聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

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ギルド訪問編

第25話 収穫祭

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 ──僕は暗闇のなかを泳いでいた。そう、まるでどこまでも続く海のような暗闇は、上も下も左右もわからず、ただ自分の気持ちの赴くままに進んでいるのか戻っているのかとにかくもがくように動いていた──


 朝陽の眩しさに自然と目が開く。夢の余韻を感じながら、突っ伏していた顔を上げると身体のあちこちにピリッと痛みが走った。全身がかちこちに凝り固まっている。

 肩や背中を伸ばしながら、現状を確認する。昨日は試合が終わったあとまっすぐ宮殿に戻ってきて──ああそうだ。マリーの部屋でカロリナとともに目覚めを待っていたら、睡魔に襲われてそのまま椅子で寝てしまったんだ。

 急激に目が覚めていく。机に手を置いて慌てて立ち上がる。腰のあたりから小気味いい音が鳴った。

「マリー!」

「大丈夫よ、まだ寝てるから」

 ベッドの置かれた奥の部屋を見ると、ふかふかそうな白いベッドの横の豪奢な椅子にカロリナが座って『コーヒーの美味しい入れ方』と書かれた本を読んでいた。

「こら、人の本は見ないでって言ったでしょう」

「ごめん」

 でもそんなことより、マリーの容態が気にかかる。側へ近づくと、朝陽に照らし出された幸せそうな寝顔がそこにあった。シーツに広がった黄金色の髪が映える。

「全く目覚めてないのか?」

「ええ。一度も。どうやら深い眠りについているみたいね」

「本当に大丈夫なのか? 昨日の朝から何も食べていないんだろう? 暴走すると、みんなこうなるのか?」

 カロリナは本の間に紐を挟むと、パタンと閉じた。

「自分のときよりも心配するのね。そんなにマリーが、可愛い?」

 探るような上目遣いで僕を見る仕草にドキリとする。悪戯な笑顔が浮かんだ。

「冗談よ」

 そう言って立ち上がると、カロリナは大きく伸びをしてほっそりとした首を回した。

「マリーは人よりも魔力の許容量があるのよ。それを超えて暴走が起こったのだから、あなたのときより時間がかかるの」

「どのくらいかかるんだ?」

「そうね。あと1日、2日ってところね」

 首を傾げながらどこか他人事のように答える。こういうことは、よくあることなんだろうか。

「それより、私が気になるのは昨日教会で何があったのかってことよ。昨日もハルトがすぐに眠ってしまったから結局聞けなかったんだから」

「それは俺も話したかった」

「それなら、ここで朝食を取りながら話しましょう」

 まずは、コーヒーを口に含む。ちょうどいい酸味と渋みが口全体に広がり、疲れた心と身体を弛緩させる。

「うまいな」

「でしょう? シェフに頼んでハルトの口にあう焙煎に変えてもらったんだから」

 なぜかドヤ顔を浮かべるカロリナ。

「執事として言いますが、自分が淹れたわけでもないのに自慢げな顔をするのは、あまり魅力的には見えないかと」

 フォークとナイフで丁寧にベーコンエッグを切り分けていた手が止まった。

「うるさいわね。私が言ったから、そのおいしいコーヒーが飲めているのよ。ありがたく味わって飲みなさい」

 このしゃべり方、やっぱり似ているよな。しゃべり方だけでなく、立ち居振る舞いも、強気なところも、負けず嫌いなところも、昨日戦ったルイスにそっくりだ。

 カロリナの手はまだ止まったままだった。

「な、なによ。ジロジロと人の顔を見て」

「いや、なんでもない」

 そう言って視線を食卓に移す。ライ麦パンの上に干し肉やレタスや豆を載せたいわゆるオープンサンドイッチやベーコンエッグ、リンゴ、コーンシチューなど、色彩豊かな食事が並べられている。

「……朝食にしては、豪華だな」

「それはそうよ。今日から休日なんだから」

 カロリナは切り分けた焦げ目のついたベーコン一切れを食べると、サンドイッチにイチゴに似たジャムをつけた。

「は? 休日?」

 僕はどうもそのジャムが苦手なので、そのままサンドイッチを口に運んだ。干し肉の塩加減が絶妙なので、このままでも十二分に美味しいと思うんだが。

「あら、聞いてなかった? ちょうど演習が終わる頃に収穫祭が始まるから、その準備で講義は全部休みよ」

「そうか、いや、全然聞いてなかった」

「恒例行事だから伝え忘れていたのかもしれないわね。祭りは楽しいわよ。この日だけは庭園と宮殿も開放されて身分関係なく大勢の国民が共に楽しいひとときを過ごすの。その様子を眺めているだけでこの国の一体感というかみんなの幸せを噛みしめることができるのよ。それにね、小さい女の子とかが私に話し掛けてくれるんだけど、それがとっても可愛いのよ。ほら、今宮殿には小さい子いないじゃない」

 カロリナは、急に目を輝かせながら祭りの様子を事細かに話始めた。こうなってしまっては話は止まらない。

 僕は、ターンオーバーのベーコンエッグを食べながらしぶしぶうなずいた。
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