59 / 147
第58話 ダンジョン攻略1
しおりを挟む
レイダニースさんの依頼を受けた4日後の土曜日。
どんよりとした雲の下、僕たち5人はウェレッタ先生に連れられ学園の講堂、その裏へと向かっていた。
近づくにつれ、心がざわつく。
空気もなんだか淀んでいるような、何か不安をあおるような気配。
そんな中おもむろに先生が立ち止まった。
「ここだ。ここに迷宮の入口がある」
「っ!?…えっ?ここですか?」
思わず声を上げるキャルン。
元気のない低潅木。
申し訳なさそうにひっそりと生えていた。
「…まさかここが入り口とは…まあ誰も気付くまい?…だからこそ『脅威』でもあるのだ。――すでに結界の崩壊、始まっている」
先生の言葉。
僕は小さく頷いていた。
これははっきり言ってもう時間がないに等しい。
少しの衝撃で、いきなり“顕現”しそうなほどには結界の魔力が尽きかけていた。
「先生、鍵のようなモノはあるんですか?」
「ああ。これだ」
そう言いポケットから小さな首飾りを取り出すウェレッタ先生。
古代文字?
細かい装飾のされたそれ。
ありていに言って失われた技術だ。
「…『汝…魔力の欠片…天に通す』?…うーん。細かい所、読めませんね」
「っ!?なあっ?!ラ、ライト…お前、読めるのか?」
「ええ。これ古代文字です。…僕よりもティアの方が詳しいかな」
幼少のころに読み漁った書物。
その中にあった1冊の本。
それはまさに古代文字で書かれた物語の本だった。
おもむろに手に取るティア。
何故かルイも興味津々だ。
「ふう。…これ、壊れていますね。すでにカギの用途としてあと1回くらいしか使えませんわね」
「っ!?1回?!…ハハ、ハ。まさに最後のチャンスだったわけだ…ライト、頼めるか?」
「ええ。問題ありません。…先生は入れないのですよね?」
「ああ。スマンが学園長の部屋で話した通りだ…ライト」
「うん?」
「友を――イスルダムを頼む」
真剣な表情を浮かべるウェレッタ先生。
どうしても僕にはこの人が悪い人には見えないんだけど…
「ねえ先生?もしかして“他の罪状”とかもあったりします?」
「…まあ、な。…だがスマン。それは言いたくない」
「…ふう。分かりました。お任せください」
「ああ。気を付けてな」
そして魔力を込めるウェレッタ先生。
空間が悲鳴を上げ、感じたことの無い魔力が迸る。
「…うん。これ一応転移系の魔術だ。みんな僕につかまって」
「はい」
「「うん」」
「ええ」
接点の輪郭がぼやけ始め――
僕を中心に、侵食してくる異次元の結界。
包み込み一瞬で視界が切り替わった。
ダンジョン攻略の始まりだ!
※※※※※
「ふう。どうやら着いたようだね。みんな大丈夫?」
「うん」
「問題ないよ」
「うちも大丈夫」
「っ!?…ライト様!」
ティアの声掛けと同時に僕の危機感知が仕事をする。
さすが彼女は優秀だ。
着いた場所。
広いドーム状の部屋。
薄っすらとほのかに壁が発光していて、視界はどうにか確保されていた。
そしてこちらに突き刺さる視線。
見たことの無い魔物が4体、こちらを視認し近づいてくる。
「…レベルは…雑魚だね。キャルン姉さま」
「っ!?は、はい」
「鍛錬の成果、僕に見せてくれる?」
「…うん」
すらりと腰から剣を抜き放つ姉さま。
構えると同時に濃密な闘気が吹き上がる。
「っ!?凄い…マジで70超えたんだ…見直した」
「うん。本当にすごいね。…うちも負けてられないや」
感嘆の言葉を漏らすルイとルザーラナ。
そりゃあね。
僕の自慢の姉上だよ?
