106 / 116
ノーゲスト市街戦編
第101話 陰謀の真実
しおりを挟む
ルイスが何事かを言おうと息を吸う音が聞こえた。が、そこからは何の音も漏れ出てはこなかった。
「まあ、せっかくですから状況を教えて差し上げましょう」
「その必要はない」
舌が勝手に動いた。
「え? なんですって?」
「その必要はないって言ったんだ」
俯いていた顔を上げると、視界にはバルバロッサの顔しか入ってこなかった。
「バルバロッサ。全てはお前の企みだろ? 子どもたちに反乱軍を倒せとそそのかして、市民を襲わせ、自分たちは解放軍として、子どもたちを裏切り『反乱軍』を殲滅させる。聴衆が一人もいない舞台で演奏者を変えても、誰も気づかないからな」
分厚い手袋で拍手をすると、バルバロッサは顔を歪ませた。
「さすが正解です。ですが、私の企みというのは、間違っています。そして私は裏切ってはいません」
「なに?」
「さすがの貴方も気づかなかったようですね。そうですねぇ、ヒントを一つ教えるとしたら、こんな大それたこと、私の力だけで実際に通用すると思いますか? ──おや、顔色が変わりましたね、それでは、勘のいいクラーラ様、お答えをどうぞ」
首を後ろへ捻るようにしてクラーラを見る。青ざめた顔に明らかに動揺したように目が泳いでいた。
「こ……この作戦は、机上の空論です。実際には、王宮から子どもたちがそっくりいなくなっていることやヴェルヴがなくなっていることなどから、戦いに動員されたことがすぐにわかりますし、目撃者が一人でもいれば計画は水泡に帰してしまう。それを実現するためには、いくつもの矛盾を強引に真実とする権力が必要となります。つまり、それは──」
一瞬、猛禽類の瞳が僕を捉えた。
「まさか、シグルド王子の力……?」
再び乾いた拍手が鳴った。
「ブラボー! その通りです。これはね、全てシグルド王子の命令なんですよ。反乱軍と結託していたのはクラーラ王女、貴女です。そして、一時英雄の名を冠したハルト殿、貴方も加担したということになれば民衆の怒りに火がつき、その怒りの矛先はアーテムヘル神聖国へと向かう。神聖国との戦争の大義名分が生まれるわけです」
「なぜ、なぜそこまでして!」
「その答えはもう知ってるでしょう? この世界へ復讐するため、ですよ。そのためには、まずここで、あなた方には死んでもらう必要があります」
バルバロッサが片手を上げると同時に演奏が始まった。再びディサナスのフルートの音色が鳴り響く。
イメージするのはエドの地鳴りのようなティンパニの乱打。創造するのはとにかく巨大な土壁。青々とした緑色に変化した刀身を鬱々とした曇り空に向かって突き上げると、地から生命力が溢れ出たように土の塊が盛り上がっていった。形成されたその瞬間に凍り付いていくが、時間稼ぎには少しでも役立つだろう。
「今のうちに逃げ──」
振り返ろうとしたそのときに、即席の土の壁をすり抜けて一人の少年が現れ、その手に握った剣を振った。咄嗟に柄で黒豹のように迅速な一撃を防いだが、衝撃に耐えきれずにヴェルヴは雪の上へと転がっていった。──こんな芸当ができるのは一人しかいない。
「グラティス!」
グラティスは舞い散る雪を連想させる白い前髪をかき分けると、冷たい笑顔を浮かべた。
「久しぶりだね、ハルト。こうして君とまた剣を交えるのを楽しみにしていた。並みの人間じゃ、もう殺しても愉しくなくてね」
グラティスが話す間にも、凍りついた壁を破壊するために間をおかずに次々と魔法がぶつけられる。こいつと戦っている暇はない。
「ゾーヤ! 早く全員を避難させろ!!」
そう叫ぶと同時に転がったヴェルヴへと飛びつくが、首筋に冷えた剣の切っ先が触れる。
目だけを真上に向けてその顔を見ると、おもちゃで遊ぶ幼児のように無邪気な笑顔があった。
「何してるの? 人の心配してる場合じゃないでしょ? 早くあの黒い刃を出しなよ!」
ドン!っと爆発にも似た音とともに壁に穴が空いた。一カ所でも崩れれば、崩壊するのはたやすい。オーケストラの調和が、たった一つの楽器のミスで崩れるように。
「邪魔だ」
握り締めたヴェルヴに怒りを込める。頭の中には今まで耳にした曲の全てが、バラバラに掻き鳴らされていた。出現した硬質化した黒い刃を横に払うと、グラティスは紙一重でそれを避けて後ろへと一回転した。
「いいよ! その目! 所詮人間も魔物と同じなんだ。厄介な理性を取り払ってしまえば、そこにはもう殺るか殺られるかの本能しかない」
僕はなぜか空っぽになった思考のままに辺りを見渡した。ゾーヤとクラーラが順次子どもたちを誘導しているが、かなりの抵抗を受けてまだ時間がかかりそうだ。ルイスは、トラウマが甦ったのか膝をついて固まったまま。壁はすでに大半が破られ、その奥には数百、あるいは数千の数え切れないほどの兵士が待ち構えている。そして、首を切られ地面に倒れたままの少女の身体からはまだ新鮮な血が流れ周りの雪を赤く溶かしていく。
