聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

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リブノール村救出戦編

第91話 禁術

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 馬車はひたすら走っていた。猛吹雪の中を目的地に着くまで全速力で。手綱は完全防寒のクリスが担い、僕とゾーヤは幌の中に吹雪が侵入するのを防ぐために入口に立ち、幌を押さえていた。これ以上ひどくなれば飛ばされる危険性もある。

「もう、あと1時間ほどでエンストアに着きます。それまでもうしばらく堪えてください」

 ストーブの火を消すまいと魔法を発動させていたクラーラ王女が顔だけをこちらに向けて励ますようにいつも以上に明るい声を出した。

 が、それに応えてうなずくことすら今の僕にはできなかった。急激な体温低下と馬車の揺れから偶発的にも手を離すわけにはいかないと必死だった。

「了解です」

 そんな僕の様子とは打って変わっていつもの調子で丁寧な返事を返すゾーヤに、僕は畏敬の念すら抱き始めていた。一人で諜報活動に当たるだけあって元々その能力は優秀だと思っていたが、ここまでくると超人級な気もしてくる。……それとも、僕が貧弱過ぎるのだろうか。

 ディサナスは、ときどき僕らの様子をうかがう以外は、王女の横で何か考え事をしているように下を向いていた。こっちもこっちで寒さには慣れているのか、いつもと変わらず平然としていた。

「ところでクラーラ様」

「なんでしょう」

「この状況をなんとかできる魔法ってあるのでしょうか?」

 ゾーヤが日常会話でもするみたいに実に平和な声で質問をした。思わず、今聞くことかよと突っ込みたくなる。そんな体力も気力も残されていないが。

 王女は王女で「そうですねぇ……」と真剣に悩んでいる様子。やはり、僕が貧弱だということらしい。

「たとえば、この場で音楽魔法が奏でられるのであれば、そうしたことも可能かもしれません。カロリナくらいの最高レベルの魔法使いなら、馬車の全体を覆う火の壁でもつくってこの大雪から守ることも可能かもしれません。しかしですね。それにはかなりの技術と集中力が求められるので、魔法を使うかどうか難しい選択になりますよね。もし、単に気候を変えるのであれば、魔力を暴走させるなどの方法もありますが」

 恐ろしいことをさらっと言ってくれるな。

「まあ、実際に魔力を暴走させるなんてことをすれば馬車ごと巻き込まれてしまうでしょう。ただ、魔力の暴走のように強いエネルギーを伴い、かつコントロールしようと思うのでしたらいわゆる『禁術』が浮かびます。国家機密の情報ですけどね」

「えっ……」

 ……流石に声が出た。国家機密の情報って、話してはいけないのでは?

「大丈夫ですよ、ハルト。国家機密と言いつつ、なんとなくみんなそういうものがあることは知ってますから。公の秘密、というものですね。でも、例によって貴方はカロリナから教えられていない様子。街について落ち着いてからゆっくりと講義いたします」

 知りたいような知りたくないような。もしかして、また重荷が一つ増えることにはならないだろうか。不安になりながらも、今はただ馬車を守ることしかできなかった。





 クラーラ王女は軽く火で炙った干し肉を飲み込んでから語り始めた。あとで話すと言われて半日後、僕らは無事にエンストア町にたどり着き、いくつかあるうちの一番町外れの宿に1泊することにしていた。こう言っては悪いが、かなり古びた、いや、趣のある木造の宿屋ですきま風は気になるものの、馬車も置けるし、部屋は広いしで使い勝手はよかった。なにより、人通りが少ないのがありがたい。

「『禁術』は、名称不明のある吟遊詩人が作った4つの曲のことをまとめた呼称です。4つという点でお気づきかと思いますが、火、水、風、土──それぞれのエレメントに対応した曲です。現在、その所在は不明なのですが」

 僕も残った干し肉を半ば無理やり口の中に入れた。いつもの宮殿の料理を思うと、どうしても進んで食べたいと思えるような味ではない。……いつの間にか舌が贅沢になっていたのかもしれないな。

