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LyF1a

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01話.[わかってしまう]

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「寒いな……」

 一月になってから余計に酷くなっている気がする。
 一日が終わる度に呟いているのに飽きることはなかった。

涼華すずかー」

 振り向いてみたら冬だというのに元気いっぱいな同性がいた。
 そのままこっちに抱きついてきて――突進してきて危うく倒れそうになる。
 やめてと言っているのに全く聞いてくれないからこめかみをぐりぐりしておいた。

「いたたっ……暴力は酷いでしょ」
「あんたが悪い、それでなんで追ってきたわけ?」

 ここは学校から自宅までのルート内というわけではなかった。
 寒いのにひとり海まで来ていたから余計にその異質さには引っかかる。
 それに約束もしていないしね。

「なんか涼華が暗い顔をしていたから」
「寒い以外には特になにもないわよ」

 名前とか似合わないとか何度も思っているけど本当にそう。
 そもそも帰っても父が仕事でいないから意味がない。
 母は私が小さい頃にどこかに行ってしまったから、いつもひとりだから。
 寂しいとかそんな風に感じたことは小学生時代にあったが、いまとなってはどうにもならないことだからと片付けられている。
 なので、彼女のそれは全て間違っていると言えた。

智子ともここそなにかないの?」
「私? ないない、毎日がすっごく楽しいもん」

 富田智子、彼女とは去年から一緒にいる。
 誰かといたいという欲がなかったからひとりで過ごしていたら春に彼女が話しかけてきた。
 別にそういう欲がないからといって冷たく対応するわけでもない。
 でも、まさか二年の冬まで続くとは思わなかったけど、そう内で呟く。

「つか、あんたは彼氏といなさいよ」
「部活があるから無理だよ、そのかわりに日曜日はいっぱい愛してもらえるし」
「うわ、やらしい言い方ね」
「き、キスぐらいしかしないからっ」

 そういうものなのだろうか?
 もし仮に私が彼女みたいな人間で、誰かから愛されていたとしたらもっといっぱいいたいと考えるはず。
 誰かが急にいなくなる経験というのはしていないだろうから余計にそうだ。
 だって私のこれはそれを恐れているからでもあるんだし……。
 とにかく、私と彼女が違うということがよく分かったことになる。

「というかさ、すぐに暗くなることが分かったのにどうしてこんなところに?」
「……なんでかしらね」

 絶望しているとかそういうことではなかった。
 誰かといられないことで寂しすぎるから、そういうことでもない。
 そもそもこうして賑やかな智子が来ている時点で寂しさなんか感じている暇もないし。
 でも、今日ふと急に海を見たくなったのだ。
 結構距離があるし、暗くてまともに見られないのは分かっていた。
 海の近くになんて行ったら余計に寒く感じるのも分かっていた。
 それでも、なんかそうしたい、そうしなきゃって風になったから仕方がない。

「帰るわよ、あんたを家に帰らせないといけないし」
「うん、帰ろ」

 ぺらぺら喋っている智子に適当に返事をしつつ帰路に就き、家の前で別れてからはなんとも言えない気持ちのままひとり帰ることになった。

「ただいま」
「おかえりっ」
「え、……なんでいんの?」

 困惑するこちらを余所に「今日は早く終わったんだ、あ、飯も作っておいたから食べようぜ」とあくまで父らしい感じの様子。
 作ることにならなくてよかったと考える自分と、そうでなくても仕事で疲れている父に動かせてしまって申し訳ないと考える自分がいて忙しかった。
 だけどこうなったらもう仕方がない。
 それに久しぶりだったから食べられて嬉しいと喜んでいる自分もいたのだ。

「どこに行っていたんだ?」
「海の近くに行っていたわ」
「馬鹿かよ、寒くて仕方がないだろそんなの」
「そうね、事実そうだったわ」

 結局、得られたものはなにもなかった。
 なにかを得るために行ったわけではないから当たり前なのかもしれないが。

「……お父さん」
「なんだ?」
「……お母さんがいなくなってからもう時間も経つけどさ、やっぱり寂しい?」

 本当に小さい頃に消えたから思い出と言える思い出もない。
 ただ、そんな母でも生んでくれていなければ私はいなかったわけで……。
 だから恨んでいるとかそういうことは一切なかった。
 恨んだところでなにがどう変わるということでもないし、間違いなく悪い方に傾くだけだろうからこのままでいい。

