カスタムキメラ【三章完結】

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第50話『時の牢獄』

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 黄の勇者、それは三百年もの昔に死んだ歌魔法の使い手だ。リーフェから当時の活躍を知らされ、青の勇者からその人柄を教わった。確かに金髪や歌魔法等の類似点はあるが、同一人物と見るには年齢と年代がかけ離れ過ぎている。

(…………冗談、って雰囲気じゃないよな。急にどうした?)

 青の勇者の正気を疑うが、念話魔法が発動していないので会話できない。ならばと思って鳴くが、返事より先に動きがあった。

 突如俺とリーフェは泡に閉じ込められ、青の勇者の手で宙に浮かせられた。脱出を試みて暴れるが、いくら叩いても薄膜にはヒビ一つ入らなかった。
 眼下ではココナが氷の鎖を断ち切ろうとあがき、ミトラスが茫然自失で座り込んでいる。青の勇者はそちらに目もくれず、親愛の眼差しでリーフェを見た。

「もしかして記憶がないのかい? ボクだよ、君の友人のイルン・フェリスタだ」
「……記憶も何も、私たちは初対面のはずです」
「そっか、そうだね。心配しなくていい、きっと師匠と再会すれば思い出すさ。こんな小さな身体にされて、記憶をいじられて、本当に災難だったね」

 まったく会話が成立しなかった。洞窟で会話した時とは別人のようだ。
 そうこうしている間に俺たちは空中へとさらわれた。ココナとミトラスとグロッサ、リーダー含む団員たちの姿が遠ざかり、ついに見えなくなった。


 次第に雨が降り始め、森全体の景色が薄暗くなる。風もゴウゴウとうるさく吹き、より不穏な状況を演出してくる。青の勇者は十五分ほど飛んだところで止まり、武人カマキリ戦時のように魔法陣を複数展開した。

「――――砕け、爆ぜろ、撃ち降らすは水神龍の息吹」

 短い詠唱で極太の水レーザーが複数放たれ、大森林の一角が広範囲に消し飛ぶ。着弾地点に現れたのは広く深い大空洞で、青の勇者はそこへ降りていった。

「こ、この穴は何ですか」
「ここはアルマーノ大森林に点在する大空洞、その中でも最も大きな穴だ。奥には神話の時代に建てられた遺跡があって、師匠はそこで眠りについている」

 岸壁には発光する魔石が突き出しており、最低限の視界は確保されていた。
 上へ下へと見渡していると、暗がりの先に何かが見えた。大空洞の底に敷き詰められているのは万を優に超す魔物の大群で、それらすべてが固定化されていた。

(――――なんだ、これは)

 目の前の光景を一言で言い表すならば『魔物のおもちゃ箱』だ。大小さまざまに色とりどりで、ゴミでも放置するかのような乱雑さで積み上がっている。

「これが封印魔法、『時の牢獄』の中心地だよ」
「時の牢獄……?」
「勇者コタロウが行った固定化、その正体は時間停止の魔法なんだ。これに取り込まれた魔物たちは時間の流れから除外され、永劫にも近い眠りにつく。大多数は星の死まで目覚めないだろうね」

 魔物たちの中には微かに動く個体がいた。そいつは固定化された別の魔物に押し潰され、苦しみの唸り声を上げている。青の勇者は一度止まって魔法陣を展開し、瀕死の魔物の首をはねた。リーフェは口元を抑えて目を逸らした。

(…………これは、正真正銘の地獄だ)

 目に映っている魔物は上澄みで、下にはより多くの魔物が積み重なっている。ようやく目を覚ましたかと思えば圧死し、長い年月をかけて底に潰れ溜まる。これならまだ一方的に殺される方がいい。効率的で残虐なシステムだ。
 リーフェと一緒に言葉を失っていると、青の勇者は飛行の速度を落とした。
 真正面には赤茶色の石材で造られた遺跡があり、そこにそっと降り立った。

