忍転生〜中身はジジイの少年侍従、前世は忍者やってました〜

小亘 小豆

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第1章

ニンジャ街に出る!4

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結局、九郎はグレーティアからの衣服をありがたく受け取ることになった。そっちのけにされたトゥリオの恨みがましい目線が哀れで話を切り上げたかったというのも、少しある。
体の各部位の採寸をし、グレーティアの意見を取り入れた洋服は出来上がり次第、屋敷に届けられることになった。

「では、もうお屋敷に戻られますかお嬢様」
「いえ、まだ行きたいところがありましてよ。もう少し付き合っていただきますわ」

トゥリオの店を出て、九郎はそろそろ帰るのかと思い確認したが、グレーティアから返ってきた返事は続行であった。

「かしこまりました。どちらに行かれますか?」
「街の南東の教会ですわ。場所は、分かりますの?」
「問題ありません、お嬢様」

九郎は脳裏に地図を思い浮かべて、承諾した。場所は問題なく分かるが、その目的地は九郎にとって意外なものであった。

街の南東部はいわゆるスラムだと聞いている。教会なら他にもいくつかあり、中央部にはいわゆる富裕層向けの立派なものまである。
あえて、スラムに近寄るには訳があるのだろう。

スラムに近づくにつれて、人々の様子が変わり始めた。清潔な服から、汚れや繕い跡が目立つボロ着を着てる人が増え、表情にも余裕がない。道にもゴミが散らかっており、饐えたような臭いが立ち込めている。
そんな中、見るからに上流階級の主従はあからさまに浮いていた。道端に座り込んだ浮浪者が落ち窪んだ目でジッと見つめている。

九郎は2~3歩分ほど、グレーティアより前を歩くようにエスコートしていたが、治安の悪化とともにさりげなくグレーティアとの距離を縮め、ほとんど背中に庇うように歩いていた。
と言っても、ほんの少年である九郎はグレーティアの胸の高さまでの身長しかなく、グレーティアを完全に隠せるわけではない。
若返ってから、最も不便を感じた瞬間だった。どうにもこの小さな体では"押し"が足りないのだ。ならず者どもに舐められる。

自分たちを見つめる目線に最も多いのは余所者を疎ましく思う程度のものだが、中には明確にこちらを"獲物"を見込んでいる者共がカモを見る目で見ている者もいる。
このような雑魚が九郎の、グレーティアの害になることは断じてないとはいえ、このような目で見られること自体が不愉快極まりない。

(見せしめに何人か"のして"やろうかのう…)
九郎が物騒な考えに及んだ時、彼らの目の前に小さな影が飛び出してきた。

「おい!早く行こーぜ!」
「ま、待ってよぉ」

幼い少年と少女が連れ立って走ってきたのだ。先頭の少年は後ろの少女の手を引いているため、前を見ていない。

「あ、あぶない…」
「あ?え、ぶっ!」

手を引かれている少女が、九郎たちを視界に収めて警告を発したが、もう遅い。
少年は九郎たちに気づかず、速度を緩めることなく衝突した。九郎も後ろにグレーティアを庇うが故に、避けるわけにいかずそのまま受け止める。

子供の突進程度では微動だにしない九郎だが、ぶつかった少年の方はそうはいかない。硬い壁に衝突したかのように、大きく後ろ向きに吹っ飛んだ。

「ご、ごめんなさい!!ま、前を見てなくて…許してください!!」

今度は慌てて手を引かれていた少女が少年を庇うように前に出て、大きく頭を下げた。
九郎はちら、とグレーティアを伺うが、令嬢はただ静かに子供達を見ている。

(好きにしてよい、ということかの)

何も言わない主人に九郎は勝手に解釈する。
実際、害はなかったのだから問題はなかろう。
九郎も改めて少年と少女を見る。貧しい格好だ。継ぎ接ぎだらけの服から覗く手足は棒のように細く、髪も顔を薄汚れている。

「構いませんよ。ただ、気をつけて。前を見るように」

少女は赦しの言葉を聞いて、弾かれたように顔を上げた。

「あ、ありがとうございますっ!」

少女は叫ぶように礼を言うと、先ほどまでとは逆に倒れた少年に手を貸し、引っ張って去ろうとする。

「それと」

その背中に九郎は声を投げかけ、

はお渡し出来ませんので、悪しからず」

をふりふりと振って示した。

「え、あれ!?」

声をあげたのは、少年だ。少女はさっと顔を青ざめさせると、即座に駆け出していく。

「あ、おい待てよ!!」

少年も慌てたように少女を追いかけていく。
出てきたのとは別の路地に飛び込むように消えていった2人を九郎たちは追いかけるでもなく、見送った。

「九郎は、彼らをどう思いますか?」
「仕掛けが少々臭いとはいえ、なかなかいい腕前だと思います。大抵の相手なら、擦られたことも気づかないでしょう」

何も言わずに見ていただけだったグレーティアが少年らがいなくなってから九郎に問いを投げた。

「彼らも望んであのような行いをしているわけではないでしょう。九郎は彼らを哀れに思わないのです?救いたいとは思いませんの?」

九郎は再び教会に向けて歩き出しながら、無造作に答えたが、令嬢の望む答えではなかったようだ。

「…思いません。私自身にそれをする理由がありませんから。お嬢様がやれ、というのであれば尽力いたしますが」
「…そう。いえ、結構ですわ。何かをする必要はありません」

