聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

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スルノア王宮防衛戦

第46話 4色の音と黒剣

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 大きなため息が出た。胸を張って生きるために戦えとはよく言ったもんだ。僕がここで諦めて逃げてしまえば、あるいは僕の命は助かるかもしれない。どこか王宮から離れたところで、そうだなそれこそギルドにでも入って細々と暮らせばいい。

 けれど、残念ながら、今の僕にはカロリナを見捨てることも、ルイスを見殺しにすることも、マリーを悲しませることも、みんなを裏切ることもできやしなかった。胸を張って生きるためには、王宮《ここ》での思い出が多過ぎる。

「生き残る方策を考え抜け」

 もう何度目かわからない不協和音が雷鳴のように鳴り響き、目の前に、存在しえない冷たい炎がスローモーションのようにゆっくりとしたテンポで迫ってきた。

 真正面から攻めてもダメ。後ろには回れない。ならば、一瞬でもいい、相手の動きを止めればいい。その隙を逃さず接近できれば戦闘を終わらせられる。

 じゃあ、その方法とは何か。今使える武器は、ヴェルヴに4つのリベラメンテ。

 冷気が襲ってくる。鼻先や指先に痛みが走った。──焦るな、焦れば対処を間違える。 音が途切れてしまう。カロリナの微かな音を僕の耳が捉えた。待てよ。そうか、使える武器は目の前にもう一つあるんだ。

 その魔法を起こす道筋を頭の中で思い描くと、僕は急いで残り少なくなった風のリベラメンテを緑色のリベラメンテと交換してヴェルヴに嵌め込み、ルイスの演奏に合わせて舞うように身体をひねらせた。

 強風が炎とディサナスを楕円状に囲むように発生した。それは青白い炎とぶつかり、急激に温度を下げて猛吹雪と化す。

 すぐさま、色を失った、ただの宝玉を外してまた土のリベラメンテを装着する。ティンパニのリズムに乗って下から上へと緑色に光る刃を思い切り振り上げると、 視界を覆う大量の岩石が現れ白一辺倒の吹雪に呑み込まれていく。

 続けざまに薄赤に輝くリベラメンテ。カロリナの激しい超絶技巧を思い浮かべながら、ヴェルヴを払うと、火炎の渦が巨大な凍土を燃やした。

「何してるの?」

 燃え盛る焔の中から聞こえた問いかけに、僕は最後の魔法で応えた。

 目を閉じるといつでも浮かんでくるその音は、滑らかでとても心地よくて。いつまでも、そういつまでも聴いていたくなるような「声」をしていた。この世界に来てからずっと傍で聴いてきたはずのその声を一粒残らず思い出しながら、深い青色に染まった短剣を突き刺す。

 眼前に現れた水球は、その旋律とともに量と回転する勢いを増し、最後の一音で弾けるように燃える凍土へと真っ直ぐに向かっていった。

 隅々まで行き渡る冷水が火を消し、氷の結晶を作り出す。

 僕は急いでカロリナに向かって声を張り上げた。

「カロリナ!」

 その続きを言うまでもなく言葉の代わりにピアノの音でカロリナは応えた。続けざまに渾身の旋律が弾かれ一点に凝縮された炎が固い氷の塊に人一人分の穴を開けた。ディサナスに通ずる道だ。

 その道を駆け上がるため、リベラメンテを使い果たし使用不能になったヴェルヴを見ると、消えたはずの刃先がまだその形をくっきりと保っていた。

「なんだこれは……」

 問題はその色と形だ。深い夜闇のような漆黒に、直剣ではなくまるで刀のように反りのついた形状。指で刃をなぞると確かな硬質感があり、本物の刀のようだった。

 ──ともかく考察は後に回して、柄を強く握ると氷の中へ飛び込んだ。そのままヴェルヴを後ろ手に走り抜けると、周囲を見回し、困惑した様子の少女の姿をとらえる。

「稀人!」

 ディサナスはこちらに気づいてフルートを口元へと運ぶが、もう遅かった。勢いに任せて黒剣を振り抜くと、光が反射して輝く横笛が真っ二つに斬れ、ディサナスの手から離れ飛んでいった。

 これで冷たい炎は表出できない。あとは──。

 ディサナスの乗る魔物が口を大きく開き、喉奥に風が集まるのが見える。

 僕はためらいなく翼の生えた魔物に斬りかかった。不思議と不安はなかった。この刀ならきっと。

 一閃。放出された風弾ごと魔物は切り裂かれ、その身が2体に分かれる。それきりそれは動くことがなかった。

 支えを失ったディサナスは冷たい氷の上へと叩きつけられた。座ったままゆっくりと顔を上げるその瞳には戸惑いの色が読み取れる。

「……なぜ、殺さない?」

ややあってディサナスは口を開いた。

「もう戦えないんだろ? だったらもういいじゃないか」

「まだ中級魔法が使える」

「だとしても、それが通じないことはわかっている。だからすぐに攻撃してこないんじゃないか?」

 ディサナスは僕の目を見つめたまますっと立ち上がった。氷に映える薄いブルーの髪が揺れる。

「だとしたら、なぜ殺さないのかますますわからない。私だったら即座に息の根を止めているのに」
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