「さぁ、もう出ても大丈夫だよ」

 その声で泡が割れ、石畳の上に着地した。俺は精一杯ギウガウ口調で鳴き、青の勇者が念話を使ってくれるように働きかけた。

「…………君は、最近どこかで会ったかな」
「ギウ! ガウラウ!」
「あぁ、そうか。洞窟で会った転生者のキメラくんか。……他にも誰かと話をした気がするけど、どんな子たちだったかな」

 俺たちが別れてからまだ半日程度しか経っていない。前に「三百年も生きていると記憶が曖昧になる」と言っていたが、想像を絶するレベルだった。
 青の勇者は腰を落とし、俺の額を指でなぞった。
 念話魔法で意思疎通が可能になるが、帰してくれと言っても聞いてくれなかった。

『…………お前は、本当に青の勇者なのか』
『決まってるさ。ボク意外に青の勇者がいるはずないだろう?』
『……白の勇者って奴はどこにいるんだ』
『この先だよ。ボクについてくるといい』

 そう言い、青の勇者は一人遺跡に入っていった。
 辺りに帰路となりそうな道はなく、地上は遥か遠い位置にある。目覚めた魔物から襲われる危険があるため、仕方なく青の勇者を追っていった。

 遺跡の通路には複雑な壁画と象形文字があり、ズラッと奥まで続いていた。
 描かれているのは何もかもを食い荒らす巨大な魔物と、それに立ち向かう神様と古代の人々による生存競争の情景だった。

(…………もしやこの神って、あいつのことか?)

 たどり着いたのは祭壇ともいうべき広い空間で、中心には物々しく階段がそびえ立っている。途中途中には燭台があり、奥には巨大な扉がある。青の勇者は手から無数の火の弾を放って祭壇部屋を明るくした。

「――――さぁここまでくればもう終わったも同然だ。君たちはそこで待つといい。今から扉の奥にいる師匠を封印から解放させる」

 青の勇者は空間収納魔法に手を差し込み、何かを取り出した。それは赤と白を基調とした鞘入りの剣で、先端から末端まで豪勢な装飾が施されていた。
 リーフェがその剣は何かと問うと、青の勇者は『勇者コタロウの剣』と答えた。探していた『大切な物』とはそれのことで、封印を解く鍵だと教えられた。

「君たちは知らないだろうけど、世界各地の地下遺跡は転移魔法で繋がっている。ボクはここから明星の大迷宮に飛び、地下からこれを回収した」
「…………そんなことができるなんて」
「個人で使える転移魔法なんて実は存在しなくてね。いちいち特定の場所に出向かなきゃいけないんだ。便利だけど不便な力さ」

 他にも青の勇者は今が『とても条件の整った時期』だと言った。
 ここ数か月は世界全体の魔力が不安定になっているそうで、時の牢獄の術式に綻びが大きくなっているらしい。調査隊が掲げていた魔物の大量発生、地面から突き出していたゴリラ魔物、すべての事象は魔力の不安定化に帰結すると告げられた。

「さて、そろそろ始めようか。二人はそこで待っていてくれ」
「本当に大丈夫なんですか。外の封印まで解除されるんじゃ……」
「ちゃんと安全は確かめてる。そう怖がらなくてもいい」
「や、やっぱりダメです! それ以上動かないで下さい!」

 リーフェは青の勇者を止めようとした。俺も即座にキメラオルトロスとなり、威嚇の唸り声を上げて青の勇者と相対した。だが聞こえたのはため息だった。

「…………君は師匠が危険だと勘違いしているようだけど、違うよ。師匠がここに封印された理由は、時の牢獄の部品として優秀だったからだ」
「部品として優秀……?」
「以前キメラくんには言ったんだけどね。世界中の魔物をここに飛ばすには『起点』が必要だった。数多の魔物を取り込み、あらゆる肉体情報を得た存在が」

 それは何か、内心の疑問に答えるように口が開かれた。

「――――ボクの師匠である白の勇者はね。最強のキメラだったんだよ」
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