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第117話 ダールとルナ
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俺はダリル・ルグ・オズワイヤ。
いや、これからはただの「ダール」だ。
ドルグ帝国の『元』第二皇子だった。
因みにミドルネームは皇帝にならなければ抹消される。
『ルグ』は継承権の証のようなものだ。
まあ、もう意味はなさないが。
今までの俺は、常に比較されながら『生かされて』いた。
優秀で魔力にあふれ、社交的な兄である第一皇子エルリック・ルグ・オズワイヤに対し悉く劣る俺は『凡庸』とのレッテルを張られながら。
自分でも当然次の皇帝はエルリックだと思っていたし、自らが大した能力がないことは重々承知していたので、それについて思うことはなかったはずだ。
実際に兄上は乱暴なところがあるものの、俺や妹のルルにはとても優しかった。
ちょっとした事でも泣いたりする少し寂しがり屋の一面を、俺もルルも知っている。
まあこれは俺たち兄弟だけの秘密だ。
俺は兄上が大好きだった。
当然帝国の国民も宮殿に通う貴族たちも、能力の高い兄上が時期皇帝だと考えていた。
ただ母である皇后のカルリレイナは違う考えを持っており、事あるごとに俺に説いていた。
「ダリル、あなたは人の心に寄り添える優しい人間です。立派な皇帝であらせられるディードライル様の一番素晴らしい心を継いでいるのです。確かにエルリックは優秀ですが、他人を見下すところがあります。どうか諦めないで努力を続けるのですよ」
そう言っていつも優しく微笑んでくれていた。
「いいえ、母上。僕は兄を補佐したいのです。兄はああ見えて結構寂しがり屋なのです。僕がもっと努力して、ともに帝国を盛り上げていきたいと考えております」
まあ、確かに俺は皇族とすればお人よしだったのかもしれない。
メイドや侍女、兵士たちの相談を聞いたり、お忍びで市民たちの手助けをしたこともあった。
立場的には問題だが、直接注意したこともあった。
でも父上はそんな俺の行動を黙認してくれていたんだ。
きっと俺は皇帝よりも、支える側があっていたのだろう。
だから母上に言った事は嘘じゃない。
本当にそう思っていた。
本当に………
※※※※※
「お前はこんなこともできないのか!恥さらしめ!……こんなに出来が悪いのが俺の弟だとはな。虫唾が走る」
何故か兄上は最近機嫌が悪く、顔を合わせると必要以上に俺を攻撃してくるようになった。
ちょうど2か月前リアルルド・エラナルド伯爵と霊安殿の視察に行った後から人が変わったかのように豹変してしまっていた。
さらには兄上の婚約者であるブシステル侯爵の長女エターニア嬢までもが、まるで汚いものを見るかのような目を俺に向けるようになったのもこの頃からだった。
悔しさよりも寂しさが胸に去来した。
エルリック兄上は魔力量が非常に多い。
かつて冒険者の仕事をされていた父の全盛期の魔力を凌駕するほどに。
以前はそこまでではなかったはずなのに、あの視察からまるで別人のような凄まじい魔力を纏うようになっていた。
それから。
宮殿内での俺の立場はますます低く見られるようになっていく。
そんな俺でも父上や母上、妹のルルネイアはいつも通り接してくれていたし、何より心から愛するハートルイス侯爵家の次女であるクラリスの存在が俺の心を守ってくれていたんだ。
そして一か月前。
俺は意味も分からず愛するクラリスとの婚約を破棄し、良く分からないうちに一介のメイドのメレルナと婚約することが、なぜか兄の強い推薦で決まってしまっていた。
勿論反対しようとしたがメレルナに見つめられてからの記憶があいまいになり、結局そうなってしまった。
今なら何となく分かる。
呪いとはいえ俺の心が弱かったことに。
色々諦めて、ただ生かされていただけだったことを。
そして俺は傍若無人に振舞うことが増えていったんだ
はた目から見れば、クズのようになっていった俺は、最後のよりどころである『心優しい皇子』という肩書さえ失ってしまったのだ。
そして……
遂に人を殺めてしまった。
しかも凌辱までしたのだ。
今でも意味が分からない。
この手に残る感触が、いつまでたっても俺をあざ笑うかのように心を蝕んでいく。
