逆・異世界転生 Ⅰ

Tro

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#12 俺の涙

最盛期

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図書館の入り口で、そこを通ろうとする男と、中から出ようとする車椅子の老人とが、自動ドアを挟んでの睨み合いとなった。それは、どちらかが譲れば済むことであるが、どちらとも中央に位置したまま、その気は無いらしい。

この場合、男の方がほんの少しズレるだけで問題にならないはずが、自動ドアが閉まりかけてはまた開くを繰り返すばかりである。

車椅子の老人の方は分からないが、男の生涯では今まで一度も『譲る、引く、下がる』などの行為も意味も理解しないまま今日に至っている。よってこの男にマナーとか親切などの類を期待するのは絶望的だろう。

「どけよ!」と男が恫喝しても、
「嫌じゃ」と返す老人である。

これでは埒が明かないと思った男は、車椅子ごと老人を蹴飛ばそうとしたが、その時、どこからともなく現れた男たちによって捕えられてしまった。

「なにすんじゃー、俺を誰だと思ってやがんだー」と吠える男の声だけを残してどこかに連れ出され、一方、車椅子の老人は余裕で図書館を出たそうだ。



ここで男の人生は360度転換した。なに? それでは一周しただけではないのかって? それは違うぞ! 例のアレ、Z軸の存在を忘れてもらっては困る。そう、男の人生は斜めに回転したのだ。

「あぎゃー」

男の悲鳴である。どこかに連れ去られた男は監禁され、狭苦しい部屋に押し込まれた挙句、そこでスパルタ教育を受けることになった。通りの小競り合いなら、それで男がフルボッコにされるのは分かる。しかしそうではなく、この男に徹底的に欠けていた教育が、例の爺さんの指示により強制的に行われているのだ。

「うぎゃー」

スパルタ教育の名に恥じぬ教育・指導が昼夜を問わず男に襲いかかる。反抗的な態度はすぐさま矯正され、問題に答えられるまで休むことを許されない。そんな過酷とも言える教育が男に施されつつあった。

「おぎゃー」

では何故、例の爺さんはあの男にここまでするのであろうか。気難しい爺さんなのか、それともヤクザの親分だったのか。しかしそれでは男を教育している理由にはならない。正しく言えばあの男を真っ当な人間に改造している訳である。それな訳の分からないは所業は、単に爺さんの悪趣味のなせる技なのか。

答えは、まだこの時点では不明である。ただ、今言えることは、爺さんがどこぞの大企業、そこの会長を務めているということは判明している。そして、この爺さんの気まぐれにって、良くも悪くも男の人生が大きく変わることは想像に難くないだろう。



あれから10年の月日が流れた。

「おはよう、諸君」

広いオフィースに足を踏み入れた男を周りの者たちは一瞬だけ注目したが、そのまま手を休めず作業を続けた。しかしその表情には緊張のようなものが高まったようにも見え、あたかもそれは戦いのゴングが鳴り響いたかのような雰囲気である。

「ああ、これは、そうだな、30分で仕上げてくれ。まあ、君なら余裕だよ、さあ、やろう」

男に駆け寄った若い社員が指示を受けたようだが、その社員の顔はやる気に満ちた表情で男の元を去って行く。そう、この男こそ10年後の、あの男の姿である。どこからどう見ても別人。多分、男の親が見ても見分けが付かないほどの変貌ぶりである。

ここは例の爺さんが会長を務めていた会社の一室、そこで男は這い上がり、今では課長の職に就いていた。これが会長である爺さんが施した、いわば魔法のようなものだろうか。その会長も今では退き、悠々自適な隠居生活をしていると男は聞いている。まあ、男にとって会長は恩人にでもなるのだろうか。結果だけ見ればそうなるのだろう。

男の方は……これは省略しておこう。男の才覚とか努力の賜物だとか自慢しても仕方ないだろうし、詰まらない物語になるだけである。

さて、言葉の通り人が変わった男は日々を忙しく立ち回っていたが、そこに訃報が届いた。それは例の元会長のことであり、その知らせを聞いて涙を流す男である。そのような感情が男に芽生えるとは、ほんの10年前には誰にも、本人ですら想像も出来なかったことだろう。

こうして人の心を宿すようになった男の元に、元会長の弁護士という者から一通の手紙を受け取った。それは元会長の遺言のようなものであるらしい。

それを人目を避けて読んだ男の表情は複雑であった。何故なら遺言には男に対する懺悔のような文面であったからだ。それを要約すると以下のようになる。

元会長の爺さんが初めて男と出会った時、それは偶然ではなく必然だと思ったこと。そしてその理由については、遥か過去まで遡ることになると。

まず最初は、過去、戦場で少年であった男を後ろから槍で刺したこと。次に男の住む家に放火し殺害したこと。そして最後に男が務めたブラック企業の社長であり、男を酷使したこと。

それらを現世において、何らかの方法で知り得た爺さんは、男と出会ったことを酷く悔やんだらしく、それを偶然ではなく自身に対する罰なのだと思ったらしい。そこで底辺に生きる男を人生の高みとまではいかないが、せめて人並みの位置まで引き上げることを使命にした、とあった。

これらを知った男は、以前であれば元会長である爺さんを呪ったことだろう。自分の全ての不幸は爺さんによってもたらされたものであり、全ての責任は爺さんにあると。しかし今の男は逆に感謝し、全てを許したのである。それは、今日の自分があるのは、それぞれの人生があってこそであり、この人生こそがある意味での到達点なのだ、と思うに至った。

その後、男は精進を重ね、15年後には企業のトップになるまでになった。そしてその時、男は満を持して異業種である福祉事業に乗り出し、世のため人のためと邁進、紆余曲折を経て事業を成功に導いた。

そうして晩年、その功績が認められ世間から『福祉の父』とまで賞賛されたが、その後、惜しまれつつこの世を去った男である。



男は教室のような場所で何もせず、ただ黙って座っていた。その姿勢は正しく落ち着きがあり、威風堂々としたものであった。しかし、この場はそのような場所ではない。早速、先生が男に問い始めた。

「あなたは何故『人生計画』を書かないのですか」

すると男は静かに答える。

「今の私にはもう、その必要がないのです」
「それは、何故ですか、何故そう思うのですか」

先生の問いには、それは許されないことである、ということを含んでいるのだろう。だから落ち着き、当然のように答える男を諭すような問いになっているのだ。男の返答次第で、この先の行く末が決まると言っても過言ではないだろう。

「私は、最後の人生において全てを悟ったのです。生きるとは何か、死とは何なのかを。世のため人のためと己のことは顧みず一日一日を精一杯生きたのです。これ以上のことはありません。そして私は高みに達したのです。もう生死を繰り返す必要は無いのです。そう、ですね、強いて言えばあなた、先生と同じ立ち位置にいるのです、今の私は。それに、ほら、こうして記憶が残っているではありませんか。これでお分かり頂けたでしょう、先生」

男の言葉には自信が、確固たる確証があった。それを自分の人生が証明してるではないかと。俺は、いや男は(既にあなた、先生と同じ立場なのです。本来なら自分も先生と呼ばれてもおかしくない、これは何かの間違いでしょう)、という目を先生に向ける男である。しかし、

「そうですか。では『人生計画』を書いてください」と冷たく言いのけるだけである。勿論それに納得しない男である。

「先生、私の話を聞いていなかったのですか?」
「さあ、時間がありませんよ」
「ちょっと先生、まさかあのことを怒っているのでは?」
「いいえ」

先生は顔色ひとつ変えることなく、といってもその顔はベールに包まれて見えないが、きっとおそらく多分、悪魔のような冷たい表情なのだろう、いや、そのはずだ。

「いや、怒ってますって。あれは、あれはね、若気の至りってやつですよ、うん。俺なら、いや、私なら笑って許しますよ、あれくらいのこと」

「このままでは『白紙』ということになりますよ」

「(おい! こら!)はあ? 話にならねー。上のやつを呼んでこいよー、あんたじゃ話になんねーよ」

「あなたはまだ修練が足りていないのです。では『白紙』ということで」
「(なに事務的に言ってやがんだよー)ちょっと待て、待ってよー」

「良い旅を」

こうして教室を弾き飛ばされた男、いや俺である。しかし一体、あの聞き分けのない先生とは何者であったのか。何故、俺のような徳を積みきった者を送り返すのか。やっぱり、先生の本を盗んだことを根に持っていたに違いない。なんという器量の狭いことか。これなら俺の方がよっぽど適任ではないのか。

次こそは先生に仕返しをしないといけないな、どうしてやろうか……と考えたいが、もう意識が飛び始めている。だが、最後にこれだけは言っておこう。

この世のどこかで俺が生まれたら、そいつは俺である。よって親切丁寧に扱うように。それが諸君らの幸福に繋がるのだ。これは真実、真理である。

「おぎゃあ」
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