には、今なお健在の数万もの兵が押し寄せる未来が待っていると考えた方が良い。
「これが三好 長慶の挑戦状か。よくもまあ、ここまで手の込んだ仕掛けをしてくれたものだ」
「大将、どうするつもりだ?」
「……分からん。この地雷原をどうにかしたいんだが、火の鳥で焼ける保証は無いな」
いっそ若江城は無視して、先に飯盛山城他の河内国の要害を落とす方に切り替えた方が良いんじゃないかとも考えてしまうが、それをしてしまえば第二次舎利寺の戦いに続き、この戦いでも俺は三好 長慶との勝負に負けた形となる。
その拘りは子供染みた意地の張り合いだと第三者なら言うだろう。だが俺と三好 長慶との勝負は本当にそれでしかない。どちらが勝つか。ただそれだけ。ここまで来れば、義栄派と義輝派に分かれた戦いは、単なる舞台装置でしかない。だからこそこの挑戦状を、俺は受けて立つ以外の選択肢を考えられなかった。
「なあ大将、一つ聞いて良いか? あの空堀に潜んだ鉄砲隊の対処はどうするつもりだ?」
「そっちは何とでもなる。それよりも、一向門徒の足を吹き飛ばした埋火 (地雷)にどう対処するかだ。あれ一個ではないからな。ここから空堀まで一面に埋め尽くされているのを覚悟した方が良い」
「相変わらず大将はズレているよな。その……埋火で良いのか? そっちは訳ないだろうに。兵を大切にする大将の気持ちは分からんでもないさ。でもな、細川京兆軍の兵達は、皆大将が命じればいつでも命を捨てられる馬鹿ばかりだぞ。俺も大将に拾われた身だ。これまで随分と良い扱いをさせてもらったからな。俺の命一つで三好を倒せるんなら、いつでも差し出す覚悟がある」
「……重治、そういうのはいらない。抜け道を考えろ」
つまり松山 重治の言い分は、進んで地雷を踏んで爆発させようというものだ。死にに行くのと同義と言って良い。
地雷は一度爆発させてしまえば、その地帯は安全となる。そうすれば後続は地雷の被害を受けなくて済む。理屈は分かるもののこのやり方は、味方の犠牲を前提とした禁じ手と呼べるものだ。正常な判断をする指揮官は絶対に選んではならない。
「伊達や酔狂で言ってるんじゃねぇよ。皆もっと大将の役に立ちたいと思っている。だから、こんな時くらい格好を付けさせてくれ。じゃなきゃ俺達は、いつまで経っても大将に恩返しができない」
「……本気か?」
「おうよ」
「どうして俺の周りはこういうのばかりなんだ。けどよ、ありがとな。今回はその思いに応えさせてもらうよ。重治、決死隊を募ってくれ。後、公文 重忠を俺の元に呼んでくれ。若江城はこれで落とせる」
「そうこなくっちゃ。三好狩りと洒落込もうぜ」
「いや、狩りではなく、掃除なんだがな」
これを合理的な判断と俺は言いたくない。だが松山 重治の言いたい意味も、俺は理解していた。
実は地雷そのものは、大きな脅威できない。本命は塹壕から突き出した一〇〇〇丁を超える種子島銃。地雷に注意を向けさせ、鉄砲で狙い撃ちにする二段構えの策だ。よく考えれば分かるのだが、埋められている地雷の数はそれほど多くない。そもそもの話、足の踏み場も無い程の地雷設置であれば、地雷の連鎖菊発の可能性がある。それに地雷設置は人が行う以上、設置した者が見動け取れなくなるような埋め方では意味が無い。
だからこそ、いっそ先に爆発させてしまえば後腐れなくなる。戦には犠牲はつきもの。同じ死ぬなら犬死よりも意味のある死にしたい。そんな元現代人には理解できない死生観が、この土壇場で殴り掛かってきた。
そうすれば、結果的に地雷の犠牲者の数が少なくなるという悪魔の囁きと共に。
こんな時、戦とは残酷なものだと痛感をする。犠牲者の数を減らす。その言葉には裏の意味もあるのだと知る羽目となった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「ここからは出し惜しみなしだ。新居猛太改をガンガンぶっ放せ。火の鳥を間髪置かずに射出しろ。当てようと思わなくて良い。爆発と煙で空堀に潜む敵の視界を奪え。決死隊の後ろに控える馬路党を、何としても空堀内に転がり込ませろ」
狂気に身を任せる選択をした俺にもう遠慮は無い。味方がいようがお構いなしに、地雷原に爆発物を落としていく。名目は家の垣根を超えた決死隊五〇〇〇に対しての支援攻撃となるが、絵面は完全に同士討ちである。それも決死隊の連中や指揮する松山 重治、馬路党の隊員達が望んだのだから、尚の事性質が悪い。
俺は一体何と戦っているのか分からなくなりそうだ。
立て続けに起こる爆発と白煙で、最早戦場がどうなっているかすら把握できない。その実、爆発の中では一人また一人と骸が増える阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっているだろう。味方の死を踏み台にして前へと進む。持っているのは冥界への片道切符だけだというのに、それを喜ぶ馬鹿な連中ばかりであった。