「……多すぎる」
「まあ、せっかくですから状況を教えて差し上げましょう」
「その必要はない」
舌が勝手に動いた。
「え? なんですって?」
「その必要はないって言ったんだ」
俯いていた顔を上げると、視界にはバルバロッサの顔しか入ってこなかった。
「バルバロッサ。全てはお前の企みだろ? 子どもたちに反乱軍を倒せとそそのかして、市民を襲わせ、自分たちは解放軍として、子どもたちを裏切り『反乱軍』を殲滅させる。聴衆が一人もいない舞台で演奏者を変えても、誰も気づかないからな」
分厚い手袋で拍手をすると、バルバロッサは顔を歪ませた。
「さすが正解です。ですが、私の企みというのは、間違っています。そして私は裏切ってはいません」
「なに?」
「さすがの貴方も気づかなかったようですね。そうですねぇ、ヒントを一つ教えるとしたら、こんな大それたこと、私の力だけで実際に通用すると思いますか? ──おや、顔色が変わりましたね、それでは、勘のいいクラーラ様、お答えをどうぞ」
首を後ろへ捻るようにしてクラーラを見る。青ざめた顔に明らかに動揺したように目が泳いでいた。
「こ……この作戦は、机上の空論です。実際には、王宮から子どもたちがそっくりいなくなっていることやヴェルヴがなくなっていることなどから、戦いに動員されたことがすぐにわかりますし、目撃者が一人でもいれば計画は水泡に帰してしまう。それを実現するためには、いくつもの矛盾を強引に真実とする権力が必要となります。つまり、それは──」
一瞬、猛禽類の瞳が僕を捉えた。
「まさか、シグルド王子の力……?」
再び乾いた拍手が鳴った。
「ブラボー! その通りです。これはね、全てシグルド王子の命令なんですよ。反乱軍と結託していたのはクラーラ王女、貴女です。そして、一時英雄の名を冠したハルト殿、貴方も加担したということになれば民衆の怒りに火がつき、その怒りの矛先はアーテムヘル神聖国へと向かう。神聖国との戦争の大義名分が生まれるわけです」
「なぜ、なぜそこまでして!」
「その答えはもう知ってるでしょう? この世界へ復讐するため、ですよ。そのためには、まずここで、あなた方には死んでもらう必要があります」
バルバロッサが片手を上げると同時に演奏が始まった。再びディサナスのフルートの音色が鳴り響く。
イメージするのはエドの地鳴りのようなティンパニの乱打。創造するのはとにかく巨大な土壁。青々とした緑色に変化した刀身を鬱々とした曇り空に向かって突き上げると、地から生命力が溢れ出たように土の塊が盛り上がっていった。形成されたその瞬間に凍り付いていくが、時間稼ぎには少しでも役立つだろう。
「今のうちに逃げ──」
振り返ろうとしたそのときに、即席の土の壁をすり抜けて一人の少年が現れ、その手に握った剣を振った。咄嗟に柄で黒豹のように迅速な一撃を防いだが、衝撃に耐えきれずにヴェルヴは雪の上へと転がっていった。──こんな芸当ができるのは一人しかいない。
「グラティス!」
グラティスは舞い散る雪を連想させる白い前髪をかき分けると、冷たい笑顔を浮かべた。
「久しぶりだね、ハルト。こうして君とまた剣を交えるのを楽しみにしていた。並みの人間じゃ、もう殺しても愉しくなくてね」
グラティスが話す間にも、凍りついた壁を破壊するために間をおかずに次々と魔法がぶつけられる。こいつと戦っている暇はない。
「ゾーヤ! 早く全員を避難させろ!!」
そう叫ぶと同時に転がったヴェルヴへと飛びつくが、首筋に冷えた剣の切っ先が触れる。
目だけを真上に向けてその顔を見ると、おもちゃで遊ぶ幼児のように無邪気な笑顔があった。
「何してるの? 人の心配してる場合じゃないでしょ? 早くあの黒い刃を出しなよ!」
ドン!っと爆発にも似た音とともに壁に穴が空いた。一カ所でも崩れれば、崩壊するのはたやすい。オーケストラの調和が、たった一つの楽器のミスで崩れるように。
「邪魔だ」
握り締めたヴェルヴに怒りを込める。頭の中には今まで耳にした曲の全てが、バラバラに掻き鳴らされていた。出現した硬質化した黒い刃を横に払うと、グラティスは紙一重でそれを避けて後ろへと一回転した。
「いいよ! その目! 所詮人間も魔物と同じなんだ。厄介な理性を取り払ってしまえば、そこにはもう殺るか殺られるかの本能しかない」
僕はなぜか空っぽになった思考のままに辺りを見渡した。ゾーヤとクラーラが順次子どもたちを誘導しているが、かなりの抵抗を受けてまだ時間がかかりそうだ。ルイスは、トラウマが甦ったのか膝をついて固まったまま。壁はすでに大半が破られ、その奥には数百、あるいは数千の数え切れないほどの兵士が待ち構えている。そして、首を切られ地面に倒れたままの少女の身体からはまだ新鮮な血が流れ周りの雪を赤く溶かしていく。
「……多すぎる」
0
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる