王子様は伯爵令嬢との婚約を破棄して、聖女様と結婚するそうですよ? 他

星山遼

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婚約解消を言い渡されましたが、あっという間に人生二度目の婚約が決まりました

後編

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 国王夫妻が退出した後も、カナンは呆然とソファーに座ったままだった。
 ギルフレッド王子との婚約が決まった日から今日に至るまで、カナンなりに次期王妃として相応しい女性になるべく努力してきたし、他の婚約者候補には引けを取らない自信はあった。
 しかしまさか、ギルフレッドとの婚約が解消されてもなお次期王妃として望まれるとは。
「あの、カナン義姉ねえ様?」
 名を呼ばれ、細い肩が跳ねる。驚いて顔を上げると、いつの間にか第ニ王子ヴィノが眼前に立っていた。
「驚かせてごめんなさい。ノックしたけれど返事がなかったから……」
「い、いいえ。こちらこそ失礼致しました」
 慌てて立ち上がり、頭を下げて非礼を詫びる。
 そのまま会話が途切れてしまい、室内を静けさが支配する。
 二人してそわそわと相手の出方をうかがっていたが、沈黙を破ったのはヴィノだった。
「ごめんなさい、カナン義姉様」
 ヴィノが再び謝る。心底申し訳なさそうな表情で。
「カナン義姉様はギルフレッド兄上の為に、王家の為に、ずっと努力してきてくれたのに、こんな事になってしまって」
「それはヴィノ様の責任ではないでしょう?」
 それに、突然次期国王に指名されたヴィノの方がもっと混乱しているはず。
 勿論ヴィノも王族としての教育は受けているし、心構えも出来てはいるだろう。だがそれでも、突如肩に乗せられた責務は重く、受け入れるには時間が掛かって当然だ。
 カナンが向ける気遣わしげな眼差しで察したのか、ヴィノは端正な顔立ちに微笑みを浮かべて言った。
「ボクは大丈夫。だってこれはボクの為でもあったんだし」
 細められたヴィノの碧眼へきがんが、僅かに影をはらんでくらくなる。口元の微笑が緩く吊り上がって歪んだ様に見えたのは、カナンの錯覚だろうか?
「兄上の不義を父上に告発した時に、覚悟は決めていたから」
「え?」
 言葉の意味がすぐには理解出来ず、カナンは栗色の双眸そうぼうを見開いて硬直する。
 確かに『ギルフレッド王子は婚約者がいる身でありながら他の女性フレスと恋仲らしい』と噂になっていた。だが二人は逢瀬を重ねる際にかなり神経を尖らせていた様でなかなか尻尾を出さず、カナンも決定的な証拠は掴んでいなかった。
 だが、国王夫妻はギルフレッドとフレスの関係を知っていた。王位継承権剥奪を決定出来る程に確実な情報を手にしていた。
 では、その情報をもたらしたのは誰か。
「ヴィノ様が仕組まれた、のですか?」
 問う声が掠れる。
 カナンの指摘に、ヴィノはおどけた仕草で肩をすくめた。
「仕組んだ、なんて言われるのは心外だな。ボクはただ、不正を正しただけだよ?」
 さほど悪びれた様子もなくヴィノはうそぶく。
 ギルフレッドの不義は『王家の恥』とそしりを受けてもおかしくないものだ。だからヴィノの告発は王家を守る正しい行いだと言える。
 王城で生活を共にするヴィノであれば、ギルフレッドの行動から不審な点を割り出す事もそう難しくない。
「兄であるギルフレッド様が王位継承権を失えば、王位はヴィノ様の手に転がり込むーーそれを狙っていた、と?」
「うーん、王位に興味があったのは否定しないけれど、それはあくまでかな?最終的に欲しかったものはそれではなかったし」
