聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

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フェルマータ~美味しいコーヒーの淹れ方~

心を込めて

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 会議は予想以上に長引いてしまった。やっぱり、自分の利しか考えない人達の相手をするのは、精神力を消耗する。

 執事長から預かった鍵でこっそり誰もいない厨房の扉を開ける。みんなが寝静まった夜の暗がりの中では、重い扉の音が大きく聞こえた。

 いや、何をこそこそしているのよ。私は、王女なんだから堂々としていればいいのよ。

 でも、もしハルトが目覚めて「こんな時間に何してるんだ?」とか言われたら、ちょっとあれよね。

 扉を閉めると、途端に静けさが増した。心臓の鼓動が聞こえそうなくらい。

 誰もいないがらんとした厨房は、とても暗く、そしてとても広く感じられて、自分の行動を客観的に見せてくれる。

 明日も早朝から慌ただしいというのに、深夜に厨房に忍び込んでコーヒーを作ろうとする王女なんてどこにいるのか。それもこれも全てあのハルトのせいだ。

 ハルトの顔を思い浮かべれば、なんだか、だんだんイライラしてきた。早く美味しいコーヒーを作って終わらせよう。

 面倒くさいから簡易的な火の魔法でコンロに火をつけてお湯を沸かす。その間にカップとドリッパーを用意。

 「カロリーナ様は、そのコーヒーを通じてハルトに何を与えようとしているのでしょうか」──執事長の言葉が頭をよぎる。

 私は……そう、ただ、ハルトにお礼をしたいだけ。慣れないここでの生活に、学院での講義に、魔法の修練に、嫌な顔をしたり、文句を言いつつも、いつも側にいてくれる、あの無愛想な横顔を少しでも弛ませられたらと思うだけ。

 沸騰した湯にフィルターを入れて、2、3回回す。フィルターを清潔な布にくるみ、水気を取る。

 「本当にそれだけですか?」 ──それだけよ。

 フィルターをドリッパーに装着する。

 いえ、それだけではないわね。なぜなら、こんなに苦戦したプレゼントを誰かにあげたことなんてきっと初めてだから。

 スプーンでコーヒーをきっちり計りながらフィルターに均等になるように入れていく。

 だから、きっと、これは──。

 ポットを手に取ると、腕が微かに震えているのに気がついた。その腕に手を添えて、目を瞑れば──。

 無愛想な彼の頬が少し緩み、柔らかい笑顔が浮かんだ。

 そのときの胸の鼓動をそのままに、感じた気持ちをそのままに、熱いお湯を注いでいく。

 ゆっくりと丁寧に。

「できた」

 まだ熱いコーヒーにそっと口をつける。苦い。どうしようもなく。だけど、そのあとに上質なコーヒーの香りとしっかりとした味が広がり、舌に残った。

「ちょっと火傷しちゃったかしら」


 ハルトはいつもの調子で何気なくコーヒーを口に運んだ。その表情が微妙に変わる。

「おいしいわよね?」

 平静を装ってそれとなく聞いてみる。

「え? ああ……少し味が変わったような」

 よかった。その言葉だけで心が満たされていくのを感じる。

「少し豆の量増やしたの。前にもう少し濃い味が好きだって言ってたから」

「一介の執事への心配り、痛み入ります」

「まぁた、皮肉な物言いね。人の好意は素直に受け取りなさい」

「善処します」

 そう言って少し緩めた頬を見届けると、本題に入った。本当は、もっとこうして平和な時間を過ごしたいのだけれど。

 王女として、やらなきゃいけないことは山ほどあるのだ。だから、せめてコーヒーを飲むときくらい、ずっと一緒に。

「あっ、そう言えば、マリーからノートを預かってたんだった」
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