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スルノア王宮防衛戦
第41話 火炎旋風
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「この魔法で負けたのよね。私」
そう、ルイスとの戦いではこのマグマの現象が決定打となった。
マグマの渦は敵を呑み込もうと襲い掛かった。まだ姿がはっきりと見えない先頭集団に紅蓮の塊が降りかかる──その瞬間に、しかし敵の集団は進路を変えて左右に分散した。
「ウソ!」
移動が間に合わなかった先頭の数体はマグマに呑み込まれたが、それ以外は被害を免れ突き進んでくる。まるで、こちらの攻撃を読んでいたかのように。
「ルイス! 風を起こしてくれ! できるだけ広範囲に!!」
「え、ええ!」
戸惑ったような声を出しながらも、ルイスは即座に演奏を開始した。淀みなく次から次へとメロディアスに流れゆく旋律は、やはりカロリナの真似をした火の旋律よりも生き生きと、出現した風とともに敵陣へと飛んでいった。
敵の周囲にだけ強風が吹き荒れ、大きく隊列が乱れる。進行のスピードが弛むがそれでも前進は止まない。
ギルドでゾーヤは僕のことが噂になっていると言っていた。ヴェルヴ使いで稀人だと。そのことはもちろん敵の耳にも届いていることだろう。だから、前衛でヴェルヴを持っていれば僕が稀人だと認識し、どんな攻撃を繰り出すか思考を巡らせるはずだ。
ルイスが創り上げた風の強風域を先頭集団が抜け出し、ついに敵の姿が肉眼でも詳細に捉えられるようになった。獅子のように4本足で草原を駆けるそれは。
「魔物だ!」
兵士達が一斉に驚きの声を上げた。同時に炎の壁の周りに集まり長剣や槍を手に迎撃体勢を取る。
「予想的中ね。まさか本当に魔物が出てくるなんて」
「後ろに下がるなら今のうちだぞ?」
「冗談!」
ルイスの弓が上下に激しく動き、力強いフォルテの音が奏でられる。ヴァイオリンの前に薄黄色の空気の渦が何重にも集まり、ルイスの髪を逆立てていく。何かわからないが、大技が出るに違いない。
ルイスの魔法が発動する間に、僕は水のリベラメンテを取り外し、別のリベラメンテを装着した。イエローダイヤのような黄色のグラデーションが象徴するそのエレメントは風。
「行くわ!」
との言葉とともに弓を振り上げると、凝縮された空気の塊が勢いよく放出された。大きく渦を描きながら直進するそれはカロリナの焔をもつらぬき、敵陣へと弾丸のように高速で突き進んでいく。
おそらく命中したのだろう。数瞬後には破裂音とともに土煙が巻き起こった。だが、喜んでいる暇はない。攻撃を免れた獅子達の動きがさらに加速していく。
「えぇ!? ちょっと、速すぎ!」
獲物へ一斉に飛び掛かろうと全速力で距離を詰めてくる獅子の群れには、ルイスの風弾もカロリナの炎の壁も見えていないようだった。だが、それは逆に好都合だ。人間であれば躊躇しそうな防壁にお構いなしに飛び込んでくることはないのだから。
「魔物なら思い切り攻撃できる」
再びヴェルヴに力を込めると、刀身が赤色と黄色のグラデーションに輝く。頭の中ではさっきからカロリナとルイスの曲が鳴り続けていた。ピアノとヴァイオリンの二重奏、火と風の華麗なダンス、思わずステップを刻みたくなる軽妙なヴァイオリン・ソナタだ。
目の前に迫る獅子は口を大きく開いた。喉奥にチラチラと燃ゆる炎が見える。
ギルドの噂を聞いている敵方は、僕がマグマの攻撃を繰り出すことは予想していた。だったら、予想だにしない一撃を見舞えばいい。
獅子の口腔から熱線が吐き出されたタイミングで、最高潮に達した演奏とともに僕はヴェルヴを薙ぎ払った。火炎をその表面に纏った巨大な渦が、熱線ごと獅子の群れを丸呑みにしていく。
苦痛の、苦悶の声が辺り一面に響き渡った。それすらも呑み込んで、赤色の渦は嘗《な》めるように前進を続けていく。対象を全滅させると、渦は静かに一面焼け野原となった風景に解けていった。数十体の魔物の残骸を残して。
「やったのか?」「ウソだろ、一瞬で……」
兵士達の間にどよめきが起こる。それは前衛から後衛へと広がり、ざわめきへと変わっていく。
「浮き足立つな! まだ先鋒を殲滅しただけ! まだ敵軍は迫ってきている!!」
フェルセン中将の怒号が飛び再び緊張が走った。中将が言うように、速度は緩んだものの次の部隊の激しい足音が近づいてきていた。
遠巻きに牽制しつつ姿を現したのは灰色の毛皮を持つ大型の狼のような魔物。数十頭が群れをなして火壁の周りをこちらの様子を窺いながらウロウロと行ったり来たりしている。鋭い歯の隙間からのぞく舌から涎が垂れる。すぐに飛び掛かってこないあたり、獅子よりも知能が高そうだ。
今一度、火炎旋風で攻撃するか? それとも──。
「ハルト! 急いで今の魔法を使って! こいつらは一斉に攻撃してくるわ」
