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記憶旅行編
第68話 極秘任務
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「なるほど、また彼女の妨害にあったのですね」
「妨害というとこちらの思惑が前面に出てしまうけど、まあ、そういうこと」
その日の進捗状況はすぐにまとめてクラーラ王女に伝えることにしていた。そこからさらにカロリナに伝わり、大臣級にも話がいき対策が練られているのだろうが、今のところこちらに急げも何もこれと言った命令は下されていなかった。
「しかし、だいたいの全体像はつかめてきたのではないでしょうか。貴方の推測が正しければ、彼女の不協和音は少なくとも反乱軍に加入する前には存在していたことになる。もしかするとその孤児院では密かに音楽魔法を教えていて、不協和音の演奏技術もそこで身につけていた可能性があるということ。だんだん真相に近づいている感じがしますね」
いや、問題はそこじゃあない。
「も、もちろん私たちにとって大事なのは、反乱軍の全容を明らかにし、その暴動を食い止めることです」
ジト目に気がついたのか、慌てて言葉を付け足すクラーラ。
「ハルトは呆れてますよ、王女。毎回毎回ご自分の趣味嗜好に思考が飛ぶ癖、なんとかしたらどうです?」
「そういうクリスさんこそ、毎回毎回ハルトの肩を持ったり色目を使ったりするのはなんとかしたらどうですか?」
いつもながらお互いににらみ合うクラーラとクリス。その不毛なやり取りをなんとかしたらどうですか、と言いたい。
「おっ、そうだ」
クリスは思い出したようにこちらに向き直る。腰に下げた小剣が金属音を鳴らした。
「さっきシグルド王子がやって来て、ハルトが来たら第一楽器室に来てほしいと伝言を預かったんだ。なんで楽器室なのかわからないが」
心当たりはもちろんあった。これはクラーラ王女にもまだ話していない、というよりも話すわけにはいかない極秘の任務。呼ばれたということは、何か進展があったのか、はたまたなにもないから呼び出されるのか。どちらにしろ悪い知らせであることは間違いなかった。
*
国を挙げて音楽魔法の実践、研究を進めているだけあって、スルノア王国の宮殿には大量の楽器が保管・整備され、いつでも使える状態になっていた。それらを管理している部屋は楽器室と呼ばれ、第一楽器室には、他の2部屋とは違う唯一の楽器が置かれている。
それが、今身を震わすような荘厳な音を発しているパイプオルガンだ。鍵盤楽器の代表格であるピアノ奏者は数いるが、パイプオルガンの使い手はスルノア王国広しと言えども一人しかいない。シグルド王子ただ一人だ。
パイプオルガンは、一つの楽器でありながら他の楽器にも似た多様な音を出せるのが特徴だった。カンタータなどでよく聴くオルガンの音だけじゃなく、フルート系に似た音まで表現することが可能な稀有な楽器で、かつ、上下に5つに分かれた鍵盤と足下に置かれた鍵盤を駆使すれば一人オーケストラをも実現することができる最強の楽器だった。
当然、そこから創り出される現象は他の楽器単体では真似ができないものとなる。
シグルド王子は素早く上下左右に指を動かす。赤、青、黄、緑に色付けされた豹《ひょう》にも似た四足動物がオルガンの周りを駆け巡る。それらは室内に置かれた他の楽器を吹き飛ばしそうな勢いで回転スピードを増していき、音色とともに衝突、合体、または融解しその姿を巨大化させていった。やがて一つの四色の巨体となった豹は、右から左へ鍵盤の上を滑らせたその音とともに弾けるように消滅する。
王子は鋭い目つきで僕を見上げた。
「来たか」
そう言って立ち上がると、毎度のことながら腕と脚の長さとバランスに驚く。シグルド王子は、カロリナがそうであるように絵に描いたように容姿端麗だった。一つ一つの仕草や纏う雰囲気が冷徹に見えるため、カロリナのように歩くだけでざわめきが起こるわけではないが、エド曰く隠れたファンは多いらしい。
「チェルニーコヴァーが戻った」
静かだが威厳に満ちた低い声が響く。
「部隊長のお前とともに報告を聞いた方がいいと思ってな。チェルニーコヴァー」
「はい。ただいま戻りました、ハルト隊長」
いつから部屋にいたのか、急に目の前に現れたゾーヤ・チェルニーコヴァーは、ギルドで出会ったときと変わらない丁寧なお辞儀をする。違うのはメイド服の代わりに着ている全身黒づくめのその服装だけだ。
「反乱軍と内通しているらしき人物が浮かび上がりました。ハンリ・バルバロッサ様。そして、オーケ・ブラント様です」
顔を上げたゾーヤはにこやかな笑顔を浮かべて衝撃的な言葉を発した。
「妨害というとこちらの思惑が前面に出てしまうけど、まあ、そういうこと」
その日の進捗状況はすぐにまとめてクラーラ王女に伝えることにしていた。そこからさらにカロリナに伝わり、大臣級にも話がいき対策が練られているのだろうが、今のところこちらに急げも何もこれと言った命令は下されていなかった。
「しかし、だいたいの全体像はつかめてきたのではないでしょうか。貴方の推測が正しければ、彼女の不協和音は少なくとも反乱軍に加入する前には存在していたことになる。もしかするとその孤児院では密かに音楽魔法を教えていて、不協和音の演奏技術もそこで身につけていた可能性があるということ。だんだん真相に近づいている感じがしますね」
いや、問題はそこじゃあない。
「も、もちろん私たちにとって大事なのは、反乱軍の全容を明らかにし、その暴動を食い止めることです」
ジト目に気がついたのか、慌てて言葉を付け足すクラーラ。
「ハルトは呆れてますよ、王女。毎回毎回ご自分の趣味嗜好に思考が飛ぶ癖、なんとかしたらどうです?」
「そういうクリスさんこそ、毎回毎回ハルトの肩を持ったり色目を使ったりするのはなんとかしたらどうですか?」
いつもながらお互いににらみ合うクラーラとクリス。その不毛なやり取りをなんとかしたらどうですか、と言いたい。
「おっ、そうだ」
クリスは思い出したようにこちらに向き直る。腰に下げた小剣が金属音を鳴らした。
「さっきシグルド王子がやって来て、ハルトが来たら第一楽器室に来てほしいと伝言を預かったんだ。なんで楽器室なのかわからないが」
心当たりはもちろんあった。これはクラーラ王女にもまだ話していない、というよりも話すわけにはいかない極秘の任務。呼ばれたということは、何か進展があったのか、はたまたなにもないから呼び出されるのか。どちらにしろ悪い知らせであることは間違いなかった。
*
国を挙げて音楽魔法の実践、研究を進めているだけあって、スルノア王国の宮殿には大量の楽器が保管・整備され、いつでも使える状態になっていた。それらを管理している部屋は楽器室と呼ばれ、第一楽器室には、他の2部屋とは違う唯一の楽器が置かれている。
それが、今身を震わすような荘厳な音を発しているパイプオルガンだ。鍵盤楽器の代表格であるピアノ奏者は数いるが、パイプオルガンの使い手はスルノア王国広しと言えども一人しかいない。シグルド王子ただ一人だ。
パイプオルガンは、一つの楽器でありながら他の楽器にも似た多様な音を出せるのが特徴だった。カンタータなどでよく聴くオルガンの音だけじゃなく、フルート系に似た音まで表現することが可能な稀有な楽器で、かつ、上下に5つに分かれた鍵盤と足下に置かれた鍵盤を駆使すれば一人オーケストラをも実現することができる最強の楽器だった。
当然、そこから創り出される現象は他の楽器単体では真似ができないものとなる。
シグルド王子は素早く上下左右に指を動かす。赤、青、黄、緑に色付けされた豹《ひょう》にも似た四足動物がオルガンの周りを駆け巡る。それらは室内に置かれた他の楽器を吹き飛ばしそうな勢いで回転スピードを増していき、音色とともに衝突、合体、または融解しその姿を巨大化させていった。やがて一つの四色の巨体となった豹は、右から左へ鍵盤の上を滑らせたその音とともに弾けるように消滅する。
王子は鋭い目つきで僕を見上げた。
「来たか」
そう言って立ち上がると、毎度のことながら腕と脚の長さとバランスに驚く。シグルド王子は、カロリナがそうであるように絵に描いたように容姿端麗だった。一つ一つの仕草や纏う雰囲気が冷徹に見えるため、カロリナのように歩くだけでざわめきが起こるわけではないが、エド曰く隠れたファンは多いらしい。
「チェルニーコヴァーが戻った」
静かだが威厳に満ちた低い声が響く。
「部隊長のお前とともに報告を聞いた方がいいと思ってな。チェルニーコヴァー」
「はい。ただいま戻りました、ハルト隊長」
いつから部屋にいたのか、急に目の前に現れたゾーヤ・チェルニーコヴァーは、ギルドで出会ったときと変わらない丁寧なお辞儀をする。違うのはメイド服の代わりに着ている全身黒づくめのその服装だけだ。
「反乱軍と内通しているらしき人物が浮かび上がりました。ハンリ・バルバロッサ様。そして、オーケ・ブラント様です」
顔を上げたゾーヤはにこやかな笑顔を浮かべて衝撃的な言葉を発した。
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