婚約破棄を言い渡されたので、大人しく実家へ帰ろうと思います 他

星山遼

文字の大きさ
8 / 15
婚約破棄された聖女は、千年の眠りに就く事にしました

前編

しおりを挟む
「リルディア、君との婚約を解消したい」

 前置きもなくそう切り出され、リルディアは金色の瞳を見開いてオズワード王子を凝視した。リルディアの足元で伏せていた雪色の毛並みの獣が、低い唸り声と共に頭をもたげる。
 狼に似た獣の視線を真正面から受けたオズワードは顔を引きつらせて身をよじり、豪奢なソファの背もたれにしがみついた。無様な姿を晒した事が悔しかったのか、憎々しげに唇を歪ませてリルディアを睨む。
 神から遣わされた神聖な獣を直視出来ないオズワードの度胸のなさに呆れつつ、とにかく睨まれ続けるのはイヤだったリルディアは聖獣の背中を軽く撫でて威嚇を止めさせる。
 動物全般を嫌う王子とは逆に、リルディアは動物が大好きだ。だから王子が不憫でならない。
 シャンデリアの光を弾いて輝く毛並みはどんな宝飾品より美しく、絹よりも遥かに滑らかで最高の触り心地なのに。こんなにも素晴らしい聖獣を愛せないなんて、人生を損しているとしか思えない。
 オズワードは咳払いをしてリルディアに向き直ると、しかめつらしい表情を作って口を開いた。
「王族の責務として、俺は聖女である君と婚約した」
「はい」
「本来であれば、孤児である君が第一王子である俺と婚約するなど有り得ない。これはひとえに君が『悪しきモノを退けるチカラを持つ聖女』であるが故の特例措置だ」
「はい」
「我が国が魔物の被害を受けず平和を保っているのは君のチカラあっての事。父である王も、国民もそう信じている」
「はい」
 リルディアは律儀に肯定の言葉を返す。
 以前、適当に話を聞き流して返事をおろそかにしていたら「俺の話を聞いているのかっ?」と怒鳴られてしまった。それ以来、面倒でも話を聞く姿勢を見せる努力をしている。
「だが!」
 ばん!とテーブルを叩いて立ち上がったオズワードが声を張り上げる。しかし、力加減を誤って掌を痛めたらしい。 碧眼へきがんを潤ませて痛みに耐える王子を見て、リルディアはうっかり噴き出しそうになって必死に唇を引き結んだ。
「我が国の平和が保たれているのは聖女のチカラゆえではない。軍の尽力があるからこそだ!」
 あら、正論も言えるのね。
 リルディアは心の中でこっそり呟く。
 正直言ってリルディア自身、聖女のチカラがどんなものなのか、いまいち分かっていない。
 一年前、孤児院で洗濯物を干していた時、ふらりと現れた聖獣から「君こそ聖なるチカラをその身に宿す、神に選ばれし者。国を守る聖女だ」と告げられ、城へ押し込まれ、あれよあれよと言う間に第一王子との婚約が決まって現在に至る。
 取り敢えず聖獣に促されるまま、国の平和を願って日々祈りを捧げてはいるが、本当にそれで効果があるのか定かではない。
 全身が光るとか、たちどころに怪我を癒すとか、目に見える奇跡は何一つ起こせない。ただ『聖獣に認められた』、それだけがリルディアを聖女たらしめている。
 あるかどうかも分からない聖女の神秘より、目に見える兵力こそを信じる。それはリルディアも同じだ。城で祈っているだけの自分より、実際に魔物に立ち向かう兵士の方がよほど頼もしいし、尊敬に値する。
 オズワードは黙ってリルディアを睨み据えている。どうやらリルディアの反応を待っているらしいと察し、ちょっと考えてから口を開いた。
「オズワード様の仰る通りだと、私も思います。でも、それと婚約解消とどう話が繋がるのですか?」
 オズワードは苛立たしげにソファに腰を下ろして足を組んだ。その顔には『そんな事も分からないのか』とあからさまに書かれている。
「聖女とは、もっと目に見えて分かり易い存在であるべきだと思わないか?例えば、神々しい程の美貌の持ち主であるとか」
 つまりリルディアの容姿は聖女としてのインパクトに欠けると言いたいらしい。
 確かに癖の強い赤毛と、孤児院育ちで痩せっぽちな体つきは庶民的どころか貧相過ぎて神秘性とはかけ離れている。高貴なオーラや気品も皆無だ。
 ストレートな指摘にヘコむリルディアの手に、聖獣が擦り寄った。慰めようとしてくれる気遣いが嬉しくて、自然と笑みが溢れる。
 仲睦まじい様子を見せつけられて面白くないのか、オズワードの声が刺々しさを増す。
「国王や国民の心の拠り所としての聖女は必要だろう。だが、その役目は君には荷が重すぎるのではないかと心配しているんだ」
 そこで意味ありげに言葉を切り、オズワードはニヤリと笑って見せる。
「だから君に代わる聖女を、こちらで用意しようと思う」
「代わりの聖女、ですか?一体、誰を?」
「シトラ男爵家のレイーズは知っているだろう?」
 孤児院育ちのリルディアにとって、貴族の階級や人間関係は複雑過ぎる。だから貴族は十把一絡げに『何か偉い人』と言う認識でしかない。
 そんなリルディアであっても、レイーズの名前と顔は知っていた。その位、見る者に強烈な印象を与える破格の美少女なのだ。
「彼女なら聖女として崇められるに相応しい資質を備えている。君もそう思わないか?」
 それ、つまり自分が美人と結婚したいだけなんじゃないの?
 うっかり喉元まで出かかった本音を、どうにか飲み込む。思いっ切り表情には出てしまっていたが、幸いオズワードには気付かれずに済んだ。
「勿論、君の待遇はちゃんと考えるから心配いらない」
 取って付けた様に言葉を継ぐ。
 アテにならない事は明白だった。
 どうせレイーズと結婚して王位を継いだら、リルディアの存在など綺麗さっぱり忘れるだろう事は想像に難くない。
 リルディアは「はぁ」と間の抜けた相槌を打ちながら、王子の提案を整理する。

