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記憶旅行編
第87話 クラーラ王女のお願い
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クラーラ王女以下、クリスに僕、そしてゾーヤは、シグルド王子とともに第1楽器室へ集まっていた。議題はもちろん、クラーラ王女をどうやってアーテムヘル神聖国へ送り届けるか、ということ。
「要求はわかりました。今後の戦況を考え、王女自らがアーテムヘル神聖国へお戻りになり、救援部隊を派遣する、ということですね。ですが──」
シグルド王子の涼しげな目が一瞬僕に向けられる。目が合うだけで緊張感が走るのは、シグルド王子だからか、状況が緊迫しているからか。
「今申し上げた通り、ハルトはタセットの隊長。それにカロリーナ第一王女の専任執事でもあります。別の者を護衛につけさせた方が得策かと思いますが」
対してクラーラ王女は、いつもながら怯むこともなくシグルド王子の顔を真っ直ぐに見据えていた。
「いいえ。私が信頼できるのはハルトだけです。今の話を聞く限り、どの人物かは確定ではないものの、内通者がいることは間違いないようですから、なおさらハルトにこの任を引き受けてもらわなければいけません。カロリナのことなら、私から話せば納得はせずとも理解はしてくれるでしょう。そして、タセットの任務ですが、こういうのはどうでしょうか」
王女は、僕に微笑みかけると、部屋の中を歩き回りながら話を続ける。まるでアニメに出てくる美少女探偵か何かのようだ。
「まず、部隊を二つに分けます。一方はニコライ執事長をリーダーに宮殿内部の任に引き続き当たり、もう一方をハルトをリーダーに外部の調査を行います。その際、任務に気づかれぬよう表向きは私の護衛の任務につく。戦闘部隊が出陣したあとにです。アーテムヘル神聖国の第三王女が城を離れたとなれば、敵は必ず私を狙ってくるはず。彼らの目的は復讐ですからね。そして、その場合、やはり内部から情報が漏れていることになる。心当たりの人物の行動にあらかじめ注意していれば、証拠をつかむことができるでしょう。逆に平穏無事に私が本国に帰ることができるならば、敵はそのときその情報を知らなかった城の外にいた人間となる。こうすれば両者納得の構図になるはずです」
「うーん」
ゾーヤは人差し指で眼鏡を上げるとと首をかしげた。
「でも、それって、クラーラ様が危険にさらされるのではないですか?」
そう、全くその通りだった。その計画の最大の穴は、最も安全な場所にいなければならない王女自身が危険にさらされてしまうことだった。その時点でもはや計画は成り立たない──はずだったのだが。
「ですから、私の命はハルトに託すのです」
クラーラ王女はさも当たり前のようにそんなことを言ってのけた。
「ハルトが任務を遂行しつつ、第3王女の命を守り切れば何も問題は生じないでしょう」
なんて危ないことを言ってしまうんだこの人は。
「お言葉ですが、クラーラ王女。僕にはそんな器用な真似ができるほどの力量はありません」
それでも王女は笑みを絶やさなかった。
「いいえ。先の王宮防衛戦での活躍にこの短期間での上級魔法の習得、指揮者への転向──力量は十分備わっているではありませんか。それに、シグルド王子もこの情勢下でハルトを王宮に閉じ込めておくつもりではありませんよね?」
その論法はズルい。部下に話し掛けているようで、実は上司に働きかけることで部下の逃げ場をなくす、頼みづらい仕事を押し付けるときの論法だ。
「ええ、もちろん、貴重な戦力の一つとして考えてはいましたが」
ほら、予想通りの返答が帰ってきた。これ以上ことが進展する前に、ここはハッキリと言っておかなくてはいけない。
「クラーラ王女。僕は決して英雄なんかじゃありません。だいたい、戦場だってこのあいだ経験したばかりで、戦闘経験は未熟。それに──」
あの血色が再び目の前に現れる。
「それに、僕はもう誰とも剣を交えたくない」
「──なるほど」
それだけ言うと、王女は軽く目を瞑った。そしてその目が再度開いたとき、そこにある色には確信めいたものがあった。
