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#3 エルフの涙
私はエルフ
しおりを挟む私はエルフ。
深い深い森の中、そこの小さな川を突き進み、谷を歩き山を越えたその先のまたその先、そこで、エイっと右側に進むと、少し開けた場所に出てきます。そこが里と呼ばれる、私の居る場所です。
人里離れた? いいえ、ここに『人』は居ません。居るのは私たち『エルフ』だけです、だいたいそうです。そんなことより、里の中央付近に、長椅子のような岩があって、私はそこに座っています。そうしていると、どこからか子供たちが集まり、私の話を聞きにやって来るのです。大して娯楽の無いところですから、私の話を聞きたがるのも無理はないでしょう、話し上手な私です。
「おばちゃん、今日はどんな話を聞かせてくれるんだい? もし、面白くなかったら二度と来てやらないからな。そのつもりでいろ……よ」
生意気な小僧が一丁前の口を叩きやがります。しかし見た目は小童でも中身は私よりジジイかもしれません。それがエルフというものです、はい。ですが口の利き方に歳は関係ないでしょう。ゲンコツをサービスで付けておきました。
「それではお姉さんが『人の世界』の話をしてあげましょう」
私がそう言うと、いきなりブーイングの嵐です、はい。ですがブーイングはここでは賞賛の意味となります、はい、そう受け取りましょう。
「またそれかよ~、飽き飽きだぜ」
私はクレームを許せるような、心の広いエルフではありません。小生意気な小僧を笑顔で呼び寄せ、私には無い尖った耳の先端を引っ張り上げます。そして、「どの口がそう言っているのかしら」と優しく世間の厳しさを教えてあげるのです。良きエルフとして成長するようにと、日々頑張るのが私の使命でもあります。さあ、雑音に挫けず、お話を続けましょう。
「いてーよ、おばさん」
「誰がおばさんだって? お姉さんとお呼び」
◇
薄々気がついている方もいらっしゃるかもしれませんが、私はこの里の出身ではありません。それは聞くも涙、話すのも涙なのです、……本当ですよ。
私の住むこの里近くに、それはそれは透き通るような水を湛えた小さな湖があります。因みに私にとってはとても遠い場所ですが。その湖、あまりにも綺麗で美しいものですから、何時の頃からか「鏡の湖」と呼ばれていました。そう、鏡と言うくらい、水面には波一つ無く、空と言わずあらゆるものを反射してキラキラなのです。それはもう、大変美しい湖なのです。
その湖ですが、別の効能があるのです。それは肩こり腰痛に良く効く、ではなく違う世界が見える、という代物です。ですがそれを見たり聞いたりした者はおりません。あくまで伝説、言い伝えのようなものです。そう、エルフの世界でも、そのような伝説が存在するのですね。
これに興味を示した若者がいました。その若者の名はゾーイ。ゾーイは何故か人の世界に憧れ、一度は行ってみたいと常々思っていたそうです。それは、人の世界で起こる様々な出来事に心惹かれるものがあったからなのでしょう。そうして何時か、たとえその場所に行けなくても、見るだけならもしかして、と思い、よく光り輝く湖を見ていたそうです。
——なになに? ただ山を降りればいいじゃないかって? そうではないのです。最初に申し上げたように、エイっと右に曲がって出た先がエルフの里ですが、それは飽くまで地図上でのお話、エイっと左に曲がっても気合いが入るだけです。つまりは……つまりなのです。お話を続けましょう。
何時ものように湖面を見つめるゾーイです。ですがこちらの世界にある湖です、普通であるはずがありません。火の無い所に煙は立たぬとも申します。別世界は見えなくても、それなりに不思議なものが見えたりする、かもです。ですがそれは、自分の心の中に思い描く原風景のような、想像を超えるものではありませんでした。
しかーし、しかしです。時には手元が狂うとか、ちょっとしたミス、なんてことが起きたりもします。要は「完璧な世界なぞどこにも無い」ということです。
鏡の湖はつい、人の世界を映し出してしまいました。それに狂喜乱舞するゾーイ、——ではなかったようです。見えたその「世界」は、陽が落ちたばかりでしょうか、辺りは暗く、どこぞの川辺、橋の近くのようです。そして周辺には誰も居ない、それはそれは寂しい場所がポツンと、です。ゾーイにしてみれば、さぞかしガッカリしたことでしょう。せめて煌めくネオンサインとか摩天楼とかが見えていれば喜んだに違いありません。しかし鏡の湖が映し出したものは、ここでも見ることが出来そうな寂しい場所でありました。
期待に胸を弾ませていた分、そのガッカリ感は想像したくありません。が、半泣き状態のゾーイに奇跡が起こりました。そうです、誰も居ないと思っていましたが、それは訂正です、勘違いです。若い女性が橋の下あたりから上に通じるあぜ道に向かって駆け上がってくるではありませんか。本当は暗くてよく見えないのですが、ゾーイの脳裏には、いえ、下心的には人影、女性、若い、惚れたとなりました。
しかしその女性、本当に女性でしたが、かなり若い。もう女の子と言っていいでしょう。その子の姿に釘付けのゾーイでしたが、残念ながら湖が写す範囲から消えてしまいました。「おおっ!」とか「あうっ!」というゾーイの心の叫びが聞こえてきそうです。