「まあ……それはな、間違いなく好き同士だったから結婚して子作りまでしたわけだから。だからあんな結果になって正直、文句を言いたいことは沢山あるよ」
「そう……よね、ごめん、余計なことを聞いて」
「いや、俺らのせいで涼華にも迷惑をかけてしまっている形になるからな、悪い」

 自分から出しておいてあれだが、このままだとご飯が不味く感じてくるからやめた。
 そこからは食べることに専念し、食べ終えたら洗い物はやらせてもらった。
 父は既にお風呂にも入っていたみたいだからお風呂に入らせてもらうことに。

「はぁ」

 そうでなくてもあれなのに余計に迷惑をかけてどうする。
 私は自分にできることだけをしていればいい。
 父に対してだけはなにかを言われたら答えるという感じにすればいいのだ。
 そうやって考えているはずなのに学ばない馬鹿な自分がいて腹が立った。



「ちょっと」

 軽くではあったがばんと音が鳴る。
 突っ伏していた自分としてはいきなりのことすぎて困惑した。

「え、私?」
「そうよ、あなたに決まっているじゃない」

 自分と似たような話し方をしているが同じではない。
 彼女はこのクラスの学級委員長で真面目! って感じの女子だった。
 黒髪ロングで綺麗で周りには多くの人間が存在しているような人間がなんの用だろうか。

「あなたはいつもそうよね、教室では寝てばかり」
「やることもないから」

 去られるぐらいならひとりの方がいい。
 あれでも智子は別のクラスだし、来ないことも多いぐらいだった。
 だから私としてはこうして心休まる時間を過ごせているというのに、委員長はそれを邪魔をしようとしているわけだ。

「別にやることをやっていればいいじゃん」
「それはそうだけれど……」
「私は馬鹿みたいに騒いだりして授業を止めたりしたことはないんだけど? 提出物だってちゃんと出しているし、遅刻だってしたことがないんだから休み時間ぐらい寝させてよ、それじゃ」

 そうでなくてもごちゃごちゃしているんだからいまは勘弁してほしい。
 もしこのまま無遠慮に来られたら八つ当たりをしてしまうかもしれない。
 
「ちょっと来なさい」
「ちょっとっ」

 はぁ、みんなから好かれて自惚れているのかもしれないがこういうところは嫌いだ。
 あたかも誰かのために動けている私格好いい的なそれがぷんぷんしている。
 まあそれはだいぶ私の変な見方が影響しているのだろうが……。

「はい」
「え?」

 床に正座なんてしてどうするんだ……。
 それならだらだらとしているこちらにそうさせるのではないのか?

「眠たいのでしょう? 私の膝を使えばいいわ」
「え、いやいや……」
「眠たいわけではないの?」
「あ、じゃあ……」

 なんで同性に膝枕なんてされているんだろうか。
 あ、でも、柔らかくていいかも、なんて考えてしまった自分がいる。

「……委員長はさ、いつもそんな感じで疲れないの?」
「疲れないわ、私は私のしたいことをしているだけだもの」
「そうなんだ」
「あなたは疲れているの?」
「物理的には疲れていないけど精神的には疲れることは多い……かな」

 結構ごちゃごちゃ考えて無駄に体力を消費する。
 なんとかなっているのは智子がいてくれているからでしかない
 誰かといたい欲がないとか言っておきながらこのザマだ。
 父には馬鹿なことを言うし、本当に恥ずかしい人間だった。

「それなら考えることをやめてみなさい」
「……それがなかなかできないのよ」
「私とか富田さんと一緒にいればいいじゃない、そうすれば考え事をしていられる余裕なんてなくなるでしょう?」

 智子はともかく委員長とは今年初めて一緒になっただけだし……。
 というかなんで自然にこんなことをしてくれているんだろうか?
 いや違う、困っている人を見かけたら放っておけない性格なだけだ。
 彼女にはポイントを稼ごうだなんて考えはなく、純粋に助けたいと思っているだけで。