「戦場が、戦いが怖い、人が傷つき、自分が傷つくのが恐ろしい。それは、人として正常な反応でしょう。たとえユセフィナの名を借りてあなたに命じたところで、あなたの心は変わらない。なぜなら、あなたは、この世界の理《ことわり》と歴史から外れた稀人だから。ですが、それでも私はあなたにこの任務を引き受けていただきたい。英雄ではないあなただからこそ、私はあなたを信頼し、期待できるのです」
ゆっくりと言葉を紡ぐように述べると、金色に輝く髪の毛が下に垂れた。あろうことかクラーラ王女は僕に対して頭を下げていた。
「どうか、お願いします」
「王女!」
そこまでされて断る度胸は、今の僕にはなかった。それに何を言っても王女の決断は覆せないだろう。諦めて、僕は了承の意志とせめてもの抵抗としてため息を吐いた。
「それでは、部隊を2つに分けてもらおう。ハルト、何か考えはあるか?」
あくまでも冷静なシグルド王子の物言いが、急がなければいけない今の状況を思い起こしてくれる。半ば無理矢理だろうがなんだろうが、決断してしまった以上は、先に進まなければならない。
「ゾーヤ、僕と行けるか?」
「はい、もちろんです。隊長」
即答すると同時にゾーヤは背筋を伸ばし手を上げた。
「タセットの中で一番外のことに詳しいゾーヤが僕と、残りのメンバーを王宮に残して任務に当たってもらいます」
「いいだろう。ニコライには私から伝えておく」
「では、カロリーナ王女には私が直接話します」
「ふふっ、面白くなってきたな」
クリスが白壁に背をつけてほっそりとした腕を組んだ。
「ところで、ディサナスはどうする? ハルトも不在で放っておくわけにはいかないだろう」
それならもう答えは決まっている。
「ディサナスは、連れていく。クリスが言うようにここに残るよりも僕らと行動を共にした方が安定するだろうし、客観的にも戦力になりうる。もちろん、本人の同意と健康に配慮してだが。どうでしょうか、シグルド王子」
「許可する。この間の状況を見るに、お前が一番この手の問題に詳しそうだからな」
「そうなると──ディサナスが目覚めるのと、私達の準備が整うまでに半日以上はかかりますね。軍はいつ出陣なさるおつもりですか?」
「部隊は今夜ここを経ちます。積雪とこの厳寒を考慮に入れても、3日あればノーゲスト市に入れるかと」
パンッと、クリスが手を叩いた。
「それならこっちは明朝に出発しよう。それまではそれぞれ準備を」
「私も、ギルド長のソフィア様に挨拶しなければ」
「そうだ。ハルトもちゃんと別れを済ませておけよ」
この期に及んで意味深な台詞を吐くクリスをテキトーにあしらうと、僕らは一度散開した。
「要求はわかりました。今後の戦況を考え、王女自らがアーテムヘル神聖国へお戻りになり、救援部隊を派遣する、ということですね。ですが──」
シグルド王子の涼しげな目が一瞬僕に向けられる。目が合うだけで緊張感が走るのは、シグルド王子だからか、状況が緊迫しているからか。
「今申し上げた通り、ハルトはタセットの隊長。それにカロリーナ第一王女の専任執事でもあります。別の者を護衛につけさせた方が得策かと思いますが」
対してクラーラ王女は、いつもながら怯むこともなくシグルド王子の顔を真っ直ぐに見据えていた。
「いいえ。私が信頼できるのはハルトだけです。今の話を聞く限り、どの人物かは確定ではないものの、内通者がいることは間違いないようですから、なおさらハルトにこの任を引き受けてもらわなければいけません。カロリナのことなら、私から話せば納得はせずとも理解はしてくれるでしょう。そして、タセットの任務ですが、こういうのはどうでしょうか」
王女は、僕に微笑みかけると、部屋の中を歩き回りながら話を続ける。まるでアニメに出てくる美少女探偵か何かのようだ。
「まず、部隊を二つに分けます。一方はニコライ執事長をリーダーに宮殿内部の任に引き続き当たり、もう一方をハルトをリーダーに外部の調査を行います。その際、任務に気づかれぬよう表向きは私の護衛の任務につく。戦闘部隊が出陣したあとにです。アーテムヘル神聖国の第三王女が城を離れたとなれば、敵は必ず私を狙ってくるはず。彼らの目的は復讐ですからね。そして、その場合、やはり内部から情報が漏れていることになる。心当たりの人物の行動にあらかじめ注意していれば、証拠をつかむことができるでしょう。逆に平穏無事に私が本国に帰ることができるならば、敵はそのときその情報を知らなかった城の外にいた人間となる。こうすれば両者納得の構図になるはずです」
「うーん」
ゾーヤは人差し指で眼鏡を上げるとと首をかしげた。
