聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

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ノーゲスト市街戦編

第109話 指揮者の役割

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 中から反応はなかった。ややあって、ゾーヤが再度戸を叩き、中の住人を呼ぶ。

「私の名前は、ゾーヤ。ゾーヤ・チェルニーコヴァー!! コンサーニの隣人に助けを求めて来ました! どうか、扉を開けてください!!」

 すぐに扉は開く。やはり居留守を使われていたようだ。慌てた様子で扉から顔を出した恰幅の良さそうな男性は、ゾーヤの顔を一瞥すると、後ろにゾロゾロと並んだ僕らに訝しげな視線を移した。

「貴様ら、コンサーニじゃないな!? チェルニーコヴァーと言ったな、ワシを騙そうとしてもそうはいかん!」

 目前で閉められようとする扉をゾーヤと僕は肩を入れて止めた。

「邪魔だ! 出てけ! ここは、ワシの家、ワシの土地だ!!」

「お願いです! 話を聞いてください! 敵に追われていて──」

「あーうるさい、うるさい! 大方また戦争でもおっぱじめようってんだろ! さっきから魔法の飛び交う音が聞こえているわ! 反乱だかなんだか知らんが、厄介ごとはもうごめんだ! じゃあな!」

「王国軍に子どもが殺されたんだ!」

 僕がそう叫ぶと、閉じかかっていた扉が軋んだ音を立てながらゆっくりと開かれた。

「小僧、今、なんて言った?」

「王国軍に反逆者の汚名を着せられて、少女が一人死んだ。僕の後ろにいる子どもたちが全員、追われているんだ」

 あえてそんなことを言ったのは、一種の賭けだった。王国に追われている集団に手を貸すなんてことは普通はしないはず。だが、土地を無理矢理奪われたこの男性ならば、感情を揺さぶることができるかもしれない。

「……話を聞いてやる。だが、ここにいては凍えてしまう。長《おさ》の家へ」

 男は扉の近くに立て掛けた毛皮のコートを着込むと、弓矢を手にして外へ出た。

「来い、案内してやる」





「──要件はわかりました」

 ジャラジャラと青の宝玉がはめ込まれた腕輪が揺れた。刺繍が全面に施された真っ赤な服が、薄暗闇の中でも目立つ。暖かそうな、生地はフェルト生地だろうか。

「しかし、ことは我々の身の安全にも関わる問題。おいそれとソリをお貸しすることはできません」

 ためらいがちに言葉を紡ぐ様子に、長の誠実な人柄が透けて見える。

「もちろん、できることならば手助けをしたい。同じコンサーニの隣人の願いとあれば聞き入れなければならない。それが我らの掟でもある……だが」

 そこで言葉を切って、長はクラーラの方に顔を向けた。その視線を追って木の床に座っていた子どもたちもクラーラに目を向けた。

 部屋の中央に配置された囲炉裏の火がはぜる。

「あなたの顔は知っています。アーテムヘルのクラーラ・ミシュリオン第三王女ですね」

 皺が寄り、窪んだ眸が大きく見開かれる。その声にはおそらく若干の怒気が含まれていた。

「ええ。私は、クラーラ・ミシュリオン。アーテムヘルの第三王女です」

「第三王女ともある方が、なぜ追われる身にあるのですか?」

「それは、今お話した通り、敵はアーテムヘルそのものを──」

 長は真っ白な髭に囲まれた口を大きく開いた。

「我々の手を借りるまでもありますまい。数万ものアーテムヘルの大軍が、あなたが簡単な命令を下すだけで動くのではないのですか。そう──かつて、我々にしたように」

「それは……」

 クラーラは言葉を詰まらせてうなだれてしまった。

「お言葉ですが、長。クラーラ王女は分け隔てなく接するお方。私も、クラーラ王女の魔法に救われて今、ここにいるのです」

「ユセフィナ神の聖性魔法、か。だが遠いコンサーニのゾーヤ、忘れたか。我々はそのユセフィナ神の裏切りにあってかの地を追われたのだ。ユセフィナの第一の民と呼ばれた我々が、だ。王女がどんな性格であろうと、その罪を背負う身であることに変わりはない」

「しかし!」

「くどい! やはり、手を貸してはやれん。心苦しいが、お引き取り願いたい」

 ゾーヤもクラーラもうつむいたまま顔を上げることができなかった。悔しさのためか、クラーラの指が床の木を削る──。

 僕はポケットにしまいこんだままの指揮棒《タクト》を握った。指揮者はみんなの音を紡ぐ者。多様な音の調和をはかる者。きっと、こういうときのために僕はオーケ先生から、このタクトを託されたんだ。

「今年の冬は特別寒いのですか?」

 長老は面を食らったような顔をして、長いあごひげを触る。

「急になんじゃ? 今年は……例年と同じだと思うが」

「そうですか。実は、私にはわからないのです。私は、みなさんの言うところの稀人《まれびと》らしく」

 長老の目がまた大きく見開かれた。全員が僕の方に目を向ける。

「なんじゃと? あの、戦乱を呼ぶという稀人だと……噂には聞いていたが」

「そう、戦乱を呼ぶと、残念ながら厄介者らしいのです、私は」

 髭を動かす手が止まった。

「す、すまぬ。そのような意図で言ったわけでは」

「いいえ。もう、言われ慣れましたから──」

 僕は長老の前へ移動すると、床にヴェルヴを置いた。穏やかな灯りに照らされてぼうっと鈍い色が浮かび上がる。

「そんな私にしかし、スルノア国のカロリナ第一王女がこれを授けてくれたのです」
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