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スルノア王宮防衛戦
第45話 不協和音の攻撃
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弱々しい声とともにカロリナは振り返った。ノイローゼかと思ってしまうほど唇や顔は青く、いつもの覇気が完全に失われていた。
「やっぱりこの音に耐えかねて演奏が中断したのか!」
「違う……不協和音は気持ち悪いけど、それ以上にあの子の魔法が……来るわ、気をつけて」
近くで聞くと地底から鳴り響く、そう、言ってみれば地獄のような音が現出したのは、青白い炎の塊だった。
「なんだ、あれは」
漂うようにゆらゆらと向かってくるそれは火の玉のようにも見えた。それはピタッと動きを止めると急に勢いよく僕の方に飛んできた。
緑色に発光するヴェルヴを下から上へ振り上げ、分厚い土の壁をつくる。よくわからないが、火ならば土で覆えば消滅するはず。
ところが、実際に起こったのは予想を覆す現象だった。火の玉が土の壁に当たった途端に壁の全面が凍りついたと思ったら、ピシッとヒビが入り粉々に飛散した。
弾丸のように猛スピードで飛び出した氷土の破片は、カロリナが起こした強風で吹き飛ばされる。
「……あの火の玉に触れたものはことごとく凍らされてしまったわ……私の炎ですら一瞬で氷付けにされて」
カロリナの呼吸は荒かった。よく見ると体が震えている。まさか。
「今の魔法を体に受けたのか!?」
力なく微笑んでカロリナはうなずく。
「体がどんどん冷たくなっていくの……参ったわよね……不協和音の連続で魔法のタイミングがつかめなくて」
ヴェルヴを地面に置くと、駆け寄ってカロリナの頬に触れてみる。すでに氷のように冷たくなっていた。
「温かいわね、ハルトの手……むしろ熱いくらい……。大丈夫……魔法で体は温めてるからすぐに凍りついてしまうことはないわ……私のことはいいから、まずはあの子を……」
後ろで風が巻き起こり、髪の毛を揺らした。ヴェルヴを手に振り返ると、茶色の鷲のような魔物に跨《また》がった少女が虚ろな目でこちらを見ていた。
「君がディサナス?」
「そう」
バサバサと上下する羽の音にも負けそうな、消え入りそうなか細い声で返答した少女は、ウェーブがかった透き通った暗めの青色の長い髪を左右に流し、陶磁のような白い肌が印象的な綺麗な顔立ちをしていた。どこか人工的な雰囲気が漂う。
「私の任務はカロリーナ・カールステッドを殺すこと。邪魔するならあなたも死んで」
そう告げると少女は金色に光るフルートを口に当てた。
不協和音が飛び交った。空中に青白い光が散らばり、一足早い雪のようにも見える。
僕はヴェルヴを拾うと、足場から飛び降りた。強い風圧にさらされる中で歯を食いしばりヴェルヴで空を切ると、地面が現れ無事に着地する。
が、それは休む暇なく襲いかかってきた。魔物とともに急下降したディサナスの白金の筒は、カロリナから僕へと完全に狙いを変えて唸り声に似たフォルテシモの音を奏でる。僕は再び足場から身を投げ出すと次の足場へと移った。
カロリナの言うとおり、これまでのカロリナとのレッスンや選抜試験での戦闘とは違い、魔法のタイミングがつかめない。 明確なメロディラインが把握できないどころか、そもそも曲として成り立っているのかもわからない演奏は、どんな現象が起こるのか予測できなかった。
なすすべもなくまた足場が氷付けにされる。
「逃げてもムダ」
相手の攻撃が読めない僕と違って、ディサナスはおそらく僕がヴェルヴでしか戦えないことを知っている。まだ楽器が使えないことも、持久戦、消耗戦に弱いことも。4種類全てのリベラメンテを持っているとはいえ、先の魔物を一掃した魔法で火と風は消費が激しく、もう輝きが半減していた。水はまだ残っているが、今現在命綱となっている土のエレメントもどんどん削られている。
一撃だ。一撃で敵を戦闘不能にするしかなかった。
特大の青い炎が襲ってくる。直感的に避けられないと感じ、目の前に土の壁を創り上げると、それが凍り破壊されるわずかの時間で別の足場へと逃れた。
その一撃は相手の予想もしないところからの攻撃でなければいけない。でも、何でも凍り付かせるこの少女に死角なんてあるのか?
真っ直ぐ突っ込めば全ての現象が氷へと変えられる。後ろに回ろうとしても魔物の動きが速すぎて不可能。
「……ダメか……」
「残念ながら無理。なぜなら、私は今まで誰にも負けたことがないから。全員殺してきたから」
ディサナスは無表情のまま淡々とした口調で呟いた。見下ろす視線からも何の感情も読み取れなかった。こいつといい、あの少年剣士といい、ヤバいやつばかりだな。
「降伏するなら命を助けてもいい。手だけは氷付けにするけど」
「なるほど、だが、カロリナは殺すんだろ? それにあの空を埋めつくす魔物が退いてくれるとは思わないんだけど」
「うん。交渉決裂なら皆殺し」
「だったらやるしかないだろう」
「やっぱりこの音に耐えかねて演奏が中断したのか!」
「違う……不協和音は気持ち悪いけど、それ以上にあの子の魔法が……来るわ、気をつけて」
近くで聞くと地底から鳴り響く、そう、言ってみれば地獄のような音が現出したのは、青白い炎の塊だった。
「なんだ、あれは」
漂うようにゆらゆらと向かってくるそれは火の玉のようにも見えた。それはピタッと動きを止めると急に勢いよく僕の方に飛んできた。
緑色に発光するヴェルヴを下から上へ振り上げ、分厚い土の壁をつくる。よくわからないが、火ならば土で覆えば消滅するはず。
ところが、実際に起こったのは予想を覆す現象だった。火の玉が土の壁に当たった途端に壁の全面が凍りついたと思ったら、ピシッとヒビが入り粉々に飛散した。
弾丸のように猛スピードで飛び出した氷土の破片は、カロリナが起こした強風で吹き飛ばされる。
「……あの火の玉に触れたものはことごとく凍らされてしまったわ……私の炎ですら一瞬で氷付けにされて」
カロリナの呼吸は荒かった。よく見ると体が震えている。まさか。
「今の魔法を体に受けたのか!?」
力なく微笑んでカロリナはうなずく。
「体がどんどん冷たくなっていくの……参ったわよね……不協和音の連続で魔法のタイミングがつかめなくて」
ヴェルヴを地面に置くと、駆け寄ってカロリナの頬に触れてみる。すでに氷のように冷たくなっていた。
「温かいわね、ハルトの手……むしろ熱いくらい……。大丈夫……魔法で体は温めてるからすぐに凍りついてしまうことはないわ……私のことはいいから、まずはあの子を……」
後ろで風が巻き起こり、髪の毛を揺らした。ヴェルヴを手に振り返ると、茶色の鷲のような魔物に跨《また》がった少女が虚ろな目でこちらを見ていた。
「君がディサナス?」
「そう」
バサバサと上下する羽の音にも負けそうな、消え入りそうなか細い声で返答した少女は、ウェーブがかった透き通った暗めの青色の長い髪を左右に流し、陶磁のような白い肌が印象的な綺麗な顔立ちをしていた。どこか人工的な雰囲気が漂う。
「私の任務はカロリーナ・カールステッドを殺すこと。邪魔するならあなたも死んで」
そう告げると少女は金色に光るフルートを口に当てた。
不協和音が飛び交った。空中に青白い光が散らばり、一足早い雪のようにも見える。
僕はヴェルヴを拾うと、足場から飛び降りた。強い風圧にさらされる中で歯を食いしばりヴェルヴで空を切ると、地面が現れ無事に着地する。
が、それは休む暇なく襲いかかってきた。魔物とともに急下降したディサナスの白金の筒は、カロリナから僕へと完全に狙いを変えて唸り声に似たフォルテシモの音を奏でる。僕は再び足場から身を投げ出すと次の足場へと移った。
カロリナの言うとおり、これまでのカロリナとのレッスンや選抜試験での戦闘とは違い、魔法のタイミングがつかめない。 明確なメロディラインが把握できないどころか、そもそも曲として成り立っているのかもわからない演奏は、どんな現象が起こるのか予測できなかった。
なすすべもなくまた足場が氷付けにされる。
「逃げてもムダ」
相手の攻撃が読めない僕と違って、ディサナスはおそらく僕がヴェルヴでしか戦えないことを知っている。まだ楽器が使えないことも、持久戦、消耗戦に弱いことも。4種類全てのリベラメンテを持っているとはいえ、先の魔物を一掃した魔法で火と風は消費が激しく、もう輝きが半減していた。水はまだ残っているが、今現在命綱となっている土のエレメントもどんどん削られている。
一撃だ。一撃で敵を戦闘不能にするしかなかった。
特大の青い炎が襲ってくる。直感的に避けられないと感じ、目の前に土の壁を創り上げると、それが凍り破壊されるわずかの時間で別の足場へと逃れた。
その一撃は相手の予想もしないところからの攻撃でなければいけない。でも、何でも凍り付かせるこの少女に死角なんてあるのか?
真っ直ぐ突っ込めば全ての現象が氷へと変えられる。後ろに回ろうとしても魔物の動きが速すぎて不可能。
「……ダメか……」
「残念ながら無理。なぜなら、私は今まで誰にも負けたことがないから。全員殺してきたから」
ディサナスは無表情のまま淡々とした口調で呟いた。見下ろす視線からも何の感情も読み取れなかった。こいつといい、あの少年剣士といい、ヤバいやつばかりだな。
「降伏するなら命を助けてもいい。手だけは氷付けにするけど」
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