 腕を組んで天井を見上げ、ヴィノは唸る。王位を扱いする程に欲しいものなど想像がつかなくて、カナンは眉をひそめた。
「それが何か、お聞きしても?」
 カナンの問いに、ヴィノは視線を戻してカナンの胸元に人差し指を突き付けた。ずいっ、と顔を近付ける。
貴女あなただよ、カナン義姉様」
「は?」
 思いもよらない返答に、つい頓狂とんきょうな声を上げてしまう。相当おかしな顔をしていたのか、ヴィノは楽しそうに肩を震わせて笑った。
 ひとしきり笑った後、真剣な顔に戻ってカナンの水色の髪を一房、指に絡める。唇を寄せ、熱のこもった眼差しと共に吐露した。
「ボクはずっと、貴女が欲しかったんだ」
 婚約者ギルフレッドの弟だったから顔を合わせる機会はそれなりにあったし、他の令嬢よりは親しかったと思う。
 だが、それだけだ。彼からそこまでの好意を寄せられる覚えがない。だから、嬉しさよりも戸惑いが先に立つ。
「ボクを『ギルフレッドの代わりにすらなれない王子』とさげすむ人達から、ボクを守ってくれたのは貴女だけだった」
 瓜二つの容姿。真逆の性格。常に兄と比較され続けた、双子の弟。
「ボクは兄上を支えられればそれで良いと自分に言い聞かせて来た。でも、」
 言葉を切ったヴィノが顔を上げる。普段は曖昧な笑みで無益な争いを避ける彼が、今は怒りを露わにして握り締めた拳を震わせていた。
「貴女をないがしろにされて、どうしても兄上を許せなくなった」
 不誠実なギルフレッドにはカナンを任せておけないと決心して、ヴィノは行動を起こした。
 その気持ちが嬉しくて、カナンの目頭が熱くなる。
「ありがとうございます、ヴィノ様」
「礼には及ばないよ。言っただろう?これはボクの為でもあったんだ」
 あくまでもヴィノが『障害ギルフレッドを排除して己の望むものカナンを手に入れたいから』行動したまでの事。それならば確かにカナンの礼は不要だろう。
 そう考えた時、カナンの意識に引っ掛かるものがあった。
 似た様な事が、かつてあった気がする。
 あれは……そう、ヴィノが悪し様に言われては見かねたカナンが言い返していた子供時代。ヴィノの陰口を叩いていた者はいつの間にか失脚し、カナン達の前から消えていた。
 『そのうち大人しくなりますよ』と言うヴィノの言葉通りに。今回のギルフレッドと同じ様に。
 幼い頃の自分は、それをヴィノの予知能力ではないかと無邪気な推測をしていたけれど。彼は微笑の下に冷たい敵意を隠して相手の弱点を地道に探り……致命的な一撃を与える瞬間を待ちながら牙を研ぎ続けていたのでは?
 微かに表情を強張らせて、カナンはヴィノを見る。
「どうかした?」
 カナンの表情の変化に気付いていないはずがないのに、ヴィノはあどけない仕草で小首を傾げる。
「……いえ、何でもありません」
 そのしたたかさと図太さに、場違いに感心してしまった。
 そして、同時に思う。
 国の為に双子の兄を蹴落とす冷徹さと、己に楯突く者を追い落とす機をうかがう忍耐強さ、隙を逃さず的確にとどめを刺す決断力。それは国を背負う者に相応しい資質だと。
 女にうつつを抜かして己に課せられた責務を投げ出し、挙げ句全てを失う愚かな男よりーーよほど玉座に相応しいと。
「分かりました。そういう事なら私も覚悟を決めましょう」
 背筋を伸ばして昂然こうぜんと顔を上げ、ヴィノへ手を差し出す。握手のつもりで伸ばした手は、ヴィノに掴まれ引き寄せられた。
 よろめいてヴィノの胸へ倒れ込んだカナンを、力強い腕が抱き締める。顔を紅く染めて身じろぎするカナンの耳朶じだを、ヴィノの甘やかな囁きがくすぐった。

「末永く宜しく、我が妃」
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