「ハアアアアッッッ!!!」
一閃。
眼にもとまらぬ踏み込みと、発する剣気。
一瞬でバラバラになる魔物4体。
とても初めてとは思えぬキャルンの初戦闘は一瞬で決着を見た。
「っ!?うあ、ラ、ライト…あ、頭の中に声が…?!!」
「うん?ああ。経験値だね。…レベル…うわっ、凄い。今の戦闘だけで3も上がったんだね」
「う、うん。…ふわあ、力が…」
薄っすらと発光するキャルン姉さま。
今までの地道な努力、そして僕特製の短期集中の鍛錬。
それにより開花した姉さまはまさに最強への道を歩き始めたんだ。
僕は満足げにその様子に頷いていた。
「うん。問題ないね。どんどん行こうか!」
※※※※※
便宜上『始まりのフロア』と名付けた最初に訪れたドーム状の部屋。
僕たちはいくつかの能力を使い、マッピングしながら探索を続けたのだけれど。
「むう。また行き止まり…ライト、こっちはダメだよ」
「ふう。こちらもダメですわね。…ライト様、把握は出来まして?」
途中襲い掛かる魔物を倒しながらも僕たちは順調に探索をし、このフロアを含めた第1層、把握が完了していた。
「…うーん。あの部屋の隣にあった階段、あれが正解か。…ここの作成者、センスないよね」
普通ダンジョンであるのなら、入り口近くの階段は殆どがダミーだ。
なのにこのダンジョン、地下に行く階段、どうやらあそこだけのようだ。
もちろん僕は魔力で把握済み。
少し怪しい場所もあったのだけれど。
既に先に来た人が壊していて使えない状況になっていた。
「お宝もないし…しょうがない。少し休憩したらさっきの階段から降りようか」
「そうですわね。…じゃあ準備しましょう。ルイ、ルザーラナ、手伝ってくださる?」
「はーい」
「うん」
うん?
どうして準備3人かって?
そりゃあ…
「アハハ、アハハハハハハハハハッッ!!!!」
とても淑女とは思えぬ笑い声をあげ、魔物を蹴散らす姉さま。
そして転がる多くの死骸。
まあ、ね。
強くなれるこの空間。
魔物の返り血でべとべとになった髪が顔を隠しているし?
そしてぎらつく眼光――
まさにホラー。
彼女はぶっ飛んでいた。
※※※※※
「それでキャルン?少しは落ち着いたかしら?」
「あう、ご、ごめんなさい」
ティアの魔術と温かいお茶でどうにか落ち着いたようで。
彼女は肩をすくめ、視線を床に落とす。
気付いた時姉さまは。
まさにトランス状態。
全身を魔物の返り血でとんでもない状態になりながら、既に数本目の剣を壊し、魔物を殺しまくっていた。
余りの急激なレベルアップ。
それはある意味過剰な興奮状態を引き起こす。
彼女はまさに“修羅”となっていた。
最初は笑って見ていたのだけれど。
明らかな格上にも挑み始める姉さま。
さすがに命の危険を危惧したティアが精神安定の魔術をかける事態になっていた。
「まったく。…まあ気持ちは分かりますけど。…あなたはライト様の大切な姉です。少しは自覚しなさい」
「っ!?…は、はい」
ダンジョンに入って2時間。
すでにキャルン姉さまはそのレベルを86まで伸ばしていた。
当然僕のインベントリから新しい服を出してあげたよ?
せっかく恰好可愛い姉さま。
魔物の体液まみれはちょっと嫌だもんね。
「…きっと地下はもっと強い魔物がいる。次から姉さまは補助と見学。いいね?」
「あうっ。…はい」
強くなること。
それは楽しい事だ。
でもこれはまさに『パワーレベリング』に近い“異常”な経験だ。
姉さま以外はまさに隔絶した格上。
だから何も気にせず全力が使える状況。
――これは普通ではない事。
僕は姉さまに教えなくてはならない。
「そんな顔しないで?もうすでに姉さま、父上やロキラス殿下とほぼ同じレベルだよ?でも経験が全く足りていないんだ。だからさ、無理すればすぐに死ぬ。――ここはそういう場所だよ」
「っ!?…し、死ぬ?……うあ」
落ち着き僕の話に耳を傾ける姉さま。
途端に恐ろしさがよぎったようで、自らを抱きしめ顔を青ざめさせた。
「うん。分かればいいよ。ここからは見るのも勉強。大丈夫だよ。また僕が鍛える」
「う、うん」
※※※※※
その後順調に探索を進め。
夕方ごろには僕の認識できている最下層、地下12階に到達していた。
殆ど踏破されていないのだろう。
うっすらと形成された埃の層が僕たちの足元で沸き上がる。
そんな中感知に引っかかる幾つかの気配――
「…人の気配?…やばいね」
「ええ。…ぎりぎりですわね。…襲われている?!」
すかさず戦闘態勢に入るティアを視線で止め、僕は目を閉じ感知を最大にした。
(どうやらこのダンジョン、アドバンス型だね、しかも“成長途中”だ)
強い阻害魔術で守られている最深部。
拡張されている場所、おそらく『ダンジョンコア』もしくは『ダンジョンマスター』がいるであろう部屋。
そこに『ヒューマンの気配』を捉えていた。
さらにはそこに至るまでの魔物たち。
「…二つ…いや三つ…結構強いな…」
「うん。ねえ、ボク突貫しようか?」
「う、うちも!」
正直ルイはまだまだ余裕だけど。
ルザーラナは魔力の消耗が激しい。
僕は腕を組み、思考を巡らす。
「ライト様?何か気になることでもあるのですか?」
「うん?ああ。…そもそもなんでこの迷宮、作られたのかなって。…だって意味ないじゃん。こんな場所に作ってもさ。ここじゃ正直誰も来れないし。…ダンジョンの成長のための経験値、全然確保できないじゃんね」
この異世界、色々とご都合主義がまかり通っている。
それは何もヒューマン側だけではないはずだ。
だから名のあるダンジョン、すべからく人口密集地や、秘境とされる超高レベルの魔物がいる場所に点在していた。
ダンジョンの得る経験値はズバリ“生物の命”だ。
罠やお宝、そういうモノで生き物を引き付け殺し経験を得る。
「僕の感覚だとこのダンジョンはまだ生きている。成長途上だね。でもなんだろ。悪意とかあまり感じないし…その割には最深部にはそれなりの敵がいる。…ちぐはぐなんだよね」
当然僕はこの世界ではダンジョン攻略はしていない。
でも一応あの“性悪創世神”が作った世界、基本は以前僕の居たあの世界と同じ理屈だ。
以前の僕は。
それこそあの世界――全てのダンジョンを攻略済みだった。
「ちぐはぐ、ですか。…でも取り敢えず救助はされるのですよね?」
「うん。先生との約束もあるしね。…うん?…いい事思いついた!」
僕はにっこりとほほ笑んだ。
途端に怪訝な表情を浮かべ、僕に問いかけるティア。
「…あの。…不敬を承知で発言よろしいでしょうか?」
「うん?」
「嫌な予感しかしないのですが…」
※※※※※
僕、実は入学してからいくつか不安と言うか『物足りなさ』を感じていたんだよね。
本来魔物がいて、敵となる悪魔が居たこの世界。
冒険者はそれなりにいるし、魔物は脅威であると同時に生活の糧となる資源だ。
「ねえルイ、ところでさ…今ってもう『魔物の指揮権』放棄したの?」
「放棄はしてないよ?でも影響力はだいぶ落ちたよね。…野生に戻った?――そんな感じかな」
悪魔とヒューマン族との和平。
それと同時に実は魔物へのルイの影響力、ほとんどなくなったんだよね。
元々魔物は臆病だ。
だからきっと彼らは深い森の奥へと姿を隠すだろう。
(経験を得る機会が減る…それはこの先襲い来るあいつらに対して、抵抗する僕たちヒューマン族を鍛えることが難しくなる)
僕はひらめいた。
ならば作ればいい。
修練でき、しかも『死ぬことの無い』そういう舞台。
つまり『経験型修練ダンジョン』を!!