あの事件を起こした俺は、極帝の魔王であらせられるノアーナ様に引き取られることになった。
クラリスとはもうずっと会えていない。
意味が分からず書面で婚約破棄を送られてから一度も合わせてもらえなかった。
そして今の俺は。
彼女に会う資格さえ失った。
だがどうせ死んだ命だ。
最悪の時に優しく導いてくださったノアーナ様の為に俺ができることを精いっぱい頑張ると決めたんだ。
誰かと比べられるのではなく自分の意志で。
きっといつか。
クラリスに会いたい。
それができる男になるためにも頑張ると、自分の意志で生きていくと決意したんだ。
ルナの事情を聴いた。
暫く許せそうになかったがネル様にたしなめられた。
「貴方の気持ちはわかります。でもルナはもう前を向いていますよ。あなたはどうします?」
俺はまだ自分を理解していなかったらしい。
くだらない虚栄心がまだ残っていたことに気が付いたんだ。
俺はダールだ。
やっと前を向けた気がしたんだ。
※※※※※
わたしはメレルナ・クルス。
いまは『ルナ』だ。
元々孤児で、まあまあの見た目が気に入られ、14歳の時にオルジッド・クルス男爵に『義理の姪』として買い取られ、夜の相手をさせられた。
きっと世間体を気にしたのだろう。
義理とはいえ『娘』では、小心者のあの男は周りの目に耐えられないだろうから。
吐き気がする変なにおいのする口と、触れるだけで鳥肌が立ちそうないやらしい手で、わたしを毎晩のように汚しながらいつも世の中に愚痴をこぼし、そして言うのだ。
「この世は悪い奴がいい思いをするんだ。悔しかったら推薦してやるから宮殿で皇子でも誑かすんだな」
気持ち悪い体でのしかかりながら、まるで呪いのようにいつも吐き捨てていた。
※※※※※
この帝国で孤児はほとんど生きる価値がない。
男の子は下働きでこき使われるか、冒険者になって魔物に殺されるか。
女の子は運がよくて下級貴族の侍女あたり。
大体は娼館へ売られていく。
まあ、気持ち悪くて吐き気がするけど、わたしは運がよかったのかもしれない。
心は穢されたけど、暴力も振るわれたこともあったけど、殺されることはなかった。
そして17歳になったとき、運よく私は宮殿のメイドとして召し上げられた。
初めて入った宮殿は、まるでおとぎ話のように煌めいていた。
はじめは浮かれていたし、やっとつかんだチャンスだ、頑張ろうって心から思っていた。
だけどすぐに。
メイドや丁稚でさえ皆美しく、わたしは劣等感に囚われた。
今になれば、わたしがいけなかったのだと気が付くことができる。
でも当時は醜い嫉妬にかられ、事あるごとに同僚へ嫌がらせをして、疎まれ、たいした仕事もさせてもらえずに、年数だけが積み重なり『不気味で使えないメイド』と陰口をたたかれるようになった。
さらに14歳から仕込まれた閨の技術が匂わせてしまうのか、出入り業者のおじさんや平民出の兵士たちにはした金で体を求められ、色々嫌になっていた私は刹那的な快楽を求めどんどん心と体を自分から汚していった。
そんな事を続けながらも、長年の経験でうまく立ち回ったおかげで首にされることはなく20歳を迎えていた。
そんな時、すでに誰も私に興味がない中、ダリル殿下が私に注意してくれた。
きっと大した事ではなかったんだろう。
だけど。
わたしの世界に色が付いた瞬間だった。
そしてあの日。
わたしは小さな黒い石を拾った。
まるで夢のような時間が訪れた。
皆が私の命令を聞いてくれる。
お姫様になった気分だった。
憧れていたダリル殿下が私を優しく抱きしめ、心が溶けるようなキスを交わし、汚い私の体をまるで宝物のように愛してくれた。
その陰で多くの人を絶望に落としていたことに気が付かないままで。
そして、ノアーナ様が死罪になる私を助けてくれた。
あの時の感動は、汚い私が生まれ変わる程、わたしの心の宝物になった。
そして。
わたしは今グースワースで掃除や料理を手伝っている。
驚くことにダリル殿下、いや『ダール』と。
勿論彼には分らない位、沢山謝罪した。
はじめは顔を見てもらう事すらなかった。
でも。
「俺もきっと弱かったんだ。だからもう謝罪はいらない。これからは仲間だ」
そう言ってくれたんだ。
「ネル様から聞いた。お前も……ルナも大変だったって。だから」
そして握手。
「これからは同僚として、よろしくな」
ちょっとぎこちないけど、ダールがにっこり微笑んでくれたんだ。
嬉しくて涙が止まらなくなった。
わたしは今度こそ、人の役に立つ人間になりたいと心から誓った。
いや、これからはただの「ダール」だ。
ドルグ帝国の『元』第二皇子だった。
因みにミドルネームは皇帝にならなければ抹消される。
『ルグ』は継承権の証のようなものだ。
まあ、もう意味はなさないが。
今までの俺は、常に比較されながら『生かされて』いた。
優秀で魔力にあふれ、社交的な兄である第一皇子エルリック・ルグ・オズワイヤに対し悉く劣る俺は『凡庸』とのレッテルを張られながら。
自分でも当然次の皇帝はエルリックだと思っていたし、自らが大した能力がないことは重々承知していたので、それについて思うことはなかったはずだ。
実際に兄上は乱暴なところがあるものの、俺や妹のルルにはとても優しかった。
ちょっとした事でも泣いたりする少し寂しがり屋の一面を、俺もルルも知っている。
まあこれは俺たち兄弟だけの秘密だ。
俺は兄上が大好きだった。
当然帝国の国民も宮殿に通う貴族たちも、能力の高い兄上が時期皇帝だと考えていた。
ただ母である皇后のカルリレイナは違う考えを持っており、事あるごとに俺に説いていた。
「ダリル、あなたは人の心に寄り添える優しい人間です。立派な皇帝であらせられるディードライル様の一番素晴らしい心を継いでいるのです。確かにエルリックは優秀ですが、他人を見下すところがあります。どうか諦めないで努力を続けるのですよ」
そう言っていつも優しく微笑んでくれていた。
「いいえ、母上。僕は兄を補佐したいのです。兄はああ見えて結構寂しがり屋なのです。僕がもっと努力して、ともに帝国を盛り上げていきたいと考えております」
まあ、確かに俺は皇族とすればお人よしだったのかもしれない。
メイドや侍女、兵士たちの相談を聞いたり、お忍びで市民たちの手助けをしたこともあった。
立場的には問題だが、直接注意したこともあった。
でも父上はそんな俺の行動を黙認してくれていたんだ。
きっと俺は皇帝よりも、支える側があっていたのだろう。
だから母上に言った事は嘘じゃない。
本当にそう思っていた。
本当に………
※※※※※
「お前はこんなこともできないのか!恥さらしめ!……こんなに出来が悪いのが俺の弟だとはな。虫唾が走る」
何故か兄上は最近機嫌が悪く、顔を合わせると必要以上に俺を攻撃してくるようになった。
ちょうど2か月前リアルルド・エラナルド伯爵と霊安殿の視察に行った後から人が変わったかのように豹変してしまっていた。
さらには兄上の婚約者であるブシステル侯爵の長女エターニア嬢までもが、まるで汚いものを見るかのような目を俺に向けるようになったのもこの頃からだった。
悔しさよりも寂しさが胸に去来した。
エルリック兄上は魔力量が非常に多い。
かつて冒険者の仕事をされていた父の全盛期の魔力を凌駕するほどに。
以前はそこまでではなかったはずなのに、あの視察からまるで別人のような凄まじい魔力を纏うようになっていた。
それから。
宮殿内での俺の立場はますます低く見られるようになっていく。
そんな俺でも父上や母上、妹のルルネイアはいつも通り接してくれていたし、何より心から愛するハートルイス侯爵家の次女であるクラリスの存在が俺の心を守ってくれていたんだ。
そして一か月前。
俺は意味も分からず愛するクラリスとの婚約を破棄し、良く分からないうちに一介のメイドのメレルナと婚約することが、なぜか兄の強い推薦で決まってしまっていた。
勿論反対しようとしたがメレルナに見つめられてからの記憶があいまいになり、結局そうなってしまった。
今なら何となく分かる。
呪いとはいえ俺の心が弱かったことに。
色々諦めて、ただ生かされていただけだったことを。
そして俺は傍若無人に振舞うことが増えていったんだ
はた目から見れば、クズのようになっていった俺は、最後のよりどころである『心優しい皇子』という肩書さえ失ってしまったのだ。
そして……
遂に人を殺めてしまった。
しかも凌辱までしたのだ。
今でも意味が分からない。
この手に残る感触が、いつまでたっても俺をあざ笑うかのように心を蝕んでいく。
あの事件を起こした俺は、極帝の魔王であらせられるノアーナ様に引き取られることになった。
クラリスとはもうずっと会えていない。
意味が分からず書面で婚約破棄を送られてから一度も合わせてもらえなかった。
そして今の俺は。
