聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

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リブノール村救出戦編

第95話 人質

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 僕が注意を促すまでもなく、ゾーヤ、クリス、クラーラ、ディサナスは即座に退避する。開《ひら》けた空間目掛けて、僕はヴェルヴを薙ぎ払った。

 火の宝玉が輝きを増すと同時に鮮やかな赤い刀身がその姿を現す。カロリナのアレグロコンフォーコが空中に燃えたぎる火炎の弧を描き、迫り来る矢を一気に燃焼させていく。

 続いてルイスのヴァイオリンが強く激しく掻き鳴らされた。全面的な怒りを込めて。引き起こされた突風が頭上を飛び越え、漏らした残り矢を全て雪面へと叩き落とす。

 一掃された矢の奥に何十人もの一団の姿が現れた。驚愕したその先頭グループの表情から窺うに、敵方の奇襲は失敗に終わったようだ。ルイスの引き続く怒号のトレモロが空気を切り裂く風の刃を形成し、密集した黒服に襲い掛かると、隊は陣形を乱しバラバラに散った。

 当初の読み通り、人数は向こうの方が多勢だが、戦力ではこちらの方が上回っているらしい。走り出したクリスとともに敵営へ真正面から攻め込むと、第2波を用意することもままらないまま、みるみる距離は縮まっていった。

 それでも素早く反応を示した数人が矢を放つ。

「クリス!」

「あいよ!」

 体が跳ねるようなエドのリズムを頭の中に流し、深い緑色に変わった短剣を縦に振ると、クリスと僕の前に土壁を出現させて、鋭く飛ぶ矢を防いだ。

「くそっ! 全員剣を抜け!」

 敵が吠える。態勢を整える前に叩こうと、土壁の左右からクリスと僕は飛び出した。クリスも腰から剣を抜き、正面に構えて前進する。刃先が交わることも許さず、クリスの体の柔らかさを生かした素早い連撃が、正確に敵の急所を突き、戦闘不能に追い込んでいく。

「ちくしょう! 女に好き勝手やられてたまるか!」

 身長と同等かそれ以上の斧やロングソードを振り上げた、いかにも屈強そうな体格の男数人がクリスを囲む。クリスは男の体を足蹴にしてふわっと宙を舞うと、僕がヴェルヴを振るうよりも速く、華麗な回し蹴りをお見舞いして、男たちを固い氷上へノックダウンさせた。

「どうだい、氷とキスする気分は! さぞ、気持ちいいだろう? 私はね、お前らみたいな女を見下す連中を叩きのめすのが大好きなんだ!」

 微笑みを絶やすことなく、クリスは敵の陣営へ飛び込んでいった。次から次へと蹴り、殴り、突き刺し、敵を倒していく。僕も刀身を水色に変えると、マリーの音とともに薙ぎ、突き、斬り、その数を減らしていった。

 だが、クリスと僕は同時に攻撃を止める。

 戦場には似つかわしくない小さな赤毛の子どもが目の前にいた。瞬時に状況が理解できる。人質だ。

「動くなよ! 動くとこいつの首が跳ぶことになる」

 漫画や映画では飽きるほど見てきた場面だった。だが、実際にその場に置かれると体が凍り付いたように動かなくなる。自分の一挙一動が生死を分けるなんて反則だろう。だが、素早いクリスなら僕が注意を引けばなんとか子どもを救えるかもしれない。

「クリ──」

「おしゃべりもダメに決まってるだろうが! 後ろの女どもも! 少しでもおかしな素振りを見せればどうなるか、わかってんだろうな!!」

 なんという古典的で典型的な台詞なんだ。だが、それだけに効果的ではある。全身を震わせながらも必死に涙を溜めて泣きわめくのを我慢しようとしている女の子に傷をつける選択肢はありえない。

 おそらく、リーダー格らしい上等な毛皮の上衣を身に付けた男は、勝ち誇ったようになんとも下品な笑い声を上げた。

「やっぱり女は女だよなぁ。ちょっと人質とれば可愛そうって手が出せなくなる。おい! 野郎ども! 動けなくなるくらい痛めつけてやれ! せっかくのべっぴんぞろいだから殺しはするなよ! あとの楽しみがなくなっちまうからな! 全員、あとで俺がまとめて面倒みてやるよ!」

 あまりにも野蛮すぎる台詞に頭が痛くなる。体に走った悪寒は明らかに寒さのせいではなかった。剣を首筋に突きつけられた女の子は、その場面を想像したのか、小さな悲鳴を上げた。

「おいおいかわいいじゃねえか。母親が犯されているところでも見たかい? 大丈夫、お前みたいな小さい子を趣味にしている変態もいるんだ。そのうち、相手してくれるぜ」

 隣でクリスが怒りに身を震わせている。強く唇を噛んだせいで、唇が破れ血が垂れ、純白な雪を赤く汚した。

 耳をつんざくような悲鳴が起こったのは、まさにそのときだった。全員が一瞬状況を忘れ、大声が発せられた方向へ顔を向ける。後ろを振り返ると、そこには頭を抱えて雪の中を転げ回りながら絶叫するディサナスの姿があった。

「おい! あれだけ動くなって言った――ああっ!?」

 突然、驚嘆の声を発した男に視線を戻すと、足元が氷に覆われていた。それは、徐々に上半身に向かってその面積を増やしていく。

「ぎゃ!」「ぐわぁ!!」

 あちこちから同じような声が発せられる。全員の体が同じように氷漬けにされていく。
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