聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

文字の大きさ
3 / 116
序章

第3話 緘黙の少女

しおりを挟む
 教室を抜け、階段を降り、そのまま鈍い光を放つプレートアーマーやロングソード、盾などが置かれた突き当たりの廊下を出ると、色とりどりの花に囲まれた中庭に出る。

 最近、ニスが塗られたばかりの小鳥の模様が丁寧に彫られた木製のベンチに腰掛けると、少し間を空けてちょこんとマリーが座った。

 中庭には、すでに何組かの集団が来ており、制服である純白のシルクのローブに、金や銀のブレスレットを身に着けた見るからに上流階級といった装いの一組がこちらに気づき、会釈した。マリーと僕も会釈をするが、何がおかしいのか口元に手を当ててクスクスと笑うと、視線を戻してまた話し始めた。

 マリーは小さく息を吐くと、僕とマリーの間に置いたノートを開き、何事かを書き始めた。

 マリーは、カロリナのいとこにあたるカールステッド家の一員だ。カールステッド家は、カロリナに代表されるように代々優秀な魔法使いの家系で、カールステッドの名を冠する者は誰もが強力な魔法を使え、誰もが将来を約束された身。

 しかし、そんななかでマリーは僕と同じように魔法を使えないでいた。

 より正確に言えば、今は使えないと言った方が正しい。なぜならマリーはあるときから全く言葉を話すことができないからだ。

 カロリナ曰く、「声を発せないために自分と外との間に心の壁が生まれ、その壁があるために魔法を出現させるために必要な豊かなイメージ生成が阻害されているのでは」ということらしい。

 ヒルダ先生が興奮した大きな声で話していた魔法のコントロールに必要なのはイメージ、というあの理屈だ。

 なぜ、マリーが言葉を話せなくなったのかは誰にもわからない。ただ、これまで全く正常であったことから、知能の問題でも発達の問題でもないことはわかっているらしい。それならばこれは「心の問題」ということになる。

 緘黙《かんもく》症という言葉がある。本人の発達等は何ら正常に関わらず心因的な理由で話すことができなくなるものだ。

 話だけを聞いていると、マリーの症状はそれに近いものを感じるが、残念ながらこちらの世界は精神医学やら心理学がまだそこまで発達していないらしくどんな名医であろうがお手上げなんだそうだ。

 カロリナから生活を保障する上で出された条件には、執事になること、学院になることの他にもう一つ、重要かつ難題な条件があった。

 それが「マリーの声を取り戻しなさい」だ。

 無理難題だ。どんな名医が見てもわからなかった言葉が出せない原因を探り、しかも取り戻せなどと。もし仮に転生前の記憶を失う前の僕が精神科医やらカウンセラーだとしても、記憶を失った僕では何の役にも立ちはしない。

 まあ、おそらくはきっと学院の中でマリーの側にいてくれる人間が必要だったのだろう。カロリナでは学院まで来ることはできない。ただの執事を送り込めばマリーが浮いてしまうだけ。

 カールステッド家は伝統ある魔法使いの家系。だからこそカールステッド家なのに魔法が使えないとあれば、どれだけ他が秀でていても周囲から嘲笑の対象で見られてしまう。学院に入学してすぐにわかったが、さすがに直接面と向かって無礼を働くものはほとんどいないとしても、今のように陰でコソコソと言い合うものは多かった。

 マリーももうそういう状況に慣れて久しいようだが、時折疲れてしまったときや話を聞いてほしいときには、こうやって比較的人の少ない中庭に来て会話をするのが僕とマリーの間でのなんとなくのルールだった。

〈授業の方はどう?〉

 マリーの優しい字が綴られる。

〈座学はまあまあ、実技はダメダメってとこかな〉

 マリーの可愛らしい小さな口元が緩む。

〈私も〉

〈マリーは座学は完璧でしょ。実技だって誰よりも真面目にやってるし。僕なんてまだ専門課程にすら進めていないんだから〉

 微かに首を横に振って否定の意を表したマリーは、ペンを握り直して乱暴に次の言葉を書いた。

〈一流のピアニストにならなれるかもね〉

 すかさず僕はその下に言葉を書き殴った。

〈誰がそんなことを?〉

〈わからない。席を外しているうちに譜面に書かれていたから。でも、きっと〉

〈ルイス・バルバロッサ?〉

 マリーからペンを半ば強引に奪って、心当たりの人物の名前を書いた。

 マリーは躊躇いがちに俯きながらもゆっくりと頷いた。

 僕は少し考えて〈相変わらず子どもみたいなやつだな〉と記した後に、何行か前の〈ピアニスト〉を黒く塗り潰して、〈魔法使い〉と大きく書いた。

〈じゃあ、ハルトは?〉

〈僕は一流の執事かな〉

 それを見たマリーは陽だまりのような笑顔を見せてくれた。その表情を見て、いつか同時に笑い声も聞いてみたいとぼんやりと思う。だが、それよりもまずは──。

〈マリーご飯にしよう〉

 僕は赤い布を縫い合わせただけの簡素な袋から、宮殿の料理長が直々に作ってくれた二人分のサンドイッチを取り出すと、ナプキンとともにマリーに1つ手渡した。

 マリーはやはり小動物みたいに小さな口で少しずつパンを食していく。

 「美味しい?」と聞くと、マリーは嬉しそうに頷いた。

 不意に涼しげな風が吹く。その風は、草花を揺らし、何か考え事をしているように宙を見つめるマリーの髪の毛をそっと撫でていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...