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第1章 底辺ギルドの遺産なんて聞いていない
第15話 後悔は先に立たないってマジ
後悔した。後悔している。そうだ、いったん戻って準備万端で来るのはどうだ?
さすがに何枚か重ね着してこないとダメだろう。材料を手に入れたら回収するとか言ってたから、チハヤに連絡を──。
「行こうサラちゃん。酒場の開店までそんなに時間がない」
「ええっ! でも──」
「それがあれば作れるんでしょ? 金色のカクテル。だったら、行かなきゃ」
クリスさんの力強い眼差しが私を見つめた。
……仕事モードのときのこの人は、本当にカッコいいんだよな。仕方ない。
「わかりました。一緒に探します。私のギルドの初任務ですから!」
「ありがとう」
髪をかき上げキレイな笑顔を見せると、クリスさんはさっと茂みから村の方へと出ていった。慌てて追いかけると、もうすでに驚いた表情の若い女性と話している。
だけど──。
何度か会話を試みた後でクリスさんは腰に手を当てて首を横に振った。
「ダメだサラちゃん、言葉がまるで通じない」
だろうね。アビシニア諸島に最も近い王都よりもたぶん遠くかけ離れた地。
どうしたもんかと考えあぐねていると、青色を基調とした服を着た女性は困った顔をしたあと深く頭を下げてどこかへと去っていった。どことなくチハヤを思わせる礼儀正しい女性を見送ると、私はもう一度チハヤの書いたメモを見た。
発音もいまいちなのに、言葉も分からず伝わるか?
「とにかく手当たり次第に声をかけるしかないか!」
「あちょ、クリスさ──」
風のごとく。行っちゃった。チハヤ~ホントにクリスさんは魔法使いの素質があるのか? あの速さ、絶対剣士とか戦士とかだと思うんだけど。
<いえ、魔法使いです。仕事柄、彼女は知らず知らずのうちに魔法のセンスを身につけている>
まった、人の心を読んだみたいに!
「まあいいや。チハヤ、魔法でなんとかならないの? 言葉が分かるようになる魔法とか」
<そんな22世紀のロボットみたいな便利な魔法はありません>
「22? ロボッ……?」
「気にしないでください。こちらの世界の話です。それよりもう一つの材料ですが、そろそろそちらで雨──」
「きゃー!!!!」
突然の悲鳴がチハヤの言葉を途切れさせた。あれは、クリスさん!?
「ちょっと待ってチハヤ。クリスさんがピンチかもしれない!」
<了解しました。お気をつけて>
まずいよ。考えてみなくても知らない地だ。あんなラフな格好の見知らぬ美女が歩いていたら……!!
「クリスさぁん! だいじょう──ぶぅ!!?」
連なる家々の暗がりにクリスさんはいた。屈強そうな一人の若い男性と一緒に。
「カッコいぃ~!! 知的なチハヤくんも素敵だけど、筋肉マッチョもたまらない! ねぇ~今、材料を探しているの~よかったら一緒に教えてほしいな~」
盛大なため息が無意識に私の口から漏れた。また、これだよ。ほんの数分前に仕事熱心な姿勢に心打たれたばかりなのに。こんなチハヤに似たイケメンに──!?
待て、チハヤに似た?
私は顔を上げるとまじまじとクリスさんにたじたじになっているイケメンの顔を見た。バッと、後ろを振り返れば、道行くみんなが当たり前だけど顔立ちが似ている。
チハヤに似ているのだ。異国風の顔立ちが。
「クリスさん! ちょっとどいててください!」
私はイケメンの腕にからみつくクリスさんを突き飛ばさん勢いで、無理やり引き離すとチハヤの書いたメモをイケメンの顔の前に広げた。
チハヤと同じ顔立ちなら、チハヤの知っているこの文字が読めるかもしれない。
「……はくごうぎんしん?」
ややあって、イケメンからその言葉が聞けた。
「そう、白毫銀針! わかる? これがどこにあるか教えてほしいの!」
イケメンは笑顔を見せて大きく何度もうなずくと、メモを返してくれてこう、片手で「来いよ」みたいなジェスチャーをしてくれた。
まだ暴走モードのクリスさんを正気に戻すと、私たちはイケメンに連れられて簡単に材料を手に入れられるはずだったのだが──。
気づいたら山を登っていた。
「おかしい。なんで? なんで、こんなことを……」
しかもけっこう険しい山だ。山自体はアビシニア村にもあるから、子どもの頃に何度か登ってみたことはあるけど、ここはそんな子どもがお散歩程度に登れるような山じゃなかった。
整備されたような道らしい道はない。一応人の行き来はあるからか、開かれてはいるけど、人一人が通れるような細い道には石や岩がごろごろしている。途中、何度か岩山をよじ登るように進んだし。
なんだ、どこへ、どこへ連れてかれるんだ? コミュニケーションも上手く取れないから聞くにも聞けないまま私たちは歩き続けるしかなかった。
*
「……クリスさん、大丈夫すか?」
「大丈夫。カクテルのためなら」
とか言っているけど、明らかにさっきより体の震えがひどくなっている。気丈に振舞っているけど、もう限界なんじゃ。
あれから数十分。口数も少なくずっと山を登っていた。途中雨が降り出し、髪の毛も服も靴も全身がびしょ濡れだった。前を歩くイケメンがどこに持っていたのか、頭にかぶるタイプの傘を渡してくれたけど。ほとんど意味のないくらいに濡れてしまっている。
……いいんじゃないか? もう。これだけ頑張ったんだ。引き返したっていいんじゃないか?