まさに今回の陛下の依頼。
このダンジョンの調査及び伝説の熱血教師の救出。
取り敢えずサクッとこなし、ダンジョンコア、或いはマスターを引き込むとしよう。
ヤバイ。
なんかめっちゃワクワクしてきた。
※※※※※
自分の気づきに顔を緩ませる僕。
なぜか不安げな表情で僕を見るティアとルイ、そしてルザーラナとキャルン姉さま。
興奮冷めやらぬ僕はその視線に気づいていなかったんだ。
どんよりとした雲の下、僕たち5人はウェレッタ先生に連れられ学園の講堂、その裏へと向かっていた。
近づくにつれ、心がざわつく。
空気もなんだか淀んでいるような、何か不安をあおるような気配。
そんな中おもむろに先生が立ち止まった。
「ここだ。ここに迷宮の入口がある」
「っ!?…えっ?ここですか?」
思わず声を上げるキャルン。
元気のない低潅木。
申し訳なさそうにひっそりと生えていた。
「…まさかここが入り口とは…まあ誰も気付くまい?…だからこそ『脅威』でもあるのだ。――すでに結界の崩壊、始まっている」
先生の言葉。
僕は小さく頷いていた。
これははっきり言ってもう時間がないに等しい。
少しの衝撃で、いきなり“顕現”しそうなほどには結界の魔力が尽きかけていた。
「先生、鍵のようなモノはあるんですか?」
「ああ。これだ」
そう言いポケットから小さな首飾りを取り出すウェレッタ先生。
古代文字?
細かい装飾のされたそれ。
ありていに言って失われた技術だ。
「…『汝…魔力の欠片…天に通す』?…うーん。細かい所、読めませんね」
「っ!?なあっ?!ラ、ライト…お前、読めるのか?」
「ええ。これ古代文字です。…僕よりもティアの方が詳しいかな」
幼少のころに読み漁った書物。
その中にあった1冊の本。
それはまさに古代文字で書かれた物語の本だった。
おもむろに手に取るティア。
何故かルイも興味津々だ。
「ふう。…これ、壊れていますね。すでにカギの用途としてあと1回くらいしか使えませんわね」
「っ!?1回?!…ハハ、ハ。まさに最後のチャンスだったわけだ…ライト、頼めるか?」
「ええ。問題ありません。…先生は入れないのですよね?」
「ああ。スマンが学園長の部屋で話した通りだ…ライト」
「うん?」
「友を――イスルダムを頼む」
真剣な表情を浮かべるウェレッタ先生。
どうしても僕にはこの人が悪い人には見えないんだけど…
「ねえ先生?もしかして“他の罪状”とかもあったりします?」
「…まあ、な。…だがスマン。それは言いたくない」
「…ふう。分かりました。お任せください」
「ああ。気を付けてな」
そして魔力を込めるウェレッタ先生。
空間が悲鳴を上げ、感じたことの無い魔力が迸る。
「…うん。これ一応転移系の魔術だ。みんな僕につかまって」
「はい」
「「うん」」
「ええ」
接点の輪郭がぼやけ始め――
僕を中心に、侵食してくる異次元の結界。
包み込み一瞬で視界が切り替わった。
ダンジョン攻略の始まりだ!
※※※※※
「ふう。どうやら着いたようだね。みんな大丈夫?」
「うん」
「問題ないよ」
「うちも大丈夫」
「っ!?…ライト様!」
ティアの声掛けと同時に僕の危機感知が仕事をする。
さすが彼女は優秀だ。
着いた場所。
広いドーム状の部屋。
薄っすらとほのかに壁が発光していて、視界はどうにか確保されていた。
そしてこちらに突き刺さる視線。
見たことの無い魔物が4体、こちらを視認し近づいてくる。
「…レベルは…雑魚だね。キャルン姉さま」
「っ!?は、はい」
「鍛錬の成果、僕に見せてくれる?」
「…うん」
すらりと腰から剣を抜き放つ姉さま。
構えると同時に濃密な闘気が吹き上がる。
「っ!?凄い…マジで70超えたんだ…見直した」
「うん。本当にすごいね。…うちも負けてられないや」
感嘆の言葉を漏らすルイとルザーラナ。
そりゃあね。
僕の自慢の姉上だよ?
