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第1章

ニンジャ街に出る!3

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"最初に余裕ぶった態度を見せたのが誤りだったのだろうか"などと、九郎が後悔を抱くほどにお嬢様の買い物は強烈だった。
宝飾店、靴屋、服屋と回るほどに荷物は山となり、九郎の両手は埋まり、ついには視界も塞がった。

正面から見たら荷物の山に足が生えたような九郎の有様を見て、グレーティアはくすくすと笑っている。その満足そうな様子からして、何らかの含みがあるんだろうなと九郎には感じられた。

それでも任務に支障はないとはいえ、この量の荷物ならば後日屋敷に届けさせるのが通常だろう。店員も持たせて帰るとグレーティアが言った際には奇妙な顔をしていた。

そもそも買い方がすごい。少しでも良いなと思ったものを端から買い上げていく。試着したり、迷ったりというのがない。
"やはり金持ちというのは凄まじい"と前世から多くの富裕層を見てきた九郎も改めて思い知らされる。
なお、支払いは全て屋敷へのツケであり、金額は分からないが、どれも上等な仕立てで金貨数枚は下らないだろうというのが九郎の見立てだ。

どこの店でもグレーティアは過剰と思えるほどの接待を受けていたがさもありなん。これだけの上客であれば下にも置かぬ扱いであろう。
ただ、それだけではないようにも九郎には思われたが。

荷物の山が九郎の身長を超えたところで、やっとグレーティアからストップがかかった。

「そろそろ昼食の時間ですわね。クロウ、トゥリオの店に行きますわよ」
「は。屋敷に食材を卸している店でございますな」
「ええ、でも彼の本業はレストランですのよ。食材を見る目が確かだから、分けてもらっているの」

それは知らなかったが、普段屋敷に出入りしている業者の居所であれば九郎の頭の中に入っている。

抱えた山を崩さないように、くるりと方向を変え、グレーティアの先導をする。淀みなく歩く九郎だが、まれに足を止めることがある。

「どうかしたのかしら?」

それが街に着いてから数度目にもなったため、気になったグレーティアは九郎に問いかけた。

「申し訳ありません。不心得者がおるようでして」

九郎は身振りで前から歩いてくる男を指した。真っ昼間からふらふらと酒に酔ったように歩いて、通行人に当たりそうになっている。

「あら、あの男がどうかしましたかしら?」
「あの男、スリ師です」

九郎は迷いなく断定した。

「あら?クロウ、あなた前も見えないのに何故そうとわかるの?」
「足音や匂いで分かります。あの男、酔っている風を見せていますが、ふらついているのはわざとです。意図があっての足運びでしょう。あのようにしていれば突然ぶつかったり倒れたりしても誤魔化しが効きますから」

九郎はグレーティアを導いて、さりげなく男を避けるように再び歩き始めた。

「…そこまで分かってて、何故あの男を犯罪者だと告発しないのかしら?治安のためになるし、衛兵からも感謝されるかもしれないわよ?」

グレーティアは九郎と横並びになるように歩きながら、その横顔を覗き込んだ。

「お嬢様がお望みであれば、いまからでも衛兵に突き出して参りますが…」
「そうじゃありません。あなたの考えを聞かせて欲しいのですわ」
「そう、ですか…。では、恐れながら。まずあの男を捕らえたところで私に何のメリットもないというのが1つございます。次にあれが彼の生き様というのであれば、被害者でもない私が口を出すことではないというのが1つ。最後に、これが1番重要なのですが」

ここまで言って、前を向いていた九郎は首を回してグレーティアに目を向け微笑んだ。

「今の私はお嬢様の従者でございます。何よりも優先するのはお嬢様であり、そのお言葉です。あの男の捕物などしていたら、昼食をとるのが遅くなってしまいますから」

グレーティアは目を丸くして、いかにも予想外という顔だ。

「クロウ…あなたが笑うのを初めて見たわ」

(そこですかのぅ、お嬢様)
ずっこけるような心持ちがしつつも、確かにもうずいぶんと笑ったことなど無いなと思い出した。
今も心からの笑みかといえば、きっと違うだろう。

「これは失礼をいたしました」
「失礼なんかじゃありません、クロウ。あなたはまだ幼いのだから、年相応にもっと笑うといいですわ。とっても可愛らしかったですし」

(だから可愛いと言われても嬉しくないんじゃがなぁ…)
口には出せない複雑な心境の九郎であった。

そんな話をしているうちにトゥリオの店に着き、予約もしていなかったにも関わらず、見るからにVIP用の個室に通された。

ここで幸いだったのが、店からの申し出で九郎の抱える荷物を店に預けられたことだ。次の食料品の納品と共に運び入れてくれる手筈となった。
そのことを聞かされたグレーティアは悪戯に失敗した子供のような顔をしていたが、九郎としては大助かりだ。