「つか、よく見てるのね」
「富田さんといられているときはあなた、とても安心しているような顔をしているもの」
「そうなの?」
「ええ、信用していることがよく分かるわ」

 まあ……悪く言ってこないし、なにより自分といるときに楽しそうにしてくれていることは普通にありがたいことだ。
 母から捨てられたような人間としてはどうしても不安になるから、あの子の元気さからは間違いなくいい影響を貰えている。

「まだ時間はあるわ、休んでちょうだい」
「……少しだけ」
「ええ、頭を撫でてあげるから」

 間違いなく訳の分からない状態なのに、これが初めての会話と言ってもいいぐらいなのに。
 何故か彼女といられて安心してしまっている自分がいた。
 更に問題だったのは予鈴がなるまでゆっくり寝てしまったことだ。
 目を閉じて時間の経過を待っただけではなく、まるで自分の大好きなベッドに転がっているときのような気持ちよさがあった。

「あ、あんたねえっ」
「落ち着きなさい、少しでも休めたの?」
「……うん」
「ふふ、それならよかったわ、また困ったら頼ってちょうだい」

 こんなの私にとって恥ずかしいことでしかないのにっ。
 ……彼女の笑顔を見たら文句を言う気もなくなってしまった。
 そもそも彼女は私のことを考えてああしてくれたわけなんだから感謝こそすれ、というやつ。

「委員長っ」
「どうしたの?」
「……ありがと、久しぶりに気持ちよく寝られたわ」

 余裕があって羨ましく感じる。
 ただまあ、彼女のことをよく知っているわけではないからそう見えているだけかもしれない。
 彼女だってなんらかの問題と対面しているかもしれないのに。
 でも、分かった気になってそんなことを聞き出そうとするのは違うか。
 仮に聞いたところでなにをしてあげられるというわけでもないし。
 やはり私がしなければならないのは自分らしく、なるべく迷惑をかけずに過ごすことだけだ。
 それをできるかどうかは知らないけど。

「あ゛ー……」

 誰もいなくなった放課後の教室で唸っていた。
 さすがに最近の私は恥ずかしすぎる。
 しかもお礼を言う前に文句を言おうとしたところが人として最低だろう。

「あら、まだ残っていたの?」
「……そう言うあんたは?」
「私は図書室で本を借りてきたの、ほらこれ」

 うわ、これはまた小難しそうな感じの本だ。
 なんか悪いところとかないのだろうか。
 このままでは私の粗が目立ちすぎる。

「あ、あんたの弱点を教えなさいよ」
「私の弱点は猫よ、あの可愛さの前では変な言葉使いになってしまうわ」

 猫なんて全くここら辺りで見たことがない。
 つまり弱点なようで弱点ではないのだそれは。
 もっと身近な感じでと頼んでみたが、それ以外にはないようだった。
 なんでも飼っているから、毎日敗北しているから、ということらしい。

「そのあんたを見せなさいよ」
「いいわ、それなら私の家に行きましょう」
「うん、案内して」

 で、初めて委員長の家に入ったわけだけど……。
 地味に他人の家に入ることに慣れていないから少しだけ緊張していた。
 あと、実際に猫を前にしても弱点らしい感じではなかった。
 可愛いペットを飼っている人間ならこういう感じになるでしょ、そんな感じで。

「な~」
「え、ちょ、ちょっと……」
「噛んだりしないから大丈夫よ」

 い、いや、猫からしたら未知の存在でしかないんだから怖いでしょこれ。
 それなのにどうしてか私の足の上に一生懸命乗ってこようとする猫。

「ふふ、丸まってしまったわね」
「い、移動させなさいよ」
「嫌よ、せっかく気持ちよさそうにしているのに可哀想じゃない、それに」

 なんだ? と委員長の顔を見てみたら意外にもにやにやしているようにも見えた。
 こんな顔をするんだと新鮮さを感じていたら「今日のあなたみたいで可愛いわ」と。

「もうこうなったら連れて帰ろうかしら」
「それは駄目、触るぐらいなら許可してあげるわ」
「あんたもこんなのに構われて大変ねー」
「な~」
「ほらほら、大変だって、ひゃっ!?」