「ハアアアアッッッ!!!」
一閃。
眼にもとまらぬ踏み込みと、発する剣気。
一瞬でバラバラになる魔物4体。
とても初めてとは思えぬキャルンの初戦闘は一瞬で決着を見た。
「っ!?うあ、ラ、ライト…あ、頭の中に声が…?!!」
「うん?ああ。経験値だね。…レベル…うわっ、凄い。今の戦闘だけで3も上がったんだね」
「う、うん。…ふわあ、力が…」
薄っすらと発光するキャルン姉さま。
今までの地道な努力、そして僕特製の短期集中の鍛錬。
それにより開花した姉さまはまさに最強への道を歩き始めたんだ。
僕は満足げにその様子に頷いていた。
「うん。問題ないね。どんどん行こうか!」
※※※※※
便宜上『始まりのフロア』と名付けた最初に訪れたドーム状の部屋。
僕たちはいくつかの能力を使い、マッピングしながら探索を続けたのだけれど。
「むう。また行き止まり…ライト、こっちはダメだよ」
「ふう。こちらもダメですわね。…ライト様、把握は出来まして?」
途中襲い掛かる魔物を倒しながらも僕たちは順調に探索をし、このフロアを含めた第1層、把握が完了していた。
「…うーん。あの部屋の隣にあった階段、あれが正解か。…ここの作成者、センスないよね」
普通ダンジョンであるのなら、入り口近くの階段は殆どがダミーだ。
なのにこのダンジョン、地下に行く階段、どうやらあそこだけのようだ。
もちろん僕は魔力で把握済み。
少し怪しい場所もあったのだけれど。
既に先に来た人が壊していて使えない状況になっていた。
「お宝もないし…しょうがない。少し休憩したらさっきの階段から降りようか」
「そうですわね。…じゃあ準備しましょう。ルイ、ルザーラナ、手伝ってくださる?」
「はーい」
「うん」
うん?
どうして準備3人かって?
そりゃあ…
「アハハ、アハハハハハハハハハッッ!!!!」
とても淑女とは思えぬ笑い声をあげ、魔物を蹴散らす姉さま。
そして転がる多くの死骸。
まあ、ね。
強くなれるこの空間。
魔物の返り血でべとべとになった髪が顔を隠しているし?
そしてぎらつく眼光――
まさにホラー。
彼女はぶっ飛んでいた。
※※※※※
「それでキャルン?少しは落ち着いたかしら?」
「あう、ご、ごめんなさい」
ティアの魔術と温かいお茶でどうにか落ち着いたようで。
彼女は肩をすくめ、視線を床に落とす。
気付いた時姉さまは。
まさにトランス状態。
全身を魔物の返り血でとんでもない状態になりながら、既に数本目の剣を壊し、魔物を殺しまくっていた。
余りの急激なレベルアップ。
それはある意味過剰な興奮状態を引き起こす。
彼女はまさに“修羅”となっていた。
最初は笑って見ていたのだけれど。
明らかな格上にも挑み始める姉さま。
さすがに命の危険を危惧したティアが精神安定の魔術をかける事態になっていた。
「まったく。…まあ気持ちは分かりますけど。…あなたはライト様の大切な姉です。少しは自覚しなさい」
「っ!?…は、はい」
ダンジョンに入って2時間。
すでにキャルン姉さまはそのレベルを86まで伸ばしていた。
当然僕のインベントリから新しい服を出してあげたよ?
