リンダ

Tro

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#12 俺のダークマター

#12.2 リンダ

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大きな仕事を成し終えた俺は活動拠点であるオフィースに舞い戻った。窓越しに見える外界。そこは幾多の戦場である。それを見下ろしながら次の作成を考えるのが俺の日課、役目である。その後ろに控える、無駄に広いオフィースと、たった一つのデスクが俺を支える唯一の武器であ~る。

そのデスクの上にある文明の利器、いわゆる電話が鳴っているようだ。不躾にも、そんなチャチな音で俺を誘き寄せようなぞ、100万年早いのではないかい。

「ケイか」

「そうだ」

その声はジョンのようである。どうやら俺の上司を成敗し、その地位に登りつめたのか、それとも暗殺したのか。ジョンなら十分にどちらも考えられるだろう。

ジョンとは空港で別れたきりである。再会の約束もしなかったが、仕事の仲間とは、そのようなものである。仕事を通して出来た縁なら、またどこかで会うことになるのは必然であろう。その時が来たまでのことである。

「時間があれば48階まで来てくれないか」

「時間は無い。だが時間は作り出すものだ。それを今、作った。今から行く」

48階とは随分と半端な数字である。ここの最上階は52階である。キリよく屋上で、となら様になるだろう。因みに俺が居るのは26階である。エレベーターでひとっ飛びの距離なので楽勝だ。

◇◇

エレベーターの扉が開くと、そこに懐かしの厳つい顔、ジョンが立っていた。服装は初めて会った時と同様、ラフなものである。どうやらそれが正装というわけらしい。

「ケイ、こっちだ」

久しぶり、でもないが再会の挨拶もなく俺を手招きするジョンである。どこまでも仕事熱心な奴でもある。

長い廊下を歩きながら病室のようなところで立ち止まるジョンである。そういえば俺が昇進した時にも、ここに来た記憶がある。その時は素通りしたのだが、ここに入ることになるとは想定外である。

「ここにリンダの、基がいる」

『基』と言われると何かのダシを連想してしまう俺である。いい加減その変なボキャブラリーを治すか、正しい言葉使いを習った方が良いだろう。

その病室のような、いや、病室そのものであろう。部屋の奥に、白いカーテンで仕切られてはいるが、ベットとそれを囲むように置かれた医療機器がある。初めて見た時も異様な感じはしていたが、それを間近で見ることになるとは。

ジョンの後に続き部屋に入ると、既に看護師さんが椅子に座っているが。下を向いたまま不動なのであれだが、ナニナニと観察すると、どことなくその看護師さん、リンダに似ているではないか。

「ジョン、これ、この人はもしかして」

「ああ、リンダ、とも言えるか」

「なんだと!」

一歩、いや二歩下がって驚いた序でに、しげしげと、そのリンダとやらを見つめてしまう俺である。そして当然のように声を掛けるのであった。

「リンダ、お前なのか? お前だよな」

そのリンダ、顔を上げたはいいが、お得意の無言、無表情である。これは紛れもなくリンダである。その無反応ぶり、その生気のない人であって人ではないこの感じは。いや、人ではないな。

「ケイ、リンダの基はこっちだ」

ジョンがベット脇のカーテンを少し開け、俺にチラ見みを要求している、しかしリンダはここにいる。だからそちらには用はないのだが、基だと?

興味を注がれた俺は自然とジョンの脇からそのベットの住民を覗き込んだが。そこにはスヤスヤと眠る女性が一人。何故この女性が『基』と呼ばれているのか意味が分かりかねる。だがその前に、ジョンに確認したいところである。

「ジョン、これが、いやこのお方が基なのか」

「そうだ、名前は、」

「いや、それはいい。それよりも、このおばさんは誰だ?」

「リンダの、本当のリンダ? だな」

「なるほど、全然わからん」

勿論、この会話は極秘のように超小声でなされていることに注意されたい。これでも本人を目の前にして『おばさん』と言える程、肝は座ってはいない。それはそうと基だとか本当の、というところ、何を指しているのやらで困惑する俺である。