 国王や国民は『聖女あっての平和』だと信じている→分かる
 しかし聖女のチカラは眉唾ものだ→分かる
 だから、より聖女らしく見える美人の替え玉を用意(して結婚)する→意味不明

 こんな人が第一王位継承者で大丈夫なのかしら、この国。
 リルディアはオズワードから視線を外し、突然の婚約解消に混乱している風を装って俯く。
 リルディアに説明して同意を得る体裁を取ってはいるが、オズワードにとってこの件は決定事項なのだろう。聖女とは言え明らかに身分が劣るリルディアの反論などはなから聞き入れる気もない。まさに権力者の傲慢。
 視線を横へ滑らせると、聖獣と目が合った。その黄金色の瞳を見詰め、リルディアは小さく頷いた。立ち上がって粛々と頭を下げる。

「お話は、分かりました。オズワード様のお言葉に従います」

 その翌朝。
 いつも通りリルディアを起こしに部屋へ入った侍女が、「せ、聖女様が、聖女様が!」と城中に響き渡る悲鳴を上げて廊下へ転がり出た。
 普段であれば起床しているリルディアが眠ったままでいる事をいぶかしんで声を掛け、体を揺すったが、彼女は固く瞼を閉ざしたまま目覚めなかったのだ。
 規則正しく上下する胸元と、微かな呼気から死んでいない事だけは分かる。だが、それだけだった。

 こうして聖女は、聖獣と共にいつ目覚めるとも知れない眠りに就いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません

綾森れん
恋愛
「お前のような真面目くさった女はいらない。婚約は破棄させてもらう!」 婚約者だった公爵令息に冷酷に言い放たれたリラ・プリマヴェーラ。 だが、彼女の心にあったのは悲しみではなく―― 十年前の王族暗殺事件を調査したいという情熱だった。 伯爵令嬢であるリラは、鉄の掟を守る『鬼の騎士団長』の娘。 彼女には恋よりも何よりも優先すべき使命があった。それは、十年前に幼い王子が暗殺された事件の真相を暴き、父を、そして王国を陰謀から救うこと。 婚約破棄直後、彼女の前に現れたのは、天使の歌声を持つ美貌のカストラート(去勢歌手)、アルカンジェロだった。 彼が十年前の事件について密かに調べていることを、リラは知ってしまう。 真相を探るため、リラは彼を自分の音楽教師として迎え入れ、距離を縮めていく。 事件解決の協力者として彼と接するうち、リラは謎めいたアルカンジェロに危機を救われることになる。 しかし、リラは知らない。 アルカンジェロの正体が、十年前に暗殺されたはずの第三王子であることを。 そして彼にとってリラこそが、初恋の女性であることを。 彼は十年間、密かにリラを想い続けていたのだ。 王位を狙う者たちから身を隠すため、声楽の技術を駆使して、教会歌手として大聖堂で生き延びてきたアルカンジェロだったが、王家を巡る不穏な陰謀が静かに動き始めていた。 捜査に猪突猛進な堅物令嬢と、彼女を影から支え執着を見せる、カストラート歌手のふりをした王子。 宮廷の闇を切り裂く二人の恋と事件の行方は――? ※本作は、過去に投稿していた『真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています』の設定・キャラクター・構成を大幅に改稿し、新作として再構成したものです。 物語の結末やキャラクターの掘り下げを強化しておりますので、初めての方も、以前お読みいただいた方もお楽しみいただけます。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

婚約破棄された侯爵令嬢ですが、帝国の次席秘書官になりました ――王の隣ではなく、判断を誤らせない場所へ

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として王宮に仕える侯爵令嬢ゼクレテァ。 彼女は華やかな場に立つことはなく、ただ静かに、しかし確実に政務と外交を支えていた。 ――その役割が、突然奪われるまでは。 公の場で告げられた一方的な婚約破棄。 理由はただひとつ、「愛している相手がいるから」。 ゼクレテァは感情を見せることなく、その決定を受け入れる。 だが彼女が王宮を去った後、王国には小さな歪みが生じ始めた。 些細な行き違い、遅れる判断、噛み合わない政策。 それらはやがて、国家全体を揺るがす事態へと発展していく。 一方、行き場を失ったゼクレテァの前に、思いもよらぬ「選択肢」が差し出される。 求められたのは、身分でも立場でもない。 彼女自身の能力だった。 婚約破棄から始まる、 静かで冷静な逆転劇。 王の隣に立つことを拒んだ令嬢は、 やがて「世界を動かす場所」へと歩み出す――。 -

処理中です...