せっかく恰好可愛い姉さま。
魔物の体液まみれはちょっと嫌だもんね。
「…きっと地下はもっと強い魔物がいる。次から姉さまは補助と見学。いいね?」
「あうっ。…はい」
強くなること。
それは楽しい事だ。
でもこれはまさに『パワーレベリング』に近い“異常”な経験だ。
姉さま以外はまさに隔絶した格上。
だから何も気にせず全力が使える状況。
――これは普通ではない事。
僕は姉さまに教えなくてはならない。
「そんな顔しないで?もうすでに姉さま、父上やロキラス殿下とほぼ同じレベルだよ?でも経験が全く足りていないんだ。だからさ、無理すればすぐに死ぬ。――ここはそういう場所だよ」
「っ!?…し、死ぬ?……うあ」
落ち着き僕の話に耳を傾ける姉さま。
途端に恐ろしさがよぎったようで、自らを抱きしめ顔を青ざめさせた。
「うん。分かればいいよ。ここからは見るのも勉強。大丈夫だよ。また僕が鍛える」
「う、うん」
※※※※※
その後順調に探索を進め。
夕方ごろには僕の認識できている最下層、地下12階に到達していた。
殆ど踏破されていないのだろう。
うっすらと形成された埃の層が僕たちの足元で沸き上がる。
そんな中感知に引っかかる幾つかの気配――
「…人の気配?…やばいね」
「ええ。…ぎりぎりですわね。…襲われている?!」
すかさず戦闘態勢に入るティアを視線で止め、僕は目を閉じ感知を最大にした。
(どうやらこのダンジョン、アドバンス型だね、しかも“成長途中”だ)
強い阻害魔術で守られている最深部。
拡張されている場所、おそらく『ダンジョンコア』もしくは『ダンジョンマスター』がいるであろう部屋。
そこに『ヒューマンの気配』を捉えていた。
さらにはそこに至るまでの魔物たち。
「…二つ…いや三つ…結構強いな…」
「うん。ねえ、ボク突貫しようか?」
「う、うちも!」
正直ルイはまだまだ余裕だけど。
ルザーラナは魔力の消耗が激しい。
僕は腕を組み、思考を巡らす。
「ライト様?何か気になることでもあるのですか?」
「うん?ああ。…そもそもなんでこの迷宮、作られたのかなって。…だって意味ないじゃん。こんな場所に作ってもさ。ここじゃ正直誰も来れないし。…ダンジョンの成長のための経験値、全然確保できないじゃんね」
この異世界、色々とご都合主義がまかり通っている。
それは何もヒューマン側だけではないはずだ。
だから名のあるダンジョン、すべからく人口密集地や、秘境とされる超高レベルの魔物がいる場所に点在していた。
ダンジョンの得る経験値はズバリ“生物の命”だ。
罠やお宝、そういうモノで生き物を引き付け殺し経験を得る。
「僕の感覚だとこのダンジョンはまだ生きている。成長途上だね。でもなんだろ。悪意とかあまり感じないし…その割には最深部にはそれなりの敵がいる。…ちぐはぐなんだよね」
当然僕はこの世界ではダンジョン攻略はしていない。
でも一応あの“性悪創世神”が作った世界、基本は以前僕の居たあの世界と同じ理屈だ。
以前の僕は。
それこそあの世界――全てのダンジョンを攻略済みだった。
「ちぐはぐ、ですか。…でも取り敢えず救助はされるのですよね?」
「うん。先生との約束もあるしね。…うん?…いい事思いついた!」
僕はにっこりとほほ笑んだ。
途端に怪訝な表情を浮かべ、僕に問いかけるティア。
「…あの。…不敬を承知で発言よろしいでしょうか?」
「うん?」
「嫌な予感しかしないのですが…」
※※※※※
僕、実は入学してからいくつか不安と言うか『物足りなさ』を感じていたんだよね。
本来魔物がいて、敵となる悪魔が居たこの世界。
冒険者はそれなりにいるし、魔物は脅威であると同時に生活の糧となる資源だ。
「ねえルイ、ところでさ…今ってもう『魔物の指揮権』放棄したの?」
「放棄はしてないよ?でも影響力はだいぶ落ちたよね。…野生に戻った?――そんな感じかな」
悪魔とヒューマン族との和平。
それと同時に実は魔物へのルイの影響力、ほとんどなくなったんだよね。
元々魔物は臆病だ。
だからきっと彼らは深い森の奥へと姿を隠すだろう。
(経験を得る機会が減る…それはこの先襲い来るあいつらに対して、抵抗する僕たちヒューマン族を鍛えることが難しくなる)
僕はひらめいた。
ならば作ればいい。
修練でき、しかも『死ぬことの無い』そういう舞台。
つまり『経験型修練ダンジョン』を!!
