カスタムキメラ【三章完結】

のっぺ

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第36話『帰郷』

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 誰かの声が聞こえた気がした。目を覚ますとそこは真っ白な空間だった。
 視線の先には光の玉が一つ存在し、俺を見つめるように一定の位置でとどまっている。夢かと思い目を閉じるが、遮るようにして光から声が発せられた。

『聞こえるかい? ■■■■。いや、今はクーだったね』
『お前は……光の玉か?』
『そうだよ。大体一ヵ月半ぶりぐらいになるのかな。元気そうで何より』
『あぁ、そっちもな』

 しばらくぶりの再会だが、光の玉とは気安く話せた。どこかに神もいるのかと視線を巡らせるが、光の玉は思考を読み『ここにはいないよ』と言ってきた。

『そういえば前回の空間は暗かったもんな。あそことは別か』
『まぁそんな感じかな。それより話しがあるんだ』
『話し?』
『前に言っただろう? 次に声を掛ける時は君に危機が訪れる時だって』

 二角銀狼に負けそうだった時の他、風呂場とリーフェの捜索時にこいつは現れた。正直風呂場の方は何を伝えたいのか分からなかったが、今思えばあれは地下遺跡でのできごとを忠告しにきてくれたのかと考えた。
 三回分助けてもらったことを感謝すると、光の玉は黙った。何か気に障ったのかと思うが、間を置いてから神妙な声音で告げてきた。

『…………単刀直入に言うとね。もう君を助けることはできないんだ』
『どういうことだ?』
『神様からお達しが出たんだ。これ以上余計なことをするならお前を消すってね。君がいた世界風に言うなら、イエローカード状態って言うのかな』
『は? なんだそりゃ』

 好き勝手に生きろといってキメラにしたくせに、何故そんな介入をしてくるのか。リーフェとの出会いもあって評価を改めていたが、再び地の底に落ちた。
 せめて眷属召喚の使い方を教えろと抗議するが、返事はなかった。
 光の玉はとにかく申し訳なさそうにし、こう忠告してきた。

『いいかい、これから何があっても。君は強く生きなきゃいけない』
『そりゃ強くは生きるが、急にどうした?』
『これから君たちの前で大きな事件が起きる。あらゆる景色が色を変え、人々の常識と日常が崩壊し、選ばれし者たちの運命が動き出す』
『???』

 発言が抽象的で要領を得ず、ただ首を傾げてしまう。現時点でそんな予兆は見受けられないが、ひとまず「細心の注意は払う」とは言っておいた。
 俺の返事に安心したのか、光の玉は薄くなり始めた。今いる白い空間も揺らぎ出し、身体が深く深く落ちて行くような錯覚に襲われる。

『――――君らの旅路、出会い、活躍。そのすべてに幸あらんことを』
 そんな言葉に見送られ、俺は目を覚ました。



 …………最初に肌で感じたのは、気持ちの良い風だった。真正面に見えるのは雲一つない快晴の青空と、木造づくりの甲板だ。今俺がいるのはアルマーノ大森林行きの飛行船で、辺りには慌ただしく作業をしている騎士団員がいる。

(いつの間にか眠ってたか。どれぐらい時間が経った?)

 艦内には時計があるが、ここからでは見えなかった。リーフェに時間を聞こうとし、今は別行動でいないことを思い出す。まだ寝ぼけているようだ。

(リーフェと会わなくなってもうすぐ三日か、さすがに寂しさを感じるな……)

 騎士団就任祝いのパーティから一週間、俺は魔物の調査隊に編入された。本当ならリーフェも同行予定だったが、別の用件ができて遅れることとなった。
 合流までは最短でも二日掛かり、それまでは一人で周囲と意思疎通を図る必要がある。騎士団長の采配もあって見知った顔が多いが、やはり不安だ。

 気晴らしに景色を眺めようと思い、手ごろな木箱の上に登った。
 視界に映るのは山と草原ばかりで、まだ無限の森景色は見えてこなかった。
 今か今かと心待ちにしていると、甲板に続く扉がバンと開け放たれた。飛び込んできたのはウェーブの掛かったミディアムショートの髪とひと房のサイドテールが特徴的な少女で、柔軟に側転からのバク転を決める。一連の動きは見事だが、途中で空き瓶に腕を取られ「うぎゃ」と言って転んだ。

「ちょっと誰っすか! こんなとこにコレ置いたの!」
 転倒少女の名は『ミトラス』という。独特な話し口調の子で、見ての通り自由奔放な性格をしている。暇さえあれば動き回って問題を起こすため、周囲の者たちはやれやれ顔だ。

「またそんな遊んで、リーダーに怒られますよ?」
「構わないっすよ。こちとらやることがなくて暇してるんすから」
「え、もう艦内の清掃終わったんですか?」
「あたし的に終わったんで逃げてきたっす。あんなん適当でいいんすよ。適当で」

 くひひと笑い、ミトラスは寝そべった状態から跳ね起きた。
 一見すると下っ端感溢れる物言いだが、ミトラスは貴重な魔力持ちである。階級もココナと同じ上級武兵で、乗り組み員の中でも高めの位となっている。得意武器はナイフと銃だ。

「あっ、あー! クー隊員じゃないっすか!」
「ギッ、ギウ」
「そんなところで景色なんか見て、きっと暇だったんすよねぇ。あたしと一緒に模擬戦しませんか、一戦交えればアルマーノ大森林なんてすぐっすよぉ」
「ギグギ……ギャウ……」

 ギュッと抱き着き、これでもかと頬ずりしてくる。ミトラスは自分より強い相手が本能的に好きなようで、模擬戦に勝って以降こうやって懐かれている。
 他の隊員たちはミトラスの相手を俺に任せ、所定の作業に戻っていった。誰か一人でもいいから助けろと思うと、ミトラスの後頭部がバシリとはたかれた。

「ちょっ!? いたっ、誰っすか!」
「あぁ? てめぇの上司だよ。クーが困ってんだろうが、離れろ。面倒くせぇ」
「嫌っす。アルマーノ大森林に着くまでクー隊員と遊んでるっす」
「ったく、聞き分けができねぇならリーダーを呼ぶが?」
「あ、はい。分かったっす」

 ミトラスはスンと落ち着き、甲板に正座した。凄い変わり身の早さだ。
 俺を助けてくれたのはくたびれ顔の青年で、口にタバコをくわえている。薄っすら目元に浮かぶクマと、短めに生えた顎髭が印象的だ。
 この男性の名は『グロッサ』といい、調査隊の副リーダーを務めている。ミトラスと違って魔力は持たないが、優秀な判断力と仕事の手際が良いと評判だ。

「そんなに遊びてぇなら、ほれ」
「ん? これなんすか?」
「見ての通り金属バネだよ。それを階段に置いてくねる様を楽しんでこい」
「あたしは何歳っすか!? 今年で十五! もうじゅうぶん大人っすよ!」
「…………キンキン声が耳にいてぇ。もう十歳は刻んでから言え」

 いつもミトラスの行動をいさめるため、二人にはコンビ感がある。どちらも俺に対して好意意的に接し、時間が合えば食事も共にする。そんな関係だ。
 階段でバネ遊びを始めるミトラスを見つめ、グロッサはため息をついた。俺は声掛けしようと近づくが、数回跳ねたところで拡声魔術のアナウンスが聞こえた。

『――――本艦の進路良好。推定五分でアルマーノ大森林上空へと入ります』
 俺は即座に身体の向きを変え、はやる思いで甲板の縁まで戻った。
 目の前に建ち並ぶのは巨大な魔除けの魔石と、雄大に伸びる森の地平線だ。

(――――ついに、戻ってきたぞ!)
 一ヵ月半という長い時を掛け、俺はこの地に帰ってきた。
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