「でも、それって、クラーラ様が危険にさらされるのではないですか?」
そう、全くその通りだった。その計画の最大の穴は、最も安全な場所にいなければならない王女自身が危険にさらされてしまうことだった。その時点でもはや計画は成り立たない──はずだったのだが。
「ですから、私の命はハルトに託すのです」
クラーラ王女はさも当たり前のようにそんなことを言ってのけた。
「ハルトが任務を遂行しつつ、第3王女の命を守り切れば何も問題は生じないでしょう」
なんて危ないことを言ってしまうんだこの人は。
「お言葉ですが、クラーラ王女。僕にはそんな器用な真似ができるほどの力量はありません」
それでも王女は笑みを絶やさなかった。
「いいえ。先の王宮防衛戦での活躍にこの短期間での上級魔法の習得、指揮者への転向──力量は十分備わっているではありませんか。それに、シグルド王子もこの情勢下でハルトを王宮に閉じ込めておくつもりではありませんよね?」
その論法はズルい。部下に話し掛けているようで、実は上司に働きかけることで部下の逃げ場をなくす、頼みづらい仕事を押し付けるときの論法だ。
「ええ、もちろん、貴重な戦力の一つとして考えてはいましたが」
ほら、予想通りの返答が帰ってきた。これ以上ことが進展する前に、ここはハッキリと言っておかなくてはいけない。
「クラーラ王女。僕は決して英雄なんかじゃありません。だいたい、戦場だってこのあいだ経験したばかりで、戦闘経験は未熟。それに──」
あの血色が再び目の前に現れる。
「それに、僕はもう誰とも剣を交えたくない」
「──なるほど」
それだけ言うと、王女は軽く目を瞑った。そしてその目が再度開いたとき、そこにある色には確信めいたものがあった。
「戦場が、戦いが怖い、人が傷つき、自分が傷つくのが恐ろしい。それは、人として正常な反応でしょう。たとえユセフィナの名を借りてあなたに命じたところで、あなたの心は変わらない。なぜなら、あなたは、この世界の理《ことわり》と歴史から外れた稀人だから。ですが、それでも私はあなたにこの任務を引き受けていただきたい。英雄ではないあなただからこそ、私はあなたを信頼し、期待できるのです」
ゆっくりと言葉を紡ぐように述べると、金色に輝く髪の毛が下に垂れた。あろうことかクラーラ王女は僕に対して頭を下げていた。
「どうか、お願いします」
「王女!」
そこまでされて断る度胸は、今の僕にはなかった。それに何を言っても王女の決断は覆せないだろう。諦めて、僕は了承の意志とせめてもの抵抗としてため息を吐いた。
「それでは、部隊を2つに分けてもらおう。ハルト、何か考えはあるか?」
あくまでも冷静なシグルド王子の物言いが、急がなければいけない今の状況を思い起こしてくれる。半ば無理矢理だろうがなんだろうが、決断してしまった以上は、先に進まなければならない。
「ゾーヤ、僕と行けるか?」
「はい、もちろんです。隊長」
即答すると同時にゾーヤは背筋を伸ばし手を上げた。
「タセットの中で一番外のことに詳しいゾーヤが僕と、残りのメンバーを王宮に残して任務に当たってもらいます」
「いいだろう。ニコライには私から伝えておく」
「では、カロリーナ王女には私が直接話します」
「ふふっ、面白くなってきたな」
クリスが白壁に背をつけてほっそりとした腕を組んだ。
「ところで、ディサナスはどうする? ハルトも不在で放っておくわけにはいかないだろう」
それならもう答えは決まっている。
「ディサナスは、連れていく。クリスが言うようにここに残るよりも僕らと行動を共にした方が安定するだろうし、客観的にも戦力になりうる。もちろん、本人の同意と健康に配慮してだが。どうでしょうか、シグルド王子」
「許可する。この間の状況を見るに、お前が一番この手の問題に詳しそうだからな」
「そうなると──ディサナスが目覚めるのと、私達の準備が整うまでに半日以上はかかりますね。軍はいつ出陣なさるおつもりですか?」
「部隊は今夜ここを経ちます。積雪とこの厳寒を考慮に入れても、3日あればノーゲスト市に入れるかと」
パンッと、クリスが手を叩いた。
「それならこっちは明朝に出発しよう。それまではそれぞれ準備を」
「私も、ギルド長のソフィア様に挨拶しなければ」
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