逆・異世界転生 Ⅰ

Tro

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#14 2500年後の涙

#2 解決済みの矛盾

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「13号、私が貴方の所有者です。よって貴方は、13号は私の命令に従わなくてはなりません、いえ、従うのです、……従えです」

おっさんが一目惚れした女性の話は続く。おっさんは恋の魔法により視力を失い、つまり『恋は盲目』状態となっているが、失った眼の代わりに耳は達者のようである。察するに、女性はその甘ったるい声色からして、普段は穏やかな性格なのであろう。それを精一杯、所有者としての威厳を見せつけるべく虚勢を張っているのが手に取るように分かるのだ。だからだろう、おっさんの心は濁ったまま自作の恋に溺れ続けるのである。話は続く。

「13号の置かれた状況、責務ですが、えーっと、その、これを読んで理解しなさい」

そう言うと、女性は手に持っていたファイルのようなものをおっさんに向かって投げたが、そんなペラペラの物が格好良くピューンとおっさんに届くはずがない。当然、すぐに床に落ちるだろうと、口をポカ~ンと開けて見ていただけのおっさんである。それよりも、そんなことよりも、何時まで俺の理性を押さえつけておくことが出来るだろうか、自分でも分からない。よせっ、よすんだ。だけど、もうそろそろ限界だぜ、ガオォォォー、と妄想を育てているおっさんの目の前に、女性が力なく投げたファイルが浮かんでいた。これにはおっさんもビックリである。そこに、

「陽一こと13号。これからお前の処遇を説明する」と語り出したファイルである。これに、またまたビックリのおっさん、ではなく、読む手間が省けたと、肩の荷が下りたような、そんなホッとした気持ちになったようだ。そんなもんだから、心の中では(それよりも、そんなことよりも)と念仏を唱え続けていたが——。

「その前に、お前を拘束している首輪について説明しておく。お前はこれから所有者の命令に従わなくてはならない。それに従わない場合、お前の行動は拘束される。また、逃走した場合も拘束される。現地点より半径5Km以上離れた場合も同様である。それではテストをしておく」

ファイルがそう言い終わった瞬間、おっさんの頭のてっぺんから足のつま先まで、身体中のいたるところ、つまり全身に激痛がドカーンと襲いかかり、その場にペチャッと床に伸びたおっさんである。勿論これで心の声は吹き飛び、妄想も消し飛んだ。それはきっと、『現実を見よ』という警告なのであろう。どうせ首輪がキツくなる程度だと思っていたおっさんである、生きているだけでも奇跡かもしれないぞ。

おっさんの目の前にあったファアイルは、今ではおっさんの頭上でプカプカと浮かんでいる。それを息絶え絶えになりながら見上げる、いや、目玉だけ動かしたおっさん、それだけでもかなり辛そうである。そして、恋だの愛だのにうつつを抜かしたことを後悔し、涙で霞む状態で、見ることの出来ない女性の足元に向かって、(このババァー)と罵った。勿論、(俺を誘惑しておいて、これかよー)と逆ギレするおっさんである。

「これでお前は逆らうことも逃げることも出来ないことを、その身をもって知ったはずだ。それでは説明を続ける。お前は2020年9月13日の夕刻、保育園に侵入し、保育士一名を絞殺、懲役20年の実刑判決を受けた。しかしこれでお前の罪が赦された訳ではない。残された遺族はお前の死刑を望んだが、それも叶わず司法に委ねるしかなかった。その遺族の気持ちを思えば、お前は決して許されざる罪人である。よって当社は被害者家族救済の立場に立って、お前の人生の全てを被害者家族に償わせるため、お前を拘束した。これは現法によって許可されている行為である。そして、お前の所有者とは被害者の子孫である。その子孫は永久に、お前に対して贖罪を求めることが出来る。これらの経緯により、お前は所有者にお前の全てを捧げなければならない、罪深き者よ」

ファイルの声をフンフンと聞いていたおっさんである。それは、多少動揺したり矛盾点にアレっと思いながらも、俺のことじゃない、人違いだよ、という自信があったからだろう。どう考えても俺が人を殺す訳がない。それに懲役20年って、俺はそんな爺さんじゃないぞと確かな確証があったことも事実。そこで反論を始めようとしたおっさんである。しかし、ファイルは中身を朗読しているだけで、聞く耳を持っているのだろうか、という疑問が湧いくる。いやいや、ファイルじゃなくて、そこのお姉ちゃんが分かればいいんだよ、分かれば、と床に顔を付けながら口をモゴモゴさせるおっさんである。

「ちょっと待ってくれ、人違い、勘違いだ。俺は爺さんでもなく、人も殺してなんかいない。それに、それに——」

ここでおっさんは考えた。当社ってなんだよ、いやいや、そこじゃない。被害者の子孫って、家族の子孫じゃないのかよ、被害者は死んだんだろう。どっちにしろ、まるで、何年、何十年も経ってるような云い方じゃないか。おかしい、これはおかしいぞ、と考えたところで、おっさんの記憶が蘇ったようだ。