まさに今回の陛下の依頼。
このダンジョンの調査及び伝説の熱血教師の救出。
取り敢えずサクッとこなし、ダンジョンコア、或いはマスターを引き込むとしよう。
ヤバイ。
なんかめっちゃワクワクしてきた。
※※※※※
自分の気づきに顔を緩ませる僕。
なぜか不安げな表情で僕を見るティアとルイ、そしてルザーラナとキャルン姉さま。
興奮冷めやらぬ僕はその視線に気づいていなかったんだ。
22
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
社畜の異世界再出発
U65
ファンタジー
社畜、気づけば異世界の赤ちゃんでした――!?
ブラック企業に心身を削られ、人生リタイアした社畜が目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界。
前世では死ぬほど働いた。今度は、笑って生きたい。
けれどこの世界、穏やかに生きるには……ちょっと強くなる必要があるらしい。
ホームレスは転生したら7歳児!?気弱でコミュ障だった僕が、気づいたら異種族の王になっていました
たぬきち
ファンタジー
1部が12/6に完結して、2部に入ります。
「俺だけ不幸なこんな世界…認めない…認めないぞ!!」
どこにでもいる、さえないおじさん。特技なし。彼女いない。仕事ない。お金ない。外見も悪い。頭もよくない。とにかくなんにもない。そんな主人公、アレン・ロザークが死の間際に涙ながらに訴えたのが人生のやりなおしー。
彼は30年という短い生涯を閉じると、記憶を引き継いだままその意識は幼少期へ飛ばされた。
幼少期に戻ったアレンは前世の記憶と、飼い猫と喋れるオリジナルスキルを頼りに、不都合な未来、出来事を改変していく。
記憶にない事象、改変後に新たに発生したトラブルと戦いながら、2度目の人生での仲間らとアレンは新たな人生を歩んでいく。
新しい世界では『魔宝殿』と呼ばれるダンジョンがあり、前世の世界ではいなかった魔獣、魔族、亜人などが存在し、ただの日雇い店員だった前世とは違い、ダンジョンへ仲間たちと挑んでいきます。
この物語は、記憶を引き継ぎ幼少期にタイムリープした主人公アレンが、自分の人生を都合のいい方へ改変しながら、最低最悪な未来を避け、全く新しい人生を手に入れていきます。
主人公最強系の魔法やスキルはありません。あくまでも前世の記憶と経験を頼りにアレンにとって都合のいい人生を手に入れる物語です。
※ ネタバレのため、2部が完結したらまた少し書きます。タイトルも2部の始まりに合わせて変えました。
ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~
楠富 つかさ
ファンタジー
ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。
そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。
「やばい……これ、動けない……」
怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。
「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」
異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!
スキル『倍加』でイージーモードな異世界生活
怠惰怠man
ファンタジー
異世界転移した花田梅。
スキル「倍加」により自分のステータスを倍にしていき、超スピードで最強に成り上がる。
何者にも縛られず、自由気ままに好きなことをして生きていくイージーモードな異世界生活。
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?
八神 凪
ファンタジー
ある日、バイト帰りに熱血アニソンを熱唱しながら赤信号を渡り、案の定あっけなくダンプに轢かれて死んだ
『壽命 懸(じゅみょう かける)』
しかし例によって、彼の求める異世界への扉を開くことになる。
だが、女神アウロラの陰謀(という名の嫌がらせ)により、異端な「回復魔王」となって……。
異世界ペンデュース。そこで彼を待ち受ける運命とは?
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる