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(3/4) 美味しい物のカロリーはたいてい高い

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 その後もぼくはモンスター相手に勝ちまくった。「やりなおスイッチ」があるんだから当たり前だ。

 この世界の住人には、ぼくはモンスターの動きを全て見切る完璧な戦士として知られるようになった。

 ついた二つ名は「見切りのミッちゃん」。

 ……もう少しかっこいい名前をつけて欲しかったな。

 時間巻き戻したろか。

 そんなこんなで、洞窟の中、今ボクの前にはレッドドラゴンが佇んでいる。世界七大ドラゴンのうちの一匹だ。

 道中であった村人が「七大ドラゴン全てを倒すと何でも願い事を叶えてもらえるらしい」という噂を教えてくれたが、妖精さんは「ただの都市伝説でしょ」と冷たく切り捨てていたのを思い出す。誰も倒したことがないのだから、まぁその通りだろう。

「何しにきた?」
ドラゴンがぼくに問いかけた。

「お前がこの付近の人間を食っているのは知っている。俺はおまえを退治しに来た」
ドラゴンが喋ったことに内心驚いたのを隠しながら、ぼくは答えた。

「そうか、ならば戦うのみ」
ドラゴンはずばぁっと翼を広げた。その風圧だけでぼくは後ろに倒れそうになった。

「せっかくだし、もう少し何か気分を盛り上げるセリフがあっても良いんだぞ」
出会って五秒でいきなり戦闘に入りそうになったので、僕はちょっと焦った。

「そんなのは三流のドラゴンのすることだ」
何処かの傭兵が言いそうなかっこいいセリフを吐いて、ドラゴンが炎を吹いた。

「ぐっ……ドラゴンにもヒエラルキーがあるのか……」
炎に焼かれがらぼくはツッコミを入れた。鎧を着ていても流石に熱い。僕の皮膚はまたたくまに爛れてしまった。

 熱い。痛い。そして、かゆい。

「やりなおスイッチ!」
このままではまずい。すぐに時間を巻き戻した。

 ぼくはドラゴンが炎を噴く直前の時間に戻って、左に走って炎をかわすことにした。

 しかし、ドラゴンの炎は連射可能なようで、二発目をすぐに撃ってくる。その炎をさらに左にかわしたと思った瞬間、三発目の攻撃としてドラゴンの右手の巨大で鋭い爪がぼくを襲った。

 ぼくは激しく壁に打ち付けられ、身動きがとれず絶体絶命になってしまった。

「やりなおスイッチ!」
もう一度時間を巻き戻した。

 二発目の炎を左にかわしては駄目なことがわかったので、今後は右にかわすことにした。

「こっちだ!」
僕が二発目の炎を右にかわすと、
「見切りのミッちゃんは伊達じゃあないっ!」
と、妖精さんが合いの手を入れてくれる。

 しかし、合いの手に効果はなかった。ただの掛け声だから当然だ。

 今度はドラゴンの左手がすばやく僕の足を掴み地面に押し付けると、その巨体で踏み潰されてしまった。

気がつくと、「やりなおしの部屋」に戻っていた。

「あのドラゴン、強すぎる……」
幸い、やりなおしの部屋の机には筆記用具が大量に用意されていた。無限に手に入るようだ。

 ぼくはその中からノートを一冊と、ペンを取り出してメモを取ることにした。

「最初の炎を左 ⇒ 次の炎を右 ⇒ ☓」
「最初の炎を左 ⇒ 次の炎を左 ⇒ ☓」

「ふむ、最初の炎は右によけた方が良さそうだな」
と結論づけると、ぼくは過去に戻る。
「もどれ~~。時間っ!」

 このときのぼくは、自分が楽勝街道を突っ走っているとまだ信じていた。

 しかしながら……。

 結論から言おう。レッドドラゴン戦はまさに地獄だった。そして、神様が「決してくじけないでね!」と最後に言っていた理由を悟ったのだった。

 レッドドラゴンの反応速度が早すぎて、数回炎をかわしても、次の攻撃を適切にあわせてくるのだ。

 ぼくは経験した全てのパターンをノートにメモしていたが、そのノートを十冊使い切るまでやりなおした。右、左みたいな避け方では済まないことも多く、ところどころ図なども書く必要があった。

 勉強は苦手だったが、このおかげでノートのとり方がちょっとずつ上手くなっていったのも感じた。

 また、長い間レッドドラゴンと戦っていたので、彼に対しなんだか奇妙な親近感が芽生えてきて、ぼくは彼を「レッちゃん」と心のなかでよぶことにした。ノートにときどき、レッちゃんの似顔絵を書いて長い戦いの気を紛らわした。

 レッちゃんとの戦いは、おそらく数千回はやりなおしたんじゃないだろうか。

 最終的には、炎を連続二十回避け、爪の十連撃をかいくぐってレッちゃんの尻尾を破壊し、怒りの暴風攻撃を必死に耐え、一瞬のすきを突いて目に剣を突き刺し、暴れまわるレッちゃんの喉にもう一度剣を突き刺して勝利した。

 ともかく最終的には倒すことができた。

「さようなら。レッちゃん」
 勝利後、ぼくはレッちゃんの墓を立てて丁重に葬った。

 妖精さんは気楽に、いかに「見切りのミッちゃん」の戦いが凄かったかを村人たちに語っていたが、ぼくは精神的な疲労でげんなりしていた。

 ところが、これはまだ地獄の入り口でしかなかったことを、ぼくはすぐに知ることになった。
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