チハヤは材料を知っているんだから、自分で取ってくることくらいできるはずだ。その方が絶対、効率的だし。それにこの人の向かう先に本当に白毫銀針がある保証はない。騙されているとは思わないけど、どこまで行けばいいのかわからない。
ふと、前を歩くクリスさんの足が止まった。
「! 大丈夫ですか?」
さすがに疲れたのか、膝に手をつき肩で息をしている。なのに、その口からはずっと同じ「大丈夫」という言葉が繰り返される。
「もう、いいんじゃないですか?」
私は拳を強く握った。
「頑張りましたよ。クリスさん。もう、戻りましょう? 今、チハヤに戻してもらいますから」
「……ダメ」
「ダメって、クリスさん。もう限界ですよ。お店の準備もしなきゃいけないし」
「ダメだ!」
振り返った青い瞳はびしょ濡れなのにも関わらず、燃える炎のように光を宿していた。
「もう少しなんだよ。イリアムがやり遂げられなかった金色のカクテルが、何年かけてもできなかったカクテルができそうなんだよ。こんなことで諦められない」
こんなことって……わけのわからない異国の地へわけのわからない任務で飛ばされて、本当にあるのかないのかわからない材料を探すのが、こんなこと?
「なんでですか? どうしてそんなに、クリスさんは頑張れるんですか?」
「なんでかって?」
なぜか急に、長い金色の髪をはねつけてクリスさんは微笑んだ。
「それは、私が酒場のマスターだからだよ。イリアムから受け継いだね」
イリアム──クリスさんのお母さんから受け継いだ酒場。……酒場のマスター。
「おーい」
山の上でイケメンが呼んでいる。掲げたその手は何か葉っぱのようなものをつかんでいた。
「もしかしてあれって?」
クリスさんは走り出した。その後を遅れて、私も走り出す。
ウソでしょ? 本当に? 本当に見つかったの?
「白毫銀針」
イケメンは弾んだ声で探していた材料の名を呼ぶと、大きな手の平にある葉っぱを見せてきた。小麦よりも細く紅茶よりも長いそれは独特な薄い茶色をしていた。
「これが……ホントか?」
てっきり金色のカクテルの材料だから金色をしてると思ったんだけど。
「やったー!!」
ってクリスさんは疑うことなくイケメンを抱きしめてるし。
<それは間違いなく白毫銀針です>
「……見てないのにわかるのかよ」
小声でチハヤに話しかける。クリスさんにばれたらいろいろとめんどくさそうだから。
<ええ。その異国の地の山でしか栽培できない茶葉ですから。それともう一つの材料ですが、サラ様の近くに生えていると思います>
「生えてるだって?」
<スケルトンフラワー。雨に濡れると花びらが透明になる不思議な花です>
なんだそれ、そんな綺麗な──。
辺りを見回す。言われるまで全くそれと気づかなかったけど、一面に小さなかわいらしい花が咲いていた。ガラス細工のように透き通った花びらは、雨に濡れて静かにでも確かに輝いている。
<その花はですね。サラ様のブローチにも材料として使わせていただきました>
「えっ、ちょっ……」
<どうかしましたか、サラ様>
「禁止だ」
<はい?>
「とにかくそういうの禁止!」
くっそ、もう。そういう恥ずかしいセリフ、簡単に言ってのけるなよ。
体に伝う雨が、なぜか心地よかった。
さすがに何枚か重ね着してこないとダメだろう。材料を手に入れたら回収するとか言ってたから、チハヤに連絡を──。
「行こうサラちゃん。酒場の開店までそんなに時間がない」
「ええっ! でも──」
「それがあれば作れるんでしょ? 金色のカクテル。だったら、行かなきゃ」
クリスさんの力強い眼差しが私を見つめた。
……仕事モードのときのこの人は、本当にカッコいいんだよな。仕方ない。
「わかりました。一緒に探します。私のギルドの初任務ですから!」
「ありがとう」
髪をかき上げキレイな笑顔を見せると、クリスさんはさっと茂みから村の方へと出ていった。慌てて追いかけると、もうすでに驚いた表情の若い女性と話している。
だけど──。
何度か会話を試みた後でクリスさんは腰に手を当てて首を横に振った。
「ダメだサラちゃん、言葉がまるで通じない」
だろうね。アビシニア諸島に最も近い王都よりもたぶん遠くかけ離れた地。
