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婚約破棄された聖女は、千年の眠りに就く事にしました
後編
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頬を撫でる心地良い風に誘われて、リルディアは瞼を開けた。何度か瞬きをした後、大きく腕を上げて伸びをする。
「ふぁ……よく寝たぁ」
『おはよう、リルディア』
目元を擦るリルディアに、聞き馴染んだ声が掛けられる。低く耳障りの良い声が紡ぐ言葉は、人間のものとは微妙に響きが違う。
リルディアは視線を落とし、枕元に侍る聖獣へ笑顔を向けた。
「おはよ。何だか随分景色が変わったわね」
眠る前にあった豪奢な調度品はおろか、部屋というか城そのものがなくなっていた。眠っていたベッドだけが記憶通りのもので、しかしそれも森の中にぽつんと置かれている。
『それはそうだろう。キミは約一千年も眠っていたのだから』
「せんねんっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げる。
リルディア自身は「ちょっと寝過ぎたかも?」程度の認識でしかない。だが、それだけの年月が経過していればこの変化も納得出来る。
「私が眠っている間、何か起こった?」
『国が消滅した』
「うん、それは見れば分かるわね」
簡潔な返答に、つい突っ込んでしまう。聖獣はしばし考える様な間を置いてから再び口を開いた。
『キミが目覚めないのを良い事に、王子は件の令嬢を新たな聖女に担ぎ上げて結婚したが、一年も経たずに魔物に攻め込まれた』
「あー、私の聖女のチカラって本物だったんだ?」
『この私が選んだのだから当然だろう』
得意気に言われて、リルディアは心の中でこっそり詫びた。
ごめん、あんまり信じてなかったわ、私。
『二人の結婚式は呆れる位に華々しかったぞ。キミの好物も山盛りだった』
「ちょっと、どうしてその時に起こしてくれなかったのよっ?」
『起こしてしまったら計画は台無しだろう』
食べ物の話題に目の色を変えて食って掛かると、聖獣は渋面になった。
婚約解消を了承した日の夜、自室へ引き上げたリルディアと聖獣は今後の相談をした。
オズワードはリルディアに『待遇はちゃんと考えるから心配いらない』と言ったけれど、所詮は口約束。それどころか、男爵令嬢レイーズを聖女に仕立て上げて結婚した後は、真実を知る本物の聖女であるリルディアを排除しかねない。と言うかあの王子なら多分そうする。
城から追放される程度で済めばまだ良い方で、口封じに命を狙われる可能性も高い。
面倒な事になる前に城から脱出する手もあるが、それだと今度は追っ手をかけられてしまう。悪い事などしていないのに逃亡生活なんて真っ平御免だ。
なまじ相手が王族なだけに厄介だ。頭を抱えたリルディアに、聖獣は『私に任せて欲しい。必ずキミを守ると約束しよう』と告げた。黄金色の強い眼差しを受けて、リルディアは頷いた。詳細も聞かずに。
この聖獣になら命を預けても良い。たとえ裏切られて死ぬ事になったとしても本望だと、心の底から思った。だから。
ベッドに入ったリルディアに聖獣が擦り寄る。目を閉じて「おやすみなさい」と告げたリルディアの唇を、ふわりと何かが掠めた。
少し冷たくて、微かに湿るその感触が聖獣の口付けだと気付いた瞬間、リルディアの意識は深い眠りに堕ちた。
むむむ、と唸って黙るリルディアに、聖獣は気を取り直して話を続ける。
『人間と魔物の闘争が続き、劣勢になった人間が散り散りに逃げると、今度は魔物同士の争いが始まった。最終的にここには何もいなくなった』
「そんな派手なドンパチやってる中で、よく無事だったわね、私達」
『この私が守っているのだから当然だろう』
またしても得意気に言い切る聖獣に御礼を述べて、リルディアはその背を撫でた。雪色の毛並みの手触りは記憶通りで心地良く、陽光を弾いて美しく輝いている。
『それで、これからどうする?』
問われて、リルディアはベッドから下りて靴を履いた。足裏に伝わる、土を踏む感触が懐かしくて、金色の双眸を細めた。
「取り敢えず、行きましょ」
『どこへ?』
「どこかへ。誰かに、何かに会えるかも知れないでしょ?」
『誰も、何もいないかも知れないぞ?その時はどうする?』
「あら、アナタがいるでしょ?」
もし誰も、何もいなければ、この世界にはリルディアと聖獣、一人と一匹きりだ。世界を一人と一匹占めだ。どこまでいってもお互いだけの世界。それはそれで素晴らしい。
この美しい獣がリルディアだけを見て、リルディアだけに話しかけて、リルディアだけに触れてくれる世界。想像するだけでうっとりする。
孤児院時代に絵本を読みながら夢見た王子様やドレスは、結局リルディアの心を満たしてはくれなかった。
だが、この聖獣は違う。
出会った瞬間にその美しさと神々しさに魅了され、心臓が壊れそうな程に早鐘を打った衝撃は今も鮮明に覚えている。