「国虎様、先程公文様に離別霊体を装備するよう言っておりましたが、今更あの鉄砲が何の役に立つのでしょうか? 使うなら、連発できる回転弾倉種子島の方と思いますが」
そんな中、小寺 孝高が今回の策の真意を俺に尋ねてくる。空堀に潜む敵を掃討するのに特殊部隊の馬路党を投入するのは理解できたようだが、使用する火器に敢えて粗悪銃の離別霊体を選んだのかが理解不能だったと見える。昔と違い、今では離別霊体より高性能な火器を備えている。ならば、それを使う方が理に叶っていると考えたのだろう。
「初めに言っておくぞ。俺は馬路党を犬死させるために投入した訳ではないからな」
「では、離別霊体にはどのような利があるのですか?」
「一番は命中率の高さだ。回転弾倉種子島とは攻撃の性質が違うからな。点と面の違いという表現が正しいだろう。特に空堀内という狭い場所では、逃げ場が無くなる」
「ですが離別霊体は、敵の使う鉄砲よりも射程距離が大きく劣ります。敵が距離を取った場合、一方的に撃ち負けてしまうのではないでしょうか?」
「それが、現実には滅多にそうはならない。長銃身の種子島銃は弾丸が遠くまで届くが、その分狭い場所で使うには不向きでな。長い分、取り回しが悪くなって、咄嗟に敵に銃口を向けられない。要は銃身をぶつける。逆に言うと、銃身が短く散弾を使う離別霊体は、狭い場所や近距離で真価を発揮する銃だ。だからこそ今回必勝の策として、馬路党に持たせた」
これが松山 重治に対して、「何とでもなる」と言った理由となる。銃器は万能ではない。状況への向き不向きがある。塹壕戦はそれが顕著に表れる戦いと言えよう。
日の本に於いて散弾銃は、射程距離の短さから長年実用性を低く見られていた。「二十連発斉発銃」が作られたのは、その弱点を克服する目的があったのではないだろうか? また和弓は、二メートルを超える物が殆どである。これも射程距離を重視した結果と言えるだろう。
だからこそ、この部分が隙となる。種子島銃や和弓が使えないなら、次の選択肢は槍や刀といった至近距離用の武器だ。これでは散弾銃に対して歯が立たないのは火を見るより明らかであろう。近距離と至近距離では距離が違う。そんな当たり前の話がいざ戦場になれば、一方的な展開に変化するのだから恐ろしい。
「それに馬路党には、命名ドラゴンブレスの火炎放射器がある。これも空堀内の戦いでは、無類の強さを発揮するからな。武装の差でこちらの勝ちは確実という訳だ」
加えて敵の空堀には、散弾銃・火炎放射器対策が全くされていない。これもこちら陣営が有利な理由の一つだ。これにより、馬路党の隊員が空堀内に入った瞬間に勝負を決したのと同義となる。三好側には何の対策も無いのだから、待っているのはやはり一方的な殺戮しかない。
「もしや国虎様は、こうした戦があるのを見越してこれ等の火器を作ったのでしょうか?」
「さすがに塹壕戦があるとは俺も思わなかったぞ。ただ俺達は、三好よりも火器を知っている。粗悪銃も使い方次第によっては、抜群の活躍をすると知っているだけだ。三好側が散弾銃の可能性に気付いていれば、また違った形になっていただろうな」
きっと俺相手でなければ、この戦いは三好が勝っていたに違いない。それだけこの時代に於いての塹壕戦は画期的である。だからこそ弱点となる火器が存在するなど思いもしなかったろう。まさに相手が悪かったの一言でしか言い表せない。
「相変わらず恐ろしい方だ」
「それよりも、無事馬路党が空堀内に入ったようだな。撃ち方を止めさせて、馬路党の活躍を邪魔しないようにするか」
「ではここからは、国虎様の策が成功するのを見届けましょうぞ」
加えて近沢 越後率いる回転弾倉種子島部隊を前に出す。馬路党に怯えて空堀から逃げ出す敵兵を、狙い撃ちにする目的だ。例え当たらなくとも、これで空堀内に居る兵の動きが封じれる。後は三好兵が自壊していくのを待つのみであった。
今、塹壕内はどのような状況になっているだろうか? これまでのお返しだとばかりに、馬路党の隊員が水を得た魚のように暴れ回っているだろうか? 対する三好兵は、逃げる事もできずに塹壕内で大渋滞を起こし、錯乱状態に陥っているだろうか?
この戦いが終われば、きっと馬路党は大きく名を上げる。そうなって欲しいものだ。
「頃合いか」
そう一人呟き、装備を身に付けていく。床几から立ち上がり、袖付きの陣羽織を纏う。
「それじゃあ孝高、俺はこれから三好 長慶とデートをしてくるわ。後を頼むぞ」
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