そこに、更に新手の人物の登場である。白衣を着た、この場であれば医師か、それともただの変なおじさんか。そんな雰囲気全開の怪しい人物である。その人物がジョンを手招きし、それに呼ばれたジョンが今度は俺を手招きしている。まるで何かのリレーのようである。

何やら話があるようだが、ここは病室である。ここで長話をするのは流石に支障があるだろう。よって別室に移動した次第だ。

◇◇

別室、そこは無駄に広い俺の部署とは比較にならないが、それでもかなり広い部屋に、これまた横一列に人がズラッとテーブルを前にして座っている。その面々はどいつもこいつも一癖ありそうなおじさんと爺さんばかりである。おっと失礼、おばさんも数名、紛れ込んでいるようである。数えると総勢24名の大御所であるようだ。

部屋に入ってすぐに椅子が2脚置いてあるが、どうやらそこに座れということらしく、俺とジョンがそこに座ることになった。これではまるで何かの面接を受けるような感じだが、それとも何かの裁判か。もしかしたら俺を褒め称える儀式であろうか。

「これより調査委員会を始める」

テーブルの端に座るおじさんが進行役らしい。そもそも何の調査であろうか、と考えているとジョンが指名され、どうやら俺との経緯を語っているようである。しかし例によって要領を得ない話し方は相変わらず健在である。黙って聞いている俺も流石に飽きてくるというものだ。何せ一緒に行動していたのだから当然である。

そのジョンの話を理解しているのかどうかは分からないが、どいつもこいつも、たまに頷く振りをしているだけにように思えてくる。その間、俺は座り方を研究し、体を左に右にずらしては、その効果を確認するという成果を上げていた。しかしただ人の話を聞いているだけでは退屈である。というよりも俺は忙しい、はずなのだ。こんなところで油を売っている暇はない。ジョンが未だ話をしている最中ではあるが、これにて失礼するつもりである。

「ああ、俺は忙しいのでこれで失礼します、よ」

俺は礼儀正しく起立し、手を上げての発言である。しかし、何やら不満のようなドヨメキが会場を沸かしたようである。文句があるのなら何処からでもかかってこい、と心の中で呪文を唱えただけであるが。

「君、手間を取らせて済まない」

テーブルのほぼ中央に座る御仁が俺を引き止めている。それも下手に出るとは。こやつ、なかなかの切れ者と見た、出来る!

「いや、少しなら付き合ってもいいぞ」

俺は話の分かる男である。気を使われて無下にするような男ではない。仕方ないので暫くは付き合うことにした俺である。

このまま調査委員会のやり取りを続けると長くなるので俺が要約しておこう。何せこの委員会は6時間以上も続いたからである。俺の付き合いの良さが図れただろうか。

まず、肝心のリンダであるが、その前に病室の眠り姫について説明しておこう。姫と形容しているのは、彼女がこの会社の会長、その孫なのだそうだ。だから特別待遇として会社の一室を病室にしている、と思いがちだが理由はそれだけではない。彼女の名前は伏されたていたが、なんと彼女が15歳の時、病により昏睡状態になったそうである。その原因は明かされなかったが、その状態が、かれこれ15年経過しているという。

ここで重要なのは、植物状態と言える彼女であるが、彼女の脳は活動しており自発呼吸も正常とのこと。つまり生きてはいるが外部との意識伝達が行えない状態だということだ。そこで治療が続けられ、意識の回復を願っているところだという。

だがそれなら、こんなところよりも病院の方が何かと都合が良いのではと思うが、意識の回復を待ちきれない人がいた。それが会長の爺さんだ。

その爺さん、孫のためなら自分の命なぞいらん、と言ったかどうかは知らないが、研究に次ぐ研究で、体の動かない孫の代わりになるアンドロイドを完成させた。これで体の部分が出来上がった訳だが、肝心の心がそのアンドロイドには備わっていない。至極もっともな話である。