抱いた想いは初めて出逢った日から変わらないまま。むしろ千年の眠りの間に募り募って溢れて止まない程だ。
「さぁ、行きましょ」
ネグリジェの裾をふわりと翻して、リルディアは足取り軽く歩き出した。
「ふぁ……よく寝たぁ」
『おはよう、リルディア』
目元を擦るリルディアに、聞き馴染んだ声が掛けられる。低く耳障りの良い声が紡ぐ言葉は、人間のものとは微妙に響きが違う。
リルディアは視線を落とし、枕元に侍る聖獣へ笑顔を向けた。
「おはよ。何だか随分景色が変わったわね」
眠る前にあった豪奢な調度品はおろか、部屋というか城そのものがなくなっていた。眠っていたベッドだけが記憶通りのもので、しかしそれも森の中にぽつんと置かれている。
『それはそうだろう。キミは約一千年も眠っていたのだから』
「せんねんっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げる。
リルディア自身は「ちょっと寝過ぎたかも?」程度の認識でしかない。だが、それだけの年月が経過していればこの変化も納得出来る。
「私が眠っている間、何か起こった?」
『国が消滅した』
「うん、それは見れば分かるわね」
簡潔な返答に、つい突っ込んでしまう。聖獣はしばし考える様な間を置いてから再び口を開いた。
『キミが目覚めないのを良い事に、王子は件の令嬢を新たな聖女に担ぎ上げて結婚したが、一年も経たずに魔物に攻め込まれた』
「あー、私の聖女のチカラって本物だったんだ?」
『この私が選んだのだから当然だろう』
得意気に言われて、リルディアは心の中でこっそり詫びた。
ごめん、あんまり信じてなかったわ、私。
『二人の結婚式は呆れる位に華々しかったぞ。キミの好物も山盛りだった』
「ちょっと、どうしてその時に起こしてくれなかったのよっ?」
『起こしてしまったら計画は台無しだろう』
食べ物の話題に目の色を変えて食って掛かると、聖獣は渋面になった。
婚約解消を了承した日の夜、自室へ引き上げたリルディアと聖獣は今後の相談をした。
オズワードはリルディアに『待遇はちゃんと考えるから心配いらない』と言ったけれど、所詮は口約束。それどころか、男爵令嬢レイーズを聖女に仕立て上げて結婚した後は、真実を知る本物の聖女であるリルディアを排除しかねない。と言うかあの王子なら多分そうする。
城から追放される程度で済めばまだ良い方で、口封じに命を狙われる可能性も高い。
面倒な事になる前に城から脱出する手もあるが、それだと今度は追っ手をかけられてしまう。悪い事などしていないのに逃亡生活なんて真っ平御免だ。
なまじ相手が王族なだけに厄介だ。頭を抱えたリルディアに、聖獣は『私に任せて欲しい。必ずキミを守ると約束しよう』と告げた。黄金色の強い眼差しを受けて、リルディアは頷いた。詳細も聞かずに。
この聖獣になら命を預けても良い。たとえ裏切られて死ぬ事になったとしても本望だと、心の底から思った。だから。
ベッドに入ったリルディアに聖獣が擦り寄る。目を閉じて「おやすみなさい」と告げたリルディアの唇を、ふわりと何かが掠めた。
少し冷たくて、微かに湿るその感触が聖獣の口付けだと気付いた瞬間、リルディアの意識は深い眠りに堕ちた。
むむむ、と唸って黙るリルディアに、聖獣は気を取り直して話を続ける。
『人間と魔物の闘争が続き、劣勢になった人間が散り散りに逃げると、今度は魔物同士の争いが始まった。最終的にここには何もいなくなった』
「そんな派手なドンパチやってる中で、よく無事だったわね、私達」
『この私が守っているのだから当然だろう』
またしても得意気に言い切る聖獣に御礼を述べて、リルディアはその背を撫でた。雪色の毛並みの手触りは記憶通りで心地良く、陽光を弾いて美しく輝いている。
『それで、これからどうする?』
問われて、リルディアはベッドから下りて靴を履いた。足裏に伝わる、土を踏む感触が懐かしくて、金色の双眸を細めた。
「取り敢えず、行きましょ」
『どこへ?』
「どこかへ。誰かに、何かに会えるかも知れないでしょ?」
『誰も、何もいないかも知れないぞ?その時はどうする?』
「あら、アナタがいるでしょ?」
もし誰も、何もいなければ、この世界にはリルディアと聖獣、一人と一匹きりだ。世界を一人と一匹占めだ。どこまでいってもお互いだけの世界。それはそれで素晴らしい。
この美しい獣がリルディアだけを見て、リルディアだけに話しかけて、リルディアだけに触れてくれる世界。想像するだけでうっとりする。
孤児院時代に絵本を読みながら夢見た王子様やドレスは、結局リルディアの心を満たしてはくれなかった。
だが、この聖獣は違う。
出会った瞬間にその美しさと神々しさに魅了され、心臓が壊れそうな程に早鐘を打った衝撃は今も鮮明に覚えている。
抱いた想いは初めて出逢った日から変わらないまま。むしろ千年の眠りの間に募り募って溢れて止まない程だ。
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