聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

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序章

第4話 魔法のレッスン

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「アンダンテ」「アレグロ!」「アンダンテ」「アレグロ!」

 十数台のグランドピアノがぎっしりと置かれた第一演習場では、専門講師の掛け声とともに一斉にピアノの音が鳴り、単発な炎、水、土、風の現象が起こっていた。それらの多くは実体化する前に消えてしまい、エレメントがほとばしるだけで終わってしまう。僕もその一人だ。いや、他の生徒より明らかに劣ってはいるけども……。

 演奏の腕は上がっている実感はあるのに、魔法と呼べるほどの現象を起こすことは一度もできていない。

 入学してもう半年は経とうとしているのに、いまだに基礎練習ばかりさせられていて、正直飽き飽きしているのだが、カロリナが言うには「基礎が最も大事なのよ」だそうだ。

 とはいえ、さすがに毎日毎日同じ練習の繰り返しだと焦燥感に駆られてくる。カロリナの面目を潰してしまうのは割とどうでもいいが、住む場所を追い出されかねない懸念がある。カロリナには相当の権力があるのは間違いないが、いつまでも何もできない男をヒモのそれのように養っていては他から何を言われるかわかったもんじゃない。

 だから、一応それなりに真面目に努力をしているつもりなんだが、異世界から来た人間のせいか、全くもって成果が出ない。こうして現象の発現まではできているから、魔法を使うこと自体はできるはずなんだけど。

 年齢不詳のヒゲモジャ講師──オーケ先生が指揮者のように両腕を高く掲げた。休憩の合図だ。演奏動作と魔法イメージを身体に叩き込むためにこの基礎練は腕が痛くなるくらい連続で繰り返し行われる。だから、指先を動かしているだけで汗だくになり、休憩時間はまるでふかふかのベッドに頭を預けるような解放感が味わえる。いつもはここで10分くらいの休憩なんだが、オーケ先生はおもむろに重い体を揺らしながら僕の方へ歩み寄ってきた。

「ハルト」

 椅子の真横に立つと、小声で名前が呼ばれた。

「はい、なんでしょうか?」

「実は──いや、最近マリー様の調子はどうだい?」

 マリーの専攻はピアノだった。オーケ先生もマリーを教える講師の1人だ。あのカロリナも教え子の一人だったらしく、いろんなタイプがいる教師陣の中でもオーケ先生のことは一番信頼しているらしい。

「僕に慣れてきたのか前より笑顔をたくさん見せてくれるようになったと思いますが、喋る気配は全くありません」

「そうか……」

 残念そうに呟くと、太い腕を組むオーケ先生。

「君が来てからマリー様はとても安心した顔をするようになったんだ。それまではずっと塞ぎ込んだような表情をしていて、周りに誰も寄せ付けず、ずっとお一人でいられた。私達も何とかしたかったんだが、他の生徒の手前特別扱いすることもできなくてだな」

 なるほど、と頷いてみせる。完全実力主義な学校だから、魔法が使えなくなったマリーを贔屓《ひいき》にすることはできない。教師陣にとっても接し方に困ったことだろう。

「ですがマリーは苦しんでいます。間接的に馬鹿にされたり、悪意のある攻撃にさらされたり。さっきもその話を」

 オーケ先生は神妙な顔をして顎髭をなでた。

「君も知っているとおり、カロリナ様はだからこそ何の偏見もない君をマリー様の側に置いたのだよ。学園の者、いやこの国に住む者なら誰でもカールステッド家という名を特別なものとして見る。良くも悪くもだ。だが他の世界からきた君は違うだろ? マリー様やカロリナ様の側にいても顔色一つ変えずに過ごしている。だから、君には期待しているんだ」

「……それは早く魔法を上達してほしいという励ましですか?」

「いや、その。まあ、それもあるが。焦る必要はない。一度魔法が発動するコツさえ掴めばどんどんイメージは膨らんでいくものだ」

 オーケ先生は、話をごまかすように時計を見た。

「時間だ。レッスンの続きをしよう。まあ、何度も言うが焦るな。何事も焦りだけは禁物だ」

 力強く肩を叩くと、オーケ先生は教壇へと戻り両手を上げた。その手が振り下ろされる──。


 ステンドグラスから漏れ出た西日が廊下を赤く染め上げていた。元々騎士の訓練場だったというこの校舎はカールステッド家の趣味なのか、至る所に豪華絢爛《ごうかけんらん》な装飾が施されていて、まるでヨーロッパの城に観光に来ているようだと何度も思った。けれど、そんな光景にも慣れて今や日常の一部と化しているというから、改めて人間の適応力の高さに驚く。

 やはりというかなんというか全然ものにならなかった今日の講義を全て終え、宮殿へと帰ろうと足早に歩いているところだった。今、最も会いたくない人物が行く手を塞ぐように佇んでいた。

 夕陽に照らされ赤みを増したショートボブヘアとでも言うべき赤髪に涼し気な切れ長の目、顔は綺麗に整っているがどこかキツい印象を与える。ルイス・バルバロッサだ。

「ごきげんよう」

 白のローブの裾を軽くつまみ恭しくお辞儀をして見せるが、その顔には意地悪そうな笑みが浮かんでいた。

「何か用?」
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