ルイスが言い切る前に群れの中でも飛び抜けて図体のでかい一頭が遠吠えをした。すると、全員が合唱でもするように吠え始めた。群れの真ん中に水球が現れみるみるうちに回転しながら膨張していく。
そう、ルイスとの戦いではこのマグマの現象が決定打となった。
マグマの渦は敵を呑み込もうと襲い掛かった。まだ姿がはっきりと見えない先頭集団に紅蓮の塊が降りかかる──その瞬間に、しかし敵の集団は進路を変えて左右に分散した。
「ウソ!」
移動が間に合わなかった先頭の数体はマグマに呑み込まれたが、それ以外は被害を免れ突き進んでくる。まるで、こちらの攻撃を読んでいたかのように。
「ルイス! 風を起こしてくれ! できるだけ広範囲に!!」
「え、ええ!」
戸惑ったような声を出しながらも、ルイスは即座に演奏を開始した。淀みなく次から次へとメロディアスに流れゆく旋律は、やはりカロリナの真似をした火の旋律よりも生き生きと、出現した風とともに敵陣へと飛んでいった。
敵の周囲にだけ強風が吹き荒れ、大きく隊列が乱れる。進行のスピードが弛むがそれでも前進は止まない。
ギルドでゾーヤは僕のことが噂になっていると言っていた。ヴェルヴ使いで稀人だと。そのことはもちろん敵の耳にも届いていることだろう。だから、前衛でヴェルヴを持っていれば僕が稀人だと認識し、どんな攻撃を繰り出すか思考を巡らせるはずだ。
ルイスが創り上げた風の強風域を先頭集団が抜け出し、ついに敵の姿が肉眼でも詳細に捉えられるようになった。獅子のように4本足で草原を駆けるそれは。
「魔物だ!」
兵士達が一斉に驚きの声を上げた。同時に炎の壁の周りに集まり長剣や槍を手に迎撃体勢を取る。
「予想的中ね。まさか本当に魔物が出てくるなんて」
「後ろに下がるなら今のうちだぞ?」
「冗談!」
ルイスの弓が上下に激しく動き、力強いフォルテの音が奏でられる。ヴァイオリンの前に薄黄色の空気の渦が何重にも集まり、ルイスの髪を逆立てていく。何かわからないが、大技が出るに違いない。
ルイスの魔法が発動する間に、僕は水のリベラメンテを取り外し、別のリベラメンテを装着した。イエローダイヤのような黄色のグラデーションが象徴するそのエレメントは風。
「行くわ!」
との言葉とともに弓を振り上げると、凝縮された空気の塊が勢いよく放出された。大きく渦を描きながら直進するそれはカロリナの焔をもつらぬき、敵陣へと弾丸のように高速で突き進んでいく。
おそらく命中したのだろう。数瞬後には破裂音とともに土煙が巻き起こった。だが、喜んでいる暇はない。攻撃を免れた獅子達の動きがさらに加速していく。
「えぇ!? ちょっと、速すぎ!」
獲物へ一斉に飛び掛かろうと全速力で距離を詰めてくる獅子の群れには、ルイスの風弾もカロリナの炎の壁も見えていないようだった。だが、それは逆に好都合だ。人間であれば躊躇しそうな防壁にお構いなしに飛び込んでくることはないのだから。
「魔物なら思い切り攻撃できる」
再びヴェルヴに力を込めると、刀身が赤色と黄色のグラデーションに輝く。頭の中ではさっきからカロリナとルイスの曲が鳴り続けていた。ピアノとヴァイオリンの二重奏、火と風の華麗なダンス、思わずステップを刻みたくなる軽妙なヴァイオリン・ソナタだ。
目の前に迫る獅子は口を大きく開いた。喉奥にチラチラと燃ゆる炎が見える。
ギルドの噂を聞いている敵方は、僕がマグマの攻撃を繰り出すことは予想していた。だったら、予想だにしない一撃を見舞えばいい。
獅子の口腔から熱線が吐き出されたタイミングで、最高潮に達した演奏とともに僕はヴェルヴを薙ぎ払った。火炎をその表面に纏った巨大な渦が、熱線ごと獅子の群れを丸呑みにしていく。
苦痛の、苦悶の声が辺り一面に響き渡った。それすらも呑み込んで、赤色の渦は嘗《な》めるように前進を続けていく。対象を全滅させると、渦は静かに一面焼け野原となった風景に解けていった。数十体の魔物の残骸を残して。
「やったのか?」「ウソだろ、一瞬で……」
兵士達の間にどよめきが起こる。それは前衛から後衛へと広がり、ざわめきへと変わっていく。
「浮き足立つな! まだ先鋒を殲滅しただけ! まだ敵軍は迫ってきている!!」
フェルセン中将の怒号が飛び再び緊張が走った。中将が言うように、速度は緩んだものの次の部隊の激しい足音が近づいてきていた。
遠巻きに牽制しつつ姿を現したのは灰色の毛皮を持つ大型の狼のような魔物。数十頭が群れをなして火壁の周りをこちらの様子を窺いながらウロウロと行ったり来たりしている。鋭い歯の隙間からのぞく舌から涎が垂れる。すぐに飛び掛かってこないあたり、獅子よりも知能が高そうだ。
今一度、火炎旋風で攻撃するか? それとも──。
「ハルト! 急いで今の魔法を使って! こいつらは一斉に攻撃してくるわ」
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