 ……急に耳に触れられて変な声を出してしまった。
 先程は言うことを聞かなかったくせに猫を足の上からどけるとそのまま押し倒してきたという変な感じに。

「随分と可愛い声を出すのね」
「……ま、待って、謝るから……」

 別の方を向くことだけで精一杯。
 彼女はどういうつもりなのかは分からないが、こちらを床に押さえつけたまま。

「な~」
「ふふ、そうね、これぐらいにしておきましょう」

 結果、猫に助けられるという謎の展開だった。
 慌てて座り直して端に移動すると「そんなに警戒しなくていいのに」と少しだけ残念そうにも見えた。

「膝、使う?」
「……そうね、辱めを受けたから五時間ぐらい借りようかしら」
「危ないから一時間ぐらいにしましょう、その後は送ってあげるから」

 駄目だ、彼女相手には冗談も通じない。
 それに送るからって彼女だって女子なんだから危ないだろう。
 なんか智子よりも心配になる人間だった。
 智子はあれでいてガードも硬いし、なにより彼氏がいるからね


「……ここだとあれだからあんたの部屋でもいい?」
「そういえばそうね、家族と遭遇しても気まずいでしょうしそうしましょう」

 部屋に入ったら大人しく彼女の足を借りて休憩。
 いやもう本当に今回のこれで初めてしっかり話したぐらいなのになんだろうね。

「委員長もたまには休みなさいよ? ずっと頑張っていたら疲れるから」
「ええ、分かっているわ」

 十分ぐらいそのまま話して終わりにした。
 最後にレオを撫でてから家をあとにする。
 結局のところ誰かといられることを喜んでいる自分がいる。
 でも、踏み込んだりはしない。
 私と委員長はあくまでクラスメイトというだけ、私と智子はクラスメイトじゃないけど智子が来てくれているだけ。
 勘違いせずに守っておけば傷つくこともなくなるわけだ。

「ただいま」

 学校では散々だったが上手くやってみせる。
 ご飯を作ったりお風呂を溜めたりして父の帰宅を待った。
 毎日同じ時間に帰宅するというわけではないから少しだけ焦れったい時間だ。

「ただいまー」
「おかえり」
「おう、ただいま」

 こうして迎えに行くと頭を撫でてくれることが多かった。
 実はこれが結構好きだったりする。
 今日の委員長といたときみたいに安心できるから。

「やっぱりひとりだと寂しいか?」
「え? なんで急に?」
「いやほら、涼華に迷惑をかけてしまっているわけだからな」
「私の方はなにも問題ないわよ」

 再婚したいということなのだろうか?
 それならそれで全く構わなかった。
 ひとりで頑張らなければいけないという思考は父を苦しめるだけ。
 それにすぐにできるわけではないが、好きな人といられたら癒やしにもなるだろう。

「再婚したいということなら受け入れるわよ?」
「再婚かー」
「強がりでもなんでもなく私の方は大丈夫だからそういう人がいるなら一生懸命に動いてみてもいいんじゃない? まあ、お母さんとあんな感じになっちゃったから怖いかもしれないけど」
「そうだな……、そういうところで引っかかっているのはあるよ」

 父は頬を掻きつつ「だから十年ぐらいこのままだし」と。
 みんながみんなそうではないと考えていてもやっぱり怖くなってしまうか。
 子どもがいる状態だと余計にすんなりいかなさそうだし……。

「お父さんにもそういう存在が必要なのよ、このままではいつか壊れてしまうわ」
「いやいや、家事とかはほぼ任せっきりだからな」
「自己流で自分にできる範囲でしかやれていないわよ」
「そんなことはない、いつも凄く助かってるよ」

 ……こういう父の顔は嫌いだ。
 あと、怒ったりしないことや、不安や不満を吐いてくれないのが嫌だった。
 それと同時に自分が頼りないことが分かってしまうから。
 だからやっぱりそんなことを相談できる人が現れてほしかった。
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