今度の回答は満足できるものだったのか、グレーティアは沈黙して、大人しく九郎の後をついて歩き出した。

目的の教会に着いた2人は解放されている正面の門から静かに礼拝堂に立ち入った。

街の中央のものに比べれば、決して豪華とは言えない外見の小さな教会だ。建てた当時は純白だったと思しき外壁も、風雨にさらされところどころ漆喰が剥げている。
それでも礼拝堂の中に入れば、隅々まで磨き上げられ、埃1つ落ちていない。正面に据えられた神像には新鮮な果物が添えられ、ここのものが、心を込めて管理をしていることが伺える。

「これはこれは、グレーティア嬢!よくぞお越しくださいました」

歓迎の声を上げたのは、まさにその神像に向かって跪き、祈りを捧げていた男だ。九郎はこちらにおいて初めて宗教家と対面した訳だが、前世におけるカソックに似た衣服を身につけ柔らかな笑みを浮かべるその男は、"いかにもそれらしい"と感じさせるものだった。

「お久しぶりですわ、神父さま。お変わりはございませんか?」

グレーティアも普段よりも柔らかな口調で丁寧に対応している。

「ええ、おかげさまで。これも領主様とお嬢様のお心配りのおかげです」
「とんでもない。ひとえに神父さまのご人徳と皆の信仰心によるものでしょう」

穏やかな雰囲気で挨拶を交わす2人だが、九郎にはその間に妙な緊張感というか、圧迫感を感じられた。
(まるで、蛇が牽制しあってるようじゃのう…)

「して、グレーティア嬢。今日はどのようなご用件でいらしたのです?」
「お祈りと、懺悔に参りましたわ」

懺悔と聞いて、ほんの少しだけ神父の視線が揺れる。
九郎にすれば、こちらの宗教にも懺悔という慣習があることに意外性を感じる。

「なるほど。では、懺悔室の用意をしてまいりましょう。お祈りを済まされましたら、お嬢様もお入りください」

そう言って神父は礼拝堂の奥の小部屋に入っていく。
グレーティアは神像の前まで静かに進みでると、片膝をついて跪き胸の前で両腕を交差した。祈りの姿勢らしい。

九郎はその姿を数メートル離れた背後から見守る。天窓から差し込む陽の光に照らされた神像と、祈りを捧げるグレーティアの姿はまるで一枚の宗教画のように美しかった。
九郎は、月明かりに照らされるグレーティアを見たときと同様の胸の震えを感じた。
宙に舞う埃が陽光を反射し、キラキラと祝福するように輝き、豪奢な黄金の髪が少女を縁取り、神々しさを演出している。

そのまま数十秒間も経っただろうか。静かに立ち上がったグレーティアは九郎を振り返って言った。

「クロウ、貴方は祈りを捧げませんの?」
「申し訳ありません、祈る神を持たないがゆえ…」

この異世界になら神はいるのかもしれないが、信心のかけらも無い者から祈られても鬱陶しいだろう。

「神を持たぬのであれば、なおさらですわ。祈りの作法くらい覚えておいても損は無くてよ」

グレーティアからは想定以上にドライな回答が返ってきた。先ほどの真摯に祈りを捧げる姿からは予想外の反応だった。

「クロウは、ここで待っていなさい」

令嬢はそれ以上は何も言わず、神父の入っていった奥の部屋に進んでいく。
待機を命じられた九郎は邪魔にならないよう、礼拝堂の隅でグレーティアが出てくるのを待った。
念のために気を探り懺悔室の気配を読んだが、神父とグレーティアの2人のみで怪しげな気配もない。
ほんの数分でグレーティアと神父は連れ立って現れた。

「ありがとうございます、神父さま。こちらは心ばかりですが…」

そう言ってグレーティアは懐から小さな布袋を取り出して神父に手渡した。
 
「いつもありがとうございます。グレーティア嬢とオークウッド家の皆様に神の祝福がありますように」

神父は中身を確かめることなく、それを懐に納めたが、九郎にはそれが複数枚の金貨であることがわかった。

「クロウ、ここの教会は孤児院も経営しているのですわ」

グレーティアは用は済んだとばかりに礼拝堂の出口に向かう。九郎はただそのあとを追うだけだ。

「わたくしも子供らを哀れに思うことはありませんし、まして孤児院に出資して利益などありません。ただ、あので数十人の子供らが数ヶ月食べるのに困らない、それだけのことで、それで充分なのですわ」

グレーティアは足を止め、肩越しに眼だけを九郎に投げて寄こす。

「いいこと?クロウ。貴方もオークウッドの一員たらんとするのであれば覚えておきなさい。施しは哀れみでも、利益でもなく、ただそれが高貴なるものの義務ノブリス・オブリージュなのですわ。わたくしは貴方にそれを命じることはありませんが、

九郎はその刺すような眼差しから、逃れるように頭を垂れる。令嬢の視線はすぐに外れ、再び前を行く足音が響き始める。

「わたくしは貴方につまらない人形であることを望みません…これも覚えておきなさい」

それは、九郎が前世において100年かけても出来なかったことだった。
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