聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

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選抜試験編

第9話 緊急集会と選抜試験

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 5分ほど歩いて教会の扉を開けると、なぜかカロリナがいた。いつもの簡素な服装ではなく、全身真っ赤な細身のドレスに腕や腰、肩回りに金色の装飾が施された王女様スタイルだった。

 腕からは地面に着くんじゃないかと心配するほどの長い飾り布までついている。長い髪も後ろでまとめてアップにしていて、いつも以上に入念に時間をかけた化粧と頬の紅が、ただでさえ綺麗な顔立ちをさらに輝かせている。

 カロリナの近くには執事長はじめ、使用人や講師陣がなにやら忙しそうに動き回っていた。

「あら、早いのね」

 こちらに気がついたカロリナが早足で近寄ってくる。

「早いとは、なにがでしょう?」

「あれ、言ってなかったかしら……?」

 隠れるように僕の後ろにいるマリーを一瞥してからカロリナは苦笑いをした。

「今日の集会、教会でやるのよ。慌てて、緊急集会があることだけ伝えて場所まで伝えてなかったわね」

「いえ、構いません。ただ、式が始まるまでここにいてもよろしいでしょうか?」

 マリーを横目で見る。カロリナはすぐに察してくれて小さくうなずいた。

「別に構わないわ。後ろの方に座って待ってたらいいわ」

 目礼をしたのちに移動しようとする僕とマリーを「待って」とカロリナは止めた。

「マリーのこと、本当にお願いね、ハルト」

「カロリナ樣──」

 珍しく名前を呼ぶその真剣な眼差しに深くうなずいて応えてみせた。

 椅子に腰掛けると、マリーはすぐにノートを取り出して素早くペンを走らせた。書かれていた言葉は〈ごめんね〉と〈ありがとう〉。

 僕は言うべき言葉が見つからず、「うん」とだけ呟くと、何やら偉人が描かれたステンドグラスの窓から漏れる光をじっと眺めていた。

 数十分後、ゾロゾロと生徒たちが集まり始めた。皆が僕たちの周りを避けるように座るなか、見慣れた顔が軽快に声を掛けてくる。

「なんだか最近せわしないな。昨日、カロリーナ様の実演があったばかりなのに」

 その軽い口調が自然と緊張を解いてくれる。

「お前はいつもと変わらないように見えるけどな、エド」

「そりゃ。余裕のある男がモテるってもんだからな。これでも結構忙しいんだぜ」

 エドはドカッと僕の横に座った。この学校で遠慮なく話してくるのはこいつくらいなもんだ。

「今日何やるか知ってるか?」 とマリーに挨拶するエドに聞く。

「お前が聞いてないのに、知ってるわけないだろ」

 エドはポリポリと少し立たせた短髪をかいた。

「まあ、でも。たぶん俺らの意識の引き締めだと思うけどね。最近、反王政グループの不穏な動きとか、他国からの干渉とか悪い噂も多いからな」

「そうなのか?」

 それは初耳だった。というよりも、こちらの生活に慣れるのに精一杯でそんな政治情勢や社会状況なんか考えの外にあったと言った方が正しいかもしれない。

「仮にもカールステッド家の執事やってんならそれくらい知っとかないとヤバイんじゃないか?」

 呆れたような目で見られて小突きたくなる。が、正論だから何も言えなかった。執事長もカロリナもこれまで何も言わなかったが、最近カロリナが会議ばかり入っていると思ったらこのせいだったのか。

「なあ、エド。そのこともっと詳しく教えてくれないか」

「イヤだよめんどくせぇ。なんで俺が男にいちいち教えなきゃいけないんだ? 王宮にいるなら自分で調べるとかカロリーナ様やあの執事長に聞くとかできんだろ」

 エドに聞きたいのはそれだけじゃない。この国の成り立ちとか歴史とか、カールステッド家の変遷とか、マリーの過去を探る情報も知りたかった。

 たぶん、それは当事者じゃない人物から聞いた方がいい。カロリナも執事長も話してはくれないだろう。自分で調べていたら怪しく思われる。

 マリーの方をチラリと見る。真正面を見ているが、まだフードを被ったままだった。

「あのさ、エド」

 マリーに聞こえないようエドの耳元に口を近づける。

「なんだよ。気持ちわりぃ」

「マリーに関わることかもしれないんだ」

 途端にエドは目の色を変えた。ニヤつきを隠そうとしているんだろうが、隠し切れていない情けない表情。

「それなら仕方ねぇな。ただし条件が一つある」

「なんだよ」

「カロリーナ様に俺を紹介しろ」

 エドは一層声をひそめてそう言った。……こいつの頭の中は女性のことばかりなのか?

「ダメだ」

「なんでだよ」
 
「危険過ぎる。専属執事として、カロリーナ様の安全は守らなければならない」

「いやいや、おい──」

 エドは僕の肩に手を回すと、今度は自分から耳打ちしてきた。

「──何もしねえって。ってかカロリーナ様に嫌われるようなことを俺がすると思うか? 下手したら学園から追放されちまうだろ」

「それは確かにそうだけど……」

「大丈夫だ。無二の親友のお前に迷惑はかけないって。ただカロリーナ様に顔と名前を覚えてもらいたいだけだ。俺という男の存在をな」

 親指を立てると、エドはニカッと笑った。胡散臭い笑顔にしか見えないが。

「……まあ、カロリナに時間があればな」

「かっ! 羨ましいやつだよなお前は。毎日あのカロリーナ様に会ってんだろ? しかも『カロリナ!』『ハルト!』なんて愛称で呼び合って!」

「いや、ハルトは愛称じゃないし、そうそう名前で呼ばれることもない」

「そんなことはどうだっていいんだよ! いいか、約束したからな!  絶対紹介しろよ! ──って、あっ、おい、カロリーナ様が檀上に立ったぞ!」

 そう言われて前方に視線を移すと、カロリナが見るからに王女といった佇まいでおずおずと前に出た。

 それを合図に会場全員が立ち上がる。マリーがゆっくりとフードを外すのが視界の端に見えた。

「みなさん。今日は王宮から大事なお話があるため、緊急に集まっていただきました」

 凛とした高い声が教会を包み込んだ。さすが、王女だ。

「それではさっそく、シグルド・ジグスムント・ヴァーサ・ユセフィナ・カールステッド様よりお話があります」

 カロリナが後ろに下がると、左脇の使用人や講師陣の集団から白銀の鎧兜に長剣を帯刀した近衛兵二人を引き連れたシグルド様が足音を鳴らしながら檀上に上がった。隣のマリーの体が微かに震えている。

「諸君、おはよう」

 低い厳格な声が響き、獲物を狙う猛禽類のような鋭い眼光が教会に集まった生徒全員を見回す。それだけで緊張感が走った。実際に話しているのを見るのは初めてだが、迫力がすごい。

「諸君らの貴重な時間を奪うわけにもいかないので、手短に話を済ませたい」

 シグルド様の視線が僕の方に留まった……ような気がした。見定めるような目付きに体が硬直する。それはきっと一秒にも満たない時間だっただろう。それでも視線が離れると、額から汗が吹き出ていた。もしかしたら息も止まっていたかもしれない。

 そこで何かが僕のローブの袖をつかんでいたことに気がついた。チラリと目をやるとマリーの震える指がそこにあった。床を一点に見つめるその顔は蒼白と言ってよいほどで、明らかに気分が悪そうだった。

「今回、我が軍、いや我々の軍隊の実力向上のための軍事演習を行うこととなった。皆も知っての通り、ここ最近反王政グループ、いわゆるテロリストによるものと思われる無断武力魔法使用事件や魔具の強奪事件などが多発している。もちろん取り締まりも強化しているが、治安維持・強化のために軍事演習を実施することとした」

 マリーの状態が心配で話が頭に入ってこない。小声で容態を聞いてみても、首を縦に振るばかり。

「そこで演習にあたり、軍の戦力強化のために皆の中から何人か精鋭を選んで演習に混ざってもらうことを決めた」

「精鋭」

 エドがぽつりと呟いた。口の端にうっすらと笑みを浮かべ目を輝かせながらシグルド王子の話に聞き入っている。

「選抜の方法だが、広く実力のあるものを受け入れてきたスコラノラ魔術学院の性格に合うよう、最も公平な方法で選ぼうと思う。それは一対一の個人戦で互いの魔法と武術を競い合う試験だ」

 その言葉に会場はざわついた。喜びの表情を見せるものや困ったような顔のものもいるが、全生徒にインパクトを与えたようだ。もちろん、僕も。

「詳細はリーマン校長から話してもらう。では、皆の健闘を祈る」

 満場の拍手に見送られ、シグルド王子は檀上から降りて教会の外へ出た。多くの生徒がその一挙一動を見逃すまいと熱い視線を送り続けた。

 一斉に喧騒が広がる中、校長が檀上に立つ。選抜試験の詳細を話そうとするも、生徒たちの声にかき消されて全く聞こえなかった。見かねたカロリナや講師陣が大声で制止し、ようやく静まる。

 校長はわざとらしく咳払いをすると、胸の辺りまである長い顎髭を触りながら、ぼそぼそと話し始めた。

「試験は、シグルド様がおっしゃったように一対一の戦闘形式で行います。実戦訓練場に楕円形のフィールドをつくり、その中でみなさんはそれぞれの魔法や武術を使って戦うことになります。勝利条件は次の3つのいずれか。1つ目は相手を戦闘不能──つまり気絶や麻痺などで動けなくすること。2つ目は相手を場外へ落とすこと。3つ目は相手が降参することです。みなさん、決闘ではないのでそこは間違えないでください。私たち講師陣が回復役に徹するので怪我は気にせずおおいに戦ってください。以上です」

 校長の話が終わるや否やまた教会中が騒然となる。あちこちで会話が飛び交う中で、カロリナは式の終わりを告げ、生徒たちが外へ飛び出していった。

 僕はと言えば途方にくれて立ち尽くしていた。魔法も満足に使えないのにどう戦えばいいんだ。

 そして、きっと同じことを思っているのだろう。マリーは相変わらず僕の服をつかんだまま誰もいない檀上を見上げていた。
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