 共に食事を取っていたゾーヤが手を上げて口を挟んだ。

「曲ということは、何らかの楽譜になっているのでしょうか? それとも吟遊詩人らしく口伝で伝えられるのですか?」

「楽譜があると聞いています。私も現物は見たことがないですが、なんでも演奏する楽器に合わせて楽譜が変わるとか」

 つまり、上級魔法を扱えるものならば、基本的に誰でも使用可能と言うわけだ。

「さて、問題はここから先にあります」

 クラーラ王女はフォークとナイフを置くと、コップに入れた水を飲み、僕に目線を合わせてきた。

「いいですか、ハルト。この禁術を──正確に言うと『ルイン・ウォーター』と呼ばれる楽譜を、エルサ・カールステッドが使用した疑惑があります」

 干し肉が飲み込めなかった。固さの問題ではなく。

「禁術と呼ばれるだけあって、その威力は絶大だそうです。どのくらいの威力があるのかは、私は知り得ませんが。ただ、エルサが過去のクーデターで出兵した際、街一つを滅ぼしたと報告されています。エルサはその後に行方知らずとなった。だから、『悪魔の手』と呼ばれるようになりました。今回の出陣の際にバルバロッサ大臣が話していましたよね」

 そうだ。あのとき、途中でシグルド王子に止められていたが、確かに『悪魔の手』と言っていた。

「それが禁術が起こした現象ではないかというわけです。ただ、そうなると当然、エルサはどこから楽譜を手に入れたのかという疑問も産まれるわけです。もし、スルノア国が保持しているのであれば、国際問題に発展しかねません。所在がわからない以上憶測の域を出ないのですが」

 王女は再び水を飲むと、ナプキンで口を拭いて食事を再開した。

「と、そういうわけで機密だったのです。一般市民はもちろん、大臣級や関係者以外は、エルサが『悪魔の手』と呼ばれる事件を起こし王宮を出たことまでは知っていますが、それに禁術が関わっていることは知り得ない──建前になっています。もちろん、噂では広がっているかもしれないですけれど」

 禁術がどの程度の魔法なのか実際にはわからない。わからないが、仮に街一つを壊滅させるほどの威力があるならば、その存在が人々に知られれば大変な騒ぎになるのは想像しなくてもわかった。よもやそれをどこかの国や勢力が手に入れてしまえば秩序が崩れかねないことも。

 ──待てよ。そこまで考えたところで、ある疑念が沸いた。

「もしかして、反乱軍はその禁術を入手した、その可能性はないのか?」

 敵にも上級魔法が使える者がいると聞いた。禁術の楽譜があればあるいは演奏できるかもしれない。

「その可能性ももちろんありますが、それならばとっくに使っているはずです。もしくは、要求を引き出すのに使っているとか。それらの動きがない以上現状では持っていない、あるいは手に入れていたとしても使用不可能な状況にある。そう考えるのが妥当だと思います。それにハルトの考えでは、あのバルバロッサ大臣が反乱軍と通じているというのでしょう? バルバロッサ大臣はエルサのことを言及しましたが、禁術の存在を知っている大臣級の貴族たちに、この可能性、つまり、エルサと反乱軍がつながり、反乱軍に禁術をもたらした恐れを抱かせる作戦だったかもしれません」

 そうだとすれば──くそっ! ことがどんどん大きくなっていっている気がする。

「それに、私にはどうしてもエルサがそんなことをするとは思えません。カロリナと同様、昔からエルサとも交流を深めてきましたが、エルサはそんなことをする人ではない。むしろ、気質で言えば争いを嫌うマリーと同じ。あの音を聴けばわかります。エルサのピアノは、カロリナと同様、いやそれ以上に民に慕われて──」

 感情の高ぶりからか立ち上がろうとした王女を見張りに立っていたクリスが止めた。腰に提げた細身の剣を抜刀することによって。

「ドアの後ろに誰かいる」

 のんびりと立ち上がったゾーヤがクリスに同意し、どこから取り出したのか両手に2本のナイフを手にした。

「ええ。2人、いや3人──そしてもう1人、少し離れたところにいますね。おや? この気配は……どちらにしろハルト隊長にクラーラ様、それにディサナス様、後ろに下がっていてください」
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