カスタムキメラ【三章完結】

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第54話『世界が終わった日』

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 …………魔物たちが封印から解放され、数時間の時が経った。
 調査隊の飛行船はイルブレス王国を目指していたが、突如不気味な鳴き声を耳にした。後方から迫りくるのは魔物の大群で、瞬く間に追いつかれた。

「――――グロッサ、ミトラスとココナ上級武兵を連れて脱出しろ!! この船には足の速い小型飛行船が積んである!! 全速力で首都まで飛べ!!」
「首都にって、リーダーはどうすんだ!」
「あの大軍を迎え討つ! 貴様らが逃げる時間ぐらいは稼いでみせよう!!」
「な、何言ってんっすか。あんなのどうにもならないっす!」
「これは命令だ!! いいから行け!!!」

 リーダーに背を押され、グロッサはミトラスとココナを小型飛行船に押し込める。仲間たちの悲鳴を置き去りにし、出力全開で森の上空へと飛び立った。
 調査隊の飛行船は炎に包まれ、所どころを爆散させて地表に落下する。追撃してくるのは黒鱗の翼竜で、横幅十数メートルにもなる翼を広げて炎を吐いてきた。

「先輩! ドラゴンみたいな奴がこっちくるっす!!」
「見ても無駄だ! 死ぬ気で掴まれ!!」
「グロッサ副リーダー! 右後方からも別の魔物が!!」
「っ!? ふざけんじゃねぇ!!」

 小型飛行船は空を蛇行して飛び、ひたすら南を目指して加速する。だが船体の一部に炎を受け、高度の維持ができなくなる。船内も黒い煙に包まれた。
 命の終わりを確信した時、ココナの目にあるモノが映った。
 行く先に浮かぶのは白い人型のモヤで、道行を示すように地表の一角を指差した。

「……お前は、あの時の幽霊か? 私たちにそこへ行けと言ってるのか?」

 ココナは一縷の希望に賭け、墜落地点の進路を変えさせた。白いモヤが示す先には大きな地割れがあり、地下からは青白い光が煌めいている。小型飛行船は火の粉を散らせて飛び、決死の思いで光の中へ突っ込んだ。


 …………魔物たちがアルマーノ大森林を飛び出し、半日ほどの時が経過した。
 草原や街道を埋め尽くすのは数十万を超す魔物の大軍勢で、すでに十の町と村が無残に破壊された。次なる進路はイルブレス王国の首都へと向いていた。

「――――騎士団長! お戻りになられたのですね!」
「あぁ、何とかな。それよりこの状況はなんだ」
「アルマーノ大森林にて魔物が大量出現しました。グローズ砦は進行を抑えきれず、激しい奮闘の末に陥落したそうです。首都への到達も時間の問題かと」
「…………出来の悪い悪夢を見ているようだな」

 騎士団長は冷静に指揮を取り、首都近郊に揃った飛行船団の陣形を整えた。中心には全長一キロメートルを超す旗艦グレスト・グリーベンを配置し、三門の主砲を地平線の先へと向けて固定させた。
 目に映るのは打ち付ける雨風ばかり、先は濃霧で覆われている。何事も起きず時が過ぎ去り、一瞬嵐の勢いが弱まった時のこと、観測員が声を張り上げた。

「――――魔物の大群を確認しました!! その数、計測不能!!」
「飛行船団第一陣、前進しつつ砲撃! 一体も首都に足を踏み入れさせるな!」
「騎士団長! グリーベンの魔導波動砲、エネルギー臨界です!!」
「突出している集団を叩く! 最大火力で照射しろ!!」
「了解! 照射開始します!!」

 主砲から放たれた橙色の閃光は雨風を消し飛ばし、着弾地点の草原を一瞬で灰塵へと帰す。たったの一撃で万を超す魔物が消滅するが、その後ろから横から上からと別の魔物たちが狂った勢いで猛進してくる。
 飛行船団からも砲撃が始まり、爆音と爆炎が空を埋め尽した。
 しかし戦況はすぐに傾き、一隻二隻と味方の飛行船が墜落した。

「グラスゴラ、バルダッヘル、ドランスタ、轟沈!! 副団長が指揮する船にも魔物が組み付き始めた模様! 第一陣が崩壊します!!」
「怯むな!! ここは絶対に死守しろ!!」

 多勢に無勢、戦力差は一対一万レベルの開きがあった。それでも騎士団長は声を張り上げ、部下たちの希望の光として指揮を執り続けた。


 …………飛行船団が戦闘を開始してから二時間、首都は夜の闇に包まれていた。
 近郊で防衛線を張っていた飛行船団は後退を続け、街からでも目視できるようになる。魔物たちの姿も見え始め、街中は阿鼻叫喚に埋め尽くされた。

「おい! また飛行船が落とされたぞ!! 魔物が雪崩込んでくる!」
「はっ、走れっ!! とにかく走れぇ!!!」
「押すな!? 逃げるってどこに行けばいいんだ!?」
「おかあさん!! おかあざーん!!」

 急な襲撃だったため避難は完了しておらず、混乱は際限なく広がる。そこ目掛けて魔物たちが突っ込み、一人二人と血肉を喰らっていく。高度に発達した文明は原初の牙と爪に蹂躙され、溢れた鮮血で路上が真っ赤に染まった。
 魔術学園に退避した者たちは眼下の惨状を眺め、絶望に明け暮れた。一部の者たちは地下遺跡へと入り、奥へ奥へと下がり続けた。

「―――――皆、先にお行きなさい!! 外からくる魔物はわたくしマルティア・ルド・イルブレスタが引き受けますわ!!」
「ひ、姫様! しかし……」
「魔力を持たぬ騎士など邪魔です。あなた方はご老人と子どもの誘導を! 避難が終わり次第、わたくしも駆けつけます! だからお行きなさい!!」

 藤色の髪をなびかせ、マルティアは使い魔と共に戦う。だが地下遺跡に降りてくる魔物の数は一向に減らず、徐々に追い詰められて怪我を負ってしまう。
 窮地の場に駆け付けたのは取り巻きの貴族娘二人で、主を守るために魔術で奮戦した。だが多勢に無勢な戦況は変わらず、全員で小さな部屋に逃げ込んだ。

「…………馬鹿ですわね。わたくしなど見捨てれば良かったでしょうに」
「どうせなら死に場所は選ぼうと思いまして」
「わ、わたしもリーフェさんみたいに格好良く戦ってみたかったんです!」

 軽口を交わし、最期の時を待つ。そんな三人の前に白いモヤが現れ、部屋の隅にある井戸のような穴を指差した。底からは青白い光が漏れ出していた。

「――――わたくしたちにそこへ行けとおっしゃってますの?」
 三人は同時に目を合わせ、頷き合い、力強く手を繋いで穴に飛び込んだ。


 …………イルブレス王国の首都はどこもかしこも業火に包まれ、黒煙が幾重にも立ち昇っている。百隻近くあった飛行船は数を減らし、健在なのは旗艦のグレスト・グリーベンただ一隻となった。

 最後の盾としてグリーベンは砲撃を続けるが、船内から起きた爆発によって停止した。魔法の自動制御機構によって高度は維持されるものの、ゆっくりと傾いて街に落ちて行く。墜落までは十分も掛からない速度だった。

「――――まったく、困ったものだ。これでは騎士団長失格だな」

 呆れ混じりの息を吐き、騎士団長のコタロスは足を引きずって歩く。艦内はどこもかしこも煙と炎に包まれ、曲がり角には倒れた団員の姿が複数見える。
 誰か一人でも生存者はいないか、微かな希望にすがって声を張り上げた。だがどこからも返事はなく、嘲笑うかのように飛行船全体が爆破の振動で揺れた。

「…………視界がブレる。わたしもそろそろ限界のようだ」

 倒れ込むように壁にもたれ掛かり、そのまま通路の床に座り込んだ。先の通路からは煙が溢れ、来た道からは火の手が迫っている。ここが唯一の安全地帯だった。
 目を閉じてこれまでの人生を振り返っていると、どこかで足音がした。
 炎の壁を割って歩み寄る人影があり、ぼうっとした意識で問いかけた。

「質問に答えてくれると嬉しいのだが、貴公は魔物の軍勢の指揮者か?」
「………………」
「わたしはここ数日イルブレス王国で起きる様々な事件の影を追っていたのだが、それも貴公の仕業か?」
「………………」
「図星か。ではその上でまた質問するが、何故百年続く平和を破壊する。世界を混迷の闇に堕としたい理由はなんだ」
「………………」
「なるほど、そうか。……ではこれが最後の問いだ」

 騎士団長は腰に差した剣の柄を掴み、鋭く殺気を放った。人影もまた戦闘態勢を取り、炎上続ける艦内で両者はぶつかり合った。

「――――わたしたちは、いったいどこで間違えた」

 戦いの最中にグリーベンが墜落し、魔石と火薬による爆発で一帯が消し飛ぶ。魔物たちは次の地へと出向いて殺戮を行い、海を渡って別の町を襲っていく。
 世界中で対魔物同盟が組まれるが、抵抗は三か月と続かなかった。
 生き残った人々は地下で細々と生き、太陽の元に立てる日を望み続けた。

 こうして世界は終わり、魔物たちの暴威による死と退廃の時代が始まった。
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