逆にここで困ったことは九郎までグレーティアと同じ食卓につくことになったことだ。召使として主人と同じテーブルにつくことは出来ないと、九郎は頑として断った。
しかし、グレーティアが"2人きりだし、今日だけだから"と強硬に主張し、果てに"クロウが食べないのであれば自分も食べない"とハンガーストライキを起こされるにあたって、九郎はついに折れた。

出された食事は、令嬢であるグレーティアが腕は確かというだけあって、非常に美味だった。
手間暇をかけて、素材を活かす手腕は前世でもなかなか食べられなかった味だ。

さぞかしいい値段がするのだろうなとは思ったが、ここでも支払いはツケ払いだったため、九郎がその金額を知ることはできなかった。知っていたら素直に味を楽しめたのか分からないため、幸運とも言える。

「クロウ、次はグウィードの店に行きますわよ」
「かしこまりました」

トゥリオのレストランを出て、九郎が身軽になったところで、グレーティアが次の目的地を指示した。
グウィードの店は仕立屋、しかも紳士服の専門店である。

何故そんなところに、とは思うけれど疑問を挟むのは従者の仕事ではない。
午前中と同様にそつなく令嬢のエスコートを務めるのが九郎の仕事である。

「これはこれは。オークウッドのお嬢様。ようこそ、いらっしゃいました」

目的の店に着いた瞬間、それまで表に出ていた店員が奥に走り、代わりに奥からオーナーと思しき男性が現れた。
彼がグウィードなのであろう。針金のような細長い身体に、髪をきっちりとセットしている、見るからに神経質そうな男だ。

「久しぶりね、グウィード。元気にしていらした?」
「おかげさまで、健やかに過ごさせていただいております。…して、お嬢様。本日はどのようなご用向きでしょうか?今月の分はもうお支払いしたかと思いますが…」

グウィードは神経質そうな顔から、さらに血の気を落とし紙のような顔色をしている。見るからにグレーティアを見て、恐怖し警戒している。

「あらあら。わたくしがこのお店に来るのは支払いの遅れた集金の時だけでないといけないのかしら?悲しいことですわ」

対照的にグレーティアの方は、余裕たっぷりで泣き真似までしている。

「い、いえ!お嬢様、けしてそのような…」
「冗談ですわ、グウィード。今日はお仕事をお願いしに参りましたの」
「な、なんと…」

グウィードはそれを聞いて、突然頭を押さえてふらつきながら、棒のような体を傾げさせた。

「おっと…」

緊張のあまり滞っていた血流が解放されて、一気に回って立ち眩んだのだろう。
慌てて九郎が支えに入ると、すぐに意識を取り戻して、今度は決壊したダムのように話し始めた。

「そうでございましたかっ!いやはや失礼をいたしました!そう、仕事をね!いやぁ~、よかった!生きた心地がしませんでした!てっきり…」
「てっきり、なんですの?」

しかし、そのダムも令嬢の一言ですぐに修復されてしまった。

「グウィード?あなた、まさか、わたくしたちに、憚るところが、おありですの?」
「え、いや、その、そういうわけでは、あの…」

一言一言区切るように、はっきりと底冷えするような声がグレーティアから流れ出る。
かわいそうなグウィードはせっかく戻った顔色をまた青くして脂汗を流している。

「…ふぅ、もういいですわ。仕事にかかりなさい」
「は、はい…」

グウィードに何もないと判断したのかグレーティアはその程度で圧をかけるのを止めた。
迂闊な仕立屋も今度は余計なことは言わず、聞き入れる体勢をとった。

「こちらの彼は九郎、当家の新しい従業員ですわ。彼に何着か仕立てなさい」
「お嬢様?」

突然、水を向けられて驚いたのは九郎だ。九郎は、てっきり家としての用事があるのか、グスタフや父親への贈り物でも用立てるのかと思っていた。

「お祝いですわクロウ、受け取ってくださいまし」
「恐れながらわたくしには過分の栄誉でございます、お嬢様。拾っていただいた身で、そこまでのご恩を授かるわけには…」

グレーティアは、あくまで固辞しようとする九郎に歩み寄ると、膝をついて九郎の両肩に手を置き、目線を合わせた。

「いいのです、クロウ。記憶を失くしたという貴方に過去は問いません」

間近で見るその碧眼に浮かんでいるのは、愛情か憐憫か謀略か九郎であっても判断はできない。

「つまりこれは、わたくしからの命令であり、お願いですわ。貴方の"これからを信頼する"というお願い」

ただその瞳の奥深くに、縋るような期待だけは確かにあった。

「どうか、貴方はわたくしを裏切らないでくださいましね」
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