どうしたもんかと考えあぐねていると、青色を基調とした服を着た女性は困った顔をしたあと深く頭を下げてどこかへと去っていった。どことなくチハヤを思わせる礼儀正しい女性を見送ると、私はもう一度チハヤの書いたメモを見た。
発音もいまいちなのに、言葉も分からず伝わるか?
「とにかく手当たり次第に声をかけるしかないか!」
「あちょ、クリスさ──」
風のごとく。行っちゃった。チハヤ~ホントにクリスさんは魔法使いの素質があるのか? あの速さ、絶対剣士とか戦士とかだと思うんだけど。
<いえ、魔法使いです。仕事柄、彼女は知らず知らずのうちに魔法のセンスを身につけている>
まった、人の心を読んだみたいに!
「まあいいや。チハヤ、魔法でなんとかならないの? 言葉が分かるようになる魔法とか」
<そんな22世紀のロボットみたいな便利な魔法はありません>
「22? ロボッ……?」
「気にしないでください。こちらの世界の話です。それよりもう一つの材料ですが、そろそろそちらで雨──」
「きゃー!!!!」
突然の悲鳴がチハヤの言葉を途切れさせた。あれは、クリスさん!?
「ちょっと待ってチハヤ。クリスさんがピンチかもしれない!」
<了解しました。お気をつけて>
まずいよ。考えてみなくても知らない地だ。あんなラフな格好の見知らぬ美女が歩いていたら……!!
「クリスさぁん! だいじょう──ぶぅ!!?」
連なる家々の暗がりにクリスさんはいた。屈強そうな一人の若い男性と一緒に。
「カッコいぃ~!! 知的なチハヤくんも素敵だけど、筋肉マッチョもたまらない! ねぇ~今、材料を探しているの~よかったら一緒に教えてほしいな~」
盛大なため息が無意識に私の口から漏れた。また、これだよ。ほんの数分前に仕事熱心な姿勢に心打たれたばかりなのに。こんなチハヤに似たイケメンに──!?
待て、チハヤに似た?
私は顔を上げるとまじまじとクリスさんにたじたじになっているイケメンの顔を見た。バッと、後ろを振り返れば、道行くみんなが当たり前だけど顔立ちが似ている。
チハヤに似ているのだ。異国風の顔立ちが。
「クリスさん! ちょっとどいててください!」
私はイケメンの腕にからみつくクリスさんを突き飛ばさん勢いで、無理やり引き離すとチハヤの書いたメモをイケメンの顔の前に広げた。
チハヤと同じ顔立ちなら、チハヤの知っているこの文字が読めるかもしれない。
「……はくごうぎんしん?」
ややあって、イケメンからその言葉が聞けた。
「そう、白毫銀針! わかる? これがどこにあるか教えてほしいの!」
イケメンは笑顔を見せて大きく何度もうなずくと、メモを返してくれてこう、片手で「来いよ」みたいなジェスチャーをしてくれた。
まだ暴走モードのクリスさんを正気に戻すと、私たちはイケメンに連れられて簡単に材料を手に入れられるはずだったのだが──。
気づいたら山を登っていた。
「おかしい。なんで? なんで、こんなことを……」
しかもけっこう険しい山だ。山自体はアビシニア村にもあるから、子どもの頃に何度か登ってみたことはあるけど、ここはそんな子どもがお散歩程度に登れるような山じゃなかった。
整備されたような道らしい道はない。一応人の行き来はあるからか、開かれてはいるけど、人一人が通れるような細い道には石や岩がごろごろしている。途中、何度か岩山をよじ登るように進んだし。
なんだ、どこへ、どこへ連れてかれるんだ? コミュニケーションも上手く取れないから聞くにも聞けないまま私たちは歩き続けるしかなかった。
*
「……クリスさん、大丈夫すか?」
「大丈夫。カクテルのためなら」
とか言っているけど、明らかにさっきより体の震えがひどくなっている。気丈に振舞っているけど、もう限界なんじゃ。
あれから数十分。口数も少なくずっと山を登っていた。途中雨が降り出し、髪の毛も服も靴も全身がびしょ濡れだった。前を歩くイケメンがどこに持っていたのか、頭にかぶるタイプの傘を渡してくれたけど。ほとんど意味のないくらいに濡れてしまっている。
……いいんじゃないか? もう。これだけ頑張ったんだ。引き返したっていいんじゃないか?
チハヤは材料を知っているんだから、自分で取ってくることくらいできるはずだ。その方が絶対、効率的だし。それにこの人の向かう先に本当に白毫銀針がある保証はない。騙されているとは思わないけど、どこまで行けばいいのかわからない。
ふと、前を歩くクリスさんの足が止まった。
「! 大丈夫ですか?」
さすがに疲れたのか、膝に手をつき肩で息をしている。なのに、その口からはずっと同じ「大丈夫」という言葉が繰り返される。
「もう、いいんじゃないですか?」
私は拳を強く握った。
「頑張りましたよ。クリスさん。もう、戻りましょう? 今、チハヤに戻してもらいますから」
「……ダメ」
「ダメって、クリスさん。もう限界ですよ。お店の準備もしなきゃいけないし」
「ダメだ!」
振り返った青い瞳はびしょ濡れなのにも関わらず、燃える炎のように光を宿していた。
「もう少しなんだよ。イリアムがやり遂げられなかった金色のカクテルが、何年かけてもできなかったカクテルができそうなんだよ。こんなことで諦められない」
こんなことって……わけのわからない異国の地へわけのわからない任務で飛ばされて、本当にあるのかないのかわからない材料を探すのが、こんなこと?
「なんでですか? どうしてそんなに、クリスさんは頑張れるんですか?」
「なんでかって?」
なぜか急に、長い金色の髪をはねつけてクリスさんは微笑んだ。
「それは、私が酒場のマスターだからだよ。イリアムから受け継いだね」
イリアム──クリスさんのお母さんから受け継いだ酒場。……酒場のマスター。
「おーい」
山の上でイケメンが呼んでいる。掲げたその手は何か葉っぱのようなものをつかんでいた。
「もしかしてあれって?」
クリスさんは走り出した。その後を遅れて、私も走り出す。
ウソでしょ? 本当に? 本当に見つかったの?
「白毫銀針」
イケメンは弾んだ声で探していた材料の名を呼ぶと、大きな手の平にある葉っぱを見せてきた。小麦よりも細く紅茶よりも長いそれは独特な薄い茶色をしていた。
「これが……ホントか?」
てっきり金色のカクテルの材料だから金色をしてると思ったんだけど。
「やったー!!」
ってクリスさんは疑うことなくイケメンを抱きしめてるし。
<それは間違いなく白毫銀針です>
「……見てないのにわかるのかよ」
小声でチハヤに話しかける。クリスさんにばれたらいろいろとめんどくさそうだから。
<ええ。その異国の地の山でしか栽培できない茶葉ですから。それともう一つの材料ですが、サラ様の近くに生えていると思います>
「生えてるだって?」
<スケルトンフラワー。雨に濡れると花びらが透明になる不思議な花です>
なんだそれ、そんな綺麗な──。
辺りを見回す。言われるまで全くそれと気づかなかったけど、一面に小さなかわいらしい花が咲いていた。ガラス細工のように透き通った花びらは、雨に濡れて静かにでも確かに輝いている。
<その花はですね。サラ様のブローチにも材料として使わせていただきました>
「えっ、ちょっ……」
<どうかしましたか、サラ様>
「禁止だ」
<はい?>
「とにかくそういうの禁止!」
くっそ、もう。そういう恥ずかしいセリフ、簡単に言ってのけるなよ。
体に伝う雨が、なぜか心地よかった。
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