ところが本当に聞こえてきたのは赤子の泣き声です。それも微かな声が橋の下あたりから聞こえてきます。何故でしょう、湖面の映像はそこに近づいていきます。するとなんと! まだへその緒が付いたままの赤子が目の前に見えてきました。ということは、はい、その辺の事情については想像にお任せ致しましょう。
とにかくです、このままでは赤子は……の状況です。それなのにゾーイは混乱するばかり。何故、俺にこんなものを見せるんだ、これに何の意味があるのかと。しかし、悩んでいる暇はありません。赤子の命は風前の灯、もう泣き声も弱くなってきました。
ここでゾーイは考えを変えました。もともと人の世界を見たくて湖に来た訳です。なら、そういうことなのだろうと決意した、または諦めたようです。そうして両手を伸ばし赤子を拾い上げます。しかし、その赤子がゾーイの腕の中で抱かれるよりも前に、世界の理が辻褄を合わせようとします。そうです、世界は矛盾を許さないのです。
赤子はエルフの住まう世界に、ゾーイは人の世界へと入れ替わり、その出入り口を閉ざしてしまいました。これは等価交換ということになるのでしょうか。この異変はすぐさまエルフの人たちに知れ渡りました。湖の畔で赤子の命が尽きかける寸前、エルフは赤子を抱きかかえと生命の魔法で包み込み、その命を繋ぎ止めたのです。——そう、その命こそ私、エリーと名付けられ大切に育てられたのでした。
それからの私は——えっ? ゾーイはどうしたかって? ゾーイは念願の「人の世界」に行くことが出来ました。きっと達者で暮らしていることでしょう。
◇
私はエルフです。エルフの里で育ち、エルフの母に姉と弟、それに友達も皆、エルフです。そりゃ~、誰よりも食べますよ、育ち盛りですから。耳は長くはないけれど、ちょっとだけ身軽ではないけれど、すくすくと育った私です。友達のアリス、ボブ、チャーリーは同じ歳ですが成長の仕方はそれぞれ。幼い時は私がお姉さんしていましたが、少し経つと私は追い越され、そして二十歳を迎える頃には同じくらいに成長したものです。だから私はエルフなのです。それ以外の事は知りませんです、はい。
ある日のことです。4人で勢いよく流れ落ちる滝の側で遊んでいた時のことです。他の3人が軽く川を飛び超えたものですから、当然「私もと」挑みました。しかし、それほど身軽ではないと実感したことは覚えていますが、何故か足を滑らせてしまった私です。それさえ無ければ、ですが、川の流れに身を委ねた私は、あれよあれよという間に滝から落ちてしまったようです。
その様子を見ていた3人は、最初は笑っていたそうです。ですが滝壺に落ちた私が土左衛門のように沈んでしまったものですから、さあ大変です。引き上げられた私をなんとか蘇生させようとしますが、それを拒否するかのようにピクリともしない私です。いいえ、決して拒んだわけではありません、ただ単に意識が無かっただけです。
そこに大人のエルフたちが、そうして母も駆け付けてくれました。そうです、二十歳といってもエルフにしてみれば赤子も同然。そして私は土左衛門。早速、癒しの魔法で私を回復させようとしてくれましたが、大人の力を持ってしても私は土左衛門のままでした。それもそのはず、いくら魔法とはいえ、どうやらお互いの魔力で効果を発揮するらしいのです。はい、そうです、そうですよ、私は人です、魔力なんて生まれてこのかた持ったことがありませんとも、ええ。
そんな土左衛門の私に、奥の手を提案する私の母です。それも禁忌に近い方法です。それは——エルフを治せるのはエルフだけ、つまり人を治せるのは人しかいない、ということです。でも、赤子の私を救った生命の魔法は……アレは私の生命力、せっかく生まれたんだ、死んでたまるもんかぁぁぁ、という根性と注ぎ込まれた愛情だったようです。では、どうするのか。それが禁忌に近い、いいえ、この際はっきりと言いましょう、禁忌です。
その禁忌とは、人の世界への入り口をこじ開け、私を人の世界に返す。そして人の世界に居るであろうゾーイをこちら側に引き戻す。要は世界の理を正す必要があるのです。すると……そうです、こうすることで私は人の世界で治療を受け、ゾーイのお楽しみは終了します。しかし、しかしですよ。ゾーイと入れ替わりに人の世界に行ってしまっては、もう私はここに戻ることが出来なくなるということです。ああ、嫌だ、私は嫌だ。でも土左衛門の私には拒否権がありません。さあ、どうするの?
禁忌が発動されました。私を連れて友達のアリス、ボブ、チャーリーも人の世界に行きます。そうして3人はゾーイを見つけ次第、こちらに戻ってきます。但し条件がありました。それは3人が人の世界に居られるのは3人で24時間です。つまり一人当たり8時間がリミットとなります。
大人たちの力によって世界は歪み、そして人の世界への扉が開きます。そうして母は、姉や弟は……言うまでもないでしょう。私を抱えた3人に悩んでいる時間はありません。最後の別れを言えないまま、私は人の世界に戻った……戻りたくないよ~
◇
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