彼女に会う資格さえ失った。
だがどうせ死んだ命だ。
最悪の時に優しく導いてくださったノアーナ様の為に俺ができることを精いっぱい頑張ると決めたんだ。
誰かと比べられるのではなく自分の意志で。
きっといつか。
クラリスに会いたい。
それができる男になるためにも頑張ると、自分の意志で生きていくと決意したんだ。
ルナの事情を聴いた。
暫く許せそうになかったがネル様にたしなめられた。
「貴方の気持ちはわかります。でもルナはもう前を向いていますよ。あなたはどうします?」
俺はまだ自分を理解していなかったらしい。
くだらない虚栄心がまだ残っていたことに気が付いたんだ。
俺はダールだ。
やっと前を向けた気がしたんだ。
※※※※※
わたしはメレルナ・クルス。
いまは『ルナ』だ。
元々孤児で、まあまあの見た目が気に入られ、14歳の時にオルジッド・クルス男爵に『義理の姪』として買い取られ、夜の相手をさせられた。
きっと世間体を気にしたのだろう。
義理とはいえ『娘』では、小心者のあの男は周りの目に耐えられないだろうから。
吐き気がする変なにおいのする口と、触れるだけで鳥肌が立ちそうないやらしい手で、わたしを毎晩のように汚しながらいつも世の中に愚痴をこぼし、そして言うのだ。
「この世は悪い奴がいい思いをするんだ。悔しかったら推薦してやるから宮殿で皇子でも誑かすんだな」
気持ち悪い体でのしかかりながら、まるで呪いのようにいつも吐き捨てていた。
※※※※※
この帝国で孤児はほとんど生きる価値がない。
男の子は下働きでこき使われるか、冒険者になって魔物に殺されるか。
女の子は運がよくて下級貴族の侍女あたり。
大体は娼館へ売られていく。
まあ、気持ち悪くて吐き気がするけど、わたしは運がよかったのかもしれない。
心は穢されたけど、暴力も振るわれたこともあったけど、殺されることはなかった。
そして17歳になったとき、運よく私は宮殿のメイドとして召し上げられた。
初めて入った宮殿は、まるでおとぎ話のように煌めいていた。
はじめは浮かれていたし、やっとつかんだチャンスだ、頑張ろうって心から思っていた。
だけどすぐに。
メイドや丁稚でさえ皆美しく、わたしは劣等感に囚われた。
今になれば、わたしがいけなかったのだと気が付くことができる。
でも当時は醜い嫉妬にかられ、事あるごとに同僚へ嫌がらせをして、疎まれ、たいした仕事もさせてもらえずに、年数だけが積み重なり『不気味で使えないメイド』と陰口をたたかれるようになった。
さらに14歳から仕込まれた閨の技術が匂わせてしまうのか、出入り業者のおじさんや平民出の兵士たちにはした金で体を求められ、色々嫌になっていた私は刹那的な快楽を求めどんどん心と体を自分から汚していった。
そんな事を続けながらも、長年の経験でうまく立ち回ったおかげで首にされることはなく20歳を迎えていた。
そんな時、すでに誰も私に興味がない中、ダリル殿下が私に注意してくれた。
きっと大した事ではなかったんだろう。
だけど。
わたしの世界に色が付いた瞬間だった。
そしてあの日。
わたしは小さな黒い石を拾った。
まるで夢のような時間が訪れた。
皆が私の命令を聞いてくれる。
お姫様になった気分だった。
憧れていたダリル殿下が私を優しく抱きしめ、心が溶けるようなキスを交わし、汚い私の体をまるで宝物のように愛してくれた。
その陰で多くの人を絶望に落としていたことに気が付かないままで。
そして、ノアーナ様が死罪になる私を助けてくれた。
あの時の感動は、汚い私が生まれ変わる程、わたしの心の宝物になった。
そして。
わたしは今グースワースで掃除や料理を手伝っている。
驚くことにダリル殿下、いや『ダール』と。
勿論彼には分らない位、沢山謝罪した。
はじめは顔を見てもらう事すらなかった。
でも。
「俺もきっと弱かったんだ。だからもう謝罪はいらない。これからは仲間だ」
そう言ってくれたんだ。
「ネル様から聞いた。お前も……ルナも大変だったって。だから」
そして握手。
「これからは同僚として、よろしくな」
ちょっとぎこちないけど、ダールがにっこり微笑んでくれたんだ。
嬉しくて涙が止まらなくなった。
わたしは今度こそ、人の役に立つ人間になりたいと心から誓った。
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