9月13日、確かにおっさんは散歩の途中で保育園の前を通り掛かった。そこでガキどもの奇声にイライラしたことを覚えていた。そしてその中心に若い保育士が居て、一瞬だけその保育士の女性と目が合ってしまった。それを気のせいか、そうだった『かも』しれないと思いつつ、血の気が引いていくのを感じたようだ。それは、ファイルが云ったことが全て無関係とは言い切れなくなったからだろう。しかしまだまだ矛盾は残る。それが、それだけがおっさんの盾となってくれるだろうと、おっさんは記憶を辿っていくのである。

しかし、保育士の女性と目があった際、その女性は和かな微笑みをおっさんに向けた、いやいや、あれは挨拶のようなものだ、決して俺に惚れた訳ではない、そうに決まっている。そして、きっとその時もそう思ったに違いないと自分を納得させるおっさんである。その証拠として、いやいや、そのニコッとした可愛らしさから思わず足がもつれ、転びそうになった、うん、そうだよ、と思い出したおっさんである。でも実際は、『転びそうになった』のではなく、『転んだ』おっさんである。そしてその直後から暗闇を流離さすらっていたようだ。

今にして思えば、のおっさんである。この部屋の女性を見た瞬間、どこかで見覚えがあると思ったのは、あの時の保育士さんと似ていた、というかオーラのようなものが近いと思えたからだろう。そうなると、ファイル君の云っていたことが、やけに符号してくるではないか、これはマズイぞっと勝手に不安を積もらせるおっさんである。

しかし、しかしである。まだまだ矛盾があるではないかと持ち直すのだ。最近は度忘れが多くなったと自覚はしていたが、流石に20年も刑務所にいれば、それを忘るることなど到底不可能。それが可能というのなら記憶喪失か認知症か。そんな可能性が浮かんでは来たが、そっくりそのまま隠してしまうおっさんだ。そのおっさんの、心の押し問答に、

「人違いではない。当社はお前が凶悪犯罪を犯す直前に拘束している。これは飽く迄拘束であって拉致ではない」と、返答してくるファイル君である。ということは会話、いや、意思疎通可能なファイルと言えるだろう。これに驚いたおっさん、ではないが、それよりも『直前に拘束した』という意味が分からなかった。そこで、

「待て待て、待ってくれ。直前ということは、俺は殺してないってことだろう、無実ということだよな、違うのか」と急いで割り込んでみると、

「そうだ」と、あっさり認めるファイル君である。これにおっさんは、怒りよりも安堵の方がまさったようだ。しかし、「だが、違う」と続けてきたファイル君ある。更に、「お前は犯罪を犯してはいない。だが無実ではない」と云うと、パラパラとファイルを捲り始め、あるページで止まり、「ほら見ろ、おっさん」という具合に見開きとなった。そこにはおっさんの犯行となる証拠資料がズラズラ、オイオイと嘆き悲しむ遺族の写真などが多数あった。

でもでも、それらを見せられて素直に犯行を認めるおっさんではない。何せ事の重大さという点と、それらが本物である確証が無いのだ。それに話が矛盾している以上、上手いことを言って俺を嵌める気だな、オレオレ詐欺の類だろう、と思う、思いたいおっさん、ひとこと言わねば、である。

「さっきから聞いてればフザケタことばかり言いやがって。俺はやってない、そう言ったよな。それなのに、そんなものを見せて俺を騙すつもりなのか。全く、笑わせてくれるじゃないか、ファイル君よ」と、ファイルを君付けしてしまうおっさんであるが、言ってしまったものは仕方ないと開き直るおっさんでもある。

これに対する返答は、「お前がそう考えるのも無理はないだろう。当社はお前を犯行の前に拘束したが、それとお前の犯行とは無関係である。それは過去に起きた事象は改変不可能であるからである。よって起こりうる事象は起き、それが過去となり、お前は犯罪者である。これらは歴史が証明していることである。なお、これらには矛盾・パラドックスが含まれるが、当社の特許により解決済みの問題である」

ここでファイル君が無言になったので、おっさんの感想を聞いてみよう。

——何が『あるある』だよ。それに何だ、お前お前って、たまには俺の名前を言ってもいいだろう、性格悪いぞ、ファイル君。それにだ、過去が何だって? そりゃあ一秒だって過去は過去だろうけどさ、なんか、大げさなんだよファイル君。いちいち、そう、いちいちだよ。

と、感想を抱いたところで、ファイル君が「以上」と云ってしまい、これにて終了との宣言を受けたおっさんである。これは本当にマズイ、ヤバイと焦るが、

「4520年9月13日 21時46分、説明を終える」と云ったきり、ただのファイルと化したファイル君はページを閉じてからストーンと床に落ち、もう話しかけても答えてはくれないだなろうな姿に変わってしまう。それと一緒におっさんの希望、未来、将来、その他諸々も奈落の底に落ちたことだろう。

だが、ちょっと待てよのおっさんである。9月13日と言えば、おっさん的には『今日』である。しかし、4520年って何? である。それって西暦、それとも元号が違うのかな、なんだろう、おじさん、分かんないよ、へへへ、と笑うしかないおっさんであった。

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