聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

文字の大きさ
44 / 116
スルノア王宮防衛戦

第42話 暴力

しおりを挟む
「ハルト、早く!!」

 急かすルイスは、ヴァイオリンを顎《あご》と肩の間に挟めて次の攻撃の準備を始めた。僕も頭の中で演奏をスタートさせる。2人の競演が再び弾けた。

 ヴェルヴがその輝きを増す間、狼達の水球も加速度的に拡大していく。すでにその体積は人一人分の大きさを遥かに超えて、車一台いやそれ以上に到達しようとしている。あの攻撃をまともに受けたら傷を負うだけでは済まないだろう。

「ハルトまだ!?」

「まだ時間がかかる」

「遅いわよ!」

 ルイスは僕の前に飛び出ると流れるように、弦に当てた弓を滑らせた。レガートで紡がれた音の粒はルイスの正面に半円状の風の膜を創り上げていく。

 一際大きい遠吠えが耳に届いたときには、列車並の大きさになった水球が赤壁を吹き飛ばし、ルイスの風のシールドに激突していた。ジャリリリリとシールドを削る音が耳奥に響く。

「持たないわ! ハルト急いで!!」

 懸命に弓を動かし、音を重ねるルイスの体は徐々に後退していった。焦るな、落ち着け、どんなときでも音を途切れさせるな。

 カロリナの赤壁の炎が揺らぐ。微かに聞こえる遠いピアノの旋律に揺らめきが生まれた気がした。

「ルイス! きっかり4分の2拍子で離れろ!」

「わかったわ! 間違えないでよ!!」

「当たり前だ!」

 演奏が終了した。ルイスの背中が離れ、激しく波打つ水の塊が視界を覆う。僕は、声をあげるとともにその塊を真っ二つにする勢いで思い切り長剣を振り上げた。水飛沫が身体中に降りかかる。

 火炎旋風は目の前に迫った水球を飛散させて狼達の元へと突き進んでいったが、すでにそこにやつらの姿はなかった。

「なっ、どこだ!?」

「上よ」

 視界を上に移すと、赤い渦を避けるように狼全員が空高く跳び上がっていた。

「あとは任せて!」

 ルイスは素早く弦をかき鳴らすと、複数の小型の風の渦を発現させた。それはカロリナの炎の壁を経由して地面へと降り立つ狼の群れに突撃していく。

 適度な風は火の勢いを増す。それは目の前の現象にも当てはまるわけで。焔を身に纏った渦は敵の身体を刻み、燃やした。獅子とは違う耳障りな甲高い声が次々と発せられ、魔法が消えたときには動いているものはいなかった。

「よし、やったわ!!」

「やるねぇ。これは思ったよりも手こずるかな?」

「!!」

 頭の上から軽薄な声が降ってきたと気づいたのは、何かが地面に落とされた後だった。

 眩い光に包まれ、身体中を熱風が通り過ぎていく。

「あらら、残念。意外と反応速度が速いんだねぇ」

 目を開くと何か黒い物体が倒れてきた。反射的にそれを両手で受け止めるが、あまりの動揺にその手を離してしまった。

 ゆっくりと地面に向かって崩れ落ちるそれは、人形《ひとがた》をしていた。いや、生身の人間だ。全身が黒焦げになった元・人間。炭消しのようにボロボロになった鉄の鎧から、兵士だということは推測できる。身を呈《てい》して僕を庇《かば》ってくれたのだ。

「こんがりと綺麗に焼けたねぇ」

 その声の主は遥か上空を飛ぶ大きな鳥からジャンプすると、なぜかカロリナの壁をすり抜け、ふわりと僕の目の前に降り立った。

 肩までかかった雪のような真白な髪をゆっくりと横に払うと、その少年はにこりと微笑んだ。戦場には不釣り合いの穏やかな笑顔だ。

「初めまして。稀人くん。僕はグラティス、僕の特徴を一つ紹介するなら──」

「インシ・リフティ!」

 鎌鼬のごとき風の刃が少年の身体を貫いた。ルイスの言っていた中級魔法か!? ──ほとんど零に近い近距離からの攻撃。無傷ではいられない、はずだった。通常ならば。

「ウ、ソでしょ?」

 血が吹き出すでもなく羽織ったマントが破れるわけでもなく、少年は変わらぬ笑顔でそこに立っていた。

「おかしいな。名乗ってる間は攻撃されないと思ったのに。まあ、いいや。僕の特徴の一つは魔法の無効化。君達は絶体絶命のピンチってわけだね。どうぞ、よろしくお願いします」

 何を言っているのかすぐにはわからなかった。目の前で兵士が焼かれた事実とその凄惨な現実。それを全く意に介さないどころかまるで物のように扱う少年の言葉。そして魔法が効かないという事象。

 だからだ。判断が鈍り、対処を怠ってしまった。

「うわぁぁ!!」

 雄叫びとともに僕の横を通り過ぎ、若い兵士が少年に向かって突撃していった。手にした槍でその身体を突くが、容易くかわされ兜をつけたまま首が飛ばされた。真新しい血が吹き出し、顔に生温かいものが飛び散る。

「威勢がいいのはいいけどさぁ。よわっちいのは残念だね~」

「おのれ!」「一斉に攻撃だ!」

 前衛にいた兵士が徒党を組んで少年に向かって走り寄る。

「やっ、やめ──」

 制止する間もなかった。少年が風のように舞うたびに血飛沫が雨のように降り注ぎ、1分も経たないうちに十数人いた兵士が亡骸となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...