聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

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リブノール村救出戦編

第94話 惨状の故郷

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 村へ着いてまず惨状を認識したのは鼻だった。冬独特の無垢な匂いの中に強烈な異臭が混ざっている。焦げたような臭いが、ここで起こった惨劇を想像させるように襲ってきた。あちこちに崩れ落ちた家屋の跡と見られる黒焦げた瓦礫の山が散乱し、その上にうっすらとまだ新しい雪が積もっている。

 それだけだった。それだけが残されていた。一つの村を構成していたありとあらゆる要素がそれ以外は全て存在しなかった。

「誰もいないですね」

 ゾーヤが慣れた様子でナイフ片手に前を歩く。いつもと何ら変わらない後ろ姿が不思議だった。

「そうだな。これだけの惨状だ。死体も含めてどこか1カ所にまとめているのかもしれない。それか、略奪し終わったあとか」

「いいえ。あの山の麓に近いところから煙が出ています。おそらく、あそこで火を使っているのでしょう。まず、あそこへ向かいましょう」

 クリスとクラーラも平然と会話を交わし、柔らかい雪を踏み締めて先へと向かう。クリスの後ろをディサナスも追った。

「なにさっそく動揺してんのよ」

 後ろからの声にハッとして振り返ると、ルイスが睨むように僕を見上げていた。

「いや、こんな場景を見るのは初めてだったから」

 白い息が発せられ細雪の中へ消えていく。僕の横に並んだルイスは、じっと村の様子を、いや、村だった場所を眺めると、また息を吐き出した。

「そんなあんたに教えてあげるわ。ここはね、私の故郷なのよ」

 衝撃の言葉が耳に飛び込んできた。思わずのぞき込んでしまったその顔は、しかし冷静そのものだった。

「驚いた? クラーラ様に余計な心労をかけたくないと思って黙ってたけど嘘じゃないわ。私はここで生まれ育ち、魔法の才能を見出だされてハンリお義父・・様の正式な長女となった。こんな辺境だからね、みんなが食べていくだけで精一杯のひどい貧しい生活だったけど、家族みんな笑い合って豊かに暮らしていたわ。──そんな村がこんなことになって、動揺しないわけないじゃない」

 火花が飛び散るようにその赤い瞳に焔が宿った。そうか、だからルイスはここへ来たんだ。試験後の長期休みに故郷に訪れるために。もしかしたらそれは、何年かぶりの帰郷だったのかもしれない。

「クラーラ様も、クリスもゾーヤも、みんなきっと平然としているわけじゃないわ。ただ、沸き上がる怒りを抑えるために務めて冷静に思考しているだけ」

 はっきりと言い切った言葉がルイスの中の怒りを表出していた。僕は謝るかわりに、ポケットからカロリナ特製ヴェルヴを取り出すと、赤、青、緑、黄、4属性のリベラメンテを丁寧にはめていった。今、ルイスの思いに応えるのは謝罪の言葉じゃない。共にたたかう姿勢を見せることだ。

「……どんなだった?」

「何がよ」

「ここでの暮らし、あるいはルイスの家族」

「今言った通りよ。貧しい中だけど幸せだった」

 ルイスは遠い目をしていた。

「……部屋が一つしかないような小さな家で。……みんな居間で寝食を共にしていたわ」

「その部屋はルイスとか、子ども部屋だったのか?」

「ええ。……そう、ええっと。どうだったかしら……」

 ? なんだ? 急に歯切れが悪く──。

「とにかく行くわよ! いつ敵が現れるかわからないんだから、陣を乱したら危険よ!」

「あ、ああ……」

 ズカズカと雪の中を進むルイスの後ろを慌てて歩いていく。どこか不自然さを感じながらも。

 ヴェルヴを軽く振るうと、戦闘の感覚が戻ってくる気がした。ルイスの言うとおり、とにかく今は、一刻も早くこの村から反乱軍を追い返さなければいけない。ごちゃごちゃ考えるのはそのあとでいい。

 瓦礫の間を縫うようにして先頭を行くゾーヤが急に立ち止まった。体勢を低くして辺りを窺うように見回す。遅れていた僕は、ヴェルヴを握り締めるとすぐさま走り始めた。鈍い僕でも明確にわかるほどの殺気が、分厚いコートを通過して肌に突き刺さっていた。

「来ます!」

 ゾーヤが叫ぶと同時に左右の瓦礫の中から2体の黒影が飛び上がった。

「ゾーヤ!」

 何かが激突するような音ともに雪が舞った。次の瞬間には男達が手に持っていた斧が雪面を抉ったのが確認できる。が、そこにはもはやゾーヤの姿はなかった。

「なっ!? どこ行っ──」

「ここです」

 後ろからの声に驚愕の顔を浮かべた髭面はその表情のまま雪中へ倒れ込んでいった。赤い血が白を染めていく。それに気づいたもう一人も──。

「スマスト!」

 クラーラ王女が発した石礫が後頭部にクリーンヒットし、仰向けに倒れる。

 だが、僕は叫んだ。

「全員後ろへ下がれ!」

 視界を埋め尽くすような大量の矢が、頭上から降ってきていた。
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