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ノーゲスト市街戦編
第104話 風が切り裂く音
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すべての氷が解けると、ディサナスは気を失ってその場に倒れゆく。急いでその華奢な身体を抱きかかえると、落ちたヴェルヴを拾い上げた。
戻ってきた戦場には変わらず様々な音が飛び交っていた。剣と剣がぶつかり合う音に楽器の音、そして前進する甲冑の金属音。よかった。まだ、全員が無事だ。
地を覆った雪を融かしながら押し寄せる火炎の波を上空から現れた水泡が高速で回転しながら消火した。
「あら、無事に戻ったのね、ハルト。どんな手段を使ったのか知らないけど、その子、ディサナスだっけ? 戦闘不能にさせるなんてやるじゃない」
輪郭が周囲の空間に溶けるように曖昧な形のチューバを抱えながら進んできたその魔法使いは、艶やかな声を出した。耳まで被った帽子の下に黄色の髪と、特徴的な涙ボクロ。
「やはり、スンドクヴィスト。あなたもそちら側の人間だったか」
「インシ──」
「攻撃中止!」
スンドクヴィストは風を切るように手を上げて、後ろの部隊へ命令を出した。
「私は、この者と話がある。次の指示があるまで防衛に徹しよ!」
全身が銀色に輝くプレートアーマーを着込んだ数十人の、おそらく中級魔法部隊は一斉に盾を構えた。
「ヴァゲン・ジョード」
合唱するように複数の声が一斉に魔法を詠唱する。構えた盾の周囲に砂礫がまとわりつくように集まり、スンドクヴィストの後ろに即席の堀が構築された。
「ふふ。統率された部隊ならこんな現象だって簡単につくりだせるわ。貴方たちと違ってね。どう? こちらに寝返る気はない? 今なら反乱軍から民と我が軍を守った英雄でいられるわよ?」
まだ気を失ったままのディサナスの肩にぐっと力を込めた。
「この状況で首を縦にふるとでも思ったか?」
「残念。前も言ったけど私、貴方のこと気に入っているんだけど。まっ、あの平和主義者のマリーと付き合ってるくらいだから、そういう返答になるか。だけど、考えてもみて、ここにいる戦力はスルノア国のほんの一部よ。この数を相手に死に物狂いの戦闘を演じているのに、この先どう立ち居振る舞うつもりなの?」
「そんなことは後でゆっくり考える。それに、スルノア軍の全員が全員、敵になるとも思えないが」
少なくとも宮殿にはカロリナを筆頭にマリーや執事長、オーケ先生にエドもいる。これだけでも一人一人が数百の兵に匹敵するほどの実力を持ってるはず。
「なるほどね。ずいぶん前向きじゃない。それがいつまで続くかわかるないけど」
スンドクヴィストは、真っ赤な口紅を塗った唇を横に引いた。もし、エドが隣にいたのならその色香に惑わされそうな妖艶な笑みを。
「残念だけど、ここで始末するしかないみたいね。せめて後の世に語り継がれるよう、可憐に血を吹かせてあげる」
舌で乾いた唇を潤すと、マウスピースにその小さな口を当てた。強く息を吹き込むと、空気が管を通って、体を震わす音となり弾ける。本人が言うとおり花吹雪が舞うような可憐で滑らかなその音は、空気を切り裂く風を創り上げ、放たれた。短い演奏が止まると同時に、スンドクヴィストは片腕を振り上げ、合図を出した。
「キリンジャ!!」
後ろから何重もの詠唱が聞こえ、スンドクヴィストが発した風を追うように、ナイフの刃先ほどの小さな薄緑色の弧が無数に迫る。回避しようがないほどに速く。だが、そもそもかわす必要はなかった。
斜め後ろから軽やかなトランペットの音が聞こえた。
一音目で僕の目の前に分厚い石壁が生まれ、二音目で頭上をところどころ土が混じった灰色の天井が覆った。そして三音目が聞こえた途端、前方からうめき声が上がる。おそらく、生成された現象で攻撃されたのだろう。それが石つぶてなのか土塊なのかはわからないが。
「素晴らしい演説、感動しました。ハルトはディサナスを連れて一旦後ろへ」
王女から誉められるような演説をしたつもりはないが。
「ああ、タイミングを見て離脱しよう」
「ちっ! 逃がさないわよ! ハルト!」
ほんの少しでも感情的になれば、その瞬間に隙が生じる。これまでの演奏で身についた知識だ。スンドクヴィストとその後ろにいる魔法兵たちが次の魔法を引き起こすよりも若干速く、クラーラの洗練されたトランペットの音が燃え上がった。
「可憐な花がお好きなら、火の花はいかがでしょう」
火炎が。渦を巻く真っ赤な火炎の球体が、クラーラのアレグロのメロディに押し出されるように滑降していく。慌ててチューバのレバーに指を伸ばすも、もう遅い。
「マリーと比べているようですね、スンドクヴィスト。確かに魔法でチューバを出現させたのは褒めるべき技術です。しかし貴方は、やはりあの小さなマリーには遠く及ばない」
圧倒的な熱量が、進行先の全てを呑み込もうとするかのように、音を立ててオレンジ色に染まっていく。成す術もなく青色の瞳にクラーラの発した太陽を宿したスンドクヴィストの表情を確認すると、ディサナスの体をもう一度抱き寄せて子どもたちの方へと向かっていく。
「ハルト!」
僕を見つけて駆け寄ってきたアレシュは疲れたような笑みを見せた。無理もない。自身の感情を押し殺して、子どもたちをまとめているのだから。
戻ってきた戦場には変わらず様々な音が飛び交っていた。剣と剣がぶつかり合う音に楽器の音、そして前進する甲冑の金属音。よかった。まだ、全員が無事だ。
地を覆った雪を融かしながら押し寄せる火炎の波を上空から現れた水泡が高速で回転しながら消火した。
「あら、無事に戻ったのね、ハルト。どんな手段を使ったのか知らないけど、その子、ディサナスだっけ? 戦闘不能にさせるなんてやるじゃない」
輪郭が周囲の空間に溶けるように曖昧な形のチューバを抱えながら進んできたその魔法使いは、艶やかな声を出した。耳まで被った帽子の下に黄色の髪と、特徴的な涙ボクロ。
「やはり、スンドクヴィスト。あなたもそちら側の人間だったか」
「インシ──」
「攻撃中止!」
スンドクヴィストは風を切るように手を上げて、後ろの部隊へ命令を出した。
「私は、この者と話がある。次の指示があるまで防衛に徹しよ!」
全身が銀色に輝くプレートアーマーを着込んだ数十人の、おそらく中級魔法部隊は一斉に盾を構えた。
「ヴァゲン・ジョード」
合唱するように複数の声が一斉に魔法を詠唱する。構えた盾の周囲に砂礫がまとわりつくように集まり、スンドクヴィストの後ろに即席の堀が構築された。
「ふふ。統率された部隊ならこんな現象だって簡単につくりだせるわ。貴方たちと違ってね。どう? こちらに寝返る気はない? 今なら反乱軍から民と我が軍を守った英雄でいられるわよ?」
まだ気を失ったままのディサナスの肩にぐっと力を込めた。
「この状況で首を縦にふるとでも思ったか?」
「残念。前も言ったけど私、貴方のこと気に入っているんだけど。まっ、あの平和主義者のマリーと付き合ってるくらいだから、そういう返答になるか。だけど、考えてもみて、ここにいる戦力はスルノア国のほんの一部よ。この数を相手に死に物狂いの戦闘を演じているのに、この先どう立ち居振る舞うつもりなの?」
「そんなことは後でゆっくり考える。それに、スルノア軍の全員が全員、敵になるとも思えないが」
少なくとも宮殿にはカロリナを筆頭にマリーや執事長、オーケ先生にエドもいる。これだけでも一人一人が数百の兵に匹敵するほどの実力を持ってるはず。
「なるほどね。ずいぶん前向きじゃない。それがいつまで続くかわかるないけど」
スンドクヴィストは、真っ赤な口紅を塗った唇を横に引いた。もし、エドが隣にいたのならその色香に惑わされそうな妖艶な笑みを。
「残念だけど、ここで始末するしかないみたいね。せめて後の世に語り継がれるよう、可憐に血を吹かせてあげる」
舌で乾いた唇を潤すと、マウスピースにその小さな口を当てた。強く息を吹き込むと、空気が管を通って、体を震わす音となり弾ける。本人が言うとおり花吹雪が舞うような可憐で滑らかなその音は、空気を切り裂く風を創り上げ、放たれた。短い演奏が止まると同時に、スンドクヴィストは片腕を振り上げ、合図を出した。
「キリンジャ!!」
後ろから何重もの詠唱が聞こえ、スンドクヴィストが発した風を追うように、ナイフの刃先ほどの小さな薄緑色の弧が無数に迫る。回避しようがないほどに速く。だが、そもそもかわす必要はなかった。
斜め後ろから軽やかなトランペットの音が聞こえた。
一音目で僕の目の前に分厚い石壁が生まれ、二音目で頭上をところどころ土が混じった灰色の天井が覆った。そして三音目が聞こえた途端、前方からうめき声が上がる。おそらく、生成された現象で攻撃されたのだろう。それが石つぶてなのか土塊なのかはわからないが。
「素晴らしい演説、感動しました。ハルトはディサナスを連れて一旦後ろへ」
王女から誉められるような演説をしたつもりはないが。
「ああ、タイミングを見て離脱しよう」
「ちっ! 逃がさないわよ! ハルト!」
ほんの少しでも感情的になれば、その瞬間に隙が生じる。これまでの演奏で身についた知識だ。スンドクヴィストとその後ろにいる魔法兵たちが次の魔法を引き起こすよりも若干速く、クラーラの洗練されたトランペットの音が燃え上がった。
「可憐な花がお好きなら、火の花はいかがでしょう」
火炎が。渦を巻く真っ赤な火炎の球体が、クラーラのアレグロのメロディに押し出されるように滑降していく。慌ててチューバのレバーに指を伸ばすも、もう遅い。
「マリーと比べているようですね、スンドクヴィスト。確かに魔法でチューバを出現させたのは褒めるべき技術です。しかし貴方は、やはりあの小さなマリーには遠く及ばない」
圧倒的な熱量が、進行先の全てを呑み込もうとするかのように、音を立ててオレンジ色に染まっていく。成す術もなく青色の瞳にクラーラの発した太陽を宿したスンドクヴィストの表情を確認すると、ディサナスの体をもう一度抱き寄せて子どもたちの方へと向かっていく。
「ハルト!」
僕を見つけて駆け寄ってきたアレシュは疲れたような笑みを見せた。無理もない。自身の感情を押し殺して、子どもたちをまとめているのだから。
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