そこで体となるアンドロイドに魂を入れてやれば済む話であるが、話としては簡単でも現実的には不可能である。それは俺にも十分、分かることである。理想的には孫の精神をアンドロイドに転送し、それで意思疎通を図ろうとしたが、技術的な壁は厚く、残念ながらそれは未だ成し遂げられていない。

だが、往生際の悪い爺さんは、あることを思い付いたそうだ。それは転送できなければ接続してしまえば良いではないかと。どこかで聞いたことがあるような感じだが、それは良いとして、三年半かけて孫の意識とアンドロイドのAIとを接続することに成功したそうである。三年半といえば俺がこの会社に入社したのと時期が重なるようだが。これは何かしらの縁というものだろう。

こうしてアンドロイドは完璧となり、その名をリンダと名付けた。フムフムである。これでリンダを通して意思疎通が可能となり、孫と会話をした爺さんは感動の余り寿命を縮めた、かどうかは知らないが、とにかく喜ばしいことである。

自分の意思を表現できるようになった孫の第一の願いは。それは長らく社会から離れていたため、今度は自分が社会の役に立ちたい。そう望んだそうである。そこで手始めとして保険会社を設立し、とあるが随分とパワフルな行動力である。勿論、その背後にはあの爺さんが力を貸していたのは間違いないだろう。どこの爺さんでも孫にはメロメロであるものだ。

だが、孫の奮起も怪我をしては元も子もない。そこで爺さんは、どうでも良い部署を作り、その部署の者で試すことを考えたそうだ。そのことを隠したまま孫に最初の仕事を提供した。それが旅行保険である。それは海外旅行に行く時に入るアレである。

どうでも良い部署の者を海外出張させ旅行保険に加入させる。そして何かあれば駆けつけるという内容のものだったらしいが、普通、海外出張で保険が適用されるような事態は起こらないと高を括っていた爺さんだ。

ところがである。事態は急変し、と言ってもその急変した内容が分からない。その時点では孫とリンダの接続が切れてしまった程度であったが、その後リンダは行方不明、または迷子になっかた壊れたか。接続が切れた時点ではまだ俺と出会う前であるので、それ以降の記憶は存在していないそうである。

こうして帰国後の俺とジョンを呼び出し、調査委員会なるものが開催されたというわけである。因みに病室に居たのがリンダ1号、俺と共に活躍したのがリンダ2号である。そしてジョンは保険会社の社員であり、リンダを補佐するために動き回っていたというのがジョンの正体である。それでジョンがリンダを『もの』扱いしていた理由も理解できたところでもある。

この調査委員会なるものは、リンダ2号の行方を調査するものらしい。なんでもリンダの開発には相当な費用を注ぎ込んだという。だが、俺とリンダの冒険談を信じれば、今頃リンダは人の手の届くところには居ないだろうと容易に想像できそうであろう。信じる者のみが救われるのであ~る。

おっと、重要な事がもう一つ。それはリンダが俺の前から消えた頃、孫の意識が回復したそうである。それは奇跡でもあり、また不思議な縁というものであろう。という事で俺が病室で見た孫とやらは本当にお休み中であったようだ。

話は少々戻るが、俺とリンダが最初に出会った時点で既に孫との通信は出来ない状態であったらしい。その際、つまりリンダと接続できない場合は、リンダのAIで自律的に動作するよに作られていたそうだ。それとリンダが話せるのに話さなかったのは、15年間の空白によるものだろうと推測された。失語症ではないが、長い間、会話をしていなかったのと、俺というナイスガイに緊張していたのだろう。無理もないことである。

なんだかんだで調査委員会は終了したが、いくつか腑に落ちない箇所も見受けられた。それはやけに『どうでも良い部署』と俺の所属する部署が妙に重なる点であろう。どう考えても俺の部署はそれには該当しないと思うが、どうだろうか。

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